週刊海外テックWatch

自分の仕事を教えたら不要になる AIが人間を“蒸留”する時代

データが枯渇した 人間そのものが"源泉"になる

 企業が知識やスキルの転写を進めるのは、必ずしも従業員の解雇を目的としているわけではない、との見方もある。AIの性能を引き上げるには訓練データが不可欠だが、そこに人間が生み出すデータが必要になっているというのだ。

 4月16日付のForbesは、廃業したスタートアップ「cielo24」のさまざまな業務での残存物(Slackでのやり取り、プロジェクト管理ツールJiraのチケット、Googleドライブに保存された数テラバイト規模の社内メールなど)が、次世代AIの訓練データとして売れた例を紹介している。13年間の業務の副産物で「数十万ドル」になったという。

 OpenAIの前チーフサイエンティストIlya Sutskever氏は2024年末、AI企業が公開インターネット上のデータを「使い尽くした」と指摘した。訓練データが希少になるほど、人間そのものがデータの源泉として価値を持つ。5月19日付のThe Informationは、Metaだけでなく、MicrosoftとxAIも訓練データセットの生成と改良に自社の従業員を活用していると報じている。

 ジョージア州のエモリー大学でAIと労働を研究するHancheng Cao氏(助教)は、企業が従業員データの活用を進める理由をMIT Technology Reviewに解説している。「ツールの社内活用経験だけでなく、従業員のノウハウ、ワークフロー、意思決定パターンなど豊富なデータも得られる。それによって、業務のどの部分が標準化・システム化できて、どの部分がまだ人間の判断に依存するかが見えてくる」

 つまり、従業員データの利用は企業にとって、単なるコスト削減以上の意味を持つ。人間の知識のどこに境界線があるかを探る試みでもあるのだ。蒸留の動きは今後、もっと広がるだろう。

 とはいえ、従業員からすれば、自分の仕事を奪う可能性のあるAIの訓練に駆り出されていることに変わりはない。蒸留の本来の意味は、不純物を取り除き、本質だけを抽出することだ。AIは人間から何を抽出し、何を残すのだろう――。