クラウド&データセンター完全ガイド:イベントレポート

「2025年の崖」問題を克服するための政策展開とデータセンターへの期待

データセンター・イノベーション・フォーラム2019 特別講演レポート

弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2020年春号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2020年3月30日
定価:本体2000円+税

経済産業省では、企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現していくうえでのITシステムに関する現状の課題の整理とその対応策の検討を行い、『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』として報告書を取りまとめた。特別講演では、レポートをまとめた経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア産業戦略企画官の和泉憲明氏(写真1)が、データセンターへの期待を交えながら、国内外の動向を紹介した。 text:柏木恵子 photo:柳川 勤

写真1:経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 ソフトウェア産業戦略企画官の和泉憲明氏

既に始まっているDX 便益は既存業務の効率化ではない

 和泉氏は、「講演内容は公開情報からの引用で、所属役職での活動とは無関係」と強調しつつ、DXやデータセンターに関する国内外のさまざまな動向を紹介した。重要なのは、「DXはこれから起こることではなく、既に始まっている、もしくは終わっている、ないしは勝ち抜けている企業がいる」という認識合わせだという。

 事例のひとつとして、パリの地下鉄の例が紹介された。パリの地下鉄は1998年に自動運転化されているが、彼らによれば、その最大のメリットは「リアルタイムの混雑緩和」だという。パリは観光地で、例えばオペラ座でイベントがあると、その近隣駅に乗客が集中する。その時、自動運転であれば運転士の手配が不要で、オペレーターの権限で臨時便を増発し、乗客を吸収できる。「運転士というリソースを列車の運行から切り離す自動運転がなければ、こんなことはできなかった」というわけだ。「それが最初から分かっていたらもっと予算を取れた」が、後からどんどん追加予算がついて、今では駅舎や車両が新しくなっている。

 もうひとつ、アラスカ航空の例も紹介しておこう。アラスカ航空のアプリは、一見ごく普通の航空会社アプリに見える。しかし、搭乗待ちの時間にアプリからフードコートメニューを注文しておくと、エコノミークラスであっても、飛行機が安定飛行に入ったところで、例えばホカホカのハンバーガーが座席に運ばれてくる。この注文をし損ねると、スナック菓子の袋が投げられてくるわけだ。ホカホカのハンバーガーといっても、地上のファストフード店で作ったものだが、キャッチし損ねることもあるスナック菓子より、よほど快適には違いない。まさに、昨今アプリケーションレイヤやビジネスレイヤでバズワードになっているCX(顧客体験)向上を実現している。

 ただし、この例の本質はCXではない。地上のファストフード店で作った料理を積み込んで飛ぶということは、機内に調理用機材が不要ということだ。「軽量化=燃料費の削減=利益率向上」である航空会社にとって、最大のビジネス命題は機体の軽量化である。他にも、アラスカ航空の航空機には座席にモニタがなく、乗客が持ち込んだタブレットで最新映画が無料で見放題というサービスを行っている。座席にモニタがない分、機体は軽量化できる。「デジタル化で顧客の利便性を向上する」以上のビジネスインパクトが、DXにあるといういい例だ。

 これらは、「あらゆる企業がデジタル企業に変革する」DXがイメージできるいい例だろう。このように、DXは既に始まっていて、勝ち抜けている企業がある。そして、デジタル技術の導入によるメリットが事前に想定できていたかというと、必ずしもそうでないケースが多い。「にもかかわらず、技術論やコスト論に終始しているのであれば問題」だと、和泉氏は言う。そこでDXレポートでは、「データとデジタル技術を活用し、顧客や社会のニーズをベースに、競争優位性を確立すること」がDXであると定義づけている。

メガクラウドに対抗するためにデータセンター業界は再編が必要

 ただし残念なことに、国内におけるIT投資の動向は、相変わらず以下のような状態だ(図1)。

  • IT投資の80%は現行ビジネスの維持・運営(ラン・ザ・ビジネス)に使われている
  • 企業の45%は、IT投資の90%以上をラン・ザ・ビジネスに使っている(大企業ほど)
  • 日米ではIT投資の内訳が異なる(日本は「業務効率化/コスト削減」、米国は「ITによる製品/サービスの開発」)
図1:多くのリソースは既存システムの維持・管理に使われている(出典:一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会「企業IT動向調査報告書2017」より)

 資金や人材といったリソースは既存システムの保守に割かれていて、顧客分析や新しい開発には投資されていない。さらには、「不完全な技術の手動運用による保守費の高騰」や「ビジネスプロセスが変わらないことによるスピード感のなさ」といった問題も起きている。

 ここで、巨大海外クラウドベンダーの動向を考えてみよう。例えばAWSは、「10msec以内に3カ所同時にシンクする」リージョン方式を謳っている。そこで、Google Earthの航空写真で、光ファイバのレイテンシーを考えてIXのある大手町から直線距離で30kmの範囲に目を凝らすと、明らかに「冷やす気満々」の建物が見えてくる。その建物の巨大さ、敷地の広さは、周辺にある他の民間データセンターと比較すると一目瞭然だ。

 実は、AWSが狙っているのは以下の2点だ。

  • 構内配線によるエコシステム
  • セルフサービス

 巨大なデータセンターの中に、あらゆる企業/サービスを取り込み、ビジネスパートナーと構内配線で接続してビジネスを行えるようにする。これは、レイテンシーの意味でも、閉域網であるためセキュリティ的にも、メリットが大きい。そして、ボタンひとつで他社や他のサービスと接続できるようなセルフサービスを実現する。

 こうなると、「オンプレミスの既存システムをそのままIaaSに乗せ換えてコスト削減」「必要なオンプレミスは残し、外出しできるものはクラウド化の適材適所で」などと悠長なことを言っていたら、ある日全部をAWSに巻き取られ、SIerはお払い箱ということもあり得る。このまま続けていたら、その日は2025年には来る。それが「2025年の崖」だ。

 もちろん、中国も巨大データセンターがどんどん建設されている。そこで和泉氏は「データセンター業界は再編が必要」だと考えている。それをせずに相変わらず「保守ビジネスに依存しているのであれば、技術革新なんて遠くなってしまう」(和泉氏)。ということで、DXレポートではDX実現シナリオを書いている。大雑把に言うと、以下のようなものだ。

第一段階:2020年までに、複雑化・ブラックボックス化した既存システムを可視化・仕分けし、刷新計画を立案
第二段階:2021年からの5年間を集中期間として、システムを刷新

 さらに、DXレポートでは「協調領域については、個社が別々にシステム開発するのではなく、業界ごとや課題ごとに共通のプラットフォームを構築することで、早期かつ安価にシステム刷新することが可能」という、共通プラットフォーム化についても触れている。

 最後に和泉氏は、「カスタマーサービスに関しては我が国の勝ち筋であるとすれば、デジタル競争第二幕としてどんどん政策を打っていきたい」と締めくくった。