2020年5月13日 06:00
弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2020年春号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2020年3月30日
定価:本体2000円+税
日本データセンター協会(JDCC)では、アイスランド国営電力会社からの呼びかけを受け、有志が同国を2020年1月に訪問。その電力会社、海底ケーブル会社、経済・イノベーション省、現地2社のデータセンター事業者と情報交換し、データセンターも2カ所視察したので、同国事情とその視察内容を紹介する。
アイスランド視察のきっかけ
日本データセンター協会(JDCC)に、アイスランド国営電力会社から同国視察について呼びかけがあり、その内容をJDCC会員に紹介。現地集合・現地解散などの費用を自己で賄え、その他の条件もクリアできる有志一行にJDCC事務局が同行する形で、おおむね2020年正月早々に日本を出発、1週間程度で帰国する日程で同国を訪問、視察してきた。
アイスランドの概要
アイスランド共和国は、日本では馴染みが薄いかもしれないが、島国で火山と地震が多く、マリモが生息し、クジラを食するなど意外な共通点がある。大学での人気外国語は、英語に次いで日本語である。同国本島の面積は約10万平方キロメートル。人口は35万人強なので、北海道をひと回り大きくした国土に旭川市(約33万人)だけがあるようなイメージだ(同国の人口密集地は沿海部である点は異なる)。国名こそアイスランドだが、年間平均気温はマイナス2~15度。想像するほど寒冷な国ではない。経済的には2008年に金融危機に陥ったが、その後は主力の水産業やアルミ精錬業などによる輸出と観光により再成長を続け、すでに1人あたりGDPは、悔しいことに日本の2倍弱だ。
アイスランドのエネルギー事情
同国の国営電力会社ランズビルキン(Landsvirkjun)では、ほぼ100%の再エネ(再生可能エネルギー)で発電していて、メインの再エネは水力と地熱である(昨年度から実験的に風力にも取り組んでいるが、発電量はまだ1%未満)。
一方で、再エネは発電量が不安定が通説だが、そもそも地熱は安定していて、水力については大規模貯水池を造成したことで安定性を実現している。こうした事情から、化石燃料の価格変動とは無縁で、長期にわたり安定価格で電力供給できるという。具体的な価格は1kWhあたり4.3米セント以下(1米ドル100円なら4円30銭、送電費用は含まず)。さらなる価格交渉も可能とのことで、データセンターと同じ電力多消費型産業であるアルミ精錬工場とは、より安い価格で契約、電力供給しているという。
つまり、データセンターにとっては長期的な電力コストが見通せる点で大きなメリットがある。また、欧州では特にクリーンエネルギー利用がクリーンな企業イメージにつながるので、「グリーン証書」が発行されるのも魅力である。
送電網は島の沿海部に沿って環状に整備されている。そのため、どこにデータセンターを建設しても、2系統で供電でき、送電網自体の安定性も高いとのことだ。
アイスランドのネットワーク事情
同国は英国・北欧・米国・グリーンランド4カ国・地域のちょうど中間地点に位置しているため、海底ケーブルは英国(スコットランド)、北欧(デンマーク)、グリーンランド経由で北米の計3本で接続されているほか、さらに英国(こちらは北アイルランド)へ海底ケーブルを敷設する計画もある。通信品質については、今回情報交換できた同国通信会社のファリス(Faric)が敷設・運用する英国・北米海底ケーブルでは、欧州各都市までのレイテンシが20ms程度、米ニューヨークまでが40ms程度。トラフィックはまだ10%程度しかないという。欧州海底ケーブルには中継器がないため、将来的に通信速度を上げることも容易とのことだ。
国によるデータセンター誘致と支援
同国経済・イノベーション省では2016年にデータセンター含めて海外企業の誘致方針を決定し、税制優遇、人材教育費用の補助をはじめ、いくつかの支援制度を用意した。また、間接的には、海底ケーブル敷設を補助することで、通信インフラを改善し、進出・定着しやすい環境を整備してきた。
一方で、同国で事業を行うには現地法人の設立が必要だが、データセンターなら日本とほぼ同じ自由度で、例えば電気通信事業の許認可や届出などは不要とのことだ。
同国データセンタービジネスの特徴
今回の視察では2社の事業者(Etix社、Reykjavik DC社)と情報・意見交換し、別の2社(Verne Global社、Advania社)のデータセンターを見学した(写真1)。
前述のように同国は年間を通じて冷涼で、冬季の寒さもそれほどでないことから外気空調が主流であり、その分低コストにできる。また、前述のように電力を安定価格で長期契約できることで、コスト変動リスクが少ない安定した経営環境を備えた立地である。
これら4社の事業者はいずれもHPC(High Performance Computing)向けのモジュール型データセンターで、主な特徴は以下のとおりである。1)建物はメガクラウドデータセンターのような平屋建て・モジュール型で、拡張が容易。2)契約・建設から運用開始まで数カ月程度から、長くても9カ月。3)サーバー室はほぼ外気空調。4)ラックあたりの電力が20k ~ 50kVAも少なくなく、各データセンターとも最終的に100MW以上の計画。5)PUEはおおむね1.2以下(算出方法がまちまちの可能性もある)。6)2系統受電に加えて発電所からも直接受電している。7)系統電力の安定性が高いので非常用発電機はない。
同国のデータセンター市場において印象的だったのは、日本で標準のティア3以上の堅牢なデータセンターよりも、HPCやAI(人工知能)、ブロックチェーンなど用途に特化した専用のサーバー設置向けに最適化されたデータセンターニーズが高まっている点である。先に挙げたとおりサーバー停止となっても再計算すれば間に合う用途では、多少の停止・事故リスクを許容することで、安価に高速・大容量の計算処理環境・サービスを提供している。安価を実現するために、ほぼ未調整の外気で直接大量のサーバーを冷却し、温まった空気はそのままサーバー室外へ排出している。もし、夏季に外気温度が想定を超えた場合は対応できない。だが、それを許容するユーザーを対象に、割り切ったサービスを安価に提供する方針については、日本の事業者も見習うべき点があるだろう。
おわりに
視察の終盤に、日本大使公邸に招待いただき、同国事情についてつぶさに伺うことができた(写真2)。なお、当日の様子が同大使公邸サイトに掲載(※)されている。
※データセンター関係者とのレセプション(在アイスランド日本大使公邸)
https://www.is.emb-japan.go.jp/itpr_ja/topics20200107.html
視察結果をまとめると、同国の立地は、電力面のメリットが多い一方で、地理(通信環境)的にリアルタイム性を求めることが難しいため、データセンターの用途は限られる。ただ、今後は日本企業のAI(人工知能)やビッグデータ活用が進むことで、こうした立地のデータセンターの活躍の幅が広がるのは事実だろうし、特定のユーザーに割り切ったサービスを提供するという選択肢を、もっと日本のデータセンター事業者も持ってもよいだろう。