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前編:“個人はみんな使っている”のに、会社ではなぜ広がらないのか?

生成AIを「個人の便利」から「組織の武器」へ:業務コンサルが明かす全社定着のロードマップ

 個人としては誰もが生成AIを使いこなしているのに、なぜ「会社」になると途端に進まないのか。メールも議事録も当たり前にAIで片づける時代に、組織としての成果は一向に立ち上がらない――。この奇妙なギャップにこそ、生成AI活用の本質的な壁が隠れている。

 第1回では、その「個人と組織の断絶」がどこから生まれるのかを、経理財務部門の現場感とともに解き明かしていこう。

1.個人活用は広がる、されど組織活用は進まず

 生成AIが世間に知れ渡って約3年。生成AIは驚くべきスピードで進化し、ビジネスの場にも浸透した。本稿の読者の皆さまも、メール作成や議事録要約、資料作成の前工程などで当たり前のように業務活用していることだろう。このように生成AIが個人の日常業務に定着しつつある中、水面下では、ITリテラシーの高い若手や担当者がAIにコードを書かせ、「業務アプリ」を自作して仕事を自動化する現象も広がっている。

 一方、企業という「組織」の単位で見渡すと風景は一変する。個人レベルでは圧倒的に使いこなしている層が存在する一方、組織全体としては定着しきっておらず、明確な成果創出にも至っていないという大きなギャップがある。

 総務省『令和7年版 情報通信白書』(注1)によれば、生成AI活用方針を策定している日本企業は49.7%と、米国・ドイツ・中国の約80~90%に比べ依然として見劣りする。個人の利用経験率も日本26.7%に対し米国68.8%、中国81.2%と倍以上の差がある。帝国データバンク2024年8月調査(注2)では実際の業務活用率は17.3%にとどまり、最大の障壁は「人材・ノウハウ不足」(54.1%)である。

 この構図は日本に限らない。米マサチューセッツ工科大学のAI研究プロジェクトMIT Project NANDA “The GenAI Divide”(2025年7月)(注3)は、企業の生成AIパイロットの95%が測定可能な収益影響を生み出せていないと結論し、米国の独立系シンクタンクであるランド研究所(RAND Corporation)のAIプロジェクト失敗要因調査(2024年8月)も、「AIプロジェクトの失敗率は従来ITの約2倍(80%超)」と報告した(注4)。進んでいる個人がAIを使いこなす一方、組織としてはどう全社に定着させ成果に結びつけるかを描き切れていない実態が浮かび上がる。

2.「個人の便利」と「組織の仕組み」の間にある構造差

 このギャップを埋めるためにまず理解すべきは、両者が延長線上にはなく、求められる前提条件が根本的に異なるという点である。個人利用では多少回答が不正確でも本人がカバーでき、試行錯誤の自由度が高いが、「組織の仕組み」へ引き上げると要件は一気に厳格になる。

 この乖離は世界共通だ。31か国を調査した米Microsoft/LinkedInによる調査レポート Work Trend Index 2024(注5)では、職場でAIを使う人の78%が自前のAIツールを業務に持ち込み(Bring Your Own AI:BYOAI)、うち52%が重要業務での利用を会社に隠していると回答した。個人活用が進むほど組織の統制からはみ出していく――これが生成AI時代特有の構造的課題である。

 筆者が専門とする経理財務部門で例えれば、「会計基準改定の要約」「請求メール文面の作成」、活用が進んだ個人なら「自作AIマクロで領収書突合と仕訳入力を自動化」する程度は「個人の便利」の範疇である。しかしこれを「伝票審査を自動化する」「IR資料の作成」といった公式業務に組み込んだ途端、状況は一変する。情報の機密性や出力結果の正確性に対する厳格な統制など、個人の裁量では越えられない別次元の課題が生じるからだ。

 組織の統制が及ばない個人の「局所最適」を放置すれば、現場が非公式なツールを業務に組み込む「シャドーAI」としてブラックボックス化を招くだけでなく、従業員のリテラシー不足による重大な情報漏えいリスクも引き起こす。

 実際、2023年にはサムスン電子の半導体部門で、社員が業務効率化のために機密ソースコードや内部会議の録音をパブリックな生成AIサービス(ChatGPT)に直接投入してしまうというインシデントが発生した。同社は直ちにChatGPTの社内利用を全面禁止する事態に追い込まれたが、これは個人の裁量に任せたAI活用が、いかに企業の命取りになり得るかを示している。

3.真の壁は開発ではなく、業務に任せる設計にある

 生成AI導入の議論はしばしば「どの業務に使えるか」に収斂しがちだが、本質的論点は「業務プロセスにどう組み込み、管理し、組織の成果にスケールさせるか」にある。技術的に現場部門が自ら仕組みを作ることは現実的になっているが、企業として問われるのはその仕組みを継続的に業務として任せられるかどうかだ。特に経理財務部門では扱うデータが経営判断や市場開示に直結するため、財務報告の信頼性確保の観点から「処理プロセスの透明性」と「職務分掌」が厳格に求められ、内部監査・会計監査に耐えうる設計が不可欠となる。

 ここで顕在化する主要な論点は以下のとおりである。

・データ整備・活用基盤:AIに十分な量・質のデータが組織内に蓄積され、参照すべきデータがAIで利用可能な形式(構造化・メタデータ・命名規則・権限設計)になっているか
・保守体制の明確化:作成後の運用保守を誰が担うのか(担当部門/IT部門/ベンダーの役割分担)
・責任の所在と判断基準:障害や誤作動時に誰が責任を持つのか、AI判断の根拠を説明できる仕組みはあるか
・代替運用(コンティンジェンシープラン):AI誤出力やシステム障害時に業務を止めずどうリカバリーするか
・規制変更・ルール順守:法令改正や社内ルール変更にどう追従するか
・人材異動・継続性:担当者の異動や退職があってもAIシステムを使い続けられるか
・チェンジマネジメントと定着:現場が新しい仕組みを受け入れ正しく使うための教育・周知をどう行うか
・品質低下検知:AI出力の誤りや不適切情報をどう検知・アラートするか
・野良活用の統制:部門ごとの散発的な使い方(シャドーAI)が増えないようどう管理するか

 これらは生成AIを「便利な補助ツール」で終わらせるか「業務を支える仕組み」に昇華させるかを分ける決定的論点である。特に冒頭のデータ整備・活用基盤は他の8論点すべての土台となる。AIが参照するデータが古かったり散在していたり、権限設計が崩れたりしていれば、出力は信頼に足らず運用は回らない。(MITやランド研究所の失敗率の最大要因が、モデル性能ではなくデータ側の未整備にあることは、第2回で詳述する。)

 同時に、データが整備されたとしても「AIの誤りに対する責任」を組織としてどう引き受けるかの設計(責任分界とガバナンス)が欠けていれば、致命的なリスクを招く。その象徴的な例が2024年2月のMoffatt v. Air Canada(航空会社責任に関する訴訟)だ。エア・カナダのチャットボットが、幻覚(ハルシネーション)によって存在しない遺族割引を回答した結果、「チャットボットは別法人(だから責任はない)」との同社主張は退けられ、賠償命令が下された。AI責任法理の転換点として世界的に注目された事案である。

 実際に多くの導入現場で共通して起きているのが、PoC段階では好反応が得られる一方、実装フェーズに入った途端に停滞するという現象だ。要因はモデル性能ではなく、「誰が最終判断し、逸脱時にどう止めるか」という責任分界、その前提となる社内データの整備不足、そして説明可能な監査証跡の欠如といった「業務に任せるための設計」全体の不足にある。

 2024年7月の米国国立標準技術研究所(NIST) “AI 600-1 Gen AI Profile”(注6)や、国内で第1.2版に更新された経済産業省のAI事業者ガイドライン(注7)が、いずれもリスクベースと継続改善の考え方を求めているのは、まさにこのためである。

 第2回では、これらの壁を越えるための「5つの設計要素」と「活用テーマの絞り込み方」を深掘りする。

(注1)総務省『令和7年版 情報通信白書』(2026年4月20日閲覧)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r07/html/nd112210.html
(注2)帝国データバンク2024年8月調査(2026年4月20日閲覧)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000909.000043465.html
(注3)MIT Project NANDA "The GenAI Divide"(2026年4月20日閲覧)
https://virtualizationreview.com/articles/2025/08/19/mit-report-finds-most-ai-business-investments-fail-reveals-genai-divide.aspx
(注4)RAND Corporation (2024年8月)(2026年4月20日閲覧)
https://www.rand.org/pubs/research_reports/RRA2680-1.html
(注5)Microsoft/LinkedIn Work Trend Index 2024(31か国31,000人調査)(2026年4月20日閲覧)
https://www.microsoft.com/en-us/worklab/work-trend-index/ai-at-work-is-here-now-comes-the-hard-part
(注6)NIST "AI 600-1 Gen AI Profile"(2026年4月20日閲覧)
https://www.nist.gov/itl/ai-risk-management-framework
(注7)経済産業省「AI事業者ガイドライン」(2026年4月20日閲覧)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/index.html

桜井 啓斗/フォーティエンスコンサルティング株式会社
ファイナンシャルマネジメント担当 マネージャー

経理・財務領域を中心にバックオフィス業務の業務改革・組織設計・人材育成など幅広いコンサルティングに従事。

近年は生成AIの活用戦略から導入・人材育成など一連の支援を提供。

専門領域は財務・会計領域におけるビジネスプロセス変革である。