Dellが中国でひそかに新設した「サプライチェーン研究所」の狙いとは

~DellのSCMの知見を、中国の一般企業に広く公開


デル・サプライチェーン・マネジメント研究所が設置されている中国・廈門の同社CCC(China Customer Center)

 2012年2月20日付けで米Dellは、中国・廈門において、Dell Supply Chain Management Institute(デル・サプライチェーン・マネジメント研究所)を設立した。

 日本ではリリースは発表されておらず、本社がある米国でもあまり話題にはなっていない。

 しかし、この取り組みは、これまでのDellにはない新たなビジネスモデルを想起させるものであり、今後、どんな形で進化するのかが注目される取り組みともいえよう。

 Dellチャイナ リバースロジスティクス&アセット・リカバリー・ビジネス・APJのGrace Gaoディレクターは、「これまでDellが蓄積した知見を生かして、SCMを研究し、多くの企業に、新たな価値として生かしてもらうことを狙う」と語る。

 果たして、デル・サプライチェーン・マネジメント研究所とはどんな組織なのか。その取り組みを実際に、中国・廈門の同社CCC(China Customer Center)を訪れて取材した。

 

SCMの現場経験者、サービス部門、大学で構成

Dellチャイナ リバースロジスティクス&アセット・リカバリー・ビジネス・APJのGrace Gaoディレクター

 デル・サプライチェーン・マネジメント研究所は、2012年2月に設立されたばかりの組織である。

 同社では、「サプライチェーンマネジメントおよびイノベーションにおけるDellの経験をお客さまに伝授し、お客さまのビジネスや会社に、より高い価値を提供できるように支援する」とその役割を説明する。

 さまざまな部門の担当者が参加するバーチャル組織として、中国・廈門のCCC(China Customer Center)内に設置されたデル・サプライチェーン・マネジメント研究所は、Dellで実際にSCMの構築に携わった工場および調達に関する責任者や経験者、Dellのサービス部門におけるコンサルタント経験者、そして、上海交通大学および天津大学の教授などが参加して構成されている。

 「Dellのサプライチェーンとはどういった点に特徴があるのか、それをしっかりと説明できることが大切である。実際の経験者が参加している点がこの研究所の強みになる」とする。

 具体的な活動として、サプライチェーンマネジメントにおける先端的理論や、新たな概念の探求に取り組むとともに、製造、サービス、エネルギー業界の企業のほか、政府機関や医療、教育分野などの諸機関がグローバル市場で直面する課題の解決にあたるという。

 ベースとなるのは、中国におけるDellのサプライチェーンへの取り組みの実績だ。ここに上海交通大学および天津大学が協力し、中国のサプライチェーンマネジメントおよび業務管理に関する技術や方法を企業に提案する。

 「中国におけるDellのサプライチェーンは、生産量が多いこと、上海や深センのサプライヤーからの数多くの部材を調達するなど、かなり複雑なことをやっている。そうした経験者が多い場所に、研究所を開設した」とする。

 Dellが実績を持つサプライチェーンマネジメントのベストプラクティスを共有し、透明性の高いバリューチェーンの構築を提案。これにより、中国におけるサプライチェーンマネジメントの発展につなげるという。

 あわせて、「今後、グローバルサプライチェーンがどう進化するのか。そうした点での研究を行っていくことになる」とする。

ワークショップを通じて知見を提供

 主な研究分野として、「サプライチェーンマネジメントおよび企業戦略」、「サプライチェーンマネジメントにおける情報システム・モデルの応用」、「サプライチェーン全体におけるパートナーシップ」、「チェンジ・マネジメントおよびリスク・コントロール活動」をあげている。

 そして、これらの研究成果は、一般企業などを対象とした「定例ワークショップ」として公開することになる。

ワークショップでは実際の工場の様子も見学できる(写真はDellの廈門のPC生産ライン)

 Dellの経験豊かなサプライチェーンの専門家と、上海交通大学および天津大学の教授により、3日間にわたって、「サプライチェーン戦略」、「サプライチェーンフレームワーク」、「営業および運用計画管理(S&OP)」、「製造工程」、「オーダーフルフィルメント」、「経営の変革」といった6つのモジュールと、営業サービス部門である「カスタマーセンター」、実際にPCなどを生産する「生産工程」、全体の管理を行う「フルフィルメントセンター」の3つの施設を見学。Dellの先進的サプライチェーンマネジメントについてのレクチャーおよび公開討論を実施し、企業が実行可能な顧客本位のサプライチェーンマネジメントソリューションを伝授するとしている。

 ワークショップ参加の対象となるのは、現時点では中国国内の企業となり、製造業が中心になると予測している。「より実効性が高いワークショップを目指すため、一回あたりの参加者は20人までに限定する。CEOやCFO、CIOなど、サプライチェーン関連組織で戦略的な意思決定を下す立場にある人たちが対象」としている。

 ワークショップはすべて中国語で行われる。

 すでに、3月9日~11日まで、パイロットでの1回目のワークショップを開催したという。

 「パイロットで開催したワークショップには、機械製造、たばこ製造、電力設備、衣料・ファッション、包装業などの企業が参加。参加者の間からは、サプライチェーンマネジメントを自動化する仕組みに対する関心が高かった。また、3日間に限定するのではなく、もっと時間をかけて研究をしていきたい、といった声が数多くあがっていた」という。

 デル・サプライチェーン・マネジメント研究所では、4月13~15日までの3日間にわたり、パイロットでのワークショップを再度開催し、5月からは月1回のペースで本格的にスタートさせる。

 「ワークショップの参加は有償となる。まだ料金は決めていない。大学から招く講師などの費用が必要なため、有償にしている」としており、コンサルティング会社などの料金設定とは一線を画したものになりそうだ。

グローバルに高い評価を受けるDellのSCM

 Dellがサプライチェーンの構築とその実績において、グローバルで先進的であるのは周知の通りだ。

 年間売上高は621億ドル、51億ドルの収益をあげており、フォーチュン40位の会社となっているDellは、オンラインサービスで1秒間に65人の顧客がDellにアクセスし、一日に540万もの商談が発生しているという。そして、フォーチュン500のうち98%の企業がDellの製品を導入。世界第2位のPCメーカーとして、また、大規模エンタープライズや公共分野、中小企業分野ではトップのPCメーカーに位置づけられている。

 Dellによると、ガートナーによる2011年のサプライチェーントップ企業番付で第2位にランキングされており、オンラインサービスだけでも160カ国34言語で事業を展開し、サプライチェーンの対象となる拠点は47カ所以上、5000以上の工場設備と600もの製造ラインを有し、年間380億ドルもの部品を購入しているという。

 これまでのサプライチェーン改善の取り組みにより、在庫回転率を55日から9日にまで短縮。キャッシュコンバージョン・サイクル(現金循環化日数)を33日間とし、さらに販売予測精度を24%向上させ、輸出品では輸送コストが低い海上輸送比率を148%向上させたという。

 Dellによると、ワークショップの参加者は、中核的なサプライチェーンの課題を解決することで、製品・サービスの市場投入時間の短縮、顧客サービスの向上、業務コストの削減、品質の向上、リスクの低減のほか、環境に配慮したサプライチェーンの構築、総体的な在庫および資本コストの削減が可能になるとのこと。

 また、Dellのサプライチェーン・サービスチームが持つ実績あるマネジメント手法やシステムを伝授することで、より多くの企業が業界トップをいくサプライチェーンマネジメントと、ITビジネスおよびサービスの価値を、より体系的に、かついっそう深く掘り下げて学べるようになると説明する。

 こうしたDellの知見が、ワークショップセミナーのなかで生かされることになる。

 

日本IBMはグローバル化の知見を提案

 自らの知見を活用したサービス展開を開始している例は、すでにIBMにある。

 日本法人である日本IBMでもいくつかの事例が出ており、最近では、日本企業のグローバル化を支援する「IBM Global Ready Solution(グローバル進出総合支援パッケージ)」の提供を発表している。

 これは日本IBMが日本の企業のために、グローバル化を支援するという仕組みであり、IBMが、1990年ごろから約20年間にわたって取り組んできたグローバル化の経験を生かし、日本IBMにおいて、グローバル化の実務を経験した担当者を「監修」役として担当させ、日本の企業がグローバル化において抱える課題を解決するものとなっている。

 IBM Global Ready Solutionでは、IBMが提供するハードウェア、ソフトウェア、サービスなどを活用。「グローバル・セールス(グローバル・マーケティング/グローバル営業)」、「グローバル・ピープル(グローバル・タレント・マネジメント/グローバル人事機能)」、「グローバル・アカウンティング(グローバル経営ダッシュボード/グローバル経理・財務)」など、7分野14領域を体系化したソリューションパッケージ群として提供する。同サービスのなかでは、目的別ワークショップを通じたコンサルティングも行うという。

 企業に対するサービスメニューのひとつとして体系化しているのが、IBMの手法であり、これをサービス事業に直結させる。

 

欧米にもデル・サプライチェーン・マネジメント研究所を設置へ

 しかし、今回のデル・サプライチェーン・マネジメント研究所の場合は、現時点においては、同社のサプライチェーンの運用管理を担当する組織のなかに位置づけられており、サービス事業部門のなかに置かれているわけではない。そのため、すぐにサービス事業の一環として、同サービスをメニュー化して事業を開始するわけではないことがわかる。

 つまり、サービスメニューのひとつとして、収益を追求する形では、まだ明確な事業プランが出来上がってはいない。

 しかし、Dellのことである。これが単なる研究組織、あるいは中国企業向けのサプライチェーンの知見の提供というだけにはとどまらないことは明白だろう。

 そして、その方向性は、デル・サプライチェーン・マネジメント研究所を、今後、中国以外の地域にも展開していく計画からも透けてみえる。

 同社によると、今回の中国・廈門でのデル・サプライチェーン・マネジメント研究所の設置に続き、2014年度には本社がある米国テキサス州オースティン、欧州のポーランドに、デル・サプライチェーン・マネジメント研究所をそれぞれ新設。2015年度にはマレーシア、インド、ブラジルにも設置する計画を明らかにしている。Dellの新事業年度は2月からとなっており、2014年度といっても、実際には2013年前半から含まれることになる。

 それぞれの地域で新設するデル・サプライチェーン・マネジメント研究所は、どんなメンバーで構成されるのか、どんな教育機関と提携するのかといった内容については現時点では未定だ。

 だが、これらの新設する拠点に共通しているのは、Dellの生産拠点がある場所という点。実際にDellの現場を訪問しながら、最先端のサプライチェーンを研究できる場としているのだ。

 そのため、生産拠点がない日本には、デル・サプライチェーン・マネジメント研究所を設置する計画は現時点ではない。その点で、日本の企業が、この研究所のインフラを活用するには若干敷居が高くなるといえよう。

 Dellは、デル・サプライチェーン・マネジメント研究所をどう活用していくのか。そして、それをいかにビジネスに結びつけていこうと考えているのか。いずれにしろ、今後、注目される「ひそかな」取り組みであることは間違いない。

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