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複数のパッケージや自社開発、外部ツールの混在する基幹業務システムをAzureに全面移行 介護業界の課題を見すえた、スケーラブルで機動性の高いプラットフォームを目指す

 わが国における介護事業の草分け的存在であり、デイサービスの事業所数は全国500か所以上と業界トップクラスの規模を誇るツクイグループ。株式会社ツクイホールディングスは、2万1000人の従業員を擁する同グループ会社の経営管理等を担う企業です。同社では2021年2月、介護サービスの請求計算や実績管理を行う基幹業務システムを、従来のオンプレミス環境からパブリッククラウドのMicrosoft Azure上に移行しました。複数の業務パッケージやベンダー製ツール、自社開発のアプリケーションなどが混在する環境を、Azure上にすべて移すことで、ハードウェア管理の大幅な工数削減を実現。あわせて法改正に伴うIT化の要請にいち早く対応し、今後の介護業界における情報プラットフォームのあり方を示しています。

令和3年度の制度改革を機にICT対応を迫られる介護業界

 1983年に訪問入浴サービス事業を開始して以来、介護に関わるさまざまなサービスを他に先がけて提供してきたツクイグループ。業界トップクラスの事業所数を誇るデイサービスなどの介護事業に加え、近年は人材事業やリース事業、そして介護系のシステム開発なども展開。つねに介護を要としながら、より時代の要請に応えたさまざまな領域へ事業を広げています。さらに2020年、同グループは今後の持続的な成長に向けた組織づくりとしてホールディングス体制へ移行。株式会社ツクイホールディングス(以下、ツクイホールディングス)が誕生しました。

 この組織改革を、株式会社ツクイホールディングス 情報システム部 チーフスペシャリストの萩田 広太郎氏は、間近に迫る超高齢化や労働人口の減少を見据えた体制への強化だと説明します。

 「2025年には、国民の4人に1人が75歳以上の後期高齢者となり、その人口は約2200万人に達すると予測されています。また、要介護者が100万人を優に超える一方で、その介護にあたる人員は大幅に不足することも確実です。この事態に介護業界としてどう対応していくのか。当社ではそうした取り組みについて、2015年に発表した中長期的な目標『ツクイビジョン2025』、中期経営計画の中で詳しくうたっています」(萩田氏)

 具体的には、同グループの最大の強みである「業界第1位のデイサービス事業所数」を活かした事業展開とあわせ、業界リーダーとしての「同業他社も含めた地域の包括的な高齢者を支える仕組みづくり」。そして「従業員の幸せの実現」を通じた、より優れた人材確保のための基盤づくりなどが挙げられています。

 さらに萩田氏は、いま介護業界におけるICT化が急速に進んでいると指摘します。

 「直接の引き金となったのは、令和3年度の介護報酬会計の改訂です。『科学的知見に裏付けられた介護の提供』が厚生労働省によって掲げられ、そのための新しい介護データベースである『LIFE(ライフ)』も2021年4月から運用開始されました。介護事業者はいずれも、この大きな制度改正に対応するためのICT導入・改革が求められています」(萩田氏)

 LIFEの機能には、介護サービスの加算額の算定も含まれているため、介護事業者はLIFEを使わないと実質的に業務報酬の計算ができません。この結果、介護業界におけるICT導入が急速に進む状況が生まれているのです。

開発・運用のコスト削減を目指し基幹システムをAzureに全面移行

 急速に進む介護業界のICT導入に先駆けて、ツクイホールディングスでは早くからICTの導入に積極的に取り組んできました。Azureもすでに2015年に導入済みで、業務の現場で利用されています。導入のきっかけは、デイサービスの拠点で業務記録を取る作業を、従来の紙からタブレット端末に移行して利便性を図ろうと考えたこと。そのための各拠点と社内システムの仲立ちをクラウドで行おうという発想でした。この「ケアレコ」と呼ばれるシステムは、現在も各拠点で日々利用されています。

 初めてのクラウド導入にあたってAzureを選択した理由を、株式会社ツクイホールディングス 情報システム部 ITインフラ課 課長の神山 隆大氏は、「基幹システムとのスムーズな連携が必須要件だった」と語ります。もともと同社の基幹システムはMicrosoft SQL Serverを基盤として動いていたため、親和性の高いクラウドプラットフォームとしてAzureは必然の選択でした。

 「この『ケアレコ』の時は自分たちでサーバー構築を行いましたが、クラウド上での開発は初めてとあって、Web上で本当に機能するものが開発できるのか、とても心配でした。ところが実際にやってみると拍子抜けするような簡単さで、クラウドでの開発は非常に楽だというのを体感できました」(神山氏)

 さらに今回、2021年2月に実施した基幹システムの移行では、ハードウェアに関する工数や費用が大幅に削減されたことで、改めてクラウドならではのメリットを実感したと萩田氏は強調します。

 「新しくシステムを開発する時に、以前なら新規にサーバーを買うとかレンタルの手配に追われるとか、あるいは大量のテスト用サーバーを立てるとか、とにかく時間も費用も手間も膨大に掛かりました。それが今回はAzure上にサーバーを置くことで、環境構築がスムーズかつ容易にできるようになったのは大きな変化でした」(萩田氏)

 もちろん保守・管理の手間も、大幅に減りました。「今後はサーバーやOSの保守切れなどを意識せずに済ませたかった。またディスクの故障のたびに、データセンターに足を運ぶような労力を取り除こうというもくろみが、クラウド化ですべて実現できました」と、萩田氏は付け加えます。

 とはいえ、単体のサービス開発だった「ケアレコ」の時とは異なり、基幹システムを全面移行するとなると、社内のメンバーだけではとても間に合いません。そこで今回は、Azureのエキスパートである株式会社Colorkrew(カラクル)をメインの移行パートナーに選びました。

 「同社とは『ケアレコ』」開発の際に日本マイクロソフトから紹介を受けたのが縁で、これまでも、さまざまなAzure活用のアドバイスなどをもらってきました。そうした信頼関係から、Azureで行う今回の基幹システム移行をカラクルに頼むのは、ごく自然な流れでした」(神山氏)

複数の環境が混在するシステム移行もクラウドのメリットを活かして完了

 今回Azure上に全面移行された基幹業務システムは、主に介護サービスの請求計算やサービス実績を管理する仕組みが統合されたものです。ベースとなったのは、介護・福祉業務支援パッケージの「ほのぼのシリーズ」(NDソフトウェア株式会社)で、そこにカスタマイズを加えました。さらに外部から、保険外サービスの実績管理や債権管理の仕組みを連携させて、幅広い業務をカバーできる構成を実現しています。

 複数の製品やサービスが混在するシステム構成のため、基本的にはIaaSをベースにAzureの仮想マシン中心で構築されています。ユーザーの利用環境は、パッケージ側には、Windows Serverのリモート デスクトップ サービスであるRemoteAppを使ったデスクトップクライアント環境を提供。また保険外サービスの実績管理や債権管理は、ツクイホールディングスで用意したフレームワークをもとに各ベンダーが開発。ClickOnceによるアプリケーション配布を行っています。

 開発・移行の取りまとめを支援した株式会社Colorkrew エンジニアの原 裕一郎氏は、複数の開発ベンダーが作業に関わってくるため、既存の基幹業務システムや社内システムをVPNで接続して、オンプレミスとのハイブリッド構成を行うなど細かい部分にも配慮したと振り返ります。

 「開発ベンダーが複数あるので、各社がそれぞれVPN経由でリモートログインして検証作業を行えるよう、専用のデスクトップ環境をAzure上に用意するなど工夫をこらした結果、開発をスムーズに進めることができました」(原氏)。

 萩田氏は今回のプロジェクトを振り返って、クラウドのメリットを十分に生かした基幹業務システムの移行が実現できたと評価しています。

 「当社だけでなく複数のシステム会社も協力しながらすべてを入れ替える長期間のプロジェクトだったので、ハードウェア面での能力差や適合性に関する負担を極力省いて移行するという目標を設けていました。まさにAzureは、その要求にかなったプラットフォームだったといえます」(萩田氏)

 同社ではクラウドの採用にあたって、メモリ割り当てやディスクの容量追加が容易に行える点を最優先に考えていました。萩田氏は「オンプレミスでは数年先を見越してどれくらいの容量が必要か=サイジングが常に課題でしたが、Azureならスモールスタートで移行して、後から必要に応じて自由に増設できるのも大きなメリットです」と語ります。

同業他社との協業やデータ活用など介護業界の新たな発展形態を探る

 移行完了からまだ間もない状況ですが、萩田氏は早くも次のステップを見すえた準備を始めています。その一つが、同業他社との協業によるシステム利用です。そのためにKubernetesを使ったコンテナ環境を導入し、アプリケーションのサイズを小分けにした上で、マイクロサービスが連携したシステムを構築し、共同利用できるようにしたいと考えています。

 「これから先、介護業界は慢性的な人手不足に対応していかなくてはなりません。それにはICTの導入が不可欠の要件となります。そのために、たとえばコンソーシアムのような同業者同士で協力してシステム開発を行う体制を整え、競争領域以外のアプリケーション資産なら大いに共同利用できるような環境を創出すれば、業界全体の生き残りや活性化に貢献できると考えているのです」(萩田氏)

 こうしたツクイホールディングスの展望に対して、株式会社Colorkrew エンジニアの片貝 力也氏も、「現在、ツクイホールディングス様の案件に対応するメンバーを増員して、ご依頼いただいた課題に対して、さらに手厚く、迅速に対応できる体制を構築しているところです。すでにご相談いただいている案件についても、内容をいま一度精査して、より一層の業務改善・コスト改善をご提供できるよう努力していきたいと願っています」と意気込みを語ります。

 また人手不足を補うために、これから先はたとえば介護施設や病院の離床監視のようなセンサー活用が急増することが確実です。同社では、こうした医療・介護システムのIoT端末から発生する膨大なデータの管理・活用にも、積極的に取り組んでいく予定です。

 「特に今年度からはLIFEの稼動が始まり、膨大なデータが社内に発生・蓄積していきます。それらをデータ資産として活用し、利用者へのサービス向上や当社のビジネスの成長につなげていきたいと考えています」と意欲を語る萩田氏。Azureが、今後のツクイホールディングスのデータ活用戦略に大きく貢献していくことが期待されています。