イベント

カスタマーはサブスクライバーに――、米Zuora CEOが語るサブスクリプションエコノミーの幕開け

subscribed 16 キーノートレポート

 「サブスクリプションエコノミーの世界へようこそ」――。

 4月12日(米国時間)、米国サンフランシスコで開催された米Zuoraの年次カンファレンス「subscribed 16」は、同社CEOのティエン・ツォ(Tien Tzuo)氏によるこの言葉で幕を開けた。

 一般に「サブスクリプション」と聞くとソフトウェアベンダーによるライセンスビジネスに近い形態を思い浮かべるかもしれない。だがZuoraの提唱する“サブスクリプションエコノミー”は、そうした既存のフレームワークとは大きく異なる。クラウドとモバイルがあらゆるビジネスの基盤となりつつある時代には、それにふさわしい課金モデルが必要となる。だが多くの企業は、いまだにモノの製造/販売が中心の「プロダクションエコノミーから脱却できていない」(ツォCEO)状態にある。

 「モノ」から「コト」へ、「所有」から「利用」へと顧客の消費活動が急激にシフトする現在、ZuoraとツォCEOが提唱する「サブスクリプションエコノミー」はビジネスの世界をどう変えていくのか。本稿ではツォCEOのキーノートの内容をもとに、Zuoraが提唱するサブスクリプションエコノミーの可能性について迫ってみたい。

5回めの開催となる「subscribed 16」には全世界から約1600名が参加した

Zuoraが提供する「サブスクリプションビジネスのためのプラットフォーム」

 Zuoraは2007年、ツォCEOら3人の創業者が「新しい時代にふさわしいビジネスモデルを作り上げる」ことを掲げ、米国マウンテンビューに小さなオフィスを立ち上げたのが始まりだ。ツォCEOは、Zuoraを起業するまではsalesforce.com(SFDC)でCMOを務めており、マーク・ベニオフ(Marc Benioff)氏がSFDC創設のために集めた“最初の10人”としても知られる。ツォCEOがZuoraを起業する際、ベニオフ氏は個人で数百万ドルを投資しているが、そうした背景もあってZuoraとSFDCはビジネス的にも技術的にも密接につながっている。

Zuoraのティエン・ツォCEO

 Zuoraのビジネスをひと言で表現するなら、「サブスクリプションビジネスのためのプラットフォーム」となるだろう。クラウドがビジネスの世界に浸透しはじめてから10年以上が経過するが、クラウド、特に月額課金を可能にするSaaSをサービス提供の手段に使いながらも、ビジネスの基本的なスタイルは旧時代のままというケースは、いまも多い。

 例えば決済に関しても「一度決定された価格は誰に対してもほとんど同じで、しかも当面は変わらない」という前提にもとづいて設計されている。請求処理の流れやアカウントの開設/閉鎖の手続きも「顧客やサービス内容によって異なる」という概念が取り入れられてないため、SaaSでサービスを展開しているにもかかわらず、バックエンドではExcelの手組みによる複雑な決済処理を行っているケースも少なくない。

 これはツォCEOに言わせれば「モノ主体のプロダクションエコノミーから思考を脱却できないまま、クラウドでビジネスを行おうとしているため、新しい時代へのトランジション(転換点)を乗り越えられない」企業の典型例となる。

 だが、サブスクリプションフィーを既存の決済システムに組み込むことはそう簡単ではない。Zuoraはこうした企業、つまりサブスクリプションビジネスを展開する企業に対し、柔軟なプライシングやパッケージングを実現するプラットフォームを提供する。つまり企業は自前でサブスクリプション用の決済システムを用意する必要がなく、Zuoraプラットフォームに接続するだけでいい。日割り計算や未回収金の管理、最小ユーザー数の変更、フリーミアムやフリートライアルといった無料パッケージの展開なども容易に行うことができ、SAPやsalesforce.comなど既存の代表的なERPやCRMとの連携も可能だ。

Zuoraの魅力はフレキシビリティとスケーラビリティ。サブスクリプションビジネスは件数が多くなるとさまざまな処理が複雑になりやすいが、Zuoraは件数が多くなればなるほどその威力を発揮する

 サブスクリプションエコノミーとプロダクションエコノミーの違いを、ツォCEOの言葉を借りてもう少し具体的に見ていこう。“Old World”、すなわちプロダクションエコノミーの時代のグロースモデルは「トランザクションにもとづいていた」とツォCEOは言う。つまり「より多くのユニットのモノを売り、ユニットの製造単価を下げ、価格を上げていく」(ツォCEO)というアプローチが一般的だった。

 だが“New World”、サブスクリプションエコノミーにおいては「より多くの顧客(カスタマー)を集め、顧客離れ(チャーン)を減らし、ひとりひとりの顧客にとっての価値を上げていく」ことが肝要になると、ツォCEOは強調する。つまりサブスクリプションエコノミーとは、パッケージングとプライシングに関してより“個”に寄り添ったアプローチが求められるため、従来のユニット指向、売り切り/買い切りの考え方では成功することが難しいのだ。

 こうした変化は社会のいたるところで見ることができる。UberやNetflix、Spotifyなどの成功例は「必要に応じて必要な量だけのサービスを提供する」というクラウドやSaaSが基本とする考え方にきわめて近い。ツォCEOはこうした変化を「サブスクリプションエコノミーの幕開け」と表現する。

 「2000年のフォーチュン500に名前が上がっていた企業のうち、52%の企業がリストから姿を消している。彼らが15年で消え去ってしまったのは、新しい時代の変化に追随することができなかったから」とツォCEOは言う。時代の変化とは社会の変化であり、顧客の行動の変化だ。「プライシングもパッケージングも、決めるのは企業ではなく顧客だ。顧客のニーズに応じてサービスの価格も内容も変わるこれからの顧客はカスタマーからサブスクライバーになる」と言い切るツォCEOの言葉には、サブスクリプションビジネスが拡大/普及していくことに一切の疑念を抱いていない、強い自信がうかがえる。

新規ユーザーへの個別アプローチを助けてくれる

 キーノートではZuoaの主だった顧客が数社登壇し、サブスクリプションビジネスへの転換の重要性を語っている。ここではその一部を紹介する。

IBM Watson

 IBMの誇るコグニティブシステム「IBM Watson」は、この15カ月間で160万人のユーザーに対し自然言語によるコグニティブサービス「Watson Analytics」を提供してきた。そしてWatson Analyticをバックエンドで支えているのがZuoraだ。これまでIBMとはまったく無関係のユーザーがあらたにWatsonのサービスを利用するにようになり、ユーザーイベントやプロファイルの収集もゼロからはじめなければならなかったIBMにとって、Zuoraの「件数が増えれば増えるほど能力を発揮する柔軟性」は非常に心強い存在だという。

 「我々にとって重要なのはできるだけ早急に必要なデータにたどり着くことだ。そうすれば真実は自然と明らかになってくる。Zuoraは何万という新規ユーザーに対して我々が個別にアプローチすることを助けてくれる。IBMはいまやプロダクションカンパニーから"リレーションシップカンパニー"へと変わりつつある」(IBM Watson Analytics デザイン部門長 ニール・ウィットニー(Neil Whitney)氏)。

IBM Watson Analytics デザイン部門長 ニール・ウィットニー氏
The Seattle Times

 「私はメディアの人間ではなく、テクノロジ側の人間。新聞社がテクノロジパーソンを採用したということは、テクノロジの力でメディアを変えたいという強い意思があったから」と語ったのは、米国の新聞メディア「Seattle Times」でCTOを務めるキャリー・バトラー(Carey Batler)氏。

 日本と同様、米国のメディア産業、特に紙媒体は広告費を主とする収入の激減に苦しんでいる。「Seattle Timesが矜持とするのは“我々は金を稼ぐためにジャーナリズムに従事するのではない。ジャーナリズムに従事するために金を稼ぐのだ”という創業者の言葉。この哲学を守りながら変化の時代を乗り切るにはデジタルへのシフトと読者中心(reder centric)な考え方が必要だった。だからサブスクリプションプラットフォームであるZuoraを採用した」とバトラー氏。

 バトラー氏は同社に招聘されるとすぐに「サブスクライバーのことだけを考え、施策を実行する」(バトラー氏)プロジェクトマネジメントチームを結成し、デジタルによるサブスクライブビジネスの拡充に踏み切った。「目指すのは“オーディエンスドリブン(Audience Driven)”なメディアになること。それは既存のメディアを破壊する可能性もあるが、それでも我々は同じ場所に踏みとどまっているわけにはいかない」。

*****

 Zuoraは2015年に日本に進出。国内の事例として、3月にはクラウド会計ソフトのfreeeによるZuoa導入が発表されており、今後も数社による導入事例が発表される予定だ。

 カンファレンス期間中、Zuoraジャパンの顧問を務める宇陀栄次氏にコメントを聞く機会があった。周知の通り、宇陀氏は2014年までセールスフォース・ドットコム日本法人の社長を務めており、ツォCEOとも旧知の仲にある。「Zuoraを見ていると20004年にSFDCを立ち上げたときを思い出す。サブスクリプションエコノミーは、インフラよりもサービス構築が得意な日本企業とは絶対に親和性が高いはず。さらに従来のプロダクションエコノミーを破壊するわけじゃなく、ちゃんと旧システムとの接続部分も用意されている。サブスクリプションエコノミーのような変化を恐れている場合じゃないことは、日本の経営者がいちばんよく知っているはず。一物一価の時代はもう終わったのだから」(宇陀氏)。

 一物一価の時代は終わり――。宇陀氏のコメントには、SFDC時代に世界に先駆けてForce.comを主導して作り上げてきた人物ならではの、日本企業を信じる気持ちが伝わってくる。きめ細やかなサービスと、顧客との関係構築は日本企業が最も得意とする分野だと宇陀氏は言う。もしそのアドバンテージを生かせるのなら、サブスクリプションビジネスは日本企業にとって強力な追い風となるはずだ。Zuoraの日本市場進出が成功するか否か、それは日本企業が変化できるかどうかの試金石ともなるのかもしれない。

Zuoraジャパンの顧問を務める宇陀栄次氏

五味 明子