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「人類の困難な問題を解決するためにAIを活用する」――、ボーガスCTOがさまざまな分野での活用事例を紹介

AWS Summit Japan 2024基調講演レポート

 AWS(Amazon Web Service)に関する国内最大のイベント「AWS Summit Japan 2024」が、6月20日~21日に幕張メッセで開催された。

ヴァーナー・ボーガス氏、「AI for Good」を語る

 初日の基調講演に登壇したAmazon.com CTO兼バイスプレジデントのヴァーナー・ボーガス(Werner Vogels)氏は、人類の課題を解決するための「Technology for Good(善のためのテクノロジー)」および「AI for Good(善のためのAI)」について語った。

Amazon.com CTO兼バイスプレジデント ヴァーナー・ボーガス氏
「Technology for Good(善のためのテクノロジー)」
「AI for Good(善のためのAI)」

ボトムアップのAIによってLLMが生まれた

 ボーガス氏はまず、AIの父と言われるジョン・マッカーシー氏の「AIが機能し始めたら、もはや誰もAIと呼ばなくなるだろう」という言葉を引用し、AI的な考えの歴史を振り返った。約3000年前に、すでにソクラテスやプラトンやアリストテレスといったギリシャ哲学者が、人間が脳から体を動かすのと同じ仕組みの機械を想像していたという。

 そして20世紀にアラン・チューリングが人間は思考することができるかについて考え、チューリングテストを提唱した。1956年にはジョン・マッカーシーが主催するダートマス会議が開かれ、AIという言葉が登場した。この流れからエキスパートシステムが作られるようになり、若きボーガス氏も開発に取り組んでいた1人だったが、「これはトップダウンのものだった」と氏は振り返る。

「AIが機能し始めたら、もはや誰もAIと呼ばなくなるだろう」
古代ギリシャの哲学者もロボットのようなものを想像していた
アラン・チューリングの構想
1956年のダートマス会議でAIという言葉が登場
エキスパートシステムはトップダウンだった(なおスライド中の写真は若き日のボーガス氏)

 それがロボット工学によって、人間を感覚からエミュレーションできるのではないかと考えるようになり、ボトムアップへと潮流が変わったとボーガス氏。その例が、Amazonのフルフィルメントセンターで自律走行するロボットで、「もはやAIとは言われない」と氏は言う。

 このボトムアップの潮流から登場したのが、深層学習や、トランスフォーマー、そしてLLMといった技術だ。ただしボーガス氏は「LLMは終着点ではない。3歩目ぐらい」と言う。

ボトムアップの潮流
Amazonのフルフィルメントセンターで自律走行するロボット
ボトムアップの潮流から、深層学習や、トランスフォーマー、LLMが登場

食料問題のためのAI

 「ここで言いたいのは、この先がどうなるかではなく、今何ができるかだ」とボーガス氏は言い、人類の困難な問題を解決するためにAIを活用すること(AI for hard human problems)を主張した。

 最初は、食料問題だ。ボーガス氏は世界を旅してさまざまなスタートアップを訪問する動画「Now Go Build」シリーズを、YouTubeやプライムビデオで公開している。

 その第1回がジャカルタのHara社だった。小規模農家にはアイデンティティ情報や信用情報がないため、銀行が融資してくれず、ヤミ金から借りざるをえないという問題があるという。そこでHara社は、小規模農家にアイデンティティを与え、土壌や気象などのデータを収集しAIで分析することで、農家の収穫量や信用度をデータ化する。このデータは政府や銀行にとっても宝の山となる。これにより、小規模農家が融資を受けられるようになり、返済率も100%とのことだった。

人類の困難な問題を解決するためにAIを活用すること(AI for hard human problems)
ジャカルタのHaraの事例
Haraの仕組み
Haraの実績

 マニラのInternational Rice Research Institute(IRRI)は、20万種の米の種子を冷凍保管している。ここでは、世界から集まる種子が悪くなっていないかどうかを仕分けるのに、AIの画像認識を使っている。

 さらに、小規模農家には読み書きができず、コンピュータシステムを使えない人もいる。そこでIRRIは、電話で農業相談に応じるAIも用意した。

マニラのInternational Rice Research Institute(IRRI)
世界から集まる米の種子をAIの画像認識で仕分け
電話で農業相談に応じるAIも用意

 日本のヤンマーは、AIで温室を管理することで、温度や湿度などを個々の作物に最適化してを管理する精密農業を実現した。

 タンパク質も大事だ。魚は牛などと比べて、同じ量の飼料から得られるタンパク質の効率がよいという。この分野でAquabyte社は、数十万匹ものサーモンを養殖しているが、画像認識やセンサーなどを用いて1匹ごとにサーモンを管理している。これにより、1匹が感染すると全滅につながる伝染病にも対応しているとのことだった。

ヤンマの精密農業
Aquabyteのサーモン養殖

医療問題のためのAI

 次は医療問題だ。この分野でもAIにより大きな変革が起きているとボーガス氏は言う。

 例えばスウェーデンでは、50歳以上の女性に2年ごとに乳がん検査をしており、そのエックス線画像をAIで分析することにより、1人の放射線医師が診断するより30%多く診断できることになったという。

 Swoop Aero社は、AIドローンでワクチンを届けることで、感染症の拡大を防ぐ。実際、2018年12月にバヌアツで乳児にワクチンを届けた。

 ブラジルのdr.consultaは、低所得者への医療にAIを用い、ジェネリック医薬品だけでなく予防医学も提供しているという。

 アイルランドのCergenXは、AIを使った新生児の脳波検査検査により、脳損傷をすぐに検出する。新生児の脳損傷は、通常は何年かたってから検知されるのだという。

Swoop Aero社のAIドローンによるワクチン運搬
dr.consultaの低所得者医療
CergenXの新生児の脳波検査検査

オープンデータと、その山から“針”を探すための磁石としての機械学習

 こうした事例は、画像認識や自然言語処理などのAIの技術を使っている。しかしボーガス氏は「例えばAmazon.comで買い物をすると、レコメンデーションなどでみんなAIを使っている。これらは誰もAIと呼ばない」と、すでに実用として機能していることを強調した。

 AIの基礎となるのはデータだ。しかし、データは特権的になりがちだともボーガス氏は指摘し、オープンなデータの必要性を語った。

 オープンデータの活用の例が、フィリピンのHOT(Humanitarian OpenStreetMap Team)だ。フィリピンでは台風が多いが、支援団体が活動しようとしても地図がないことが壁になるという。そこで、オープンデータの地図であるオープンストリートマップによって支援しているのがHOTだ。

 またDigital Earth Africaでは、NASAなどが公開する衛星データを使って、例えば違法伐採のための違法な道路を検知するなどによって、森林破壊を防ぐ活動を行っている。

フィリピンのHOT(Humanitarian OpenStreetMap Team)
Digital Earth Africa

 「善のためにはデータの民主化が必要だ」とボーガス氏。ただし、現在では大量のデータがクラウドに集まり、必要な情報を探すのは干し草の山から針を探すようなものだという。そこで、針を探すための磁石となるのが機械学習だと氏は語った。

 例えばNPO団体のThornでは、児童売買の発見にAIを活用している。ThornのSpotlightシステムでは、世界中の膨大な画像を集め、その中から被害者児童の写真と比較して探し出すという。また、ThornのSaferは、例えば会話内容などから児童性的虐待を検出するという。

ThornのSpotlight
ThornのSafer

 最後にボーガス氏は、「よいAIのためにはよいデータが必要」「よいデータのためにはよいAIが必要」「よい仕事にはよい人材が必要」として、AWSやGoogleが支援するアクセラレータープログラム「AI for Changemakers」を紹介した。そして、前述の動画シリーズにかけて「Now, go build(今、作りに行こう)」の言葉で締めくくった。

「よいAIのためにはよいデータが必要」「よいデータのためにはよいAIが必要」「よい仕事にはよい人材が必要」
アクセラレータープログラム「AI for Changemakers」
「Now, go build」

生成AI関連を中心にサービスや事例を紹介。Anthropic、ソニー、ispaceも登場

 初日の基調講演の後半では、アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 執行役員の恒松幹彦氏が登壇した。

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 執行役員 恒松幹彦氏

 なお、その中で発表された国内でのサービス開始予定については、速報記事でレポートしたので、そちらを参照してほしい。

日本企業のAWSでのイノベーション事例

 恒松氏はまず、AWSは2023年に3410のアップデートを行い、240以上のサービスをそろえ、130回の値下げを行ったという数字を紹介。さらに世界に33のリージョンがあり、7つを予定していると説明した。

 そして、こうしたAWSを使って顧客企業はイノベーションを実現してきたと語った。その例としては、NTTドコモが5GネットワークにAWSを使ったハイブリッドクラウドを採用した事例や、日本取引所協会(JPX)がカーボンフットプリント取引所をAWS上に短期間で立ち上げた事例、関西電力がスマートメーターなどにAWSを採用した事例、イオンフィナンシャルがセキュリティ強化のためにクラウド移行している事例、盛岡市が基幹システムをAWSに移行した事例を挙げた。

2023年のAWS
AWSの世界のリージョン
NTTドコモの事例
日本取引所協会(JPX)の事例
関西電力の事例
イオンフィナンシャルの事例
盛岡市の事例

生成AI関連サービスの3つの層

 恒松氏は、生成AIでもクラウドのスケーラビリティが貢献していると説明。そして、AWSの生成AI関連サービスを、最近のAWSがよく用いるように、インフラ、ツール、アプリケーションの3つの層に分けて紹介。「この3層で安全で効率的にアプリケーションを使えることを目指す」と語った。

 インフラの層では、GPUに加え、コストパフォーマンスを高めるために開発したAI専用チップを紹介した。AI学習用には「AWS Trainium」が、AI推論用には「AWS Inferentia 2」がある。

AWSの生成AI関連サービスの3つの層
インフラ:AI専用チップ

 ツールの層では、さまざまな生成AIモデルをAPIを使って同じように扱える「Amazon Bedrock」が紹介された。Amazon Bedrockにより、モデルの適材適所で使い、AIを実験してクイックに方向転換する適応力を実現すると恒松氏は語った。

 また恒松氏は、AWSで生成AIを本番活用している企業の例として、AWS Trainiumを利用して日本語特化LLMを開発したストックマーク株式会社や、ユーザーサポートのマニュアルをAmazon BedrockでAI化し、回答作成を30%短縮した株式会社セゾンテクノロジーの事例を紹介した。

ツール:Amazon Bedrock
AWSで生成AIを本番活用している企業

 アプリケーションの層では、AIアシスタントの「Amazon Q」を恒松氏は紹介した。企業データと連携する「Amazon Q Business」や、ソフトウェア開発を助ける「Amazon Q Developer」など、分野ごとのサービスがある。

アプリケーション:Amazon Q

 こうしたAWSの生成AI関連サービスについては、Bedrock提供する基盤モデルが31、生成AIサービスのアップデートが75、生成AIが組み込まれたAWSサービスが28という数字を恒松氏は挙げた。

 同時にテクノロジー以外にも、カルチャーやスキル、パートナー、支援プログラムの面でも支援していると説明した。

AWSの生成AI関連サービス
パートナー

サステナビリテイや宇宙への取り組みも

 続いて、クラウドテクノロジーと社会について恒松氏は取り上げた。

 これについては動画で、救急医療のファーストドクター株式会社がAmazon Connectを導入して、3日間で200のコールセンターを立ち上げた事例や、AIを使った個別学習教材を開発するatama plus株式会社が柔軟性を求めてAWSに移行した事例が紹介された。

救急医療のファーストドクター株式会社の事例
教育のatama plus株式会社の事例

 サステナビリテイについては、世界の再生可能エネルギープロジェクトの500以上に参加していることや、事業全体で再生可能エネルギーを90%利用していること、ウォーターポジティブに向けてコミットメントを発表していることを恒松氏は紹介した。

 宇宙への取り組みもある。Amazonでは、人工衛星をメッシュ状に相互リンクさせて世界中に衛星インターネットサービスを提供する「Project Kuiper」に取り組んでいることを恒松氏は紹介した。

サステナビリテイへの取り組み
Project Kuiper

Anthropic:生成AIの安全性を強調

 恒松氏の基調講演では、複数のゲストが登場した。

 1人目のゲストは、Anthropic 共同創設者 兼 チーフサインティストのジャレッド・カプラン氏だ。

 Anthropicは、OpenAIの元メンバーによって設立されたAIスタートアップで、Amazonからも投資を受けている。LLM「Claude」を開発して公開しており、ちょうどAWS Summit Japan会期中に最新版の「Claude 3.5 Sonnet」が発表された。

 カプラン氏はまず、AIの成長の基本にスケーリング則があり、まだ拡張し続けると思っていると語った。ここで「どのようにして責任を果たしながら生成AIモデルの革新と拡大を続けるか」が大きな問題となるとした。

 Anthropicはもともと、先端的なAIを安全に構築することをテーマに設立された。そのための独自の方式が憲法AI(Constitutional AI)と呼ばれ、Claudeもこれにもとづいて学習されている。

 「AIの安全性の研究は不可欠だと考えている」とカプラン氏は言い、長期的な研究への投資も行っていることを紹介。さらにパフォーマンス面でも、他社の1/5のリソースで世界最高水準にあると述べた。

 最後にカプラン氏は、アドバイスだと前置きして、AIのインテリジェンスやスピードがさらに急速に進歩していくため、今から準備を始めようと語った。

Anthropic 共同創設者 兼 チーフサインティスト ジャレッド・カプラン氏
「どのようにして責任を果たしながら生成AIモデルの革新と拡大を続けるか」
Anthropicの生成AIの安全性への取り組み
AnthropicのAIモデルのパフォーマンス
「今日から準備を始めましょう」

ソニーグループ:社内専用生成AIツールにAmazon Bedrockを利用

 2人目のゲストとしては、ソニーグループ株式会社 常務 CDO 兼 CIOの小寺剛氏が登場し、同社の生成AIへの取り組みについて語った。

 ソニーグループでは、カメラのオートフォーカスや、ゲームのAIエージェント、IDや決済の不正検知など、製品やサービスなどにすでにAI技術を取り入れている。

 そして、さらなる活用のために生成AIの展開に取り組んでいるという。すでに社内の多様な組織で生成AIを利用し、倫理や不正防止にも対策しながら、業務効率を高めていると小寺氏は紹介した。

 具体的には社員誰もが簡単にアクセスできる社内専用生成AIツール「Enterprise LLM」を用意した。全社員が生成AIのリスクとオポチュニティを体験し、ビジネスでの活用事例も生まれているという。

 Enterprise LLMにおいては、複数のLLMを使い分け、ピボット(転換)や複数のユースケースに対応し、スケーラビリティができる環境を必要とした。そこで、Amazon Bedrockがマッチしていたと小寺氏は語った。

ソニーグループ株式会社 常務 CDO 兼 CIO 小寺剛氏
ソニーグループ社内での生成AIの活用
ソニーグループの社内専用生成AIツール「Enterprise LLM」
Enterprise LLMの要件にAmazon Bedrockがマッチ

ispace:ミッションとAWSの親和性

 3人目のゲストは、宇宙スタートアップである株式会社ispaceのDirector of Information Security and Global IT、ウッドハム・ジュニア・ダン・ラマー氏だ。

 ラマー氏はispaceについて、月を探査する会社だと紹介した。中核ビジネスとしては、顧客の荷物を月まで輸送する「ペイロードサービス」、月の情報を集めて提供する「データサービス」、宇宙船にスポンサーロゴを掲載する「パートナーシップサービス」の3つがあるという。

 ispaceのミッションとAWSの親和性については、ミッションによってITの負荷が変わることによるAWSのスケーラビリティへの親和性や、AWSのランディングゾーンがispaceのコンプライアンスとセキュリティをサポートしていること、AWSには宇宙の部門もあって複雑な問題にも対応できること、AWSとispaceのネットワークを簡単につなげてDRやBCPにも対応できることなどをラマー氏は挙げた。

 具体的には、ミッションコントロールセンターのシステムをAWSにより再構築した。コントロールタワーにランディングゾーンを活用し、ガバナンスを強化してセキュリティとコンプライアンスを確保した。また構築時にはプロフェッショナルサービスを活用し、エキスパートエンジニアの支援を受けた。

 さらにミッションコントロールセンターのマイグレーションにより、効率的な運用と、サーバーレスとデータレイクによるデータ活用強化を実現。運用の効率化とセキュリティを最大化したという。

株式会社ispace ウッドハム・ジュニア・ダン・ラマー氏(Director of Information Security and Global IT)
ispaceの3つの中核ビジネス
ispaceのミッションとAWSの親和性
ランディングゾーンの活用
ミッションコントロールセンターのマイグレーション