大河原克行のキーマンウォッチ

「IBMビジネスの根幹は顧客のイノベーションを支援すること」――日本IBM・キーナン社長

 日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)の代表取締役社長にエリー・キーナン氏が就任してから、約9カ月を経過した。

 その間、キーナン社長は、「お客さまのイノベーションを支援し、そのために最高のサービスを提供するとともに、イノベーションを起こせるような最高の人材を確保し、未来に向けた投資を継続してきた」と語る。

 米本社では22四半期連続の減収が続くものの、日本IBMでは2017年第2四半期(2017年4~6月)に成長へと転じ、コグニティブソリューションとクラウドプラットフォームの企業へとトランスフォーメーションを図っている。

 2018年は引き続き、「コグニティブソリューションとクラウドプラットフォームの会社として、日本におけるリーダーを目指す」と語るキーナン社長に、社長就任以降のこれまでの取り組みと、2018年の抱負を聞いた。

代表取締役社長のエリー・キーナン氏

4つの点にフォーカス

――2017年4月に日本IBMの社長に就任して、9カ月を経過しました。この間、どんなことに取り組んできましたか。

 日本IBMの社長として、4つの点にフォーカスをしてきました。ひとつめは、お客さまがディスラプト(disrupt:破壊)されるのではなく、業界のディスラプター(Disruptor:破壊者)となり、リーダーとしてあり続けることができるように支援をすることです。IBMのビジネスの根幹は、お客さまのイノベーションを支援することにあります。そのために、われわれは、AI、クラウド、ブロックチェーン、IoT、セキュリティといった技術を、業界に特化した形で提供していくことになります。

 2つめは、業界で最高の品質のサービスを提供し、それを常に改善していくことです。IBMが持つ最新の技術とサービスは、大手金融機関、航空会社、保険会社、小売会社などの企業の経営を支える基盤となっています。この成果は、外部の評価からも明らかです。日経コンピュータ誌の顧客満足度調査において、日本IBMは、サービスデリバリー部門の6項目のうち、3つの項目で1位に選出されました。

 ITコンサルティングの上流設計の分野やシステム開発、システム運用でナンバーワンとなっており、調査結果中、1位を獲得した分野が最多となっています。これは、お客さまに、直接選出したいただいた結果ともいえ、とてもうれしく思っています。

 3つめは、人材への投資です。これは、日本IBMにとって重要なものだと考えています。2017年4月1日に、私が社長に就任した日に、約1000人の新卒者を迎え、私と同期として入社を祝ったのですが(笑)、こうした素晴らしい人材が日本IBMに入ってくれることを誇りに思います。

 日本IBMは、今後も継続的に優秀な人材を獲得するために、理系の学生を増やすような取り組みも行っています。これまではブルーカラーやホワイトカラーといった言い方がされていましたが、いまでは、大学の学位とは別に、理系に特化したスキルを持つニューカラーという人たちが注目されており、こうした人たちの育成を支援していきます。

 また、ダイバーシティーにもフォーカスし、女性が活躍したり、障害者が働ける企業風土の実現にも取り組んでいます。2017年末には、「女性が輝く先進企業2017」において、内閣府特命担当大臣表彰(男女共同参画)を授与されました。

 これは、外国に本拠を置く企業としては初めてのことです。ダイバーシティーの推進を目指しているお客さまや、パートナーの協力をいただきながら歩んでこられたことをうれしく、また、何10年にも渡る努力により、日本IBMが性別を問わず仕事に打ち込める職場環境になっていることが認知されたことを誇らしく思っています。

日本市場に対する投資を積極化

 4つめが、日本市場に対する投資です。グローバル全体では毎年数十億ドルの投資を行っていますが、そのなかで、日本に対する投資を積極化させています。

 また日本には2つの研究施設があり、そのうちのひとつは、いまから35年前に、アジア太平洋地域の最初の研究所として設立したものです。現在でも、未来に対する研究開発を行っており、Watsonに関する開発のほか、言語に関しては世界最高水準の研究を行っています。2017年の日本における特許取得数は300件近くなっています。

 さらに、慶應義塾大学とのパートナーシップにより、量子コンピューティングの学習やスキル開発、実装を行うためのIBM Q Networkハブを設置しました。これは世界4カ所のお客さまと設置した拠点のうちのひとつであり、量子コンピュータの広がりにおいて、日本は重要な役割を果たすことになります。

 量子コンピューティングは、従来のコンピュータでは解決できない課題への活用が期待され、日本のお客さまと実用的な用途を探求するプロジェクトを開始することになります。

 一方で、日本におけるデータセンターに関しても、2018年以降も投資を続けて拡大し、クラウドビジネスを拡張していくことになります。

 このように日本IBMは、お客さまのイノベーションを支援し、そのために最高のサービスを提供します。また、お客さまの中核となるシステムを運用するためには、イノベーションを起こせるような最高の人材を確保し、未来に向けた投資を継続することになります。

日本IBMの課題は?

――これらの4つの取り組みは、IBMの強いところを伸ばしていく取り組みだといえます。一方で、日本IBMの課題はどこにあり、それをどう解決していきますか。

 私は、日本IBMの社長に着任する以前に、いくつかの国において仕事をしてきた経験があります、ゼネラルマネージャーとして、南米(メキシコ以南)や北米(米国、カナダ)を統括したり、さまざまな国にも駐在したりしています。こうした経験から見ても、日本IBMが、ほかのIBMの拠点と比べてなにかの課題があるということは感じていません。

 特に、日本IBMは2017年に創業80周年を迎え、長年に渡る実績があり、優れた研究開発部門を持ち、品質の高いサービスデリバリーを提供する体制が整っています。世界中からも認められる組織となっています。

 ただ、もちろん、いくつか対応しなくてはならないことはあります。そのひとつがビジネストランスフォーメーションへの取り組みだといえます。多くの企業がビジネスモデルの再構築に取り組んできましたが、それがある一定のところまで到達すると、一度取り組みが終了するということが多く見受けられます。しかし、これからは、その考え方では通用しません。常に変革に取り組んでいくことが大切です。クラウド、モバイル、アナリティクス、AIといった新たな技術が次々に登場し、これを取り入れていく必要があるからです。そうしたなかで、IBMがやらなくてはならないのは、お客さまを助ける努力を絶え間なく続けていくということです。

 日々、継続的なトランスフォーメーションをするためには、新たなメソドロジーを用いたり、アジャイルに特化したり、ミニマムバイアブルプロダクト(実用最小限製品)による開発や、デザインシンキングの導入などが必要です。日本IBMの箱崎本社のなかにも、IBM STUDIOを設置して、デザインシンキングを活用できる環境を用意しています。

 一方で、日本では人口減少や高齢化に伴い、労働力が不足しており、これを解決することが喫緊の課題となっています。人口減少による労働力不足の解決にいち早く取り組まなくてはならないというプレッシャーが強いという環境にあるのは事実です。

 労働力不足の解決は、企業の業績をあげるためにやるものではなく、企業としての存在が問われるほど、危機感を持ったものであり、企業にとって最重要課題になっています。

 われわれは、このプレッシャーに対応するための取り組みのひとつとして、AIを、あらゆるビジネスに組み込むことを開始しています。ビジネスプロセスに対して、自動化の概念を取り込むとともに、品質を高めた高い水準のAIを導入していきます。

 この取り組みでは、世界的に見ても、日本がリーダーシップを取れるようになると考えています。日本IBMのあるお客さまは、最初はコールセンター業務でAIを利用していましたが、いまではAIの導入範囲を拡張し、第2段階、第3段階へと広げています。製品の設計からプライシング、故障予知などといった幅広い用途でAIを利用しはじめています。

新たな戦略的分野に対応できる社員を増やす

――いま、日本IBMでは、どんなスキルを持った社員が増えているのですか。

 スキルとして増やしているのは、新たな戦略的分野に対応できる社員です。具体的には、AI、アナリティクス、セキュリティ、クラウド、ブロックチェーン、IoT、Fintechなどです。米IBMは、2016年にWether Companyを買収しましたが、これは単に天気の予報をするだけではなく、堅牢なIoTプラットフォームを構築しており、Googleよりも多くのトランザクションを処理するプロセス能力を持っています。

 日本でも同様のサービスを提供していきますから、こうした新たな分野におけるスキルを持った社員が必要であり、新たな分野のトレーニングを強化して、お客さまがグローバルに活躍できるように支援しています。

 また、日本における重要な領域のひとつとして、ヘルスケアがあります。この分野の人材に対する投資も増やしていきます。日本の人口の約10%を占める糖尿病や、高齢化の進展とともに拡大すると見込まれる認知症などについても、パートナーとのジョイントベンチャーを組みながら、課題解決に向けた投資を進めていく考えです。

――IBM自らも、大規模なトランスフォーメーションに取り組んでいます。しかし、米IBMの売上高は、2017年第3四半期(2017年7~9月)まで、22四半期連続で減収を続けています。IBMのトランスフォーメーションの成果はどこで推し量ればいいのでしょうか。

 日本IBMを例にとれば、2017年第2四半期で成長軌道へと戻り、第3四半期ではさらに成長が加速しています。いま、IBMは、クラウドやアナリティクス、Watson、セキュリティ、IoTといった領域にフォーカスしています。

 IBMは、コグニティブソリューションとクラウドプラットフォームを提供する企業です。それにかかわるケーパビリティをお客さま向けの製品やサービスに提供し、その成果をソリューションとして進化させています。

 IBMでは、AIのことを、「人工知能」ではなく、「拡張知性」と表現しています。これは、AIは、人々の仕事を支援したり、生活の質をあげるために活用すべきであると位置づけているからです。いまの時代は、12カ月でデータ量が2倍になります。また、世界のデータの80%は、お客さまが所有する独自のデータであり、検索できるデータではありません。これらのデータを活用して、お客さまがよりよいビジネスを行うためのインサイトを提供するために、Watsonのようなテクノロジーが求められているのです。

 日本でも、Watsonに関して数100件のプロジェクトを進めており、幅広い用途で活用されています。Watsonのユニークなところは、Q&Aという形でトレーニングする際に、業界に特化した形で学習をしていくという点です。業界用語などを学んだ上で、Watsonは判断をします。また、その回答に対する確信度を示し、同時に、なぜ、その確信度に至ったのかといった理由も説明します。これは他社のAIにはない、Watsonならではの特徴だといえます。

 一方、もうひとつのクラウドに関しては、IBMが最もフォーカスしている領域であり、パブリッククラウド、プライベートクラウド、ハイブリッドクラウドに対応できる体制を整えています。われわれは、クラウドで新たなバリューを提供する取り組みを開始しており、VMware向けのベアメタルを最高レベルのものとして提供したり、SAPについても同様に最高レベルのサービスを提供したりしています。

 また、ブロックチェーンについても、未来のトランザクションのコアになる仕組みだと位置づけて、積極的に投資をしています。このようにクラウドの世界において、お客さまに対して、より高い価値を提供できるところにフォーカスをしています。

 IBMのミッションは、イノベーションを起こし、お客さまの未来を支援していくことです。いまお話したAIやクラウドだけでなく、コアのビジネスにもサポートし、そこにフォーカスしています。その成果を見ていただきたいと考えています。

 加えて、私は経営のなかで、NPS(ネット・プロモーター・スコア)を重視しています。お客さまの声を聞くということは、サービスを提供する上では、大変重要なことであり、しかも、より速く、お客さまの声に応えることが大切です。私は、お客さまから問い合わせがあったら、24時間以内に回答することを徹底しています。

 一方で、社員満足度も重視しています。実は社員満足度は、NPSのスコアと緊密な関係があるのです。社員が満足し、モチベーションを持って仕事に取り組むことが、お客さまの満足度に反映されることになるからです。

 もうひとつ重視しているのは、われわれが、大切なところにフォーカスできているのかといった点を自己評価することです。IBMがフォーカスしているのは、へルスケアやがん、腫瘍(しゅよう)などの研究などのほか、ブロックチェーンの活用、企業が生産性を高めるための取り組み、そして、AIの普及などです。

 これらの技術や取り組みが日本IBMのビジネス全般に広がり、ビジネスの成功につながり、社会全体やお客さまのグローバルでの競争力強化につながっているかどうかを重視しています。

2018年はどんな年に?

――2017年の取り組みにおいて、日本IBMの社長としてうまく行ったことはなんでしょうか。また、やり残したことはなんでしょうか。

 最もうれしく思ったことは、日本IBMの取り組みが、お客さまへのサービス提供と、社会貢献の両方で認めてもらえたことです。顧客満足度調査の結果やダイバーシティーにおける大臣表彰がそれを象徴しています。

 ただ、これは、どちらも私個人の功績ではありません。日本IBMの社員が何年にも渡り築いてきた実績による成果です。逆にうまくいかなったことをあげるのは難しいのですが、日本のお客さまのお役にもっと立ちたいということを常日ごろ考えています。2018年は、2017年以上に、ますますお役に立てる企業になりたいと思っています。

――キーナン社長は、これまでIBMのなかで長年のキャリアを持っていますが、この経験は日本IBMの社長としてどう生かされていますか。

 ご指摘のように、私は、変化の激しいハイテク業界おいて、IBMという企業で32年間に渡り、キャリアを積んできました。先に触れたように、南米や北米でもゼネラルマネージャーを務め、家族とともに9カ国で生活をした経験もあります。

 いま、私が取り組んでいるのは、自分の経験を生かして若い社員たちがそれぞれの可能性を開化できるようにアドバイスしていることです。日本IBMには素晴らしい人材がいますし、日本では、多くのお客さまとの経験も有しています。日本では最大の外資系企業であるともいえます。

 日本IBMは、グローバルのチームと連携し、グローバルで通用するサービスを日本のお客さまに提供することができる企業であり、日本のお客さまが求めるグローバルのサービスを提供することができます。これはIBMのユニークなケーパビリティであり、日本のお客さまに対して、これらの知見や特色を提供するために、私の経験が生きると考えています。

――日本IBMにとって、2018年はどんな年になるでしょうか。

 AIやアナリティクス、セキュリティ、ブロックチェーンなどに対する関心はますます高まることになります。すべての企業は大きな変革のなかにあります。そのなかで、日本IBMは、信頼していただけるパートナーとして、お客さまを支援していくことに取り組んでいきます。

 また日本IBMは、ダイバーシティーも、より積極化させます。「女性が輝く先進企業」として、ぜひ2年連続で表彰されたいですね(笑)。顧客満足度調査においても、サービスの品質をあげ、引き続き高い評価を得られるようにしたいと思っています。

 そして2018年には、箱崎本社のオフィス空間を新たなものにリニューアルします。すでに一部改造をはじめていますが、よりよい職場環境を実現することを目指します。協調して、アジャイルに働くことができ、デザインシンキングの文化も醸成する上で、こうした新たなオフィス空間は重要なものになります。

 まず2018年1月に、大阪のオフィスを最先端のものへとリニューアルし、新たなスタイルでの働き方を実践します。新たな技術をさらに広め、働く空間のさらなる改善をお見せできると考えています。

 2018年も、日本IBMは、コグニティブソリューションとクラウドプラットフォームの会社として、日本におけるリーダーになりたいと考えています。立ち止まることはしませんよ(笑)。