特集

“業界別”データ活用の肝:第1回
小売業界における、成果を得ているデータ活用とは?

 データ活用によって「全社的に十分な成果を得ている」との回答は2.2%(注1)にとどまり、ほとんどの企業において全社的な成果を得るまでには至っていない、という結果が発表されました。

 日本においては、DXに加えてデータ活用に関しても大幅に遅れているという現状があります。各企業や国や行政、さらにIT関連企業各社もこの現状を打開すべく、さまざまな施策を展開し、どうにか遅れを取り戻すべく日々努力を行っています。にも関わらず、なぜこのような現状なのでしょうか。

 米国のビックテックにおいては、自社のデータを活用し、わずかな期間で急成長を遂げました。企業におけるデータ活用、そして実際にデータを活用して全社的に十分な成果を得ることが、日本におけるデジタル化の推進だけではなく、本当に企業が成長するための最良のソリューションだと言えるでしょう。では、どのようにすればデータ活用から十分な成果を得ることができるのか? 本稿では、小売業界に注目して解説します。

注1:ガートナー社のプレスリリースより

小売業界においてデータ活用は不可欠

 小売業界でデータ活用を行うとすると、売上データによる需要予測、顧客セグメンテーションやターゲティングによる購買履歴や行動データを分析し広告効果の向上、在庫管理とサプライチェーンの最適化などが代表的なデータ活用かと思います。実際、データを活用してこれらを最適化することで、大きな改善が見込めます。

 これに加えて、より小売業界で私自身が効果的だと感じた実例として、データに基づいた客観的な意思決定が行える、ということでした。

 例えば、商品の仕入れなどは現場のスタッフによる経験と勘で行われるケースが多く、発注における判断が属人的になりがちです。そのため、新人スタッフとベテランスタッフのパフォーマンスにどうしてもばらつきが出てしまい、その担当者が不在であると対応できないなどの事態も発生してしまいます。データに基づいた客観的な判断が可能になれば、新人スタッフでも一定程度のパフォーマンスを発揮できるようになります。

 また、データから見る顧客理解も重要な要素です。ECにおいても、データ活用によって既存のレコメンド機能をパーソナライズさせることで、実際に売り上げを向上させることが可能です。その結果、年間を通して最適な人員・在庫を確保し、余分な発注をする必要がなくなり、売り上げの向上につなげることができるようになります。

 これほどまでに大きなメリットがあり、やらない理由がどこにもないようにも思える小売業界のデータ活用ですが、うまくいかない、進まないといった大きな壁が存在します。

データ活用が進まない、大きな壁

 私は普段、データサイエンティストとして顧客のデータ活用に必要となるインフラ構築の監修から、データ活用によって全社的に十分な成果を得ていると実感いただくためのコンサルティングを行っています。

 顧客の要望は大きく3つで、1.売り上げ(利益)を上げること、2.コストを下げること、3.新規ビジネスの創出となります。実際にデータ活用によってこれらは実現可能ではあるものの、多くの顧客に共通している最初の大きな壁が存在します。

 データ活用を行う場合、一部門のみのデータでは不十分で、部門間をまたいでのデータの統合や一元化が必要となるケースがあります。データ量と種類が多ければ、その分精度の高い最適解を見いだすことができるからです。そこで、関連部署にデータの提供をお願いすると、まず「難しい」となってしまいます。データ活用に消極的な部門が、大きな手間とコストをかけてデータを共有することにメリットを見いだせない、と反対するのです。

 私たちはその壁を突破するため、データ収集にかかる大きな手間とコストを最小に抑えるためのツールを提供し、必要な部門や経営層などに対してメリットや意義などをお話して、全社を巻き込んだデータ活用を推進するための活動を実施します。顧客企業全体がベネフィットを感じられるような体制作りからコンサルティングを行いますが、当然、その間のプロジェクトはストップすることになります。過去には、そこから進まずプロジェクトは終了となり、データ活用の本質を実感いただけないままに終了してしまうケースもありました。

小売業界特有の壁

 上記の壁に加えて、小売業界特有の壁についてもお話しさせていただきます。小売業界では、多くの場合、店舗とECなど複数の販売チャネルから商品を販売しています。こういったケースの場合、店舗を管轄する部署、ECを管轄する部署が異なり、それぞれの在庫管理や管理する倉庫、管理方法、配送に至るまで共通化されておらず、さらに違う業務委託企業が担当していることがあります。同じ会社でありながら、店舗用とEC用とは全く別の場所やプロセス、担当者にて管理され、それらの情報すら共有されていないのです。

 そうなると、各箇所におけるデータの持ち方や定義に加え、そのデータに対する現場の理解などに至るまで、全く違うという事態に直面します。こうした状況である場合、当然のことながらデータ収集にかかる手間は莫大(ばくだい)なものとなり、プロジェクト全体の約8割がデータ整備に費やされる、という事例もありました。

 私たちは、こうした莫大な手間がかかるデータ収集は、顧客企業にとって大変な負担であり課題であると認識しています。そのため、いかに顧客企業の手間を省いてデータを収集するかを日々試行錯誤し、形式や定義に関係なく、そのままご提供いただくように依頼しています。

 とはいえ、そこまでバラバラに管理されたデータを収集するのは容易ではなく、顧客企業側も全社的に動かすのはほぼ不可能となり、プロジェクトが終了してしまうか、または一部での導入を実施し、実証実験から開始することとなります。

 実証実験を行えるケースであれば、その実証実験を経て、実際に売り上げの向上やコスト削減が可能になった事例を元に、徐々に経営層から他部署を巻き込めるように調整し理解を得つつ、顧客企業全体でデータ活用ができる体制作りを行っていきます。

小売業界におけるデータ活用例

 小売業界の顧客企業の多くは、売り上げを向上させることをゴールとするケースが一般的です。まず、売り上げの向上を目的とし、KPIツリーを作成し細分化していきます。そこから、どこにコスト削減の必要性があるのか、返品率を下げるのか、利益最大化なのかを可視化していきます。そして、業務上どの部分にボトルネックがあるのかなど課題を特定し、改善のためのアクションプランを策定していきます。

 以前担当したケースで、「これまでは店舗の売り上げに注力してきたが、今後はEC販売の売上拡大をさせたい」とする案件がありました。上記の過程をベースに、データを分析・可視化していきました。その結果、まず取り組むべき課題は「配送の最適化」と位置付けました。そこで、在庫から配送までの業務全体に関するオペレーションについて、分析・可視化を行いました。

 その結果、EC販売の売上拡大には、店舗における品ぞろえや在庫を最適化する必要があると判明しました。一見すると全く別な関係性とも思える「EC販売の拡大」と「実店舗での品ぞろえ」ですが、データ活用によって分析・可視化し課題を改善することで、本案件においては、EC販売の売上拡大だけではなく、ECと店舗双方の売上拡大を見据えた配送の効率化にもつながる結果となりました。

 このように、私たちは顧客企業の大きな壁を突破し、部門間をまたいだデータを収集・活用することで、思いもよらないつながりをいくつも発見することができました。そして、双方をつなぎ対応することで大きくゴールに近づくことができる、それこそが、成果を得ているとの実感を得られるデータ活用と言えるでしょう。

十分な成果を得るためのデータ活用に重要なポイント

 私自身が日々データと顧客に向き合い実感する、データ活用における成果を得るために重要なポイントは、以下3つではないでしょうか。

1.全社におけるオープンで協力的なアプローチ

部署間の協力なども惜しまずに、データを集めて活用していく姿勢。そして部署間のみならず、会社や社会全体でデータを共有したり、取り組んだりするとで、より大きな成果となります。

2.データ価値と可能性への理解・文化の醸成

データによって、既存業務の改善や顧客理解の深化、新しいビジネス機会の発見などが可能になることに加え、自社の保有しているデータで何ができるのかを意識することは、とても大切です。そして、データに基づいた行動が少しずつでもできるようになっていき、その文化が広がっていけば良いと思っています。

3.大規模なデータを収集し、しっかり処理できる技術力

せっかくデータがあったとしても、大量のExcelが管理しきれなくなっていたり、データ抽出だけでファイルが重すぎて時間がかかり、分析まで進まなかったり、といった場面に遭遇することがあります。また、すでに言及したように、データ収集に関しても、企業の大きな負担となります。そこで、大規模なデータを確実に収集・処理できる技術は、今後のデータ活用において、より重要となってくるでしょう。

最後に

 データは、資源が少ない日本のおけるさまざまな課題を解決するための資源であり、活用することでさまざまな課題を解決に導く、最適なソリューションのひとつです。

 また、ビックデータやAIなどの最新IT技術を使わずに行うデータ活用も可能です。例えば、個人経営など小規模の小売店の場合でも、データ活用は有効です。売り上げのデータから、繁忙期や閑散期、売れる商品などの傾向を分析することが可能です。そこから必要な人員を割り出したり、時期によって売れ筋商品などの発注数を調整したりすることで、コスト削減につながります。

 そしてデータ活用は、分析・可視化のみだけではなく実業務に組み込むことで、継続的な価値を企業にもたらすことが可能になるでしょう。

 次回は、物流2024年問題や人手不足などの課題に直面し、今すぐにでも改善しなければならない状況である“物流業界”のデータ活用に特化してお伝えします。業界ならではの課題をデータ活用によってどのように改善・改革したのかといった内容を、実際の事例とともに紹介します。

株式会社フライウィール シニアデータサイエンティスト 冨田恭平
シニアデータサイエンティストとして、データ分析のための環境整備や基盤構築、データ分析・可視化・モデル開発などに携わる。以前は大手外資系ソフトウェア会社にて対話型AIの開発などに従事。