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社員が成長するための生成AI活用への取り組み
業務の効率化や高度化にとどまらない成果

企業が安心して使える生成AIの実行環境を構築するには──。「クラウドWatch Day “最適な生成AI環境” 構築支援」(主催:クラウドWatch編集部、2024年2月21日)において、ビジネスデザイン部 データサイエンスチームの桑田 修平氏が、「なぜ生成AIを導入するのか?」と題して、三井住友海上における生成AI導入の狙いや取り組み、業務の効率化や高度化にとどまらないその成果について紹介した。

新たな価値の創出とそのための風土醸成がミッション

 三井住友海上火災保険は、グローバルな保険金融サービス事業を通して、安心と安全を提供し、活力ある社会の発展と地球の健やかな未来を支える損害保険会社。国内外で、自動車保険をはじめ火災保険などさまざまな保険商品を提供している。

 ビジネスデザイン部には、大きなミッションが2つあると桑田氏。一つは新たな価値を生み出すこと、もう一つはそのために社員自身が変わろうとする風土を醸成することだ。

 「お客さまに多様な価値を提供するために、これまでの補償フェーズから、その前後の予防と回復のフェーズでも新たな価値を生み出そうと取り組んでいます。そのためには社員自身がこれまでとは違う仕事への取り組み方を行う、そのための風土醸成も必要です」(桑田氏)。

ビジネスデザイン部のミッション

生成AIがもたらす「知の統合」「知の活用」「知の創造」

 生成AI導入の目的について、桑田氏は「社員が成長する仕組みを作る。この一言に尽きます」と語る。

 生成AIを導入して業務を効率化すると、社員に時間が生まれる。「その空いた時間で社員自身が成長する、よりお客さまのために何ができるかを考え、お客さまに対する提供する価値の質を高める、つまり仕事の質を高められます。そうしたサイクルがうまく回れば良いというのが生成AI導入の狙いです」(桑田氏)。

生成AI導入の狙い

 そうした狙いのもと、三井住友海上では2023年、「AIインフィニティラボ」を立ち上げた。

 ラボでは設立にあたり生成AIについて、考え方の整理を行っている。それが「知の統合」「知の活用」「知の創造」の概念だ。

 知の統合は、三井住友海上に存在するありとあらゆる知識やノウハウ、データを統合し、言葉で容易にアクセスできるようにすること。知の活用は、AIと協調することで人間個人の能力ではこれまで到達不可能だった成果を創出すること。知の創造は、人間が創出した成果をAIが取り込むことで、AIが新たな知を生成すること。

 この3つの知をサイクルで回すことで「新たな世界」を生み出していく。

三井住友海上の生成AI活用の取り組み

 三井住友海上では2023年4月にラボを立ち上げ、生成AIを活用する環境を構築。その後は機能追加に加え、研修やアイデアコンテストの実施などの活用促進も行っている。

①AIインフィニティラボの立ち上げ

 最初に立ち上げたAIインフィニティラボは、生成AIの業務利用の積極推進と安全性の担保を目的に、有識者を集めた部門横断の組織。生成AIの業務利用範囲拡大に加え、正しく活用できる人財の育成も担う。

 ラボが最初に取り組んだ大仕事は、役員向け勉強会の実施だったと桑田氏。生成AIの前段、そもそもAI、人工知能とは何なのかというところから詳しく説明。主に生成AIを使うと何ができるのか、いわゆる攻めのパートの説明だけでなく、しっかり生成リスクを整理して守るべきところは守る、攻めと守りの両輪でやりましょうと説明した。「役員の生成AIに対する非常に高い期待感を感じた勉強会でした」(桑田氏)。

AIインフィニティラボの立ち上げ

②社内環境の早期リリース

 役員の大きな期待も受け、次に取り組んだのが社内環境の早期リリースだ。これについて桑田氏は「1カ月でのリリースとなりましたが、セキュリティ面のチェックや社内手続きなど、社内ルールをしっかり踏まえてのリリースですので、当社としては大変早い、スピーディな動きとなりました」と語る。

社内環境の早期リリース

 ChatGPTの環境をただ提供するだけではなかなか使ってもらえないということで、社内環境の構築と併せてポータルサイトも用意。サイトでは便利ツールや学習コンテンツなどを提供した。

 なお、生成AI環境を利用する前には、30分ほどある研修動画を視聴した上で、テストで満点を取る必要があり、セキュリティやルールについて理解した上で利用する流れを用意している。

 生成AI環境は「MS-Assistant(エムエス-アシスタント)」と名付け、社内提供がスタートした。

③プロンプト研修の開催

 スタート後は、利用ログの分析なども行っていたが、利用の伸び悩みを踏まえ、プロンプトの研修を企画した。

 営業部門、保険金お支払部門、本部部門の各部門で実際に使えるプロンプトの紹介など、実践的な研修を集中的に開催した。

プロンプト研修の開催

 具体的な使い方やシーンを、一つひとつ想定して、部門別にそれぞれプロンプトを考えて、具体的なプロンプトを提示した点がポイントになったと桑田氏。
「1000名以上がこの研修を受けました。利用定着を促進できたと評価しています」と桑田氏。実際のサービス利用が伸びたことも数字で確認したという。

④保険の専門的な照会への回答を可能に

 次に7月から10月にかけては、営業社員の照会対応業務の効率化に向け、MS-Assistantに保険の規定やマニュアルの搭載を行った。生成AIのメリットである自然文で質問できるところを生かして、保険の専門的な内容を照会・回答できる機能を、MS-Assistantに搭載した取り組みだ。

保険の専門的な照会への回答を可能に

 なかなか精度を出すのは難しかったと桑田氏。「利用者の質問プロンプトをそのまま受け取って処理していくと、やはり精度が上がらないので、いったんその検索クエリの表現を変えるなど、なるべくユーザーが欲しい情報にヒットするような検索クエリに加工したりしています」(桑田氏)。

 回答には、根拠情報など適切な説明を付記することも行っており、精度の向上については今後も継続して取り組んでいく。

⑤アイデアコンテストの実施

 2023年後半には、グループの全社員に向け、生成AI活用の風土醸成とアイデアの共有や実現を通じ、さらなる効率化、価値向上を目指して、生成AI活用アイデアコンテストを実施した。

 さまざまなアイデアの応募があり、例えば、営業部門向けには、さまざまな販促ツールの中から、社員や代理店のニーズに合致した訴求力のあるツールとその効果的な活用方法を提示するといったアイデアや、保険金お支払部門向けには、事故発生から事故解決(保険金の支払い)に至るまでのフローにおいて、文書生成、要約、翻訳の各機能を活用するといったアイデアなどがあった。

 「スキルのボトムアップを狙ったようなアイデアや、お支払いまでの時間短縮や交渉力の向上を狙ったアイデアなど、たくさんのアイデアを応募してもらいました。このコンテストで終わらせるのではなくて、実際にどうMS-Assistantに生かして、機能強化していくかを検討していきます」(桑田氏)。

見えてきた“社員の成長の兆し”と今後の展望

 これらの取り組みにより、MS-Assistantの活用は着実に伸びていると桑田氏。「投稿数もユニーク利用者数も着実に増えており、研修の開催や機能強化のタイミングではさらに伸びの角度が急になっています。ログの監査も行っていますが、投稿されたプロンプトも見ていまして、研修で紹介したプロンプト、記号を含んだ投稿なども増えています」(桑田氏)。

 また社内インタビューを実施した結果、同僚社員のMS-Assistant活用に影響を受け、活用の輪が広がっている面なども確認できたという。「社員の考え方が変わる、仕事の仕方が変わるのはもともとの狙いでもあります。まだまだこれからですが、社員の成長の兆しも見えてきた状況です」(桑田氏)。

 最後に桑田氏は今後の展望を紹介した。まだまだ道半ばであるとした上で、「業務活用のさらなる推進」と「社員一人ひとりに寄り添ったサポート」を進めていきたいとした。そのために、例えば、追加学習可能なLLM(Large Language Models、大規模言語モデル)を活用した、独自の業務特化型・社員特化型LLMの開発などを挙げた。

 「これからもさまざまな新しい技術が出てくるでしょう。そのときは検証から本格導入までいかに早くつなげるかが重要です。それには、やはり内製化が必要と考えています。次々と変化するAIガバナンスの変更にも素早く対応しながら、本格的な生成AIの活用に向けて取り組んでいきます」と桑田氏は力強く語った。