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2023年の実用化目標は目前に!
"日本総研×NEC"が解き明かす量子コンピュータの"近未来"

既存のコンピュータをはるかに超える計算能力で、社会に大きな変革をもたらすと期待を集める量子コンピュータ。その技術動向や適用業務の調査に先進的に取り組んでいるのがSMBCグループの一員である株式会社日本総合研究所(日本総研)だ。2020年度からは具体的な利用シーンを見極めるべく、「量子アニーリング」方式の量子コンピュータで世界を牽引するNECとの共同研究に着手。そこから見えてきた量子コンピュータの"今"、そして"未来"とは。

量子コンピュータの将来像を探る日本総研

次世代の社会や産業に大きなイノベーションをもたらすと期待を集める各種の先端技術。その1つが量子力学の知見を用い、デジタル情報の最小単位である1ビットに対して、従来は不可能だった「0」と「1」の意味を同時に持たせた処理を実現することで、これまでのコンピュータをはるかに凌ぐ能力獲得が見込まれている「量子コンピュータ」だ。

すでに金融や交通などの多様な領域で、膨大な計算能力を生かした多様な活用法について机上では議論が進む。ただし、先端技術は往々にして理解しにくく、また、進化が急なため今後の動向や利用シーンが具体像を結びにくい。難解な量子力学を応用する量子コンピュータであればそれもなおさらだ。

こうした中、量子コンピュータをはじめとする先端技術の検証と業務適用に向けた研究に先進的に取り組んでいるのが日本総合研究所(日本総研)だ。同社はSMBCグループにおけるシステム整備/活用を主管するとともに、グループ各社の事業支援のために業界動向を広くリサーチする任も負う。

日本総研の先端技術ラボでシニア・スペシャリストを務める身野良寛氏は、「量子コンピュータに関しては金融業務での特定計算の高速化に活用が見込めたことから、技術の社会的インパクトをリサーチする先端技術ラボで2017年から定点観測を開始しました」と説明する。

それから約5年。身野氏によると、量子コンピュータはこの間、進化の歩みを着実に進めてきたという。2020年には「限られた領域だが確実なニーズが見込まれる」との社内のコンセンサスも醸成され、先端技術ラボは調査の深化を決断。自社で技術を実際に試すことでの、量子コンピュータによるイノベーション創出領域の絞り込みがそれだ。

日本総合研究所 先端技術ラボ シニア・スペシャリストの身野良寛氏

NECを研究パートナーに選んだ"3つ"の理由

もっとも、実際に試すとなれば、アプリケーション開発などのために、量子コンピュータに関するより深い知識やノウハウが必要となる。その獲得に向け日本総研が選択したのが外部企業との提携だ。そして、同社がパートナーに選定したのが、量子コンピュータのコアとなる「量子ビット素子」を世界で初めて開発するなど、同領域の知見を先進的に積み上げてきた日本電気株式会社(NEC)だ。

理由は次の3つだ。1点目はグループでのシステム整備における付き合いの長さと、かねてからの幅広い情報共有による風通しの良さから、臨機応変に協力して研究に取り組めると確信できたこと。身野氏によると、先が見通せない技術調査では、チームとしての柔軟な役割変更が特に重要になるという。

2点目は、NECが量子コンピュータの計算方式のうち、各種制約下での選択肢の中から、ある指標に適合した変数の値(組合せ)を求める、いわゆる「組合せ最適化問題」を解くことを得意とする「量子アニーリング」方式の研究開発で世界でも最先端を走っていたことだ。

「もう1つの方式として、汎用的な利用を想定した『量子ゲート方式』もありますが、両者とも技術革新の最中であり、どちらが、どう優れているかは現段階では断定できません。ただ、いずれかの方式に固執せず、グローバルな最先端技術に着目しておくことが重要で、それだけ研究の質を高められます」(身野氏)

3点目は、量子コンピュータ技術者を育成するための教育プログラムをNECがすでに用意していたことだ。

「量子力学や数学などの非常に高度な知識が必要な点で、量子コンピュータの理解や研究はそもそも難しいものです」と身野氏は打ち明ける。難解さから学習も一筋縄ではいかない。だが、それらの知識レベルがたとえ高くなくとも扱えるようにするために、量子コンピュータ用のPythonライブラリの開発がオープンコミュニティで進められている。NECの教育プログラムでは、量子コンピュータの基礎理論を学べるほか、そうしたライブラリを用いたハンズオンで開発手順をレクチャーするセミナーも開催している。

「機械学習などでPythonを使った経験があれば、その知識を生かして半日程度で量子アニーリングを使って簡単な組合せ最適問題をプログラムできるようになるはずです」(身野氏)

2年に渡る共同研究で確認された現段階の処理能力

以来、日本総研とNECは2年に渡り共同研究を実施し、すでに2度、成果を発表している。研究テーマと検証手法の策定を日本総研が、検証の実施をNECがそれぞれ担うのが基本となる推進体制だ。具体的な研究の内容は次のようになる。

2020年度のテーマは、「AIによるクレジットカード不正利用検知の精度向上に向けた、量子アニーリングでの学習用データ生成」と、「世界経済のリスクシミュレーションでの、量子アニーリングによる各種経済指標の調整作業の効率化」の2つだ。

結果は、まず前者では生成された学習用データの利用により不正取引の検知割合が3~6%向上し、不正検知に寄与する学習データを量子ゆらぎの特性を使って生成可能なことを確認。また後者では、人手作業を含む所要時間を6分の1に短縮でき、一定負荷の下でも正しく高速に処理が可能なことが認められたという。

そして2021年度は、より込み入った処理を行う最適化問題を扱った。内容は次の通りだ。

・金融機関等における金額照合業務の効率化を目的として架空の例題を設定
・複数枚の紙ベースの手書き手形の金額と、OCRで読み取った金額が違う(=読み取りエラーが発生する)ことを想定。ただし、手形の合計金額は正しい値が分かっているとする
・OCRを複数台用意。少なくとも1台は正しい金額が読み取れていることを想定
・合計金額が正解値と一致するように、複数台のOCRの読み取り結果から正しい組合せを選択することで、全ての手形について正しい金額が読み取れることを目指す
・同じ処理をNEC Vector Annealingエンジンのほか、他社の2つのアニーリングエンジンでも行い、結果を比較する

今回の研究で手形枚数やOCR台数を色々変えて検証しているのは、各エンジンの問題規模による違いや特性を比較するためだ。

2021年度共同研究の概念図。OCRで読み取りエラーの発生が避けられない手書きの手形を、複数台のOCRの結果(それぞれに異なるエラーが含まれる)を突き合わせることで、正解の組み合わせを求める

なお、NEC Vector Annealingエンジンとは、大容量の高速メモリと高速行列計算を可能とするコンピュータSX-Aurora TSUBASAと、探索効率に優れた独自のシミュレーテッド・アニーリング・エンジンを組み合わせて実行する。NECでは本物の量子チップを使用した量子アニーリングマシンの開発も進めているが、ベクトルコンピュータによるシミュレーターならばその完成を待たずに量子コンピュータの応用研究を進めることができる。

そして、今回の検証では、エンジンごとに解ける問題の規模や精度・処理時間に顕著な差が表れたという。

NEC Vector Annealingエンジンは大規模問題でも100%の有効解

まず、有効解が最も多かったのはNEC Vector Annealingエンジンだ。手形とOCRの数が「10×10」「100×100」「200×100」「300×100」のいずれでも、有効解の割合は100%に達し、処理結果のすべてが正しかった。

対して、最も有効解が低いエンジンでは「10×10」で何とか33.3%に届いたものの、他条件では有効解を出せなかった。残るもう1つのエンジンでも、「10×10」で有効解が100%だったが「100×100」で2%にまで低下し、残る2つの条件下では有効解がゼロとなった。

結果について身野氏は、「検証は現時点での既存のアニーリングエンジンごとの得手不得手の調査を目的に実施しました。その点、NEC Vector Annealingエンジンは問題規模が増しても100%という高い有効解の生成率を維持できており、比較したサービスの中で最も優秀であることが確認されました。同時に、NECのノウハウを用いた問題分割などの手法で大規模問題でも求解可能な場合があることが判明しました。今後、より実務的な課題に対しても具体的に挑戦していければと期待しています」と説明する。

2021年度の共同研究におけるアニーリングサービスの比較結果。NEC Vector Annealingエンジンは問題規模が増しても100%という高い有効解の生成率を誇る

もっとも、量子コンピュータの実用化までの道のりを俯瞰すれば、ゴールはまだまだ遠いというのが身野氏の考えだ。

「アニーリング型の検証は現状、ほとんどが最適化問題のみを扱った処理にとどまり、異なる問題への可能性については探れていません。またVector Annealingと違って量子アニーリングのハードウェアはまだ発展途上段階で、本格的な検証には至っていません。一方で、量子ゲート型コンピュータは将来的には本命視されているものの、まだ実務的に有用な成果が得られていません。今後、どの技術がどう発展し、実務適用に至るのか、最新状況を的確に見極めて可能性を探っていく必要があります」(身野氏)

NECの量子チップで量子コンピュータは2023年にも実用化

量子コンピュータが広く社会に浸透するには、少なく見積もってもあと10年は要する――これが現段階の身野氏の見立てだ。ただ、それは逆に言えば、早ければわずか10年で世の中を変える力を秘めたコンピュータが登場するかもしれないということでもある。その時は確実に近づいている。

まず、量子コンピュータ自体に関しては、国内では新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の主導の下、NECや東京工業大学、産業技術総合研究所などによる共同研究が進められており、NECもその中で量子チップの研究を加速させている。そこで掲げられた目標は2023年、つまり来年での実用レベルの技術開発だ。同時に、各社の独自研究もグローバルで並行して進む。

また、今すぐ使える技術として、NEC Vector Annealingエンジンなどのサービス側でも利便性や性能の向上が着々と進められている。

「技術の進化とともに扱う環境が整い、ノウハウが蓄積されることで用途開拓が加速する。この流れの中で、量子コンピュータの各種課題も時間とともに解消されると考えた方がむしろ自然でしょう」(身野氏)

その一翼を担うべく、日本総研は22年度もNECとの共同研究を継続する方針だ。身野氏は量子コンピュータの今後を次のように展望する。

「海のものとも山のものとも知れなかった量子コンピュータも、ここにきてようやく正しい理解が広がりつつあります。ただし、それゆえに"幻滅期"に差し掛かりつつあり、ここを乗り切るには、その可能性を実証などで訴え続ける必要があります。そこでNECには今後もぜひ、知見を蓄積し、さらに今後の実用化が見込まれるハードなども含めて、研究に協力を仰ぎたい。そこでの研究の高度化による説得力の向上が、将来的な量子コンピュータ技術の開花につながると確信しています」(身野氏)

今後の社会を大きく変える可能性を秘めた量子コンピュータ。その適用業務の開拓に向けた日本総研の研究を、NECは黒子として、しかし力強く後押しする。