「2012年はcybozu.comに注力、クラウドカンパニーへの変革を目指す」~サイボウズ青野慶久社長


 「もっと高品質なクラウドを日本から生み出したい。そのために、クラウド基盤から自分たちで開発し、新たなブランドを立ち上げる」――。

 サイボウズが2011年11月から提供を開始したcybozu.comは、同社のクラウドへの本格進出を示すものであると同時に、今後のビジネスモデルを大きく転換させるものになる。「cybozu.comという当社のドメインをそのまま提供して行うビジネス。それだけでも、クラウドビジネスにどれだけ力を注いでいるのかがわかっていただけるはず」と青野慶久社長は語る。そして、「サイボウズが、(いい意味で)ヤバい時期に入ってきた」と笑いながら、同社のクラウド事業の拡大に意欲をみせる。

 青野社長にcybozu.comを中心としたクラウドビジネスへの取り組みについて聞いた。

 

絶好のタイミングで新製品を投入できた2011年

――サイボウズは、2011年10~12月にかけて、毎月のように新製品発表を行いました。中でもcybozu.comを中核に、それに関連する新たな製品を投入していますね。

サイボウズ株式会社の青野慶久社長
大公開時代と表現する

青野社長:2011年は、「大航海時代」ならぬ、「大公開時代」と表現し、私たちが今まで開発してきたものを一気に投入する1年に位置づけました。

 振り返ってみますと、私が2005年に社長に就任した際には、サイボウズ Office、サイボウズ ガルーンといったオンプレミス製品をしっかりと開発することで、売り上げが増加する時代でした。

 しかし、リーマンショックと前後して、われわれを取り巻く空気が変わってきた。例えば、お客さまのIT投資予算の削減が加速し始めたこと、さらにグーグルのような新たな勢力が出てきて、それがビジネス領域にも進出し始め、クラウドへの流れが出始めてきたこと、またグループウェア市場における競合も激しくなってきた。サイボウズ自身が、新たな戦略を打ち出さなくては生き残れないと考え、2008年からは、いくつものプロジェクトをスタートさせました。

 その成果が出たのが、2011年だったというわけです。少し時間がかかりましたが、戦略的な製品を並べることができたと考えています。まさに絶好のタイミングで、新製品を投入できたと思っています。

――絶好のタイミングとは?

青野社長:私は2009年の時点で、クラウドへのシフトを社内に向けて宣言しました。しかし、その時点では、クラウドが一過性のブームで終わる可能性も指摘されていましたから、まだリスキーな選択であるともいえました。

 それでも、必ず来る流れだと判断して、大きな投資をした。それがいま、大きな波となって訪れている。絶好のタイミングという理由はここにあります。いわば、サイボウズが「ヤバい」時期に入ってきた(笑)というわけですよ。

 サイボウズでは、これまでにクラウド関連だけで約8億円の投資をしてきました。企業が安心して使える基盤を作ろうと考えたら、少なくともこれぐらいの投資はかかるとは思っていましたから、予想の範囲内ではありますが、サイボウズの事業規模からいえば、かなり大きな投資額です。さらに、これからも追加投資をしていく計画です。

 

ライバルはLotus Notesではないと感じてクラウドへのシフトを検討

――ちなみに、クラウドへのシフトを宣言した2009年には、社内に対して、どんなことを言っていたのですか。

青野社長:ひとことでいえば、「新しいことをやろう」と。社内に危機感を感じさせながら、しかし、ポジティブな姿勢でこれに取り組んでいこうということを示しました。ただ、正直なことをいうと、当時、社内にはそれほど危機感はありませんでした。むしろ、「青野さんは、もうかっているプロダクトには人を割いてくれず、新たな事業に人を持って行ってしまう」というような声も出ていましたよ(笑)。

 当時、Kintone on cybozu.com(以下、Kintone)の前身となるプロダクトの開発が進んでいました。これはオンプレミスを前提としたWebデータベースアプリケーションだったのですが、「この形で市場投入をしたい」という答申が社員からあがるなかで、ちょっと引っかかるものがあった。

 グーグルがビジネス領域に進出し、iPhoneをはじめとする新たなモバイル領域の端末が広がり始め、セールスフォース・ドットコムという将来的に競合になるかもしれない新たなクラウド・コンピューティングの動きも出ていた。こうした状況を考えると、これから戦う相手は、Lotus Notesではないだろうということをシンプルに感じたんですね。

 そうすると、クラウドで勝負しなくてはならない。そこで、オンプレミス向けのα版が完成していたものをひっくり返して、クラウド版に作り直したわけです。社内からは大ブーイングでしたよ。

――一度、完成したわけですから、これをオンプレミス版として先にリリースすることは考えませんでしたか。

青野社長:考えませんでした。もちろん、そこそこは売れるとは思いました。しかし、流れが違う。そして、この製品では、お客さまをびっくりさせることができない。

 クラウド版として提供したKintoneは、本当に、びっくりしていただける製品に仕上がっています。申し込んでから、1時間後にはシステムが出来上がり、それを利用できる。仮に、駄目だと思ったら、翌日には解約できる。

 従来のように社内でシステムを構築したら、現場から使いにくいといわれても、5年は使わなくてはならない。それとは比べものにならないスピード感が実現できます。私自身も、完成したものを見た時に、「とんでもないものができたなぁ」と驚いたほどです(笑)。こういう製品こそが業界を破壊する。そう考えましたよ。

――その点では、当時、社内においては、クラウドへの移行に関して、一部には混乱が起こったと。

青野社長:いや、サイボウズは、議論する文化があるので、わからないことはどんどん質問する。そこで理解を深めていったと思います。もともとサイボウズは、離職率が高い会社だったのですが、2008年ごろからは離職率が下がっています。ですから、逆に社内での混乱ということはなかったと認識しています。

 

プラットフォームを自前で持つことにこだわった理由は?

――クラウドビジネスは、サイボウズにとって、なにが課題だと考えていますか。

青野社長:課題は、インフラを持たなくてはならない点ですね。

 それまではアプリケーションを開発し、CDに焼いて配布するというビジネスでしたから、インフラに関するノウハウは必要なかった。ですから、クラウドビジネスを開始するにあたり、この2年間でインフラを含めて提供できるところまで、技術、ノウハウを高めるという挑戦がありました。

 また、クラウドならではの製品開発ノウハウを蓄積することも、課題のひとつでした。Kintoneの操作は、すべてドラッグ&ドロップで進めますし、検索方法も途中まで入力すると予測表示する機能を採用していますが、これもクラウドならではの環境です。

 オンプレミスで同じことをやろうとすると、サーバーに負荷がかかりすぎてしまう。オンプレミスの開発とは、まったく違う発想が必要なんです。

――サイボウズでは、プラットフォームを自前で作ることにこだわりましたね。サイボウズの規模であれば、自前でやることはむしろリスクが大きいとも感じますが。

青野社長:もちろん、他社のプラットフォームに乗っかってしまった方が初期投資は楽です。自分で投資すれば、その規模はまったく違ってきますからね。しかし、他社のプラットフォームの上に乗っかって、お客さまに対して、本当に安心品質を提供できるのかということに自信がありませんでした。

 そしてその一方で、クラウドになると、グーグルが提供しているように、1ユーザー500円という価格でないと勝負にならないとも考えた。自社でインフラを持っていれば、努力によってコストを下げることができるが、他社に乗っていると、必ず原価がかかることになる。本当にわれわれが狙う料金体系を実現できるのかどうかがわからないという懸念もありました。

 クラウドビジネスは、サイボウズにとって一大勝負ですから、それならばプラットフォームも自社でコミットしようと。他社に運命を預けるようなことはしたくない。そうした決意から、自前でやることに決めました。

 私は、アップルこそが、クラウド時代の先駆者であると思っています。ハード、ソフト、サービス、そしてブランドの統一感まで含めて、上から下まですべて自社で提供してきた。

 これまでのIT業界は、水平分業が主流であり、ソフトウェア産業も、OS、データベース、アプリケーションというように分業されていた。しかし、クラウド時代はこれとは異なる。オンプレミスの時代は、他社のプラットフォームの上でアプリケーションを作っていればよかったが、クラウド時代は、インフラを含めて、お客さまが安心して使っていただけるものを提供しなくてはならない。垂直型ともいえる体制を構築しなくてはならないわけです。クラウド時代とは、そういう時代だと思っています。

 実は、クラウド開発の責任者である山本(=山本泰宇執行役員)の言葉を待っていたんですよ(笑)。彼は「プラットフォームは自前でやる」と言い切ってくれた。あとは、この投資を短期で見るか、長期で見るかなんです。ちゃんと自分たちで構築することができて、技術ノウハウを蓄えて、原価を下げていくことができるのであれば、それは自分たちでやった方がいい。短期で見ると、成功できるのかどうかの判断は難しくなるが、自前でやるという投資を、長期で見ようと判断したのです。

――それは「10年ぐらいは待つよ」ということなんですか。

青野社長:山本には、「2年は待つよ」と言いました。

――長期とはといえない期間ですね(笑)

青野社長:確かに相当に短期です(笑)。まぁ、2年で、ここまでは出してほしいということを要望しているんです。これがサイボウズの時間軸の考え方ともいえます。ただ、私は、かなりいいものができたと考えていますよ。企業クラウドのなかでは、グローバル規模で見ても最強レベルだといえます。

 

企業クラウドとしてバランスを取ることが重要

――どんな点を自己評価しているのですか。

cybozu.comでは、セキュアアクセスによる高いセキュリティを安い価格で実現しているという

青野社長:企業クラウドとしての「コスト」と「セキュリティ」、「安心感」のバランスですね。

 企業クラウドは、プライベートクラウドが最適であるということが言われていますが、これを導入できる会社はどれぐらいあるのでしょうか。結局、サーバーを買わなくてはならないですし、ソフトウェアを導入しても、自分たちでバージョンアップしなくてはならない。モバイルで活用しようと思ったら、また別の仕組みを導入する必要がある。IT予算が削減傾向にあるなかでは無理があります。

 では、パブリッククラウドを利用すればいいのかというと、メールアドレスとパスワードだけで管理している状況が果たして安全なのかという問題が起こってくる。パスワードを定期的に変更している人ならばいいが、利用者のすべてがそんな人たちではない。なかには付せん紙にパスワード書いて張り出してしまう人がいたりするわけですから(笑)。

 つまり、その中間領域に、企業に対するクラウド・コンピューティングとしての回答があるのではないかと考えたわけです。お客さまはサーバーは購入しなくていいという環境を求める一方、そこにはバーチャルプライベートのような守られた空間を求めている。cybozu.comは、それらを実現したものとなります。

 サイボウズでは、これを「プロテクテッド・クラウド」と呼んでいるのですが、cybozu.comのドメインの前に、お客さま固有のサブドメインが付き、すべてのお客さまのアクセス先が異なるようにしました。

 それぞれに守られた空間があり、それぞれにアクセスレベル、セキュリティレベルを設定でき、使うアプリケーションを選択できる。まさにプライベート空間があるような、パブリッククラウドを完成させることができた。

 これは世界的に見ても、かなりユニークなものだといえます。SSL通信のほか、無料でのIPアドレス制限やBASIC認証によって社外からのアクセスを制限できますし、さらに個人別のクライアント証明書によるPKI認証も利用できるといったセキュアな環境が構築できるのです。

 そして、クライアント証明書は月250円という極めて安価な価格で提供しています。一般的にクライアント証明書を発行してもらうと年間1万円というような場合もあるわけです。しかも、これを管理するためのシステムを新たに導入するための投資も必要です。

 大手企業ならばいいですが、中小企業がそこまで支払うことはできないのが実態ではないでしょうか。cybozu.comで画面からクリックしてもらうだけで、すぐに個人ごとの証明書を発行できますから、中小企業も手軽に利用できる。こうしたことができるのも、やはり自社でプラットフォームを作り込んでいるからなのです。

 

クラウドでしかできない価値の提供を

――一方で、クラウドビジネスにおけるチャンスはなんですか。

青野社長:クラウドにしか提供できない価値があります。

 例えば、地方のお客さまにサイボウズ ガルーンを提供できるかというと、残念ながらこれまでは制限がありました。社内に専任の管理者がいない地方のお客さまに対して、サイボウズが直接アプローチし、サポートすることは物理的に難しいですからね。

 一方で、現在、3万社弱のサイボウズ Officeのお客さまには、ソフトウェアの品質、完成度については満足していただいていることもあり、なかなか保守契約を結んでいただけていない(笑)という実態もあります。

 クラウドに移行すると利用型のビジネスになりますから、安定収益源が確保でき、その収益源をもとに、ソフトをよりよく改善することができる。お客さまもバージョンアップということを考える必要がなく、それにかかわるコストも削減できる。モバイルからの利用もすぐに開始できるというメリットもある。

 私たちとお客さまとの新たな関係作りに寄与すると考えています。

――グループウェアは、クラウド・コンピューティングの方が向いているという意識はありましたか。

青野社長:それはありました。当社は2001年から、サイボウズ OfficeのASPサービスを提供しており、いつかこの波が来ると考えていた。ただ、問題はこの波がいつくるか、ということです。当時から必死になってやっていたら、体力が続かなかったでしょうね(笑)。

 お客さまの足並み、社会の足並みとそろえることが大切であり、それがいまのタイミングだといえます。試用していただいたお客さまがやめてしまうというケースも、思ったよりも少ないですから、そこでも手応えはありますよ。

 

cybozu.comは、製品ではなくクラウド基盤

――あらためてcybozu.comについて、その考え方を教えてください。

青野社長:よく誤解されるのですが、cybozu.comは、プロダクトではありません。クラウド基盤がcybozu.comとなります。その上で動作するのがサイボウズ Officeやサイボウズ ガルーン、Kintoneといったアプリケーションになります。

 つまり、ここ数年のサイボウズは、cybozu.comの開発に注力したというよりも、cybozu.comおよびその上で動くアプリケーションの開発、製品化に力を注いできたというのが正確な表現になります。

 ゲーム専用機に例えれば、「ファミコン」の部分(=プラットフォーム)と、マリオの部分(=アプリケーションソフトウェア)の両方をやってきたというわけです(笑)。サイボウズは、ここに勝負をかけていきます。

 ただ、これはオンプレミスの製品をやめるということはではありません。cybozu.com上でのアプリケーションは、Kintoneを除くと、オンプレミスにも展開できますから、開発の効率性という点でも高まる部分があります。

 

欲しい時に使えるスピード感でサービスを提供する

――ビジネスアプリケーションを開発するKitoneの強みはなんですか。

ドラッグ&ドロップで手軽に開発できるスピードが売りの1つだ

青野社長:ここで私たちが出しているメッセージは、「ファストシステム」であるという点です。

 競合他社を見ると、作りやすいアプリケーション基盤を提供しているというメッセージを出しているメーカーはたくさんあるのですが、この場合の多くは、まずはオンプレミスでインストールして立ち上げないといけない。その時点でスピードがありません。社内を説得して、予算をとって、サーバーを導入するということになる。

 そうではなくて、いま欲しい、いま現場で困っているという場合に、申し込みの作業に10分。そこから設計をはじめて、1時間後には使えるようになっているというスピード感。これがサイボウズが提供したかったバリューなんです。

 これは世の中の流れだと思っています。基幹系業務アプリケーションの世界は、稼働させるまでにものすごく長い時間がかかる。要件定義が必要で、仕様書を作り、それを決めた上で構築する。その間に現場が求めるものは変わりますし、それだけ時間をかけてできたものが、イメージと違うものという話はいくらでもあります。そうではなくて、作りながら、使いながら、修正をしていけるということが、Kintoneの特徴です。

――いまの手応えはどうですか。

青野社長:予定通りの売れ行きです。お客さまの企業規模は、中小企業から大手企業までさまざまです。

 特徴的なのは、大手企業の場合、情報システム部門以外の方々が導入しているという点です。現場のユーザーが、状況に応じて、すぐに導入し、運用できるという理由からご購入をいただいています。すでに、電通、リクルート、サントリーショッピングクラブ、ワーク・ライフバランスといった企業で、Kintoneが導入されています。

 予想外の動きとしては、企業間で使うケースで多いということですね。これまでのサイボウズの製品は、社員同士が情報共有をするという、いわば「社内イントラ」での活用でしたが、Kintoneの場合には、アカウントを取引先に発行し、アクセス制限をかけて、クラウド上のデータを共有したり、取引先とのコミュニケーションに活用したりするといった使い方が出ています。メールにExcelのデータを添付してやりとりしていたものを、クラウドでの共有利用に置き換えようという動きです。

 

値段は原価ベースでは設定していない

――先ほど、クライアント認証での価格の安さが特徴であるという話が出ましたが、これはサイボウズ Officeでも、Kintoneでも同様ですね。この考え方を教えてください。

青野社長:サイボウズの価格設定は、正直なところ、原価ベースでは考えていません。日本の中小企業が支払える金額はいくらかというところから発想しています。

 クライアント証明書の250円という設定も、セキュリティとして追加できる費用はいくらかと考えた時、「まぁ、着メロぐらいの価格設定だったら大丈夫だろう」(笑)というところからきています。

 Kintoneも同様ですね。1ユーザーあたり月額1万円前後の費用では、100人いたら月100万円の出費になる。とても、中小企業には払えませんよ。感覚としては1人1000円以下でしょう。ターゲット価格を設定して、開発をしているのがサイボウズのやり方なんです。

 原価を考えると当面はしんどいのですが、そこはがんばろうと(笑)。これはマーケティングの手法としてはあるべき姿だと思っています。Kintoneも価格が決まったのは、かなり早い段階です。「880円だ!」と社内に言いまわって(笑)。そのあといくら開発費がかかろうと、880円という価格は変えないと(笑)と。

――ちなみに原価を考えて価格設定をするとしたら、いくらで売りたいですか(笑)

青野社長:Kintoneであれば、この3~4倍でしょうか。それでも対抗製品よりも安いしですし、当社にとっては利益率を向上させることができる。しかし、3000円という価格にした場合、私が導入する側の企業の社長だったら、考えてしまいますよ。

 私の経営者としての感覚からすれば、1000円以下だったら迷わずに決断できる。サイボウズの社員数は約300人ですが、1ユーザー1000円で計算しても月30万円、年間360万円です。これならば、サーバーやソフトウェアの購入費用や、運用管理の費用を考えても安い。しかも、いつでもやめられる(笑)。

 

予想の3倍売れている「サイボウズ Office on cybozu.com」

――ところで、クラウドへと進化した「サイボウズ Office on cybozu.com」の売れ行きはどうですか。

青野社長:実は、こんなに売れるとは思わなくて(笑)。予想の3倍も売れているんですよ。しかも、希望的観測の3倍でしたから、社内からは、「青野さんの予測はあてにならない」と言われています。本当は私だけでなく、誰もそこまでの予想ができなかったのですが(笑)。

 私からしてみると、サイボウズ Officeは、もう15年も売ってきた製品なので、さすがに新しく購入する人はいないだろうと考えていたんです。しかし、クラウドでのサービスを開始した途端に、新たなユーザーに数多くご利用をいただいています。

 どうしてこんなことが起こったのかと、自問自答してみたんです。ご存じのように、グループウェア製品は数多く林立していますが、スマートフォンのアプリケーションまで対応しているところが何社あるのか、安心して利用できるクラウド基盤を提供してくれる会社が何社あるのか。移行のサービスまで用意してくれている会社が何社あるのか。継続的にサービスを提供し、価格設定も中小企業が購入しやすい水準となっている会社は何社あるのか。

 こうしてみると、すべてを網羅しているのは、日本ではサイボウズが唯一の会社ではないか。これがお客さまの評価だと思っています。

――オンプレミス型のサイボウズ Officeのユーザーからの移行比率も多いのですか。

青野社長:いや、現時点では約9割が新規のお客さまです。それでいて、予測の3倍まで行っているのですから驚きです。

 新たに利用していただいているお客さまの傾向を見ますと、すでに他社のグループウェアを活用していたものの、機能面や運用面、あるいはモバイル対応という点で、サイボウズ Office on cybozu.comをご評価いただいているようです。

 サイボウズ Officeですから、1社あたりの利用規模は小さいのですが、お客さまが全国に散らばるという新たな傾向が出ています。クラウド・コンピューティングの波が訪れているのは、首都圏が中心かと思っていたのですが、そんなことはなく、全国から問い合わせがきています。

 年末年始も一日も注文が途切れなかったんですよ。1月1日にも2件のご注文をいただきました。(営業担当の)社員は誰も出社はしていませんでしたが(笑)、地方のお客さまがネットで申し込みをしていただきました。このように、これまでは私たちが直接リーチすることが難しかったお客さまからの申し込みが増えています。

 一方で、既存のサイボウズ Officeのお客さまの移行は、移行ツールの提供を開始したのが2012年1月からですので、これからですね。

――モバイル対応を実現する「サイボウズKUNAI」についてはどうですか。

青野社長:KUNAIをオンプレミスで使う場合に、外の回線から、社内のサーバーにアクセスする環境を作るのが難しかったという声がありました。これが、クラウド版では解決でき、しかも、クライアント認証のオプションを利用するとセキュアな環境が実現できる。マルチデバイス環境が簡単に実現できます。その点での評価が高まっています。

 

サイボウズ ガルーンではクラウドへの移行希望が多い

――そして、最新のプロダクトが大規模向けの「Garoon on cybozu.com」ということになりますね。

Garoon on cybozu.comトップ画面
Garoon on cybozu.comの機能一覧

青野社長:これも好調な売れ行きをみせています。特徴的なのは、既存の2400社のサイボウズ ガルーンのお客さまにおいて、クラウドへの移行を希望するお客さまが多いという点ですね。サイボウズ ガルーンの移行は、データ量も多いため、大がかりになるということもあり、私たちがそれに対応できずにお待ちいただいているという状況です。

 こうした動きを見ると、社内の情報基盤をクラウド化することに抵抗がなくなっていることを実感します。最大のメリットは、コストの削減です。Garoon on cybozu.comでは、300~1000ユーザーの場合、1ユーザーあたり月額800円で利用できます。この価格だと、やはり導入したいと思う経営者は多いようです。

 オンプレミス版のライセンス料とだけ比較すると、。Garoon on cybozu.comを1年間利用した時の料金とほぼ同等ということになりますが、これにハードウェアの導入、二重化のコスト、運用コストを加えると、明らかにクラウド版の方が安くなる。特に情報システム部門においては、運用にかかわる労力が大幅に減るという点でのメリットは大きいといえます。

 導入時においても、オンプレミス版の場合には、お客さまとひざを交えて、どれぐらいのユーザーが利用するのか、そのためにはどれほどのディスク容量やCPUを搭載したサーバーを用意するのかといったことを検討しなくてはならなかったものが、それらをまったく考えずに、クラウドに接続して、キーボードを「ポチ、ポチ、ポーン」とたたけば、すぐにGaroonが動いてしまう。

 私も使ってみて、「これって、(サイボウズ Officeではなくて)サイボウズ ガルーンだよね」(笑)と驚いたほど、簡単に使えてしまう。システムは二重化していますし、お客さまの負荷は常に監視していますから、それにあわせてリソースを増やすこともできます。

――ただ、これまでのオンプレミス型のビジネスと、クラウドビジネスでは、ビジネスモデルが大きく変化します。そのあたりはどうとらえていますか。

青野社長:長期的に見れば、クラウドビジネスは収益の源泉になると考えています。

 先ほどお話したように継続的な利用が見込めるわけですから、その点では収益性も確保できる。また、これまでは、お客さまでトラブルが発生した場合には、お客さまごとに異なる環境への対応をしなくてはならないという対応コストの発生や、地域によってはお客さまのところに直接出向くことができないという課題もありました。

 こうした課題もクラウド環境では一括で対応できるわけですし、サポートコストも下げられると思っています。実際、サポートコストの低減は予想以上のものです。お客さまもトラブルが発生した時に、設置しているサーバーはなにか、どんなOSを使っていて、サイボウズ製品のどのバージョンを使っているのかということを特定した上で問い合わせなくてはならない。それが「うちのドメイン、ちょっと調子が悪いんだけど」というような問い合わせだけで済むわけです(笑)。お互いのメリットは大きいと思いますよ。

 実は、クラウドサービスを開始してから大規模なトラブルは一切起こっていません。これは、設計レベルで大規模な障害が起こらないように工夫しているからなんです。いかにして分散するかという点で、十分に配慮した設計にしています。今後はデータセンターそのものも分散していくことも考えていきます。

 一方で、繰り返しになりますが、短期的に見ると売り上げとして厳しいのは確かで、いままで一括でいただいていたライセンス料が、1年間いただかないと元が取れない。しかも、サーバー費用やネットワーク費用はこちらで持っているわけですから、その分のコストも上乗せされる。ただ、そこは我慢しようと考えています。

 

サイボウズはクラウドの方向へ向かう

――クラウドビジネスにおけるパートナー戦略として、cybozu.comフレンドをスタートする予定ですね。

青野社長:これまでにない取り組みになります。

 いままで、サイボウズのグループウェアを販売しようと思ったら、ハードの知識、OSの知識、バックアップの知識、セキュリティの知識などが必要でしたが、cybozu.comの販売にはそのあたりの知識が一切不要です。使い方だけを教えることができればいい。

 つまり、アフィリエイトと同じ仕組みで販売することができる。アフィリエイトの仕組みで、グループウェアが売れる時代がやってきたといえます。

 さらに、地方展開にも有効ですし、販売パートナーも、システムインテグレータである必要がなく、異業種企業が参加することもできる。シリコンバレーでは、金融機関がクラウドを販売しているという実態があります。中小企業に融資している銀行が、中小企業をもっとIT化させたい、さらに業務データを管理したいという観点から提案しているのです。ITがわからなくても、業務がわかれば、クラウドは売れるという時代が訪れている。

 サイボウズでは、2012年春以降、このパートナー制度を開始したいと考えています。

 またクラウドビジネスでは、海外ユーザーも積極的に狙っていくことができる。これまで米国でビジネスを展開したいと思ったら、米国にサポート拠点を持たなくてはならなかった。しかし、クラウドであれば、日本にいながら、グローバルに展開できる可能性もあるわけです。パートナー戦略の考え方も変わってくると思います。

――サイボウズにおいて、クラウドビジネスの比重はどれぐらいになると想定していますか。

青野社長:2013年1月期で見れば、cybozu.comおよび関連製品の売り上げ構成比は1割には達しないと考えています。

 将来的には、どこかのタイミングでオンプレミスとクラウドの比率は逆転することにはなると思いますが、これは私たちが決めることではないと考えています。お客さまが、お客さまのペースで移行していただければいいわけで、それに対して、私たちは、いつでも準備をして待っていますというスタンスです。

 もちろん、オンプレミスの製品も継続的に提供していきますが、クラウドビジネスを加速していくことがサイボウズの基本方針となります。

 ただ、サイボウズ Officeを例にとりますと、本年度、新たに契約するお客さまの数では、すでにクラウドの方が多くなっています。いまサイボウズ Officeでは3万社弱のユーザーがいますが、このお客さまのうち、3分の1がクラウドに移行していただければ、かなり方向感が見るようになりますね。

 また、サイボウズ ガルーンも本年度中には、新規契約数ではクラウド版の方が多くなると思っています。売上高についても、今後2~3年でクラウドビジネスの方が上回るのではないでしょうか。

――しかし、間もなく発表される2012年1月期の連結売上高は、43億円の見通しです。2011年1月期が53億円、2010年1月期が66億円、2009年1月期が93億円。毎年売上高が減少するなかで、クラウドビジネスへの移行はさらに売上高を引き下げる要因になりませんか。

青野社長:ここ数年の売上高の減少は、事業再編により連結子会社が減少したことや、譲渡したことが主な要因です。サイボウズ単独では、この間、ほぼ40億円の売り上げ規模で推移しています。

 2013年1月期も、この点については大きく増えることもないと考えていますが、それでも横ばい以上はいけるでしょう。重要なのは、内部の構造が大きく変わっているということです。今後、パッケージビジネスは減少していきますが、その一方で、クラウドによる蓄積型のビジネスが増えるということは、経営的にも安定するといえます。

 利益の面では、クラウドプラットフォームへの先行投資がありますから、短期的には、その分、若干は悪化すると見ています。そして、安心面における投資は継続していきます。この点はご理解をいただきたいと思っています。

 

2012年はcybozu.comにフォーカスする1年に

――2012年はサイボウズにとってどんな1年になりますか。

青野社長:2012年は、cybozu.comにフォーカスする1年であり、ここで勝負する1年になります。

 当社のクラウドビジネスは、cybozu.comという自社名のドメインを、お客さまにそのまま使っていただきながら推進するわけですから、ここからも、「サイボウズはクラウドカンパニーになる」という意思をご理解いただけるのではないでしょうか。

 サイボウズは、クラウドに対して、後戻りができない投資をしています。まずは、この1年でcybozu.comの良さを多くのお客さまにご理解いただきたい。それが大きな目標です。

――2012年3月7日に、「cybozu.comカンファレンス2012」を開催しますね。この狙いはなんですか。

青野社長:cybozu.comの良さを、いかに多くの方にご理解いただくかという目標に向けての大きな一歩になるイベントです。事前に600人以上の申し込みがあり、過去にサイボウズが開催したイベントのなかでも、最大規模となっています。cybozu.comへの関心の高さを感じています。

――ちなみに、サイボウズは2012年に、創業15周年という節目を迎えますね。

青野社長:これまでにも、5とか、10という数字は、あまり気にしてきませんでしたから、特に考えているものはありませんよ(笑)。

 とにかく、クラウドに集中する1年になりますね。サイボウズは、もともとオンラインでグループウェアを販売し、サポートもオンラインで行うということでスタートした会社です。規模が大きくなるのに従い、システムインテグレータとパートナーシップを組み、販売、サポート体制を構築してきました。いわば旧式のビジネスモデルに移行しなくてはならなかった。

 しかし、クラウドになると、もう一度、15年前の創業時のスタンスに戻ることができる。実は、その点でも、私はワクワクしているんですよ(笑)。

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