クラウド&データセンター完全ガイド:イベントレポート

Oracle+NetSuiteのシナジーで期待される、クラウドERPのさらなる進化

NetSuite SuiteConnect 2017

弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2018年冬号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2017年12月21日
定価:本体2000円+税

企業ITにおけるクラウド活用が前提となって久しいが、基幹系システムを担うERPに関してはクラウド化が難しいという声を聞く。クラウドERPのパイオニア的存在である米ネットスイート(NetSuite) は、デジタル変革期の今、どのようなビジョンの下でユーザーに価値を提案・提供しているのか。2017年10月に開催されたNetSuite SuiteConnect 2017では、Oracle+NetSuiteとしてのビジョンとポートフォリオが示された。 text&photo:河原 潤(クラウド&データセンター完全ガイド編集長)

20年前の信念を保ちながらOracle+NetSuiteが始動

写真1:現在はオラクルのエグゼクティブバイスプレジデントとしてネットスイートの事業を統括するエバン・ゴールドバーグ氏

 2016年11月、オラクルは同年7月に発表したネットスイートの買収手続きを完了し、Oracle+NetSuiteブランドを冠した新生ネットスイートが始動した(注1)。

 ご存じの方も多いと思うが、オラクルがこれまで手中にしてきた幾多のITベンダーとは異なり、両社は長年緊密な関係にある。ネットスイートは1998年、オラクル退社後にネットレッジャー(NetLedger)という企業を立ち上げたエバン・ゴールドバーグ(Evan Goldberg)氏(写真1)によって設立された。ネットスイートの起業に際して、ゴールドバーグ氏は元上司であるラリー・エリソン氏からビジネス上の示唆と多額の投資を得ることとなる。

 ビジネス上の示唆とは、ほかならぬアプリケーションホスティングで、現在のSaaS(Software as a Service)の原型だ。「ラリーから『次のコンピューティングモデルはWebだ。だれもがWeb上のアプリケーションにアクセスする時代が来る』とアドバイスされた。私もWebホスティングに取り組んでいたのでそれを確信した」(ゴールドバーグ氏)

 エリソン氏は、SaaS黎明期からのプレーヤーとしてネットスイートとよく比較されるセールスフォース・ドットコム(Salesforce.com)の大株主で、創業者マーク・ベニオフの元上司でもある。オラクルはクラウド事業で他の大手ベンダーに遅れをとったとたびたび指摘されるが、構想自体はすでに20年前に持っていて、その実現を、ゴールドバーグ氏とベニオフ氏というまずは、2人の元部下が起業したベンダーに託したかたちとなった。

注1:正式な組織名はOracle NetSuite Global Business Unitだが、本稿では便宜上ネットスイートと表記する

クラウドERPへの一貫した取り組み

 2000年代半ばから後半にかけて、企業の間でSaaSの採用が進み、これが2010年代に花開くクラウドコンピューティングモデルの端緒となる。

 セールスフォースより1年早く先に設立されたネットスイートは、業界初のビジネスSaaSベンダーとなったが、SaaSの概念を世に広く知らしめたのはセールスフォースのほうだ。それには両社が初期に採った戦略やポートフォリオの違いが影響している。

 セールスフォースが、同社最初のサービスとなるSFA(営業支援)/CRM(顧客関係管理)から水平型・用途別にSaaSを拡充していったのに対し、ネットスイートはERPを中核にCRM、ECを垂直型で統合したSaaSを業種別に広げていくことを推し進めた。当時、企業の経営層はクラウドに対して様子見の段階で、メールやSFA/CRMといったフロントエンド寄りの情報系システムから着手するところが大半だった。

 では、ERPを中心した基幹系/バックエンド寄りのポートフォリオゆえに、ネットスイートが市場で苦戦を強いられ続けたかというとそうではない。NetSuite ERPの2大アドバンテージは、クラウドでの稼働を前提に設計されたERPであることと、そのERPがCRMやECシステムと緊密に統合されていることだ。そこで得られるメリットに早期から着目した企業から支持を集め、20年にわたって堅実な成長を遂げてきた。創業当初から中堅中小企業をメインターゲットに、現在では160カ国で4万社超の企業がNetSuiteを活用している。

NetSuite の最新ポートフォリオ/ソリューション

写真2:NetSuite SuiteConnectは、Oracle OpenWorld 2017 と同じ会場である米サンフランシスコのモスコーニセンターで開かれた

 NetSuite SuiteConnect 2017(写真2)で示された、ネットスイートの現在のポートフォリオを確認してみる(図1)。ERPをはじめとするNetSuiteアプリケーションは、「OneWorld」によってグローバル経営管理に対応し、PaaS(Platform as a Service) の「SuiteCloud」によってクラウド上での拡張やカスタマイズが可能になる。全アプリケーション/サービスの一貫したインタフェース/エクスペリエンスはサービス提供基盤である「Unified Cloud Platform」によって実現されている。

図1:ネットスイートのポートフォリオ(出典:Oracle NetSuite Global Business Unit の資料を基に編集部で作成)
NetSuiteアプリケーション

 「NetSuite ERP」は、財務会計管理から受注管理、生産管理、サプライチェーン管理(SCM)、倉庫管理/フルフィルメント、プロキュアメント、人事・人材管理(HCM)までを網羅する、ネットスイートの原点にして中核のアプリケーションである。HCMに関しては2017年4月に、人材の育成・最適配置(タレントマネジメント)に特化した「SuitePeople」が追加されている。

 「NetSuite OneWorld」は、ERPをはじめとするNetSuiteアプリケーションのグローバル経営管理機能を集約したものだ。190の通貨、20の言語、100を超える国の税務報告書に対応し、各国・地域拠点の子会社や関連会社に対するリアルタイムな経営管理をサポートする。

 「NetSuite CRM」は、SFA、カスタマーサービス管理、マーケティングオートメーションといったCRMの基本機能に加えて、フォーキャスト管理、パートナー関係管理(PRM)、委託管理、発注計画管理、統合EC管理などの機能も備える。「顧客をリアルタイムに360度見渡せる」(同社)ことに主眼を置き、営業活動・CRMのライフサイクル全体を管理可能にする。「NetSuite Omnichannel Commerce」は、ECとPOS、バックオフィスを緊密に連携する「Suite Commerce」プラットフォームの存在が、競合他社のEC系アプリケーションとの明確な差別化ポイントとなっている。

業界別ソリューション

 「SuiteSuccess」は、これまでのネットスイートの業界別ソリューションを再編したもので、広告・出版、金融(FinTech)、製造、非営利団体、小売、サービス、ソフトウェア/インターネット、卸・販売の8業界をサポートする。同社によると、テンプレートやカスタムコードを用いて業界固有の要件にこたえる従来型手法を発展させ、業界や顧客ごとの実践にまつわるナレッジ、設定されたKPI、アジャイル型の製品実装といった新しいアプローチを取り入れているという。

付加価値ソリューション

 「NetSuite SuiteCloud」は、ユーザー固有のニーズに応じたNetSuiteの拡張・カスタマイズや新規アプリケーションの開発を可能にするPaaSである。

 「NetSuite BI」は、NetSuite標準のBI(ビジネスインテリジェンス)モジュールで、NetSuite内のすべてのプロセスやデータの可視化を担う。ロール別にカスタマイズ可能なリアルタイムダッシュボード、レポーティング、分析などの機能を提供する。

 「NetSuite PSA」は、企業のサービスデリバリー事業をサポートするサービス。リソース管理やプロジェクト会計、タイムシート、経費管理を含むプロフェッショナルサービスオートメーション機能(PSA)をERP/CRM/ECと連携させる。

この先、製品レベルでの統合はあるのか

 周知のようにオラクルは「Oracle Applications」の名称で、さまざまな分野のSaaSを提供中だ。ERPの「Fusion Applications」も一部SaaSで提供されている。

 今回のSuiteConnectは、ネットスイートがオラクル傘下となってから、まもなく1年というタイミングで開催された。オラクルは自社開発のERPと過去買収した複数のERPを強行的に“融合”し、Fusionを完成させた経験を持つ。将来、両社の製品レベルでの統合もあるのかどうかはユーザーにとって気になるところだ。

 この点については、両社の幹部は明確に棲み分けができており、社内競合のようなことにはならないと明言する(写真3)。オラクルのCEO、マーク・ハード(Mark Hurd)氏はこう説明している。「Fusionは複雑で大規模なITシステムを運用する大企業に適した製品で、NetSuiteはSMBをメインとしている。長年、顧客それぞれの規模や用途で両社のERPが選ばれてきたわけで、良き補完関係は今後も続いていく」

写真3:ゴールドバーグ氏(右側)とオラクルのCEO、マーク・ハード氏は、Oracle+NetSuiteのシナジーを改めて強調した

 また、企業規模だけでなく、各業界のターゲティングにも違いがある。NetSuiteの場合、小売、製造といった業界単位というより、衣料品、食品、自動車、精密機器といった具合に業種単位で細分化したマイクロバーティカル戦略を推し進めてきた。「マイクロバーティカルの取り組みを支えているのは各業界・業種の商習慣や法的要件などを知り尽くしたNetSuiteのパートナーエコシステムである」(ゴールドバーグ氏)

 一般的に言って、バックグラウンドの異なる複数の業務アプリケーション(特にEPR)の統合は膨大な工数と時間のかかる難解な作業だ。現在、両社のポートフォリオが良好な補完関係にあるので、決して断定はできないが、第2のFusionは登場しない可能性が高いだろう。

 オラクルはNetSuite事業および研究開発へのさらなる投資を明らかにしている。また、大企業を中心とした同社の顧客も、用途特化のセカンドERPとして、俊敏性の高いクラウドERPを求めている。ネットスイートが今後も、設立以来貫くシンプルなアーキテクチャを維持しながら、デジタル変革期の新しいニーズにこたえるかたちでクラウドERPを進化させ続けていくことに期待したい。