事例紹介
データドリブンで接客の起点を変えていく――、「TREASURE DMP」を導入したパルコが挑む新時代のデジタルマーケティング
2017年3月3日 06:00
リアルの実店舗とネットのサービスを融合し、大量のデータを分析しつつ、モバイルやソーシャルメディアを意識した顧客接点を拡大していく――。
いわゆるマーケティング用語で言うところの「オムニチャネル」という試みは、ここ数年で国内の小売業界にも広く普及したように見える。その一方で、オムニチャネルで打ち出した施策がうまく回らない、目に見える効果を得られない、という声も少なくない。中でも難しいのは、ネットからリアル、つまり実店舗への顧客の誘導だろう。
分析したデータをもとに、個別にメールやプッシュ通知を送ってもなかなか来店にはつながらない。仮にポイントやクーポンの発行で来店を誘導できたとしても一時的な効果に過ぎない場合が多く、継続的に来店機会を増やすことは簡単ではない。
そうした中にあって、2013年からオムニチャネル化に取り組み、オリジナルスマートフォンアプリ「POCKET PARCO(ポケットパルコ)」の運営を通して、確実にマーケティング施策の効果を積み上げているのがパルコだ。
マーケティングの方針として「24時間接客」を掲げるパルコは、顧客データをはじめとする膨大なデータを収集/分析、得られたインサイトをもとにリアルとネットの両面から顧客サービスの向上を図り、顧客の来店機会の増加、館内の回遊率の向上といったKPIにおいてはっきりとした効果が見えているという。
このパルコのデジタルマーケティング施策を、データ収集/分析基盤というバックエンドから支えているのが、トレジャーデータの「TREASURE DMP」だ。パルコは2016年9月にPOCKET PARCOのデータ分析基盤としてTREASURE DMPを採用し、顧客とのエンゲージメント拡大を図っている。
本稿では、パルコ 執行役 WEB/マーケティング部、メディア・コミュニケーション部担当 林直孝氏に伺った内容をもとに、小売業界がデータドリブンなマーケティングを実行する途上で抱えている課題と、その解決策として求められるソリューションの存在意義について見ていきたい。
接客の起点をWebにも~ショップブログから生まれた意外なサービス
「今までのコミュニケーションスタイルでは伝わらない世代が登場してきている」――。
2012年、パルコは顧客の情報接点の変化という経営課題に対応するため、林氏をはじめとする20名で、部門横断のプロジェクトチームを立ち上げた。それまで、パルコのマーケティングはTVや雑誌といったマスメディアによるものが中心であった。だがスマートフォンやソーシャルメディアの普及が拡大するにつれ、「マスメディアだけではなく、Web上にも接客の起点が必要なのではないか」という仮説に至ったと、林氏は振り返る。
この仮説を検証することも含め、Web上に新たなマーケティングプラットフォームを構築し、いままでとは異なる顧客接点――、いわゆる“デジタルネイティブ”と呼ばれる世代とのエンゲージメントを拡大するため、2013年に先のプロジェクトチームをベースにしたWebコミュニケーション部が設立されている。
小売業界のオムニチャネルへの取り組みは当時からすでに注目されるトレンドではあった。ただしパルコのビジネスの主軸はショッピングモールの運営であり、こうしたマーケティング施策を成功させるには出店するテナントからの協力が不可欠となる。そこで林氏らがまずテナントに依頼したことが「ショップブログの積極的な活用」だった。パルコが展開するWebサイト上にテナントのためのブログスペースを用意し、ショップブログを通して顧客との接点を増やしていく。
もちろんサイトの管理/運営はパルコが行うが、ブログの内容は基本的にテナントの裁量に任せ、自由に書いてもらうようにした。ショップブログの内容に興味をもった顧客の来店機会を増やすこと、それこそがパルコの狙いだった。
ところがブログを運営するテナントが増えるにしたがい、林氏らが想定していなかった要望が顧客から寄せられるようになった。「ブログを読んだ顧客から、ブログで紹介されている商品の取り置きをしてほしい、あるいは、ブログから商品を注文/購買できるようにしてほしい、それを自宅まで配送してほしい、という声が聞こえてくるようになった」と林氏は言う。
こうしたサービス、つまりテナントのブログから直接商品が購入できるサービスは、当時の小売業界には「あるようでなかった」(林氏)ものだった。来店機会を増やすことも重要だが、ショップブログというWeb上のスペースをそのままもうひとつのショッピングゾーンに変えることができれば、これまでとは異なる顧客層をつかむきっかけとなるのは間違いない。新しい“接客の起点”という意味でも大きな前進だ。
そう気づいた林氏らは2014年5月、顧客から寄せられたリクエストをもとに「カエルパルコ」というサービスを一部の店舗で試験的に開始した。ショップブログで紹介された商品を、そのブログ上で取り置きを予約したり、注文/購入/配送を依頼できるというシステムだったが、この仕組みを活用して、商圏を超え、全国各地からファンを増やし、売上を伸ばすショップが増えている。
接客の起点をモバイルに~スマホアプリ「POCKET PARCO」の試行錯誤
カエルパルコの活用で新しい顧客層との接点を拡大する緒(いとぐち)を掴んだものの、パルコにとってはさらに、デジタルマーケティングを進めていくうえで、強化したい取り組みとして、顧客それぞれのニーズに合った、パーソナライズされたショッピング体験をサポートするスマートフォンアプリの提供である。
林氏は「Webコミュニケーション部をスタートしたときからモバイルファーストを前提にしていた」と語るが、デジタルマーケティングを成功させるためにはモバイルアプリ、とりわけスマートフォンに最適化されたアプリの提供は欠かせない。キャンペーン情報やおすすめ商品の表示といったサービスの提供による顧客満足度の向上はもちろん重要だが、アプリから得られるさまざまなデータは、今後のデジタルマーケティングの方向性を決める重要な指針となる。データから導き出された仮説やインサイトが的確なマーケティングに結びつけば、それは会社全体のビジネスをも左右する力をもつ。
今後のマーケティング施策のカギとなる存在だからこそ、林氏らは「POCKET PARCO」と名付けたスマートフォンアプリを始動させるタイミングを、慎重に見極めていた。ちょうど2014年11月に福岡PARCOの新館オープンを控えており、このタイミングにあわせてPOCKET PARCOを試験的に運用することにした。
開始にあたっては「デジタルの環境を整え、リアルとネットの双方からショッピングの体験を増やしていく」という目標を掲げ、POCKET PARCOの提供スタートと同時に、福岡PARCOの全館にWi-Fiを整備している。
全国のPARCOの中でも、全館で無料Wi-Fiサービスを提供したのは福岡PARCOがはじめてだったそうだが、「スマホによる情報コミュニケーションが大半の昨今、お客さまへ快適なショッピング体験を提供するためにも、Wi-Fiサービスは必要な投資だった」と林氏は言う。現在は、PARCO全店でWi-Fiサービスを提供している。
なお、POCKET PARCOは顧客データをIDで管理するが、本名や電話番号、メールアドレスといった類の個人情報は取得していない。パルコ側が取得する情報に関してはインストール後に表示される規約に明記されており、顧客はそれに同意することでアプリの利用が可能になる。
ではPOCKET PARCOは顧客からどのようなデータを取得しているのか。林氏は「顧客の行動を、来店前、来店中、そして来店後という3つのフェーズに分けてデータを取得している」と説明する。
・来店前:ショップブログで閲覧した記事の記録や、お気に入りに登録した記事や商品の「Clip」データ
・来店中:来店時の「Check-in」データ、ショップでの接客や購入に関連する「Conversion」データ
・来店後:ショップや店舗全体のサービスを評価する「Star rating」データ
POCKET PARCOでは、購入金額に応じて「コイン」という単位のポイントが付与される。コインは買い物だけでなく、先に紹介したショップブログのクリップや来店時のチェックイン、館内Wi-Fiへの接続といったフェーズでも付与される。手持ちのコイン数が増えると顧客のステータスがランクアップし、一定コイン数に達すると全国の店舗で利用可能なクーポン(優待券)が発行される仕組みだ。2017年からはカエルパルコともIDの連携により、ネット通販でも同様に貯めることができるよう進化した。
つまりコインという顧客へのインセンティブを通して、顧客のデータを取得している。「POCKET PARCOにより、来店前から来店後までをひとつのサイクルとしてとらえ、顧客のパターンを把握することで、さまざまな施策がやりやすくなった」(林氏)。
パルコではもともと、自社が発行するクレジットカード「PARCOカード」のデータをCRMで活用するなど、データを分析するという文化は組織に広く根付いている。だが林氏は「IT技術の進化により、今はPARCOカードによる来店中の購買履歴だけでなく、顧客のひとりひとりが来店前に何に興味をもち、来店中にどんな行動を取って、来店後にどう評価しているのかというデータも分析できるようになり、さらにはパーソナライズされたサービスを提供できるようになった」と強調する。
そうしたデータは購買の履歴だけでは見えてこない。パルコは福岡PARCOの試験運用成功を受け、2015年3月から全国のPARCOでPOCKET PARCOの運用を開始しているが、当然ながら取得するデータ量も膨大になり、そこから新たに見えてきたことも多い。たたとえばショップブログでクリップされた記事からは、実際にどれくらいの来店が促進されているのか。
林氏は、「クリップという行動を取った方の44%が1カ月以内に来店、さらにそのうちの75%(=クリップした方の33%)が購入に至っている」というデータの一例を挙げる。そこから導きされるのは、「67%は商品を購入しなかったということであり、購入に至らなかった背景から、33%というコンバージョンに至ったまでの顧客の行動を分析し、その流れをほかの店舗へと拡げていくこと」と説明する。データは、あくまで次の行動を引き起こすトリガーだということがよくわかる。
もうひとつ、林氏は全国展開後に追加した機能である「来店後のショップ評価」について例を挙げている。POCKET PARCOは来店後の顧客に対して「アンケート評価(5段階)」を依頼するプッシュ通知を送信している。
機能実装後、4カ月で10万件のデータが集められたが、「5段階評価で5を付けてくれた顧客のリピート率は約50%で、評価が下がるほどリピート率は低くなるという相関関係があることがわかった。こうした指標を数値としてテナントが把握することはこれまで難しかったが、アプリを通して可視化された意義は大きい」と、林氏はその効果を強調する。
「フィードバックを目に見えるかたちで受けられれば、テナントのモチベーションも大きく上がる。コメントや高評価などはこれまで可視化することができず、ショップのスタッフが知ることができなかったお客さまの声ですし、1や2といった低評価でも、次の接客を改善する起点となる」――。
小売のマーケティングで見落とされがちな来店後の顧客の動きを“フィードバック”というかたちでアプリに取り込み、次の施策に生かしている好例だといえる。
デジタルマーケティングの試行錯誤を可能にする「TREASURE DMP」
冒頭でも触れたが、パルコはPOCKET PARCOのデータ収集/分析基盤として、2016年9月からTREASURE DMPを採用している。最初の試験運用以来、何度かアップデートを繰り返しているPOCKET PARCOだが、TREASURE DMPの導入により「来店後のショップ評価など、機能を追加したとしても、データを分析することが容易にできる」と、林氏はその柔軟性を高く評価している。
膨大な生データを扱うには、既存のRDBでは事前に項目定義が必要となり、あとからそれを変更することは非常に難しい。だがHadoopベースのTREASURE DMPであれば生データを扱いやすく、あとから項目を追加することも容易だ。POCKET PARCOのように、仮説を検証しながら機能追加していく“ローンチ&イテレート”なアプリケーションの場合、機能変更や追加のプロセスでよけいな時間や負荷をかけることは、致命傷になりかねない。
TREASURE DMPを選んだ別の理由として林氏は「データの前処理能力」を挙げている。POCKET PARCOでは膨大で多様なデータを扱う。閲覧記録や来店記録、購買履歴といったさまざまなログデータはもちろんのこと、Wi-Fiの接続/切断のログや、最近では館外に設置したセンサーから取得した天候データ(IoTデータ)も組み合わせて、分析に生かしている。
そうした多種多様なデータを一元的かつスピーディに分析できるよう“整える”能力が、TREASURE DMPは非常に高いという。たとえば実際のケースとして「1万円未満の買い物にとどまっている来店中の顧客に対してだけ、1万円以上の買い物で500円分のクーポンが付与される企画告知を、お買い上げ直後にアプリで配信し、2店目、3店目の購買につなげる」(林氏)という施策を打ったことがあるが、データの前処理に時間がかかっていては、打てる施策も打てなくなる。分析の前段階に要する負荷を可能な限り排除できれば、データ分析プラットフォームとして優位なのは間違いない。
林氏は「データの活用による効果的な施策に積極的に取り組むことで、ショップスタッフの接客や売り場の効率的な働き方に役立たせたい」と述べている
またPOCKET PARCOでは「顧客を不快にさせないためにも、顧客ごとにパーソナライズされた情報サービスの強化」というマーケティング方針を掲げている。パルコではもともと、エリア/PARCOごとに顧客データをひも付けており、例えば浦和PARCOの周辺5km以内でアプリを閲覧した顧客に対し、「今からチェックイン(来店)してくれれば500コイン」をプレゼント、というプッシュ通知を送信。来館数を15%伸ばした、といった実績を持っているのだという。
そしてTREASURE DMPの導入後は、さらにその精度が高まっていると林氏は指摘する。効果的なエリアマーケティングを低コストで何度も行えるようになったことも、TREASURE DMPによる明らかな効果だ。
マーケティング施策をよりスピーディに打ち出すために
TREASURE DMPは、2016年4月から新たにクラウド上のデータマネジメントプラットフォームとして、トレジャーデータがこれまで提供してきたデータマネジメントサービスを、ほかのデジタルマーケティング系ソリューションとつなぐことでソリューション化したサービスだ。
もともと、小売やアドテクで高い評価を得ていたデータ分析プラットフォームだが、TREASUER DMPとなってからは、デジタルマーケティング分野を代表するソリューションとして語られることが多く、資生堂や電通、無印良品などの大企業も導入企業として知られている。
林氏も「小売業界での事例が非常に豊富で、当社でも応用できる面が多いとわかった」とユースケースの多さを導入の大きな理由として挙げている。
その一方で、PARCOという“商業施設”を運営する企業として、「テナントに対して接客という側面で、リアルとデジタルの両面からしくみを整え、支援していくことが我々の使命」だと、林氏はあらためて強調する。
商品を販売するのは「テナントの皆さま」であり、パルコはそれを支援する存在である。デジタルマーケティングはまさにその支援のための重要な手段だ。だがデジタルマーケティングは「やってみないとわからない」(林氏)部分が非常に多い。
効果的な施策を打ち出すには、仮説と検証の繰り返しが欠かせないが、TREASURE DMPの最大のメリットはその試行錯誤をコスト的にも時間的にも何度も行えるところにあるといえる。POCEKT PARCOの施策は、ひとつの店舗で期間を限定して試みるケースが目立つが、TREASURE DMPはそうした使い方――、リスクを最小化しながら試行の回数を増やし、効果があれば他の店舗にも応用するというアプローチと親和性が高い。
「データの収集から分析までのスピードは格段に速くなった。大量のデータもスケーラブルに格納できる。TREASURE DMPに望むことがあるとすれば、施策を打ち出せるスピードをもう少し速くしたい」と林氏はインタビューの最後に語っている。
TREASURE DMPでは多くのプロセスが自動化されているが、分析データから仮説を導き出し、起こすべきアクションを考えるまでは、まだ人間の“勘と経験”に多くを頼らざるを得ない。この部分をデータドリブンで自動化できれば仮説/検証のPDCAサイクルはより加速されるはずだ。
「こうした事例を公開するのも、業界共通となるデジタルマーケティングの標準を作り上げていきたいという思いから。我々の取り組みが還流して業界全体の向上につながってほしい」と締めくくった林氏。業界のパイオニアとしての試行錯誤はこれからも続く。