ニュース

東芝、トヨタなど11社が「量子技術による新産業創出協議会」を設立へ オールジャパンで“量子イノベーション技術立国”の実現目指す

 「量子技術による新産業創出協議会」の設立発起人会が創設され、5月31日、オンラインで会見が行われた。

 量子技術の応用を通じた中長期的な新産業の創出を、オールジャパン体制で目指すものになる。協議会には産学官の関係者が一堂に会して、量子技術に関わる基本原理や基本法則をあらためて整理。その応用可能性や必要となる産業構造、制度、ルールなどについての調査、提言を行い、新技術の応用と関連技術基盤の確立に取り組む。また、これらの活動を通じて、科学技術の発展に貢献し、日本の産業の振興と国際競争力の強化を図るという。

 設立発起人会参画企業は、JSR、第一生命ホールディングス、東京海上ホールディングス、東芝、トヨタ自動車、NEC、NTT、日立製作所、富士通、三菱ケミカルホールディングス、みずほフィナンシャルグループの11社。

 設立発起人会の会長には、東芝 取締役会長代表執行役社長CEOの綱川智氏が就いた。設立総会は、2021年7~8月を予定している。その後、経団連などの業界団体のイベントで協議会概要を説明し、会員を募集していくことになる。

 東芝 取締役会長代表執行役社長CEOの綱川智氏は、「オールジャパン体制で、量子イノベーション技術立国の実現を目指す」と宣言した。

協議会の事業目的・事業方針

 量子技術による新産業創出協議会は、「量子技術の基本原理、基本法則に立ち戻り、これらを正しく理解し、その応用可能性を見出し、最終的に産業応用するための企画、検討を行う」ことを事業目的とする。

 具体的な事業として、量子技術の全般の動向の調査、産業界トップ層の間での情報共有を行う「量子技術の動向に関する調査・研究」、複数分野についての応用可能性を調査、研究する「量子技術の産業活用に関する調査・研究・提案」、量子コンピュータや量子通信に必要となる材料、デバイスなどについての調査、検討、情報共有を行う「量子関連技術に関する調査・検討」、量子技術に関連する人材の育成に関する調査、企画、提案、意見交換を行う「量子関連人材に関する調査・企画・提案」、量子技術の実装に際し、必要となる知財、標準化、倫理、トラストなどの調査、検討を行う「制度・ルールについての調査・検討」を挙げた。また、普及広報、政策提言などの活動も行う。

事業の目的と事業概要

 事業方針としては、「関連量子アルゴリズムごとに正しく理解し、産業への応用可能性について、調査、検討を行うための部会を設置する」とし、現時点で有望と思われる量子アルゴリズムとして、「量子波動・量子確率論応用」、「量子シミュレーション(連立方程式、変分)」、「最適化・組合せ問題(量子アニーリング)」、「量子暗号・量子通信」を挙げたほか、材料やデバイスなどの「関連基盤技術」、量子マテリアルや量子生命、医薬、量子バイオ、量子センサー、量子AIなどの「重要応用領域」とともに、人材、制度、ルールなどに関しての検討課題の洗い出しを行い、必要に応じて部会を設置する。

 さらに運営委員会、実行委員会、部会を設置し、活動を実施。内閣府や総務省、文科省、経産省、経団連、産業競争力懇談会(COCN)、業界団体がオブザーバーとして参加する。

事業方針
運営組織案

 「研究開発だけでなく、産業化を推進する点が特徴となる。いままで各社個別に行ってきた取り組みとは大きく異なる。参加企業については、広く多くの企業に参加してもらいたい。海外との連携も積極的に深めていきたい」(東芝 執行役上席常務の島田太郎氏)とした。

東芝 執行役上席常務の島田太郎氏

設立発起人会参画企業の代表がコメント

 5月31日の午後6時10分から行われた会見では、設立発起人会参画企業の代表が出席した。

記者会見の様子

 NTT 取締役会長の篠原弘道氏は、「内閣府のCSTI(総合科学技術・イノベーション会議)において、科学技術の推進と、新技術の産業応用について議論をしてきたが、そのなかでも量子技術は広範囲な産業分野に対して、大きなインパクトを与えるものだ。量子の特徴を活用することで、従来技術では実現できなかった大容量、高性能、高信頼、低消費電力といった性質を実現できる。さまざまな分野でイノベーションを起こし、日本の産業を強力にするものである」とコメント。

 さらに、「一方で、量子技術は、テーマによっては、研究から事業化するまでが長期化することがある。量子の研究者と産業分野のメンバーが早い段階から連携し、研究と社会実装に向けた準備を並行して進めることが重要である。産学官の連携を産業界の柱として受けていく役割が新たな協議会の狙いとなる」とした。

 また「量子計算では、さまざまな産業分野で実問題を素早く解ける研究開発を進めるとともに、適用分野の拡大に取り組む。量子暗号、量子センサー、量子マテリアル、量子デバイス、量子生命といった分野も、日本の発展を大きく促すポテンシャルを持っている。これらの分野でも早い段階から産官学で英知を結集する必要がある。幅広い量子技術を産業界で活用できるように働きかけたい」と述べた。

NTT 取締役会長の篠原弘道氏

 NEC 取締役会長の遠藤信博氏は、「NECは約20年間に渡り、量子コンピュータ、量子暗号通信の研究を継続してきた。現在、全体最適の価値創造が求められるなかで、量子技術はなくてはならない要素となっている。量子の基本原理、原則に立ち戻る理念に基づき、ハードウェア開発、応用、利用技術を最大限生かし、量子技術の産業化と社会実装の一翼を担いたい」と発言。

 その上で、「量子技術分野では学との連携による研究開発だけでは不十分である。安全保障を考慮した産業界全体のサプライチェーンの構築、ベンダーとユーザーの密連携による高い価値の早期産業化、政府と一体となった国際競争力の強化といった付加価値の高い量子産業を創出しなくてはいけない。その点でこの協議会の役割は重要である。これから求められるのは実用化へのスピードである。日本の量子技術の産業化をスピードアップしたい」とした。

NEC 取締役会長の遠藤信博氏

 富士通 代表取締役社長CEO兼CDXOの時田隆仁氏は、「富士通は、量子コンピューティングの研究を始めたところであり、2021年4月には理化学研究所とともに、理研RQC-富士通連携センターを設立し、1000量子ビット級を目指す取り組みを開始した。協議会への参加企業は量子に対する課題認識を持ち、利用を検討している企業ばかりである。技術をいかに実装していくかを考える場になることを期待している。富士通が開発したデジタルアニーラは、すでに実装されている例がある。実装するには、解くべき課題を理解し、技術によってどのような効果が出るのかを考えられる人材が重要になる。産業創出を目指すには人材育成も含めた取り組みが必要である。ここでも、産学官で取り組みを広げたい」とした。

富士通 代表取締役社長CEO兼CDXOの時田隆仁氏

 日立製作所 執行役会長兼執行役社長兼CEOの東原敏昭氏は、「Society5.0のビジョンを考えた場合に、量子技術の基盤構築が重要になると考えている。2050年の世界からバックキャストして、いまなにをしなくてはいけないのか、というアプローチが必要である。そのためには基礎技術だけでなく、アーキテクチャ論、人材育成、構築ノウハウの蓄積も重要になる。世界に打って出るには知財戦略や事業戦略も必要である。長期展望をもとにした協議会の設立は心強い。量子技術で世界に冠たる日本と言われるように努力したい」と語った。

日立製作所 執行役会長兼執行役社長兼CEOの東原敏昭氏

 東芝 取締役会長代表執行役社長CEOの綱川智氏は、「東芝では、2003年に量子暗号通信の研究を開始した。日本が海外と伍(ご)していくには、量子技術でさまざまなユーザーを接続するネットワーク、量子スーパーハイウェイの社会実装を早期に進めることが必要である。これは1社では実現できない。まとまって作りあげる共創の精神が必要だ。ここにオールジャパンという意味がある」と前置き。

 「世界に目を向けると、すでにさまざまな国が量子技術の開発にしのぎを削っており、投資を拡大している。量子技術は中長期の産業競争力や国家安全保障を左右する技術である。量子技術に基づくコンピュータ、通信、シミュレーションなど、日本は、世界をリードする技術を多数有している。これまでの日本は、『技術で勝って、産業で負ける』と指摘されていたが、量子時代においては、技術面に加えて、まずはできるところから始めるというスピード感を持って、産業面でも世界をリードしていきたい。量子技術による新たな産業の創出に貢献したい。ユーザーを巻き込んで、どう使うのかといった協働を進めていく。協議会には、より多くの企業、専門家に参加してもらいたい。国際連携も必要であれば行っていく」などとした。

東芝 取締役会長代表執行役社長CEOの綱川智氏

 トヨタ自動車 代表取締役会長の内山田竹志氏は、「量子技術の適用によって、考えられなかったような大量のデータを、超高速に取り扱える可能性が見えてきた。課題解決に向けて大きなポテンシャルを持つ一方で、ここで負けると将来の産業競争力を大きく損なうリスクがある。中国、米国をはじめとする諸外国では、研究開発、実用化に向けての動きが出ている。だが、量子技術の実用化、適用においては、高度なソフトウェアとハードウェアの融合が必要であり、これが日本の大きな強みになると期待している」と発言。

 JSR 取締役会長の小柴満信氏は、「量子技術に関して、世界中でダイナミックな動きが見られるなか、日本の産業界が垣根を越えて、情報を共有し、協業できる場がやっとできた。量子技術は手段であり、目的ではない。21世紀の社会において、AIの競争力は、国家の安全保障、産業の競争力にとって重要な手段となる。産学官の垣根を越え、イノベーションの創出や産業の創出だけでなく、日本の将来の生死を決める大切な一歩になるという気持ちを持って、協議会に参加したい」と述べた。

トヨタ自動車 代表取締役会長の内山田竹志氏
JSR 取締役会長の小柴満信氏

 また、三菱ケミカルホールディングス 取締役会長の小林喜光氏は、「量子コンピューティングに立ち遅れるわけにはいかない。次の日本の発展の礎となるべく、産学官で協力したい」とコメントした。

 CSTIの議員も務める、みずほフィナンシャルグループ 取締役会長の佐藤康博氏は、「金融界にとって量子技術は、デリバティブ製品の価格設定や各種リスク評価、ポートフォリオの最適化のほか、量子暗号技術によるセキュリティレベルの高度化など、さまざまな分野で死活的に重要な役割を果たす技術である。産業界が一体となって産官学の関係者が一堂に会して協議する場が設けられることは、今後の量子技術の社会実装化に向けて、極めて重要な一歩になる。量子技術をめぐる国際競争は熾烈(しれつ)化するだろう。単なる意見交換の場ではなく、産業界がこの協議会を積極的に活用して、量子技術の実装化、新産業創出のための共創の場として機能することを祈念する」と話している。

みずほフィナンシャルグループ 取締役会長の佐藤康博氏

 東京海上ホールディングス 取締役会長の永野毅氏は、「量子コンピュータは、保険の次世代化を進める応用技術になる。暗号技術、サイバーセキュリティ、医療、介護といった量子技術の活用が羨望(せんぼう)される分野は、保険の必要性が高まる分野と親和性が高い。ルールづくりを含めて、どうすれば社会に受け入れてもらえるのかといった点でも果たすべき役割がある」と発言した。

 第一生命ホールディングス 取締役会長の渡邉光一郎氏は、「Society 5.0によって実現される超スマート社会をどう実現するかを考えると、この協議会が果たす役割は大きい。量子技術は、将来の社会サービスプラットフォームの中核になる。オールジャパンで、量子技術イノベーション戦略を展開していくことが大切である。生産性向上や健康長寿社会の実現など、社会実装を目指すことが最も重要である。ここに、世界のどこが早く着手できるかがポイントになる」と述べた。

東京海上ホールディングス 取締役会長の永野毅氏
第一生命ホールディングス 取締役会長の渡邉光一郎氏

 一方、内閣総理大臣補佐官の和泉洋人氏は、「2020年1月にまとめた量子技術イノベーション戦略に基づき、産学官が基礎研究から社会実装に向けた取り組みを進めており、量子技術は当初の予想を超えて、スピード感を持った動きが見られている。先ごろの日米首脳会談でも量子科学技術の研究、技術開発における日米の連携強化を確認している。量子技術は経済社会に変化をもたらす重要な基盤であり、政府と連携を深め、日本の強みを生かし、産業化や事業化を促進する中核的な役割として、この協議会が活動することを期待している。ベンダー企業以外にもさまざまな産業のユーザー企業が参加し、議論を深め、顕在化していない社会課題を明らかにし、社会変革を引き起こす、新産業の創出を期待している。政府も政策面でしっかりと連携をしていく。日本の将来を担う協議会になる」と述べた。

内閣総理大臣補佐官の和泉洋人氏