日本マイクロソフトと奈良県、クラウドなど活用し地域活性化協働プログラムを締結


覚書にサインする奈良県の荒井正吾知事と、日本マイクロソフトの樋口泰行社長

 奈良県と日本マイクロソフト株式会社は、「地域活性化協働プログラム」を実施すると発表した。

 当初、この提携は3月14日に行われる予定だったが、3月11日に起こった東日本大震災の影響で提携調印を3カ月延期していた。そのため、すで協働はスタートしており、期間は2011年4月16日から2012年3月31日までとなっている。

 日本マイクロソフトは企画立案、講師の派遣と技術者の育成、教材ソフトウェアの提供などを行い、奈良県側は企画の立案、会場の提供、広報活動などを行い、次の5つのプログラムを実施する。

 (1)NPOが継続的に自立した活動を行う基盤強化をはかるために、県内のNPO団体などを対象に、ITスキルを活用した運営上のノウハウを習得できる講座の開設と、講師となるITリーダーとなる人材を育成することなどを目的とした「NPO基盤強化プログラム」

 (2)よりよい地域コミュニティ作りを目指し、シニアなどが地域作りの担い手として活躍できるよう、県内のシニアなどを対象としたICT活用の利便性を周知するイベントの開催と、ICTスキルを習得できる講座などを共同で実施し、その講師となる人材の育成などを行う「シニア等のICT活用推進プログラム」

 (3)地方行政における安心かつ安全なIT環境作りを目指し、県および市町村の情報システムに携わる職員に対し、クラウド時代に対応できるセキュリティスキルを習得する研修などを実施する「セキュリティ啓発プログラム」

 (4)教職員のICT活用工場と学習支援を目的とした、eラーニング形式のトレーニングシステムなどを用いた研修の実施や、先進教育環境作りのためのツールなどを協働で検証し、県内の高校生を対象にプログラミング開発ツールの提供などを行う「教育分野人材育成プログラム」

 (5)地域医療政策を推進する上で必要となるICTの導入や、利活用促進の方策を探るとともに、医療施策をけん引できる人材の育成を共同で実施する「医療機関関係者向け支援プログラム」


サインを終えた覚書を手にした荒井知事と樋口社長
奈良県の荒井正吾知事

 奈良県の荒井正吾知事は、「地域のさまざまな問題を解決する際に、ICT利用は欠かせないものとなっている。今回の両者の連携は、行政ですぐに使うICTというより、NPO、医療など民間との連携の際に欠かせなくなっているコミュニケーションでのICT活用が第一点。さらに、クラウドを『奈良モデル』で実施し、既存のものに加えて、新しい分野にICTを活用していくことが課題となっている」と話した。

 この『奈良モデル』とは、奈良県では他県に比べ市町村統合が進まず、数百人規模の町村が多数残っていることから、他県のように権限をすべて市町村に移行することをあえて進めず、小規模町村は県がサポートを行っていくなど、独特な体制を指す。自身ではサーバーを運営、管理していくことが難しい小規模な自治体を、クラウド活用によってICTを利活用することを目指す。


日本マイクロソフトの樋口泰行社長

 日本マイクロソフト側ではこうしたニーズを受け、「5分野は大変広範囲であるが、トレンドであるクラウドを最大限生かしたプログラムとなっている。ICTを活用することで、離れている地域や、過疎化している地域も情報化によって距離を埋めることができる。今回のプログラム5分野のカギとなるのは、『人』で、1年の期間が終わった後、カギとなる人材が育成できた地域はその後もICTの積極活用が行われている。逆に『人』が育たなかった自治体では、その後はうまくICTが活用されていない。ぜひ、人的に深い交流ができる一年としたい」と、樋口泰行代表執行役社長がコメントした。

 この協働プログラムを1年間実施した後の目標として荒井知事は、「ICT利活用マインドを地域に広げていくには、それを受けた地域側の発想の転換が必要。1年後の成果は、数値目標をあげて考えるよりも、樋口社長のことばにあったように、キーとなる人材をどれだけ育成できるのかがカギ。1人でも、2人でもそういう人材を育て、その人材を中心にICT活用を広めていくことができれば」と話した。


奈良県庁二人がサインした覚書

 

東日本大震災後はクラウドへの関心は明らかに変わった――奈良県

 今回の発表の背景について、奈良県の担当者から話を聞いた。

 まず、荒井知事から指摘があった「奈良モデル」だが、奈良県には現在でも住民数が数百人という小さな自治体が複数残る。全自治体の7割が住民数1万人以下だ。その中でも小さな自治体の役場は「最小のところでは、職員数30人」というところもあるのだという。

 こうした小規模な役場では、ICTの専任担当者は存在しない。その一方で、住基ネットの活用、電子納税といったIT化しなければならない要件は増えていく一方だ。

奈良県 総務部 情報システム課の杉中泰則課長

 奈良県の総務部・杉中泰則情報システム課長は、奈良県にある自治体が抱える問題を次のように話す。

 「例えば、ある自治体では、2012年7月15日までに移行が定められている、新しい外国人登録『在留管理制度』を導入するため、町にいる4人の外国人のためにシステム化を実現しなければなりません。これは自治体だけで実施するのは事実上無理で、県主導でサポートしていく方が現実的です」。

 県では84の業務について、(1)水平補完=複数の自治体が連携して進めるもの、(2)垂直補完=県が主導して自治体が行うもの、(3)自治体での実施から、県が実施する方向へ戻したものに分類。市町村合併を進めたほかの都道府県とは違う、奈良県にとっての最適モデルを作ることに力を注いでいる。

 ITに関しても、奈良県にとっての最適なモデルを模索している。ただ、小さな自治体が集まっていることから、「サーバーを持たないクラウドを利用するには適しているのではないか」という声があがる。

 また、今回のプログラム実施は、東日本大震災前に発表予定であったが、予定よりも発表が3か月ずれこんだ。震災前と後で意識が変わった部分も多く、特にクラウドに関しては意識が変わった部分が大きいという。

 杉中情報システム課長は、「以前はクラウドといえば、自治体にとっては低コストという点が魅力的でした。しかし、現在はそれよりも、荒井知事がリダンダンシー(冗長性)ということばで説明していた、災害に対する備えとして機能に大きな魅力を感じています」と説明する。

 荒井知事は記者会見で、「東台日本震災以降と以前では、クラウドに対する期待に関して、何か変化はあるのか」という質問に対し、「セキュリティを確保しつつ、(自治体が預かる)データをきちんと確保することも重要な課題。(災害が起こった場合、県内に全データを保管するとデータが損失する危険があることに対し)それではほかの県にデータを預けて、万が一、そのデータにトラブルが起こった場合には、誰が保証するのか?といった問題に対して、国の方でストック・リダンダンシーを意識し、道筋を作ってもらう必要がある。また、その一方で地域としても取り組んでいかなければいけない課題」と、データセンターを活用し、データを保全する必要性があることを指摘した。

 杉中情報システム課長の発言はそれを受けたもので、「災害に向けたデータの分散、保持のような新しい用途がクラウド活用の魅力」となると話す。

奈良県 総務部 情報システム課 情報システム最適化マネージャーの野田和徳参事

 また、CIO補佐官でもある奈良県総務部情報システム課情報システム最適化マネージャー・野田和徳参事は、「データセンターにデータを預けるのが安全か?という声がありましたが、今回の震災で、山形県が利用していた仙台のデータセンターが地震にも耐え、一切、止まることがなかったという事例がありました。データセンターの建物が堅牢なもので、災害には強いものだと実証する好例です。こうした好例が出てきたことで、自治体側のデータセンターへの信頼度が増し、クラウド活用に前向きなところが、震災後は明らかに増えています」と説明する。

 ただし、戸籍データのように、法的な問題で管轄外にデータを持ち出すことができないものもあり、「安全な場所に預かってもらえることが、国が法的にも整備するようになれば、さらにクラウド活用はさらに増えていくので」と自治体がクラウドを利用する際の、法律的な限界があることも指摘した。

 また、自治体にとって従量課金のクラウドは、「予算が取りにくい」という現実もある。

 野田参事によれば、「私の知っている自治体で、クラウドを利用しているところでも、従量制料金を採用しているところは一つもない」という。

 そうした問題は抱えるものの、奈良県はほかの自治体のようにIT関連のベンチャーが少なく、ほかの都道府県が日本マイクロソフトとの連携の際に採用することが多いベンチャー支援策は、今回のプログラムにを導入されなかった。

 さらに、医療、高齢者支援などでも課題を抱えていることから、「クラウドのようなものを活用しながら、新しい公共のあり方を追求しなければならない。今回の連携は、その一歩につながるのでは」(杉中情報システム課長)と期待を持っているとしている。

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