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「F1で勝つには柔軟性とリアルタイム性を発揮するIT環境が必要」~IBM Pulseレポート

 「IBM Pulse 2014」のゼネラルセッションでは、ユーザー事例も多数紹介された。クラウドやモバイル、ビッグデータ、アナリティクスなどを利用し新たな変革に挑戦している例であり、これらを活用することで何が変化するかを示すものだ。

企業の設備管理もクラウド、モバイル、アナリティクスで変革する

米国のアソシエート・チーフエンジニア Hugo Beltran氏

 IBMでは、設備管理のソフトウェア製品として「IBM Maximo Asset Management」(以下、Maximo)を提供してきた。これは、企業資産のライフサイクル管理および保守管理を行うためのもので、最新版となるV7.5.1ではSoftLayerに対応し、SaaSでの提供を開始している。SaaSなので迅速なシステムの立ち上げが可能。また、システムを所有せずにサブスクリプション型で利用できるのもメリットだ。

 このMaximoは、いわゆる設備資産の管理だけを行う仕組みではない。設備管理のノウハウを蓄積しておくことで、生産設備などから得られるさまざまなデータを分析し予防保守も実現する。このMaximoを活用している例として紹介されたのが、米国ホンダだ。同社のアソシエート・チーフエンジニア Hugo Beltran氏は「生産現場のフロアで実際に何が起きているかを分析し、その上で対策を立てています」と言う。そのために、作業している現場から代表者立て、彼らを設備管理のための委員会に参加してもらう。問題が発生すれば彼らと供に、根本原因を追及し対策を立てる。

 この設備管理という業務領域で、IBMは米国ホンダのパートナーとなった。「設備管理のソリューションで何が良いかを比較しMaximoを選択しました。製品の機能だけでなく、IBMはグローバル企業でありわれわれの要求にきちんと対応してもらえることが選択のポイントです」とBeltran氏。

 産業用ロボットなどが故障し、工場内で生産ラインが止まってしまう。ホンダのような先端的な企業の工場でも、生産ラインは止まる。止まるたびに原因を究明し、現場で対処できない問題が発生すれば専門家を呼び対処してもらう。生産ラインのダウンタイムは、すぐに企業の損失になる。長い時間ラインが止まれば、その分だけクルマが作れない。

マニュアルとして利用してきた手帳を示すBeltran氏

 通常は、あるロボットが止まればフローチャートに沿って診断し原因を究明する。以前は紙のマニュアルを使ってそれを行ってきた。「マニュアルというのは、私の17年間の経験を手帳に書き記したものです。時にはそれに書いていないトラブルも発生します」とBeltran氏は言う。Beltran氏は実際に使っていた手帳を持参し、長年にわたり使い込まれぼろぼろになった様子を会場に示した。手荒に扱うとばらばらになってしまいそうなこの手帳が、世界のホンダの生産ラインを支えていたというのには驚かされる。

 メモに書かれていないトラブルにも迅速に対処したい、そう考え導入したのがMaximoだった。Maximoを導入し、ラインのトラブルへの対処方法が変わった。トラブルが発生すると現場では異常を知らせるアラームが鳴る。すぐに対象装置のトラブルマニュアルがMaximoで参照でき、現場で多くのことが対処できるようになった。このマニュアルには、過去のナレッジすべてが蓄積されている。

 「過去の人たちが積み上げてきた知識をちゃんと残すことも、生産現場の課題でした。Maximoを使い始めてから9カ月あまりが経過し、蓄積した技術を容易に参照できるようになった結果、機器の稼働効率は北米で5.3%改善されました」(Beltran氏)

 この改善はスタートしたばかり、今後さらなる効率化が期待できるとBeltran氏は言う。トラブルの予兆の段階で対処できるようになれば、トラブルが発生する前に対策を施せる。そうなれば、ラインを止める時間は最小化できる。

 「将来は、自動化したいと考えています。リアルタイムにラインから収集できるデータを分析し、トラブルなどが予測される機器の分析結果がモバイル端末などにストリーム情報として届けられるようにしたい。究極は信号機のように赤、青、黄色の表示で、機器の状況が自動で分かるようにしたいです」とBeltran氏。このように、設備管理の領域にどんどんビッグデータ分析が入ってきている。それがクラウドを介しモバイル端末などでも参照できる。そうなれば、工場の外からでも利用は可能だ。

ビッグデータ、クラウド、モバイルでホンダの生産ラインを支える

 設備管理というソリューションにビッグデータ、アナリティクス、クラウド、モバイルを組み合わせるホンダの取り組みは、まさにIBMの目指す世界と一致する。

F1のチャンピオンを支えるIBMのテクノロジー

Infiniti Red Bull RacingのCIO、Matt Cadieux氏

 もう1つ自動車関連の事例として紹介されたのが、世界最高峰の自動車レースF1で4年連続チャンピオンを獲得しているInfiniti Red Bull RacingのIT活用だ。

 F1の世界で勝利を続けるには、時間をかけ優秀なマシンを作ればいいというものではない。「オンタイムでさらなるパフォーマンスを発揮しなければなりません。成功をいかに長く持続するか、そのために、IBMのコンピュータに依存しています」と言うのは、Infiniti Red Bull RacingのCIO Matt Cadieux氏だ。

 Infiniti Red Bull Racingは2005年に発足した若いチームでありながら、最近4年間は圧倒的な強さを誇っている。

 「F1のマシンはプロトタイプです。常に新しいものを加えていきます。そのため、開発にはアグレッシブに取り組まなければなりません。そうしなければ、もっと下位のチームに甘んじていたでしょう」(Cadieux氏)。

シーズン中も進化を続けるF1マシン

 F1のイメージは華やかなものがあるが、現実はエンジニアリングであり設計のプロセスが大きな割合を占める。チームには600人あまりの社員がいるが、そのうち10%程度しかレース場には赴かない。レーシングチームは市場でクルマの販売はしないが、プロトタイプである製品に対し常にイノベーションを続ける。「ものを作って直しての繰り返しは、製造業の他メーカーと同じです。ただし、クルマがものすごく速いように、F1ではビジネスプロセスも速くないとだめです」とCadieux氏。ビジネスプロセスを速くするために、ITシステムの活用はなくてはならない。

 レースシーズンに入れば、次のレースまでに問題を解決する必要がある。その期間は2週から4週間。新しいものを迅速に作り、それを世界中のレース場に届けなければならない。そのため、改良を施した車両をテストできる時間は極めて限られる。

 「マシンの設計では、数多くのツールを使っています。より良いマシンを迅速に作るには、シミュレーションが柱となります。それには、スーパーコンピュータも使います。徹底的にデータ分析を行い、レース中にもリアルタイムにデータを分析して最適な判断を下しています」(Cadieux氏)。

レース中は数十人のオペレーターがリアルタイムにデータを分析している

 本戦前の金曜日、土曜日はデータを徹底して収集し、マシンをベストな状態に持って行く。さらに、本番レース中にもリアルタイムにさまざまなデータを収集して、分析しリアルタイムに戦略を立てている。

 利用しているITシステムは、現状はプライベートクラウドで運用している。週末だけ使う分析ツールもあり、ITリソースへの要求はレース時やそれ以外で上がったり下がったりする。そのため、必要な性能を確保するためのITインフラには課題が多い。各種データ分析用のアプリケーションも20くらいはあり、常に新たなものを開発し続けている。さらにイメージ情報が多く、グラフィックスのパフォーマンスも必要とする。

 データ量も増え続けており、ストレージも、ものすごくたくさん使う。その部分はIBM Tivoli Storage Manager HSMで効率化しているとのこと。十分な拡張性を確保するために、今後はSoftLayerのようなクラウド環境の利用を検討している。さらに、ITが止まればレースには勝てないので災害対策も必要だ。それらすべてを考慮し、新たなIT環境を選択することになる。

 いまや、F1に勝つためには、柔軟性とリアルタイム性を発揮する堅牢なIT環境がなければならないというわけだ。

谷川 耕一