マイクロソフトの総力を注ぎ込むPaaS「Windows Azure」
日本マイクロソフト(以下、マイクロソフト)が2010年から商用サービスを開始したクラウドサービス「Windows Azure(以下、Azure)」は、マイクロソフトが掲げる「ソフトウェア+サービス(S+S)」というコンセプトを支える重要なクラウドサービスだ。
クラウド特捜部では、まず、PaaS/IaaSレイヤの各社のサービスを紹介していくが、今回はそのトップバッターとして、Azureを紹介する。
■WindowsベースのPaaS型サービス
Azureの全体像。マイクロソフトでは、Azure上に、さまざまなソフトウェア、サービスを構築し、開発者に提供している |
クラウドOSにあたるWindows Azure上には、データベースやファイル共有、.NET Framework、SharePoint、Dynamics CRMなど、さまざまな基本サービスが提供されている。これが、PaaSであるAzureの特徴だ |
Azureは、パブリックなクラウドサービスとしては、PaaSレイヤをサポートしている。特に、他社のクラウドサービスとは異なるのは、Windows OS環境に特化していることだ。
パブリッククラウドサービスのうちIaaSでは、仮想環境を利用して、ユーザーに“空の”仮想マシンを提供している。このため、ユーザー自身が、OSやミドルウェア(データベースなど)をインストールして、システムを構築する必要がある(クラウドサービス側で標準的な環境は、テンプレートとして用意されている場合もあるが)。
しかし、Azureでは、標準でWindows Serverが用意されている。このため、ユーザーはOSのライセンスを持っていなくても、Azure上でWindows Serverが利用できる。ただし、Azure上で提供されるWindows Serverは、パッケージ版のWindows Server 2008 R2をベースにしているが、クラウド向けに新たな機能を付け加えた、Azureに特化したスペシャル版のWindows Serverだ。
さらに、Azureは、OSだけでなく、システムを開発する場合に必要となるミドルウェア群が充実している。データベースには、SQL Azure(SQL ServerのAzure版)、Azureでシステムを開発する上で重要になるミドルウェア群としてWindows Azure AppFabric(アクセスコントロール機能、サービスバス機能など)が提供されている。このほか、CDN(コンテンツデリバリーネットワーク)機能、VPN機能などが追加されている。
また、開発ツールとしては、使いやすさに定評があるVisual StudioにAzure用のツールキットをインストールすることで、PC上でAzureのシステム開発が行える。多くのクラウドサービスと異なり、開発環境を含めて、システムのライフサイクル全体をカバーしているのは、Azureのメリットだろう。このあたりは、オンプレミスのシステム向けにさまざまなソフトウェアを提供しているマイクロソフトならではといえる。
Azureが、ユーザーにとって大きなメリットになるのは、OSやデータベース、ミドルウェアのメンテナンスは、マイクロソフト側が肩代わりしてくれる。オンプレミスのシステムのように、ユーザーがクラウドサービスに対してパッチを当てたり、ハードウェアのメンテナンスを行ったりする必要はない。
クラウドサービスは、IT管理者にとって日々の面倒で、コストのかかるメンテナンスという業務を切り離してくれる。特に、Azureは、ハードウェア、OS、ミドルウェアといったWindows環境を一括してメンテナンスしてくれる。ここまで上位のレイヤまでサービスを提供し、メンテナンスしてくれるのは、PaaSであるAzureの特徴なのだ。
Azureにより、IT管理者は日々のメンテナンス業務から離れ、より戦略的なITシステムの設計や開発といった本来の業務に戻ることができるだろう。
Azureは、前述したようにWindows環境をベースとしているが、オンプレミス用に開発したアプリケーションがそのままクラウドサービス上に展開できるわけではない。このあたりは、Azure向けにプログラミングする必要がある。例えば、システムがAzure上でスケールできるように再設計する必要があったり、ファイルアクセスの方法がオンプレミスのシステムと異なったりしている。ただ、オンプレミスで.NET Frameworkベースでアプリケーションが開発されていれば、Azureへの移行しやすいといわれている。
Windows OSとWindows Azureの違い | Windows Azure PlatformとオンプレミスのWindows Serverは、連動して動作するようになる |
■Azureの課金システム
メジャーなクラウドサービスは、海外にデータセンターを置いてサービスが提供されているため、クラウドサービスはドルベースの決済となっているものも多い。また、多くのクラウドサービスが、クレジットカードでの課金をベースにしている。
しかしAzureでは、日本円での決済と請求書ベースでの課金を実現している(クレジットカードでの支払いも可能)。こういった部分に関しては、先進的なIT企業だけでなく、多くの日本企業に利用してもらおうとして、日本の商習慣を受け入れているのだろう。
ほとんどのクラウドサービスは、CPUやメモリなどの性能、使用するストレージ、ネットワークトラフィックなどにより従量制の課金システムとなっている。Azureでも、従量制の課金システムがベースとなっている。
日々のトラフィックなどがあまり変化しないクラウドアプリケーションでは、月額コストも計算しやすい。しかし、時期的な変動や、何かの要因で一気にクラウドアプリケーションのトラフィックが流れ込んだ場合、その月のコストは一気に上昇してしまう。ビジネス面では、月々のコストが大幅に変化することは避けたい。やはり、年間を通して、ある程度の予算計画が立てられるようにしたい。
そこで、2011年3月現在Azureは、月間プランというものが用意されている。このプランは、月間で使用するCPUやメモリの使用時間、ストレージ容量、トラフィック容量などを決めて、定額を支払うモノだ。もし、決まっている容量を超えた場合は、追加分に関して従量制で追加料金を支払うというモノだ。この月間プランでは、Azureのさまざまなサービスがパッケージ化されて、安価に提供されている(従量課金と比べると約50%引きだという)。
なおAzureのデータセンターは、アジア、米国、欧州などのエリアに分けて提供されており、現在、日本国内にはAzureのデータセンターは設置されていない。アジアのデータセンターは、香港やシンガポールに設置されている。
■クラウドサービスはPaaSでこそ意味がある
今まで、Azureの概要に関して簡単に説明してきたが、マイクロソフトがどのようなコンセプトでAzureを始めたのかなどを国内でAzureを担当されている日本マイクロソフト サーバープラットフォームビジネス本部 クラウド&アプリケーションプラットフォーム製品部 エグゼクティブプロダクトマネージャーの鈴木祐巳氏に話を伺った。
――Azureの特徴はどんな部分でしょうか?
日本マイクロソフト サーバープラットフォームビジネス本部 クラウド&アプリケーションプラットフォーム製品部 エグゼクティブプロダクトマネージャーの鈴木祐巳氏 |
Windows Azure新機能ロードマップ |
鈴木氏:Azureは、PaaSとして開発されています。クラウドサービスには、IaaSなどもありますが、多くの企業がクラウドを利用するメリットを考えると、単にハードウェアのメンテナンスが外に出せるだけでなく、ITシステムの基盤となるOSやミドルウェアレイヤなどのプラットフォームレイヤをPaaSとしてクラウドで提供することで、ITの管理コストを低くすることができます。
確かに、短期で考えれば、クラウドサービスはハードウェアの調達コストを下げ、調達スピードをアップすることもできます。しかし、ITシステムを長期にわたって運用する上では、IaaSのようなハードウェアレイヤをクラウド化するだけでは、OSやミドルウェアのアップデートやメンテナンスといったIT管理コストを低減することはできません。そういった意味でも、Azureはプラットフォームとしてクラウドサービスを提供しているのです。
経営層の方に考えていただきたいのは、初期コストや運用コストが下がるクラウドサービスを利用することで、単なる経費削減だけを考えるのではなく、戦略的なITシステムへの投資として考えてほしいのです。
ビジネスは日々変化しているように、ITシステムもビジネスの変化に合わせて、新しいシステムの開発や改良を行っていく必要があるはずです。日本のITは、何年かに一度、ハードウェアやソフトウェアの新規にするメインフレームと同じような開発を続けています。このようなやり方では、日々変化するビジネスにITシステムは対応し続けることはできません。
やはり、ITシステム自体も、もっとフットワークがよく、開発、運用していく必要があると思います。クラウドサービスの導入により、社内のシステム部門は、ハードウェアやソフトウェアの管理業務から離れて、より戦略的にITシステム開発に傾倒していくことが重要だと思います。
――現在、Azureは日本国内にデータセンターがありませんが、これがビジネスの支障になったことはないですか?
日本国内などのサービスは、香港やシンガポールなどのアジア全体のデータセンターでカバーしています。確かに、日本国内にデータセンターがあれば、多くのお客さまが安心されることと思います。当社としても、チャンスがあれば、日本国内にAzureのデータセンターを置きたいとも考えています。
ただ、現在、Azureをお使いになっている国内のお客さまに聞いてみると、それほど不便は感じていらっしゃらないようです。当初は、アジアのデータセンターは、ネットワークのトラフィックコストが欧米のセンターに比べると少し高かったのですが、現在では欧米とほとんど変わらなくなっています。
また、データセンターが香港やシンガポールといった遠隔地にあるため、日本国内でサービスを行うときに遅延が問題になるのではといわれていましたが、性能面ではほとんど問題になりません。それに現在は日本国内にCDNを設置しました。CDNをうまく使えば、国内にデータがキャッシュされるので、さらに遅延は気にならなくなりました。
富士通では、AzureにJavaの動作環境を追加していく予定だ。これに合わせて、Windows Azure Platform Applianceを使ったクラウドサービスを提供していく |
将来的には、日本国内では富士通がAzure Applianceを構築して、サービスを提供することが発表されています。当社としても、日本国内でAzureのユーザーが増えていけば、国内にデータセンターを設置することにもなるでしょう。
ただ、違った観点から言えば、Azureは日本国内だけでなく、グローバルなクラウドサービスだということです。米国、欧州、アジアに大規模なデータセンターを設置しているため、ユーザーはどのエリアでクラウドアプリケーションを展開するのか自由にコントロールすることができます。確かに、日本国内だけのアプリケーションなら、国内にデータセンターがあった方がいいでしょう。
しかし、ビジネスのグローバル化や新興国をターゲットにしたビジネスを考えれば、データセンターが日本国内にあることが必須ではないでしょう。地球全体でビジネスを考えて、最も必要な地域のデータセンターにアプリケーションを配置するというのが、Azureのうまい使い方ではないでしょうか?
■Azureはクローズドなサービスではない
Azureは、.NET Frameworkだけでなく、Java、PHP、Ruby、Pythonなど、さまざまなオープンソース環境に対応している |
――AzureはWindowsとマイクロソフト製品を中心とした、クローズドなクラウドサービスとも言われていますが?
そんなことはありません。最近では、PHP、RUBY、JAVA、MySQLなどさまざまなミドルウェアがAzure上で動作しています。また、開発環境としてもVisual Studioだけでなく、Eclipseもサポートされています。こういった意味でも、Azureはオープンなんです。
原則として、AzureではIaaSのように空の仮想マシンを提供するようなことはしません。プラットフォームとして提供しているため、ベースとなるWindows OSは外せないモノになります。
例外として、IaaS的なものといえる、VMロールという機能を新しく提供していきます。VMロールでは、標準的なWindows Server 2008 R2を提供していきます。これにより、今までオンプレミスでWindows Server 2008 R2を利用していたユーザーにとっても、Azureは使いやすいクラウドになるでしょう。
――最後に、クラウドサービス、そしてAzureは、企業にとってのメリットは本当にあるのでしょうか?
もちろんです。コスト面から考えても、メリットはあります。Azureでは、サーバーやストレージを自社で導入するよりも劇的に安いコストで、システムを構築することができます。もちろん、PaaSのAzureを利用すれば、その後の運用コストも低減させることが可能です。
確かに、クラウドサービスを導入することで、『資産としてのITから、サービスとしてのIT』へと切り替えることになります。これはコスト面だけでなく、ITシステムの開発や展開のスピードを大きく変えるモノだと思っています。
例えば、新しいITシステムを提供するのに、オンプレミスのシステムだと、サーバーやストレージを新たに導入したりするのに、半年、1年というのはすぐにかかっていました。しかし、クラウドサービスを利用すれば、明日から新しいサーバーとストレージが用意できます。これは、今までのITシステムが刻んでいたタイムスケジュールと全く違ったスピードで、システムが展開できるようになります。
今後は、クラウドをベースとするITシステムでは、開発や展開のスピードが重要になってくるのだと思います。システム設計も、メインフレーム時代のように、すべてをキチンと仕様化してから、開発するのではなく、基盤として押さえるべき部分さえ設計すれば、それ以外の部分は時間とともにサービスを追加していく、といったこともできるようになります。
こういった意味でも、Azureは、企業のITシステムを根本的に再定義するモノになると考えています。