トピック
トヨタ自動車の工場DXプロジェクト
Power Platformと市民開発を武器に
自律的デジタル化によるカイゼンを加速
- 提供:
- 日本マイクロソフト株式会社
2023年2月17日 11:00
「デジタル化については、この3年間で、世界のトップ企業と肩を並べるレベルまで一気にもっていきたい」。トヨタ自動車の豊田章男社長がこの発言をしたのは2021年3月。以来、トヨタ自動車では全社的にDXが加速しています。その一環として、自動車製造の現場である工場でも、「Microsoft Power Platform」による、現場主体の「市民開発」でのアプリ開発が本格化。これまで外注に頼ってきたシステム開発の内製化が実現したことで、本番稼働までのリードタイム短縮や、より使い勝手の高いシステムによる業務効率化、さらにデジタル領域での新たなカイゼンの連鎖など、多様な効果がもたらされています。
生産現場におけるデジタル化の課題
日本を代表する自動車メーカーのトヨタ自動車株式会社がDXを加速させています。その成果は事業のデジタル化によるビジネスモデル特許の増加や、デジタルでの知財管理の仕組みの整備など、すでにさまざまなかたちで実現されつつあります。
そうした中、自動車の製造現場である工場でも新たなデジタル活用が立ち上がり始めました。それが、トヨタ自動車が事務部門も含めて2021年2月から全社利用を開始した「Microsoft Power Platform」による、各種の課題解決に向けた現場主体のデジタル化、いわゆる「市民開発」です。国内11工場の中で最大規模を誇り、専用埠頭を備えた北米への自動車輸出基地でもある田原工場(愛知県)でも、職場のKPI管理や保全作業の管理、設備予備品の利用量の可視化などを狙いに、すでに40以上のアプリを独自開発。それらを起点にした、デジタルによる新たな"カイゼン"の好循環が駆動しつつあります。
「安全、品質、TPS等のカイゼンを追求するツールとして、当社ではかねてからデジタルも現場業務に積極的に取り入れてきました」と語るのは、トヨタ自動車の田原工場 エンジン製造部 技術員室でグループ長を務める𠮷田保正氏です。
工程管理などの共通システムの、全工場へのいち早い展開はもちろん、先端技術の活用にも精力的で、ここ数年においては品質管理のためのAI利用も開始したほか、ローコード感覚の協働ロボットの活用にも取り組んできました。PLC(産業用制御装置)に代わる安価なボードコンピュータを活用した装置を自前で作るなど、「簡単に早く、安くやる」という活用のモットーは現場に広く、深く根付いています。
ただし、デジタルに前向きな一方で、さらなる推進にあたっては様々な課題も存在したといいます。
市民開発がデジタル化推進の解決策になると確信
トヨタ自動車のデジタル変革推進室 デジタルTPS推進グループで主任を務める永田賢二氏は、「社内のデジタル化は、翌年度の予算確保から始まって、実際に稼働できるようになるまでのリードタイムが年単位になることも珍しくありません。変化が激しい現代において、このスピード感に対する課題意識を持っていました」と説明します。
システム開発などのデジタル化を外部に委託した場合、完璧に要件を伝えきることは難しいため、実務で使い始めてから気付く課題もあり、計画時に想定していた改善効果を得られない可能性があります。さらに、カイゼンを得意とするトヨタ自動車でも、システムは自分たちの専門外と捉える意識があったといいます。
「工場業務にはデータ転記や集計の為の入力といったアナログな事務的作業があちこちに残っています。カイゼン余地に気づきながらも、過去のシステム化の経緯やデジタルの知識不足が相まって、具体的な行動が起こりにくくなっていました」(𠮷田氏)
こうした難題に直面する中、永田氏が着目した市民開発です。発端は、永田氏が2020年、マイクロソフトの年次イベント「Microsoft Ignite」へ参加したことにあります。
「そこで初めてPower Platformを知り、15分程度でアプリ開発がされていくデモを目の当たりにしました。そのスピード感に圧倒されつつ、アプリ開発の敷居が極めて低くなっていることを実感しました。このツールを使って業務担当者が自らアプリ開発などのデジタル化を行うことができたら、外部委託の予算確保などのリードタイムを考えなくてよくなります。また、要件を伝える必要がなくなり、言葉の行き違いによる問題も発生しにくくなります。全社的なデジタル化推進に向け、これは使えると、確信めいたものを感じました」(永田氏)
多様な発想を引き出すために開発の自由度を最重視
トヨタ自動車では当時、すでにMicrosoft 365の全社導入を完了し、Power Platformを利用できる環境にあったといいます。「ならば、使わない手はありません」(永田氏)と2020年夏、永田氏はMicrosoft Teams上に社内向けの技術コミュニティを主業務とは別の活動として立ち上げ、Power Platformによる業務改善の可能性を発信していきました。
当初は情報システム部門が利用制限をかけており、一部の希望者のみがPower Platformを利用できる状態でしたが、このコミュニティ活動がきっかけとなり、2021年2月には全社展開されることになりました。ごく小規模から始まった活動ですが、コミュニティ内で改善の好事例や業務アプリなどが共有されると、それが新たな参加者を集めるという好循環が回り始め、さらに情報交換や議論が活発化していきました。その間、日本マイクロソフトの協力を得つつ、市民開発の立ち上げ方や、実務に使えるアプリ開発のポイントの紹介、開発体験型のワークショップ開催など内容も拡充していきました。併せて、市民開発の意義を知ってもらうべく、社内の意思決定権者もコミュニティに巻き込んでいったといいます。
「積み重ねの結果、今では社内コミュニティの規模は6,500人以上に成長しました。利用が広がったことで、情報システム部門の支援も得られるようにもなり、上位者からも活動を認知されるようになっていったのです」(永田氏)
市民開発は、工場にも大きなインパクトをもたらしたといいます。前述の通り、システムに関して現場がスピーディーにカイゼンするのは難しい状況にありました。しかし、「市民開発によりそれが抜本的に変わります」と𠮷田氏は語ります。
「直後には豊田社長のデジタル化宣言です。一連の流れから、工場でもデジタル課題を"自分事"と捉えて、自ら対応に動くよう経営から求められていると察知できました。現場の意識も一気に引き締まりました」(𠮷田氏)
永田氏によると、現場の自由なアイデアを引き出すために、市民開発の推進にあたっては"自由"を最重視したといいます。自由とガバナンスのバランスを取りつつ、工場と事務部門の双方で、独自の定着/促進活動が進められています。
もっとも、「だからこその苦労もありました」と振り返るのは、トヨタ自動車の田原工場エンジン製造部で第2鋳造課長を務める小金澤孝之氏です。
「3年後の世界トップレベルのためには、工場の参加も不可欠です。しかし、具体的なガイドラインがあったわけではなく、当初は何から始めるかとにかく考えました。とはいえ動かねば始まらず、他工場と情報交換しつつ𠮷田や賛同する仲間たちと共に田原工場のエンジン製造部が目指すべきことを整理していきました」(小金澤氏)
若手の意欲と市民開発が生むカイゼンの連鎖
こうして定められた田原工場のデジタル活用の基本方針の一つが、製造の安全性や継続性などを勘案した、付加価値の少ない付随業務へのデジタルによるカイゼンです。現場に直接携わり、ノウハウも豊富なだけに、できることもそれだけ多いとの判断です。その後、専任の開発担当者を現場から選抜するなど体制面も整備し、21年中にあらゆる課で活動が本格化しています。
市民開発は新たな知見獲得や意識改革を参加者に求める、一筋縄ではいかない取り組みです。対して、田原工場では、「私も意外でしたが」(小金澤氏)、若手の声に牽引されるかたちで円滑に軌道に乗ったのだといいます。
「若手は普段、ベテランに教えを乞うばかりです。しかし、デジタルのカイゼンでは対等な立場で議論でき、そのことがやる気を引き出しているようです。社長の宣言により、現場の意識がすでに大きく変わっていたことも見逃せません」(小金澤氏)
企業文化も順調な滑り出しに寄与していると永田氏は指摘します。トヨタ自動車では「TPS(Toyota Production System)」に則った、「モノと情報の流れ図」という業務フロー図の記述が一般的に行われています。
「業務フロー図にはアプリ化するための情報が詰まっています。いわばアプリ開発の下準備をすでに終えているということでもあり、市民開発との相性が非常に良いのです」(永田氏)
田原工場エンジン製造部ではアプリ化した業務は「まずは使ってみよう。そして使い勝手をカイゼンしていこう」の精神で進めました。市民開発でどんなアプリが作れるのか、どんな効果が得られるのかを実感してもらい、市民開発への参加を促したのです。
「何かを新しく始めるには学習が欠かせないのも確かです。その点で、永田の技術コミュニティが現場の自発的な学習を下支えしてくれました。工場がモノづくりに抵抗を感じるはずがなく、市民開発により治工具や装置類と同様、システムもようやく手元で作れるようになったというのが現場の偽らざる本音です」(𠮷田氏)
現場のKPI管理や保全業務管理、設備予備品の利用量の可視化/モニタリングなど、市民開発されたアプリはすでに40以上に増え、多様な成果が上がっているといいます。例えばPower BIで作成したKPI管理用レポートアプリにより、現場運営の5大任務である安全、品質、生産、原価、人材育成の管理のための、日々の膨大な集計作業が自動化され、人手によるミスも一掃されています。また、設備の保全業務では従来、作業員が詰め所に寄り、作業場所や内容などを黒板に記入して出向き、戻ってきて記録を残していましたが、スマホからPower Appsで開発したアプリに登録することで広大な工場内で作業を終える都度、詰め所にわざわざ戻る必要もなくなりました。後者により作業時間は平均16分から7分と約6割も削減。アプリの開発工数は多くて600時間で、大半は100時間以内に収まっており、十分な費用対効果が確認されているそうです。
そのうえで、小金澤氏が今後に向け期待を寄せているのが、「カイゼンの連鎖」です。KPI管理用レポートでは、数字に基づくリアルタイムな課題把握が可能なため、ミーティングツールとしても当たり前に利用が進み、会議資料作成自体がなくなりました。そこで発見される課題も、今の数字を直接反映したものであることから議論も真剣さを増し、業務の質も確実に向上しているといいます。設備保全では作業時間を新たに把握し、想定よりも長ければトラブル発生と判断して、支援迅速化に役立てられるとの議論も進んでいます。
「いざ始めてみて、カイゼンは連鎖することに気づかされました。外注では、出来上がればそれで終わりで、次のカイゼンにまでは気が回らなかったはずです。業務の不便さや不満解消に直結するだけに、担当者には要望が日々寄せられ、デジタルにおいても従来業務と同様、『改善の積み重ねが工場の自分達の仕事』との認識が、現場に根付きつつあります」(小金澤氏)
"自由"と"統制"をバランスさせる市民開発を目指す
市民開発は立ち上がってまだ間もなく、課題も少なからず残されているといいます。代表が、開発者の育成です。田原工場のエンジン製造部で働く全1100名のうち、実用化レベルの開発者は10名ほど、チャレンジ中の者が20名程度に限られ、デジタルの幅を広げるにはまだまだ人手が足りません。活動の加速に向け、来年度には現場メンバーを中心とした部内専任チームを編成し開発者の増員,育成を進めていく予定です。
ベンダーによるシステム整備も引き続き行われており、自社開発とどう線引きするかの検討にもこれから着手するといいます。
「長期的には、もっと幅広く模索していきます。特に市民開発的なアプリによる設備監視などを始めようと考えています。ただ、視野が狭まりがちな自分達のアイデアだけでは限界もあり、より優れたものとするには、社外の様々な企業様の活動や事例からも学び気づきを得たいと考えています。マイクロソフトのユーザー会はその点で全く異なる業界と交流する貴重な場であり、参加を通じて引き続き、勉強をさせてもらおうと考えています」(𠮷田氏)
小金澤氏が挙げるのは、ジョブ・ローテーションの制度設計です。背景には、リアルなモノづくりの専門性とアプリなどのデジタル活用技術を併せ持つ人材を育てたいとの想いがあるからです。
「現場を知り、デジタルを知り、カイゼンを繰り返すことで従来、知らなかった業務が見えてくる。それらを積み重ねた人材が上に立ち、組織を支えることになります。では、そのためのジョブ・ローテーションをどうあるべきなのか。まだ始まったばかりで判断は難しいですが、何としても良い方法を見付けねばなりません」(小金澤氏)
永田氏は、市民開発をけん引してきた立場から、これまでを振り返りつつ、今後を次のように展望します。
「田原工場以外の製造現場、製品開発部門や管理間接部門でもPower Platformは活用が急速に広がっています。担当者としてうれしい半面、まったく自由な状況のままではカオス状態となり、全体最適からかけ離れてしまかねません。その対応に向けた、自由な発想と全体最適の両立のための情報システム部門と現場との連携による自治会的なルール作りが当面の私の宿題だと認識しています。技術面や社内教育などで日本マイクロソフト様にご支援をいただいており、非常に感謝しています」(永田氏)