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クラウドによる“7つの自由”が世界を変える――、「AWS re:Invent 2015」初日基調講演レポート

 「人々はなぜクラウドにこうまでも熱狂するのか。それはクラウドが自由(freedom)を与え、自分の運命を自分でコントロールできるようにするからだ」――。

 10月7日(米国時間)、米国ラスベガスで開催されたAmazon Web Services(AWS)の年次カンファレンス「AWS re:Invent 2015」の初日基調講演には、例年通り同社シニアバイスプレジデント アンディ・ジャシー(Andy Jassy)氏が登壇し、満場の聴衆に向かってクラウドがもたらすアドバンテージを力強く語るところから始まった。

シニアバイスプレジデント アンディ・ジャシー氏

 4回目の開催となるre:Inventには過去最高の1万9000人の参加者が集い、クラウド業界のトップを走り続けるAWSの勢いに陰りがないことを表している。世界中のクラウド関係者が最も注目するこのカンファレンスの初日において、ジャシー氏は何を発表したのか。本稿ではジャシー氏が語った"7つの自由"とそれらにひもづいて発表された新サービスの内容をもとに、AWSが示した新たな方向性を見ていきたい。

「広くて深い」というAWSの開発系サービスラインアップ。ラインアップの数だけでなく、年を重ねるごとにサービスの厚みが増していく

ユーザー企業からテクノロジカンパニーへ――開発者には制約のない開発環境を

 最初にジャシー氏が挙げたのは「制約されることなくビルドする自由(Freedom to build, unfettered)」だ。AWSは開発者に対し幅広いレンジのサービスを提供しているが、ジャシー氏は「AWSのサービスは広範囲であるだけでなく、深い」と強調する。例えばデータベースにしても、マネージドサービスとして5つのRDS(MySQL/SQL Server/Oracle/PostgreSQL/Amazon Aurora)をそろえており、それらに加えて複数のアベイラビリティゾーンにまたがった同期レプリケーションやリードレプリカのサポートなどを提供している。

 「開発者の頭のなかにあるすばらしいアイデアを具体的なかたちにする――クラウドが登場する前はさまざまな制約から困難だった。開発者がクラウドをコモデティとして自由に扱えるようにすることはわれわれにとって重要なゴール」というジャシー氏の言葉通り、開発環境の拡張と頻繁なアップデートはAWSの最重要ミッションといえる。

ジャシー氏が掲げた今回のテーマは「FREEDOM - 自由」クラウドによりビジネスはもっと自由になると強調する

 ここでユーザー事例として米国のクレジットカード会社であるCapital OneのCIO、ロブ・アレクサンダー(Rob Alexander)氏が登壇し、同社が力を入れているモバイルアプリケーション開発において、AWSのインフラやツールがいかに貢献しているかを語っている。現在、米国企業ではアプリケーション開発の内製化が進んでいるが、その中でもモバイルアプリケーションへのニーズは高く、ユーザーを引き付けるエクスペリエンスの向上にどの企業も余念がない。

 金融機関も同様にモバイル指向が急激に進んでおり、アレクサンダー氏は「Capital Oneはいまや(単なる金融機関ではなく)イノベーティブなテクノロジカンパニーである」と強調、AWSは同社にとって「イノベーションを実現する重要なパートナー」と語る。

 Capital Oneは現在、同社のフラグシップアプリケーションをモバイルに実装中で、AWSの2つの米国リージョンをまたいだかたちで開発が進められている。可用性やセキュリティ、スケーラビリティといったエンタープライズにおける基本的な要求に加え、モバイルアプリケーション開発では必須の頻繁なローンチ&イテレートやマイクロサービス、API指向といった自由度の高い開発環境を提供できるパートナーとしてAWSを選んだとしている。

 「われわれが作るのはユーザーのための魅力的なアプリケーションだ。決してインフラを整えることが目的ではない」というアレクサンダー氏の言葉に、ユーザー企業がテクノロジカンパニーへと変貌を遂げつつある米国の現状があらわれている。

金融機関でありながらみずからを「テクノロジカンパニー」と称するCapital One。AWSクラウドがなければモバイルアプリ開発のニーズに追いつけないと強調する

Amazon QuickSight:データからダイレクトに価値を引き出せ

 2つ目に挙げられたのが「データから真の価値を手に入れる自由(Freedom to get the real value from your data)」だ。ここでジャシー氏は新サービスであるBI環境「Amazon QuickSight」のローンチを発表している。利用料金は1ユーザーあたり月額9ドルからで、「従来のBIソリューションの約1/10のコスト」(ジャシー氏)という低価格が目を引く。

 QuickSightはインメモリの高速カラムナーエンジン「SPICE(Super-fast Parallels In-memory Calculation Engine)」と、分析済みのデータを視覚化するユーザーインターフェイス部分が分かれている。ユーザーがSQLクエリを投げると、SPICEはS3やRedshift、Amazon RDSなどのAWSサービス上に格納されているデータセットをインメモリ上にロードし、その分析結果を視覚化する。

 QuickSight内でETL処理が施されるため、ユーザーは別にETLツールなどを購入する必要はない。「ユーザーはインメモリからデータを引っ張ってきて、たった数秒でインサイトを得ることができる」。

 AWSはBIベンダのTableauやQlikTech、Tibcoといった企業とパートナーシップを提携してきたが、QuickSightは「これらの企業のコンペティターになるわけではない」とジャシー氏は強調している。「SPICEは他のBIツールを連携させることが可能なので、従来のBIツールを使いながらSPICEのパフォーマンスを得ることもできる」とジャシー氏は語っており、パートナー各社に配慮することも踏まえてエンジンとUIを分けたと思われる。

QuickSightはすぐに分析結果を見たいというユーザーの強い要望に応えたサービス。UIはどちらかといえばシンプルだが、ビジネスユーザーには十分なレベル
新サービス「QuickSight」のコアとなるSPICEはカラムナー指向のインメモリエンジン。クラウド上のBIとは思えない高速性が最大のポイント

AWS Kinesis Firehose/Amazon Snowball:クラウドへのマイグレーションを簡単に

 3つ目の自由は「簡単にクラウドへデータを送り込む自由(Freedom to get your data into the cloud easily)」、クラウドへのデータマイグレーションを積極的に支援することをうたっている。ここで関連サービスとしてジャシー氏が発表したのが「AWS Kinesis Firehose」と「Amazon Snowball」の2つのデータ転送サービスだ。

 AWS Kinesis Firehoseはその名の通り、AWSのストリーミング技術であるKinesisを補完するマネージドサービスで、収集したストリーミングデータを「消防士のホースのように」(ジャシー氏)AWSクラウド上に転送する。これまでKinesisユーザーがS3やRedshiftにデータをロードするには、自分の手でデータストリームを管理し、カスタムコードを記述する必要があったが、Kinesis Firehoseはこれらをすべて肩代わりする。ストリーミングデータを継続的に転送する必要があるユーザーは、これまでの負荷を大幅に軽減することが可能になる。

 もうひとつのAmazon Snowballは、ペタバイト級のデータでも安全かつ高速に転送することのできるアプライアンスだ。「ラージデータのマイグレーションはエンタープライズユーザーが最も悩んでいたことのひとつ」とジャシー氏は語っているが、クラウドが普及した現在もその悩みはいまだに解決していない。Snowballはその解決策の一環としてポータブルストレージというAWSにしては意外なかたちの答えを用意した。

 SnowballアプライアンスをAWSから受け取ったユーザーは、1アプライアンスあたり50TBまでのデータを暗号化し、Snowballに10Gopsで転送/格納して鍵をかけ、AWSに送り返す。そしてAWSがそのデータをクラウド上に展開する。アプライアンスのエンクロージャは重量23kgで、頑強な作りである点が特徴だ。複数のSnowballアプライアンスを並列してスケーラブルに利用することも可能となっている。

 ジャシー氏は基調講演後の報道陣向けの会見で「Snowballと名付けたのは雪玉を投げ込むように、簡単にデータをクラウドに投げ込んでほしいから」と語っているが、大容量データの転送に悩むユーザーに向けたピンポイントのサービスということができる。

オンプレミスからクラウドへのデータ移行を支援するアプライアンスのSnowball
Snowballであればペタバイト級のデータも安全にエンドツーエンドで移行可能

Amazon RDS for MariaDB:データベースがボトルネックの時代は終わる

 AWSのエグゼクティブは基本的に競合と呼ばれる企業のサービスについて言及しない。だがジャシー氏は今回、壇上でOracleに関する最近のネガティブな記事(ライセンスの値上げやクラウドユーザーへのプレッシャー)を引用し、「Old Guard(守旧派)の発想」と批判、「こうしたベンダのユーザーはきっとAuroraやRedshiftへの関心を強めているはず」と語っている。

 RDBMSベンダのライセンスモデルを「旧時代のビジネス」とするジャシー氏が4つ目の自由として挙げたのが「悪い関係から脱却する自由(Freedom from bad relationship)」、そして6つ目のRDSなる「Amazon RDSA for MariaDB」を発表している。

AWSのトップが他社を批判することはめずらしい。Oracleのビジネスを「Old Guard」と揶揄し、会場からは笑いが

 周知の通り、MariaDBはMySQLからフォークして開発が続けられているオープンソースだ。ジャシー氏はMariaDBのサポートに踏み切った理由として「ユーザーからの強い要望があった」としている。MySQLへの不満を抱えたユーザー、あるいはMySQLのオルタナティブとしてMariaDBに切り替えるユーザーは増加傾向にあり、AWSとしても十分にビジネスになると判断してのローンチだとAWS関係者はコメントしている。MariaDBコミュニティとの強いつながりも構築しているとのことだ。

 これに関連してジャシー氏はもうひとつのデータベース関連サービスを発表している。「AWS Schema Conversion Tool」がそれで、主要なRDBMS間のデータ転送を支援するものだ。このツールにより、例えばOracle DBからPostgreSQLへのデータ移行が容易になるが、移行先のデータベースが備えていない機能については、近い機能をサジェスチョンする仕組みを備えている。なお、データの変換率は「80%程度」(AWS関係者)に収束しているという。

AWS Database Migration Service:移りたいときにいつでもクラウドへ

 5つ目の自由は「移行する自由(Freedom to migrate)」、ジャシー氏はこれに関する新サービスとしてオンプレミスからクラウドへのデータ移行時にダウンタイムゼロを最小限に抑える「AWS Data Migration Service」を紹介している。「ダウンタイムゼロはエンタープライズにとってクラウドへの“パス”のようなもの」とジャシー氏が指摘する通り、データベースをアクティブに保ちながら移行を実現するのは簡単ではなかった。本サービスはプレビューとしての公開だが、期待するエンタープライズユーザーは非常に多い。

異なるデータベースエンジン間のマイグレーションもサポートするDatabase Migrating Service

AWS Config Rules/Amazon Inspector:クラウドのセキュリティをより強化

 クラウドが普及してから10年近く経過した現在でも、ユーザーがパブリッククラウドのセキュリティに抱く不安感は根強い。AWSは多くの第三者認証機関から認定を獲得しているが、それでもまだセキュリティやコンプライアンスがボトルネックとなってクラウドへの移行をためらうユーザーは存在する。

 ジャシー氏が6つ目の自由として挙げたのは「自分のケーキを安全に保管し、さらにそれを食べる自由(Freedom to secure your cake and eat it too)」だ。ここでケーキにあたるものはデータである。データの持ち主が望む強度やルールでセキュリティを設定するためのサービスとして「AWS Config Rules」と「Amazon Inspector」が発表されている(いずれもプレビュー版)。

 AWS Config Rulesは文字通り、セキュリティやコンプライアンスの設定に関するルールを作成し、ルールに抵触した場合は自動的に何らかのアクションを起こすトリガとして機能する。例えば「インスタンスはVPC内に作成されなければならない」というルールを設定し、もしこれに違反したインスタンスがあらわれた場合は「インスタンスを停止する」など、あらかじめ決めておいたアクションを自動で起こすように設定できる。
 もうひとつのセキュリティ関連サービスであるInspectorはエージェントタイプの自動化されたセキュリティアセスメントサービスだ。AWS上のアプリケーションの振る舞いをエージェントが監視し、潜在的なセキュリティの問題点を指摘する。手動でチェックするよりも時間もかからず、ミスも激減することは疑いない。

ひとつのクラウド事例が新たな事例の下地になる――YesといえるIT部門

 最後、ジャシー氏が挙げた7つ目の自由は「Yesと言う自由(Freedom to say "yes")」だ。米国ではIT、特にクラウドがビジネスのイネーブラとして強力に機能している企業が少なくなく、Netflixなど短期間に劇的な成長を遂げているケースも多い。ジャシー氏は「AWSはアジリティとプラットフォームのパワーでもってIT部門の人々に"Yes"と言える力を与える」と語っている。ビジネス部門から上がってくる要求に「No(できない)」ではなく「Yes(できる)」と答えられるIT部門を実現するのがAWSの力だと言う。

 基調講演の最後のゲストとして登壇したMLBAM(Major League Baseball Advanced Media)の事例はまさにそうしたケースの典型だ。MLBAMは2014年からAWS上に試合のストリーミングデータを分析する基盤を構築、選手やボールの動きを高速で分析し、視聴者にもビジュアライズされた分析データをリアルタイムに見せている。そしてこの基盤はMLBだけにとどまらず、NFLにも提供されるという。ユーザー企業がITプロバイダになる時代が米国では確実に到来しつつある。

Lambda、DynamoDB、Kinesis、SQSなどAWSのリアルタイム処理サービスをあますところなく活用して構築されたMLBAMのストリーミング分析基盤。この基盤をもとにNFLのプラットフォーム構築支援が行われるという

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 「AWSの仕事のひとつはカスタマーにお金を使わせないようにすることだ。だからライセンスビジネスを展開するようなITベンダとはそもそもカルチャーが違う」――。基調講演終了後の会見でジャシー氏ははっきりと断言した。徹底した顧客中心主義、パイオニアでありながら常に最先端の開発を追い求める“re:Invent”な姿勢、そして顧客との長い関係を築くための“ロングタームオリエンテッド”。AWSのこのDNAはこれからも変わらないとジャシー氏は言う。そういう面から見れば、今回発表されたサービス既存のAWSユーザーのフィードバックに手堅く応えていったといえる。特にエンタープライズにおける"データの扱い"に対する要望には強くフォーカスしたという印象だ。

 AWSのカスタマーは自分のこと、つまり自分たちのビジネス、自分たちのITを自らの意志で決める自由があるとジャシー氏はあらためて強調する。自由を勝ち取る下地としてのクラウド――、4回目の開催となったこのre:Inventで、AWSはオールクラウド化への新たなフェーズを目指しはじめたようだ。

五味 明子