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freeeが語るAI時代のセキュリティ戦略 高度化する攻撃に「AIで先回りして防御する」実践アプローチとは?

 法人や個人事業主向けにSaaS型バックオフィス業務システムを提供するfreee株式会社は、「AI時代のセキュリティに関するメディア向け勉強会」と題する報道向け説明会を、8月7日にオンラインで開催。AI時代のセキュリティ課題に対する、freeeのプロダクトセキュリティ戦略とその実践について、同社の執行役員 VP of Securityの多田正氏が解説した。

freee株式会社 執行役員 VP of Security 多田正氏

AIを使った攻撃を、AIで先回りして防御する

 テーマにもある「AI時代のセキュリティ」とは、一般ニュースでも取り上げられているように、Claude Mythosなどのサイバーセキュリティに長けたフロンティア(最先端)AIモデルによって脆弱性の発見が高速化し、悪用の可能性が指摘される時代のことを指す。さらに、Claude Mythosは利用が制限されたうえ、モデル自体は公開されていないが、Kimi K3のようにMythos級の性能を持つAIモデルがオープンに公開されている。

 「これらを攻撃者が手にすることで、われわれのようなSaaS企業はAIを使った高度なサイバー攻撃にさらされ得る。実際に、当社のサービスに対する攻撃は増加傾向にあり、高度な攻撃や、その高速化が実際に観測されている」(多田氏)。

Claude Mythosの登場
オープンウェイトで公開されているKimi K3

 こうした時代に、freeeのセキュリティを守るにあたっての「難しい状況」を4点、多田氏は語った。

 まず、freeeのサービスは、freee会計に始まり、freee人事労務やfreee福利厚生など、30以上の多くのプロダクトを提供するマルチプロダクト戦略をとっている。これは事業戦略としてはともかく、「セキュリティ的には本当はやってほしくない方向性」と多田氏。サービスが増えるほど、アタックサーフェイス(攻撃者に触れる面積)が広くなってしまい、守りにくくなるからだ。

 また、プロダクトが増え、ユーザーも増えたことで、機微な情報がたくさんfreeeに集まっている。会計情報や、従業員の給与情報、マイナンバー情報、個人情報、ヘルスケア情報など、守らなければならない情報の種類や量が増えている。

 公開しているプロダクト以外のアタックサーフェイスも広がっている。AIが生成したコードの脆弱性や、ITリテラシーが開発者ほど高くない人によるAIの危険な使い方、AIによって巧妙化するフィッシングメールなどの問題だ。

 最後にプロダクトセキュリティとして、AIによる開発速度向上によって出てきた問題もある。AIコーディングエージェントによって開発速度が平均で2~3倍向上した。これによりまず、リリース前に脆弱性診断をするルールにおいて、リリースが増えたときに人間の脆弱性診断がボトルネックになる問題がある。もう1つの問題は、そうした診断をAIにやらせたときに、開発速度が2~3倍になると、脆弱性診断のAIコストも2~3倍になってしまうことがある。

マルチプロダクト戦略によりアタックサーフェイスが広がり守りにくい
プロダクトとユーザーが増えることで、守るべき情報が増える
プロダクトセキュリティ以外のアタックサーフェイスも広がる
開発速度向上による脆弱性診断数の増加とAIコストの増大

 ただし多田氏は「個人的には、AIが進化した結果、むしろわれわれ防御側が守りやすくなってきているのではないかと考えている」と言う。

 これまでは、防御側に1つでも穴があれば入り込まれるため、防御側が圧倒的に不利という非対称性があった。しかし、脆弱性調査の得意なAIを、攻撃側だけでなく防御側も使う場合、攻撃側はアタックサーフェイスの外からしか観測できないのに対し、防御側はソースコードや設定や設計文書など自社の詳細な情報を持っている。

 「そういう情報を全部AIに入れることで、攻撃者が穴を見つける前に、先回りして防げる可能性が出てきた」と多田氏は語る。

 この、AIで先回りして防御するというのが、freeeのプロダクトセキュリティの基本戦略だ。

AIによって防御側が先回りして防ぐ

設計時とリリース時の脆弱性レビューをAIで高速化、AIコストの最適化も

 続いて多田氏は、その実践内容を説明した。その内容は同氏によると「2年ぐらい活動している。今回紹介する事例も、1年以上前から取り組んで、実際に開発プロセスに組み込んでプロセスの一部として動いている」ものだという。

 まずはAI開発によるプロダクト診断数の増加の問題については、AIを用いた高速脆弱性診断の仕組みを用意した。

 もともと、開発が終わってから開発者がセキュリティチームに依頼して日程を調整し、脆弱性診断を行ったうえで問題を開発者が1つずつつぶしていくという工程だったため、時間がかかってしまうことがAI開発以前から問題となっていたという。

 これを、開発者が自分でAIに脆弱性診断を指示して、その結果を修正することで、脆弱性が開発のボトルネックとなることがなくなり、工程が短縮されたとのことだ。

AIを用いた脆弱性診断

 そうした際に利用された具体的なAIツールも2つ、多田氏は紹介した。

 1つめは設計書レビューAIで、愛称「バンちゃん」(「セキュリティの番人」が由来)。開発の元になる設計書から問題点を指摘するもので、社内ルールや過去の実装を元にしたアドバイスもできる。Slack上でやりとりするよう作られており、開発者とセキュリティチームがSlack上で会話している中に入って意見するようにもなっていて、「ただのチャットボットというよりは、一緒に働くチームメイトのような動きをする」と多田氏は説明した。

 ちなみに、同様にAIエージェントがSlack上でチームメンバーとして参加するAnthropicの「Claude Tag」が7月に提供開始されたが、「われわれは1年ぐらい前からバンちゃんをチームの一員として運用している」(多田氏)とのことだ。

 2つめは、脆弱性診断AIで、愛称「なぐるちゃん」(「攻撃者に殴られる前になぐるちゃんにしっかり殴ってもらう」が由来)。新しくリリースしたいプロダクトのソースコードに対して脆弱性診断をして、修正点や、“少し危ないがまあ大丈夫”といったサジェストするものだ。これも1年以上運用しており、「実際になぐるちゃんの運用を社内で始めた後で、セキュリティベンダーから脆弱性診断をするAIが製品としてリリースされたりしている。(なぐるちゃんは)世界的にも早い部類だと思う」と多田氏は語った。

 こうした早期からの対応について、「開発できるセキュリティエンジニアを抱えていることが、このスピード感の背景にある」と多田氏は付け加えた。

設計書レビューAI
脆弱性診断AI

 次に、脆弱性診断のAIコストの問題について。例えばMozillaのFirefoxブラウザーでは、Mythosで脆弱性を洗い出す「Project Glasswing」によって多数の脆弱性をつぶしたが、その後もリリースのたびに脆弱性の修正が入っている。

 「一度脆弱性診断して脆弱性をつぶしても、新しく開発した部分には新たな脆弱性が入り込む可能性がある。リリースのたびに継続的に脆弱性を診断することが重要で、そのたびに高価なフロンティアモデルを使うのは現実的ではない」と多田氏は言う。必要な性能を安くて軽いモデルで実現できないと、持続的にセキュリティを守れないというわけだ。

 具体的には、ベンチマークとしてこれだけの脆弱性を発見できれば合格というラインを設けて検証し、合格したものの中から最もコストパフォーマンスが高いモデルを採用して、継続的な脆弱性診断に使っているという。

AIをより安いモデルへ

 また、この2つのポイントに限らず、実際の開発ではいくつものプロセスを継続的に回しているが、それぞれにセキュリティ施策がついて回る。それらのプロセスにもAIを導入し、セキュリティが足を引っ張ることがないようにしていると多田氏は語った。

開発の各プロセスのセキュリティにAIを利用

 こうした取り組みにより、人的コストもAIコストも削減された。「これで例えばセキュリティチームの人数を減らすということはない。前述のように、プロダクトセキュリティ以外にも、AIによってもたらされた新しいリスクは増えている。AIによって仕事を置き換えることで、同じ人数で対応することが現実的になってきた」と多田氏は付け加えた。

AIガードレール整備やルール整備、経営層を巻き込んだ障害訓練も

 最後に、AI以外の部分も含む、freeeのセキュリティへの取り組みも多田氏は紹介した。

 まずは「安全にAIを活用するガードレール」。LLMへのトラフィックをすべてゲートウェイに集約して、従業員が安全にAIを使える環境をセキュリティチームが用意しているという。これにより、プロンプトと回答をすべてログに残して監査可能にしたり、プロンプト中の個人情報やパスワードなどをマスクしたり、回答中の危険なコマンドなどを除外したりできるようになっている。

 次に「スピードを落とさない組織改編」。これまで、プロダクトセキュリティのPSIRTとガバナンスなどのCISRTの2つのセキュリティ組織を、AI施策に向けて1つに統合した。中でチームに分けたりはしているが、一体となって動けるようにして、別々の施策がなされるようなことがないようにしたという。

「安全にAIを活用するガードレール」「スピードを落とさない組織改編」

 「緊急時のインシデント対応を想定した障害訓練」も行っている。単なるシステム障害訓練だけではなく、「ランサムウェアに感染してCEOに脅迫状が送られる」という状況が、その日に何か起きるということだけが知らされた状態で起こるという経営層を巻き込んだ訓練が2021年に実施され、国内のエンジニアに大きな話題となった。このような全社規模やエンジニア全体の訓練も定期的に実施しているという。

 そのほか、AIの進歩にあわせた社内ルールの改訂とその敷衍(ふえん)も行っている。さらに、セキュリティチャレンジというイベントを毎月実施し、社員が100%受講することで、社員全員が新しいセキュリティの基準やトレンドをキャッチアップできるようにしている。

障害訓練やルール策定、セキュリティ教育

 最後に多田氏は、AIでさまざまなものがスピードアップしている中で、freeeでは世の中のトレンドより前にセキュリティ施策を始めていることをあらためて強調。それができているのは、開発できるセキュリティチームがいること、何かあったときにちゃんと実験してフィードバックしていること、それにより安全に使うためのルールや環境を作って「アクセルを踏んでも安全」という状況を作る、というサイクルができていることが重要だと述べた。

 「場合によっては無駄になることもあるが、そういう失敗も含めて、きちんとやってみて、早いサイクルで回せる体制が重要だ。今日ご説明してきたような、攻撃者を先回りする施策は、こういうサイクルをきちんと回しているからこそ生まれた。これがfreeeセキュリティを支えているバックボーンだ」(多田氏)