クラウド&データセンター完全ガイド:イベントレポート

デジタルトランスフォーメーションが作る新しい社会――データセンターを核にしたスマートシティ

北海道データセンターセミナー 基調講演レポート

弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2019年冬号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2018年12月22日
定価:本体2000円+税

2018年11月1日、新たな産業集積地としての北海道の可能性について紹介する、北海道データセンターセミナーが都内で開催された。テーマは「デジタルトランスフォーメーションの加速と未来」。さまざまなものがデジタル化され、サイバー空間に物理空間がコピーされつつある現在。基調講演では、東京大学大学院情報理工学系研究科教授の江崎浩氏と、エクイニクス・ジャパン代表取締役兼北アジア事業統括の古田敬氏が、デジタルトランスフォーメーションを支えるインフラストラクチャの在り方や方向性について、それぞれの考えを語った。そのエッセンスを紹介する。 text:柏木恵子

48時間停電でも止まらなかった北海道のデータセンター

 セミナー冒頭には、北海道経済部産業振興局長の野村聡氏(写真1)が、9月に発生した北海道胆振東部地震について触れた。災害はあったが、基本的には北海道は土地が広く、冷涼な気候で、通信環境や多様なエネルギー資源といった強みもある。首都圏との交通アクセスも良好で、技術者の確保もしやすいなど、データセンターの立地としては好適地だと語った。

 胆振東部地震では大規模な停電が発生し、2日間にわたって系統電源が途絶えたが、事業者系のデータセンターで止まったという例はなく、いざという時の備えがきちんと機能した。ただし、一般家庭では停電の影響は大きく、非常な困難に見舞われた人も多くいる。その中で、「大規模地震の際はガスが強い」ことが分かったと江崎氏(写真2)は言う。

 江崎氏の講演タイトルは「データセンターを核にしたスマートシティ」。江崎氏によれば、「電気は簡単に止まるが、ガスは生き残って、今回の北海道地震ではエネファームが皆さんの自宅をかなり救った。大阪の地震の際には、卸売市場が水素燃料電池で冷蔵庫のバックアップをとっていたため、停電しても食べ物を守った。このように、インフラ設計で異なる電源系を持つことは、ロバストな(堅牢な、持続可能な)インフラストラクチャの設計に重要だと再確認された」。北海道は、再生可能エネルギーの賦存量が全国トップレベルである他、石狩市には国内最大級のLNG 基地があり、その点も北海道の強みだとした。

 ただし、「再生可能エネルギーでも太陽光発電には注意が必要」(江崎氏)だ。電力会社に販売することを前提に設置された太陽光パネルの電源は、自宅で使うことができない例があった。むしろ、自宅用に設置した古いものの方が役に立ったという。

写真1:北海道経済部産業振興局長の野村聡氏
写真2:東京大学大学院情報理工学系研究科教授の江崎浩氏

物理のデジタル化からサイバーファーストへ

 スマートシティの話題の前に、デジタルトランスフォーメーションについての考察に触れておこう。「サイバーファースト/デジタルファーストへの進化が始まっている」というのが江崎氏の考えだ。

 アルビン・トフラーは著書「第三の波」で、産業変革の波は三度訪れていると書いている。第一の波が農業革命、第二の波が産業革命、第三の波が情報化革命である。第二と第三への流れでは、「もの」から「こと」への変化が起きたという言い方もされる。

 さらに江崎氏は、デジタルのトランスフォーメーションも三段階で表現する。例えば、レコードをCDにしたようにアナログをデジタルデータにしたのが第一の波。アナログをオブジェクト化したのが第二の波。そして第三の波として起きているのは、静的情報をデジタル化したものではなく、プログラムやルール(=コード)が価値を持つことだ。「特許も同様の考え方だが、0と1でできているデータではなくアルゴリズムを権利化する。アルゴリズムを所有する人がインターネットを介してサービスとして提供し、利用した人から対価を得る。サイバー空間は物理空間と異なり無限に広げることができるため、これは無限の価値を生む。その成功者が、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazonの頭文字)だ」(江崎氏)。

 物理環境のデジタルデータ化を産業分野に当てはめたものをインダストリー4.0と呼ぶ。例えば、工場の状態をセンサーで吸い上げ、コンピュータでシミュレーションや分析を行う。その結果を、品質管理や生産性向上などに利用する(図1)。

図1:物理ファーストのインダストリー4.0

 浦霞という日本酒があるが、属人的な“匠の技”をデジタル化したことによって、人材、品質管理、生産性向上といった課題を解決したという。「杜氏の脳内にある製法をコードとしてデジタル化し、コンピュータで複製(サイバーツイン)し、農産品である酒を工業製品にした」(江崎氏)。

 このサイバーツインがあると、BCP(事業継続計画)の面でもメリットがあると江崎氏は言う。サイバー空間に物理空間の複製(設計図/プログラム)があれば、災害で工場が破壊されたとしても、別の場所にアウトプットすればいい。再立ち上げが格段に簡単になるのだ。あるいは、大統領が替わって工場をすべて米国内に移動しろと言われたら、ノウハウがデジタル化していなければ非常に難しい。

 さらに、「現在起きていることは、まず設計図通りの環境をサイバー空間に作って分析・シミュレーションを行い、十分にPDCAを回した後で実際の工場に展開する、サイバーファーストのやり方」(図2)だと江崎氏は言う。例えば、お酒であれば化学やバイオの知識を入れてシミュレーションを行い、さまざまなトライをして美味しいお酒を造る。これを行っているのが日本酒の獺祭だと語った。

図2:サイバーファースト

 江崎氏は、ハイパフォーマンスのコンピュータが集積したクラウドができたため、実空間のデータを取るよりも前にシミュレーションができるようになったと説明。このため、物理的な投資(土地を所有すること、工場を所有すること、原材料を確保すること)よりも、「何をどのように利用するか、どのようなデバイスをどのように動かすか、というコードが価値を持つ。そして、サイバー空間でシミュレーションを繰り返してPDCAサイクルを回すことで価値を高められる」として、その成功例がUberだと語った。

 「彼らは自社で自動車を持っていないし、設備投資といえるようなものはほとんどしていない。アップルのように、自社の工場を持たずに設計図を送って海外の工場で製造させるファブレスも、米国では非常に伸びている。その構造が作れるかどうかが、一番の差別化で競争力になっていく」と江崎氏は言う。

インターネットが可能にしたこと

 インターネットの役割については、基本的にはインターネットは以下のようなことを可能にしたと江崎氏は説明する。

①デジタルネットワーキングによってものが高速で移動可能になった
②蓄積技術・装置によって、同時性が必要でなくなった
③『ひとつのシステム』によって壁が消えた
④デジタルネットワークによって、モノの質量がゼロになり、移動コストが低下

 移動コストが低下することで、ロングテールビジネスができあがった。物理ドメインに制約されていると、顧客へのアウトリーチと物流のコストが非常に高くなる。ところがインターネットができたおかげて、遠くの顧客にも簡単にリーチできるようになった。「高い専門書は書店に置いても誰も手に取ってくれないが、世界中に100人くらいは欲しい人がいる。それでビジネスが可能になった」(江崎氏)。

 とはいえ、インターネットにもまだ制約はある。

①高速とはいえ、地球は大きく遅延は小さくない
②電力消費がどんどん拡大していく
③線が必要

 ①については、国内に限れば距離による違いはあまりない。また、②では、電力コストの問題と、熱密度の問題がある。③は、容量の問題の他に、国内では設置・利用における許認可の問題が大きい。

 これらの制限のない米国では、例えばアップルのデータセンターは2012年以降、すべての電力を再生可能エネルギーでまかなっている。また、AWS向けにテスラのリチウムイオン蓄電池センターが稼働している。電気自動車は、1台当たり30KWhを常時供給できるため、江崎氏は「日産リーフをたくさん集めれば原発1基分くらいになるし、駐車場に100台あればコジェネ(補助発電機)だと思っていい」と言う。

データセンターを核にしたスマートシティ

 江崎氏は、日本と海外を比べた場合、日本にはネットの中立性、通信の秘匿性の堅持、高品質、島(海という防衛壁)という優位性があると語る。

 一方で、非優位性もあり、ひとつは日本が高コスト社会であることを挙げたが、「シンガポールの電気代も高いし、海外から言われるほど、日本のコストは突出して高いわけではない」(江崎氏)。

 もうひとつは自然災害のリスクだが、災害があってもデータセンターは止まらないことは、胆振東部地震でも証明されたと説明。「今回の地震でもさくらインターネットの石狩データセンターは生き残った。まる2日電気が来なくても止まらないというのは、世界的にもない」と江崎氏は言う。

 また、米国などでは、そもそも系統電源が信用されていなかったが、日本では「電気は止まらない」と、少なくとも2011年の東日本大震災までは信じられてきたと説明。しかし、今回もまた、系統電源を盲信するのは危険だと再確認することになったとした。

 江崎氏は、「実は、オンプレミスの環境は停止する可能性が少なくない。それでも生き残ったのは、系統電源に頼らずにガスかオイルの非常用発電機を持っていたところ」だと言う。ただし、石油は移動体(自衛隊や警察も)が使うため、災害時には確保が難しい場合もある。一方、ガスを使った移動体は少ないので確保しやすい。石狩にLNG基地があることは、北海道の優位性になるかもしれないとして、今回の胆振東部地震では、以下のことが再確認できたとした。

  • 系統電源は信用できない
  • 広域停電はどこでも発生する可能性がある
  • データセンターは生き残る
  • インターネットはすべての生命線
  • 太陽光発電は使えないかも
  • 油の流通は制限される

 これらのことを考慮すると、持続可能なインフラを考える必要があるとして、その事例がいくつか紹介された。ひとつは、仙台でガスインフラを使った複数電源の戦略的利用の事例、もうひとつは、三井不動産が日本橋地区で行っているAEMS(エリアエネルギーマネジメントシステム)の取り組みだ。これらの取り組みは、ショッピングモールに地産地消のエネルギーシステムを構築し、有事の際のエネルギー供給拠点にしようというものだ。そうであれば、非常用発電の設備を持つ必要があるデータセンターがそこにコロケーションすればいいのではないかというのが江崎氏の考えだ(図3)。

図3:ショッピングモールを有事の際のエネルギー・避難拠点に

 「太陽光発電や非常用発電機を備えたショッピングモールでは、直流配電網を整備すれば系統電源が途絶えた時にも再生可能エネルギーをそのまま使える。また、ショッピングモールには車がたくさん来るので、駐車場の電気自動車から電力をもらうこともできるかもしれない。そこに医療施設や高齢者施設を配置し、同時にデータセンターも設置すれば、有事の際の避難拠点になる」。その他、ゴミ処理場で発電した電気でゴミ収集の電気自動車を走らせるという取り組みも紹介。江崎氏は「自治体と連携したインフラ構築が重要」だとまとめた。

DX時代におけるデジタルインフラストラクチャ戦略

写真3:エクイニクス・ジャパン代表取締役兼北アジア事業統括の古田敬氏

 エクイニクス・ジャパン代表取締役兼北アジア事業統括の古田敬氏(写真3)の講演は、「DX時代におけるデジタル・インフラストラクチャー戦略~グローバルな視座から考える」というタイトル。ビジネス寄りの視点での考え方だ。

 エクイニクスは24カ国、52都市、200カ所のデータセンターを展開するグローバル企業。国内では東京23区内と大阪にデータセンターがある。古田氏が最近特に強調しているのは、「データセンター時代の終焉」ということだ。これは、「企業の自社データセンターはなくなり、既存のインフラの制約に依存しないデジタルインフラストラクチャが、ビジネスニーズに基づいて構築される」とする、ガートナーのレポートの引用だ。古田氏は、「企業が抱える古いデータセンターはなくなっていき、デジタルインフラストラクチャの一部として機能するものでないと存在意義がなくなる」と読み解いている。

 インフラストラクチャとは、下部構造や基盤といった意味の単語だが、デジタルインフラストラクチャの意味合いとして、「デジタルビジネスのためのIT基盤」と受け取ると、少し分かりにくい。古田氏が語るのは「デジタルでできた(サイバーな)ビジネス基盤」のことだ。ビジネス活動のための基盤を自社で構築・所有するのではなく、必要なものを必要なだけ利用することが、収益の面で必須になることを指している。エクイニクスのようなグローバル企業の視点では、「東京が落ちてもシンガポールが動いていれば問題ない。発電効率が悪く高コストなガスタービンの自家発電機は無駄」ということになる。というわけで、エクイニクスの考えるデジタルインフラストラクチャの要件は図4のようになる。

 デジタル技術は、あらゆる市場で革新創造を促しているが、成功することもあれば失敗することもある。古田氏は、「失敗した時に早く撤退すれば損が減る。デジタルトランスフォーメーションのためには、デジタルインフラストラクチャである方が効率的」だと言う。

図4:デジタルインフラストラクチャの意味合い

エッジコンピューティングの可能性

 最後に古田氏は、エッジコンピューティングについても触れた。古田氏によれば、「データセンター業界では、これからはエッジコンピューティングだという議論が盛んだ」。また、エクイニクスはデジタルエッジにトランスフォームしていくべきと考えているという。

 一口にエッジといっても、「企業のコアデータセンターに対する拠点」「無線通信をアグリゲートする基地局」「自動運転の車の中」など、さまざまなものがエッジと名乗っている。

 エッジコンピューティングとは、人体でいうなら、脳からの信号を待たずに四肢が動く脊髄反射のようなもの。そもそもは、自動運転に必要な大量の情報処理を、データセンターと通信していたら間に合わないから自動車の中で、という発想だと言われる。他にも、工場の製造ラインに大量のIoTセンサーを配置し、データを分析して異常を検知したらラインを止めるという仕組みで、各センサーのデータをデータセンターに集めて分析し、結果からアクションを起こす、というのはあまりにも遠回りなので、処理を工場内でというのも同じ考え方だ。

 古田氏は、「そのエッジコンピューティングというバズワードに、さまざまな分野が乗っかった」と説明。「エッジとは相対的なもので、グローバルなマッピングの中では個別の都市がエッジになるし、個別のサービスを実現するためにはアクセス網や基地局に直結しているところでのプロセッシングを意味する」(古田氏)。いずれにしろ、コンピューティングは分散化すると多くの人が考えているようだ。

 最後に古田氏は、念頭に置くべきキーワードとして以下の点を挙げ、講演をまとめた。

  • データセンターの箱をどこに作ったらいいかという議論よりも、デジタルインフラストラクチャとしての機能をどうしたらいいかと考えた方がいい
  • その前提としてグローバルに何が起きているかを念頭に置く方がいい
  • エッジコンピューティングと呼ぶものは、5G、IoTという文脈で確かに必要になる
  • 一連の変化の流れの中で、どこを切り取ってマネタイズするかは、トライ&エラーが大事

 続いて、北海道の各自治体から、企業誘致の取り組みや優位性を紹介するプレゼンテーションが行われ、セミナーは終了した。