特別企画

「IBM Watsonはおいしい味がしそう?」 ソフトバンクモバイルが探る、コグニティブ・コンピューティングの活用シーン

 日本IBMとソフトバンクテレコム(編集注:4月1日にソフトバンクモバイルと合併し、現社名はソフトバンクモバイル)は、2015年2月、IBM Watsonの日本における開発と市場導入に関して、戦略的提携に合意した。

 Watsonは、世界で初めてコグニティブ・コンピューティング技術を商用化したもの。クラウドを基盤として、大規模なデータを分析。自然言語で投げかけられた複雑な質問を解釈し、根拠に基づいた回答を提案する。

 「AIと異なり、コグニティブ(認知型)というように、自ら学習して、人に対してアクションを起こすことができるのがWatsonの特徴。答えを出すのではなく、それをもとに、人がより良い判断を下すための支援を行うことになる」(日本IBM 常務執行役員 IBMシステムズ・ハードウェア事業本部長の武藤和博氏)とする。

 5月29日、名古屋・栄のヒルトン名古屋において開催された「IBM XCITE NAGOYA2015」で、ソフトバンクモバイル 常務執行役員 法人事業副統括兼ICTイノベーション本部長の佐藤貞弘氏は、「Watsonでさらに進化するスマートワークスタイル」と題して、日本IBMとの提携に基づいたWatsonへの取り組みについて講演した。

 そのなかで、「自社での活用」「法人企業への展開」「Watsonエコシステムの確立」という3つのステップで取り組んでいくことを示しながら、「現時点では、自社での活用についてさまざまなアイデアを集めて、検討をしている。なかには、本当にこんなことができるのかというものもあるが、これまで自ら使って感じたのは、Watsonは何に化けるかわからないということ。アイデアを、安易にふるいにはかけないという姿勢でやっている」などと述べた。

 同講演によって明らかになった日本IBMとソフトバンクモバイルによるWatsonへの取り組みを紹介する。

ソフトバンクモバイル 常務執行役員 法人事業副統括兼ICTイノベーション本部長の佐藤貞弘氏
日本IBMとソフトバンクテレコムでは、コグニティブ・コンピューティングを共同で推進する

スマート経営に取り組むソフトバンク

 Watsonへの取り組みに触れる前に、ソフトバンクモバイルの佐藤常務執行役員は、ソフトバンクグループが「スマート経営」に取り組んでいることを示し、次のように切り出した。

 「ICTの進化がすべてを変えている。例えば、仕事においては、ありとあらゆるものに簡単にアクセスでき、円滑に仕事ができるようになった。ビデオ会議は手のひらのデバイスで行えるようになり、また、モバイル環境の進展により、ありとあらゆるところで仕事ができるようになった。経営の効率化とともに、よりアグレッシブで、イノベーティブな経営を行うには、ICTは必須である。いまや、ICTの利活用によって、コミュニーションを促進するだけでなく、そこからどんな付加価値、どんな戦略、そして、どんな明日を生み出すのかといったことが求められている。それがスマート経営である」。

スマート経営に取り組むソフトバンクグループ

 続けて、ソフトバンクモバイルにおけるスマート経営のいくつかの例を示してみせた。

 ソフトバンクモバイルでは、タブレットやスマートフォンといったスマートデバイスとクラウドを活用し、社員全体が同じ情報基盤の上で、同じ情報を得て、共通の視点で議論を行い、必要な時に、バーチャル環境で集まり、議論を行い、結論を出し、実行に移すという仕組みができていることを示し、この環境へ移行してから営業部門における契約回線数は2.7倍に増加したという。

 また、従来は、社内にさまざまなシステムが林立し、システムごとに異なるインターフェイスに社員が混乱し、スピード経営の妨げになっていた時期もあったというが、これを統合化。Smileと呼ぶ社内システムの統合によって、事務効率などが大幅に向上。決済リードタイムが60%削減される、などの効果が出た。

 「60%削減したということは、5日間かかっていたものが2日で終わる計算。残りの3日間を明確な方針のもとに、実際にワークする時間に使うことができる。この差は大きい」と語る。

スマートデバイスとクラウドを活用したワークスタイル変革
社内システムの統合

 さらに、ソフトバンクショップの店舗システムにおいては、iPadの導入を促進。接客ツールをデジタルコンテンツとして用意する一方、申込書をはじとめするあらゆる紙の種類を電子化したことで、登録時間を60分から15分へと短縮することができたという。

 「短縮した時間を使って、あれもいかがですか、これもいかがですかとスタッフが勧めるので、結局、店にいる時間が変わらないというクレームも発生している。空いた時間は、そのまま時間的利益としてお客さまに還元するように指示している」と、佐藤常務執行役員は苦笑するが、「決断や実行が速いことは、経営にとって優位になることが多い。ディシジョンをいかに速くするか。これが、スマート経営の最大のポイントである」とした。そして、「今後のスマート経営のなかに、Watsonを生かしていく」と宣言してみせた。

ショップシステムのiPad化

Watsonはおいしそうな味がしそう?

 ソフトバンクモバイルは、Watsonの協業において、「自社での活用、「法人企業への展開」「Watsonエコシステムの確立」という3つのステップで取り組んでいくことを示している。

 現時点は、Watsonを自社活用していくというステップにある。

 ソフトバンクグループのなかには、「ドッグフードを食え」という言葉がある。「顧客に販売する前に、まずは自分が使ってみて、いいと思ったものを顧客に販売する」という意味だ。

 先に触れた社内システムの林立は、実は、この「ドッグフードを食え」という言葉の実践の裏返しでもあり、一時期は、社内には、ExchangeやNotesなど、さまざまなシステムが稼働する結果になった。

 「実際に食べてみると、かなりつらい思いをしたり、おなかを壊したりすることもあった。だが、Watsonも、まずは自分たちで食べてみる必要がある」。

 それが、Watsonに関する協業で、「社内での活用」というステップを最初に入れた理由だ。今回は、ほかの人が食べたことがない「初モノ」を食することになる。

 「いまのところ、Watsonは、結構、おいしそうな味がしそうだと感じている。また、食べ続けると、癖になりそうな感じがする」と、佐藤常務執行役員は、例えてみせる。

3つのステップで取り組む

コールセンターには早い時期に“適用可能”

 では、ソフトバンクモバイルでは、社内のどんなところにWatsonを活用しようと考えているのだろうか。

 すでにいくつかの構想があるようだ。

 ひとつは、コールセンターへの活用だ。現在、ソフトバンクモバイルでは、8000席のコールセンターを運営している。スマートフォンという多くの人に利用されている製品を取り扱っているだけに、コールセンターの規模も大きい。しかし、それでも顧客を待たせてしまっているというのが実態だ。また、時間外で対応できないということもあった。

 そこでWatsonを活用して、わからないことがあった場合には、利用者がスマートフォンに語りかけると、適切なものをWatsonが選び、それに回答してくれるというコンシェルジュWatsonとして使い方提案だ。過去の膨大なQ&Aデータや契約情報、対応履歴、マニュアル情報などをもとに、24時間待ち時間なしで対応できる仕組みが構築できると期待している。

 佐藤常務執行役員は、「来年になれば、コールセンターでの活用事例を実際にみてもらうこともできるだろう」とする。

 実は、コールセンターは、Watsonの威力を発揮する場にひとつにとらえられている。メガバンクのコールセンターへの質問は、「カードの暗証番号を忘れた」という単純な質問から、「定期預金の老後の効率的な運用方法」といったようにコンサルティング力を求められるものまで多岐にわたっている。

 そうした環境においても、若手のオペレータとベテランオペレータが、いずれも高い水準で対応できるように、最適な回答となりうるものをWatsonを通じて画面に表示する、といったことが可能になったという。ソフトバンクモバイルでも、これと同じ利用を想定している。

 情報を蓄積し、学習を繰り返すことで、最適な回答となりうるものを提示できるという点で、Watsonの特徴が発揮しやすいというわけだ。

コールセンターでの活用が見込まれている

24時間対応の提案型パーソナルアシスタントを実現する

 そして、ソフトバンクモバイルでは、これ以外の部門でも幅広い活用を想定している。

 営業部門では、企業情報や業界情報、SFA、自社サービスなどの情報を組み合わせて、Watsonに顧客名を入力するだけで、一瞬にしてお勧め商材を提示。Watsonからヒントを得て、商談前の提案内容を考える時間を短縮するという使い方を想定している。「24時間対応の提案型パーソナルアシスタントを、社員が手のなかに持つことができる」というわけだ。

 また、ソフトバンクモバイルの店舗では、地域密着型の店づくりにWatsonを利用することを想定。住民属性、競合情報、イベント情報といった地域情報をWatsonに蓄積。ショップごとに地域に根ざしたキャンペーンなどをアドバイスしてくれるという使い方だ。競合他社を圧倒できる地域ナンバーワンショップが作れると期待しているという。

 店頭では、「Watsonと連動したPepperが、顧客が持っているiPhoneの本体色やカバー、アクセサリーにあわせて、Apple Watchの色をお勧めし、しかも在庫情報まで知らせて、購入を急かすといった提案まで行える」と笑う。

活用例の1つ、パーソナルアシスタント
店舗での接客にも活用できるという

 一方、人事部門では、人材配置をサポートするマッチングWatsonとしての利用を想定しているという。SPI試験の結果だけでなく、業務実績やスキル、性格、面接評価などのさまざまな人事データを組み合わせることで、配属マッチ度を提示。法人営業部での適正度、あるいはマーケティング部門ではどれぐらいの適正度があるのかといったことを判断して、社員の能力がうまく発揮できる人事を行うというものだ。これが実現すれば、爆発的な生産性革命が起こるのではないかと期待しているという。

 ソフトバンクモバイルでは、こうしたさまざまな活用を想定。それに向けた基礎開発および日本語化を、日本IBMと共同で進めている。「日本語化は、Watsonの多言語化のなかでも最優先で取り組んでいる。今後のワークスタイルの変革において、Watsonは不可欠なものになるだろう」と、佐藤常務執行役員は語る。

人材採用での利用も期待される

さまざまな分野への活用を想定

 そして、自社利用に続く次のステップが、「法人企業への展開」だ。

 コールセンターや営業部門、店舗、人事部門などでの利用実績をもとに、他社に対しても、「スマート経営」の提案を行っていくほか、新たなサービスを創出し、提供していくことになるという。

 例えば教育サービスとしては、子供がスマホやタブレットに向かって、「月までの距離はどれぐらい」と聞くと、Watsonが回答する。

 ヘルスケアサービスでは、「立ち上がる時に足が痛くて」と話しかければ、診断履歴や医学データなどから考えられる病名を提示する、といったことが可能になるという。

 金融機関、医療機関、保険会社、コールセンター、小売りおよびEコマースなど、幅広い分野で利用できると想定している。

 佐藤常務執行役員が、「Watsonは、結構、おいしそうな味がしそうだと感じている」と比喩したのも、こうした幅広い領域で活用できると考えているからだろう。

 さらに、「Watsonエコシステムの確立」としては、ゲーム、健康、教育、グルメ、趣味、会話など、さまざまな企業との連携を想定している。

法人企業へのサービス展開
Watsonエコシステムの確立

 「Watsonは、素晴らしいソリューションとして提供できるだろう。ソフトバンクモバイルは、単にプラットフォームを提供するのではなく、Watsonのプラットフォームを使って、新たなビジネスをやりたいと考えている」とし、「Watsonには無限の可能性があると考えている。いまは、可能性がありすぎて、要望を出すと、仕様がどんどん変わってしまうことが多い。だが、それも可能性が広いことの裏返しだと前向きにとらえている。どこを強化すればいいのか、ということもわかってきた。Watsonにスマート経営のノウハウを絡めて提案していくとともに、生活を高めるためにも活用させたい。Watsonは、ますます進化を続けていくことになるだろう」と語った。

 日本IBMとソフトバンクモバイルのWatsonにおける協業はまだスタート地点だ。第1ステップの成果を経て、第2ステップ以降の成果は来年になりそうだが、いまからその成果がどんな形で出てくるのかが注目される。

【お詫びと訂正】
初出時、タイトルを「『IBM Watsonはおいしい味がしそう?』 ソフトバンクテレコムが探る、コグニティブ・コンピューティングの活用シーン」としておりましたが、現社名はソフトバンクモバイルのため、表記を改めました。お詫びして訂正いたします。

大河原 克行