32億件のデータを0.055秒で処理する「SAP HANA」の速さ以上の価値

独SAPプレジデントのプーネン氏に聞く


独SAP プレジデント兼コーポレートオフィサーのサンジェイ・プーネン氏

 インメモリデータベース(DB)「SAP HANA」が好調のようだ。データを全てメインメモリ上に格納する同製品は、従来のDBを圧倒する処理速度を実現する。独SAP史上、最も早い成長を遂げている製品とのことで、日本でも事例は増えている。今回、その特徴や戦略について、独SAP プレジデント兼コーポレートオフィサーのサンジェイ・プーネン氏に話を聞いた。


HANAというマジックが生まれた

HANAのExplore画面。32億件のデータを0.055秒で取ってきている様子が表示されている

 SAPは、2年前に「インメモリ」「モバイル」「クラウド」のイノベーションを3本柱とする企業戦略を打ち立てた。HANAはそのうち「インメモリ」戦略の中核となる製品だ。「モバイル」や「クラウド」にとってもHANAは重要な要素というが、それだけでなく「すべてはHANAから始まる」というほど、SAP製品・戦略の要となっている。

 インメモリ技術は、メインメモリにデータを格納する技術である。従来、DBはディスクベースで設計された。その技術は瞬く間に市場に広がったが、複雑なビジネスロジックを回すには少なからずボトルネックが発生し、それを解消させることはできなかった。SAPはそこに「メインメモリにDBを格納してしまう」という大胆な発想を持ち込んだ。SSDなどのフラッシュメモリもインメモリ技術の前ではかすむ。

 プーネン氏によれば「データ格納場所としては、テープ、ディスク、フラッシュメモリと性能・容量面で飛躍的な進化を遂げてきた。その延長線上にあって、最高の技術と言えるのがインメモリ技術だ。その性能は従来の数千倍にも及ぶ」という。

 加えて「カラムベース」も重要な要素となる。もともとはSybaseの技術で、2010年5月にSAPが買収した。従来のDBが行指向だったのに対し、列指向のカラムベースでは、値が入っていない不要なカラムの入出力を抑えられるため、分析用途に最適とされる。

 さらにIntelと共同でマザーボードレベルでの最適化を図った。Xeon 7500番台に最適化されており、アプライアンスパートナー(IBM/HP/Cisco/Dell/富士通/日立)のx86サーバーにのせて出荷される。この結果、スケールアウト/アップに対応するインメモリアーキテクチャが実現。プーネン氏は「これらの技術が組み合わさって、HANAというマジックが生まれた」と微笑む。

 HANAの第一世代がリリースされたのは2010年11月末。それ以降も6カ月に一度という頻度でHANAは進化を続けている。中でも特筆すべきは、2011年6月発表の「HANA SP2」に実装されたSAP ERP/CRMなどとのリアルタイム同期機能だろう。「SLT」と呼ばれる同機能では、SAP ERPに何ら手を加えることなく、横にHANAを置くだけで、SAP ERPのデータ更新をリアルタイムにHANAにロードできる。これにより、HANA上でオンライン分析処理(OLAP)とオンライントランザクション処理(OLTP)の共存を可能にしているのだ。

HANAのこれまでの歩みHANAアーキテクチャの概要

 さらに2011年11月に発表された「HANA SP3」では、このSLTにおいて主要DB製品すべてがサポートされた。HANAはそのパフォーマンスについて多く語られるが、実はDBの構造的改革を可能にするSLTこそがその本質ともいえるという。これによってもたらされるメリットは、構造/非構造データの両方に対応し、Oracleなどの外部データにも容易に対応できることだ。プーネン氏は「当時はまだ誰もやっていないことだった。他社のDBはまだディスクベースがほとんど。SAPのマネをしだしているところもあるが、当社は3~5年先へ行っている」とその優位性を強調する。


ビッグデータにどんな価値をもたらすのか

 では、実際にHANAはどのような用途に適しているのだろう。その性能を最大に生かせるのは、やはり“ビッグデータ”の分析用途だろう。プーネン氏は「ビッグデータの分析を必要とするすべての業界にHANAは最適だ」と説明する。

 例えば、顧客の購入パターンの把握や、サプライチェーンとの連携を図りたい小売業。顧客へどのプランを提供すると一番利益率が高いかといった分析をしたい保険・金融業。マシンデータなどさまざまなデータを製品の取り込みたい製造業――例を挙げればきりがない。

 「HANAを使えば、顧客のパターンを手元の端末で把握できる。顧客データを抽出して手元で操作できるのだ。小売業の店員がこの情報にアクセスできるようになれば、店頭でのPRを顧客個人に合わせて実施できる。iPadなどのモバイルも促進剤になっていて、今年のブラック・フライデー(米国の感謝祭の次の金曜日。小売業が一斉にセールを開始する)には、初めて興味深い事象が見られた。消費者がこぞってモバイルを持ち、それを見ながら商品を探していたのだ。ビッグデータを分析すれば、こうした顧客へあらかじめ買いたい、買うだろうという商品のデータを提供できる。ビッグデータによって企業競争力を向上できる、代表的なユースケースといえるだろう」(同氏)。

 他方、ブラジルでは独特で複雑なニーズがある。同氏によると「ブラジルは確定申告制度に不備が多く、Taxコードが非常に複雑にできている。例えば、机を他のオフィスに動かすだけで政府へ書類を出さなければならない。複雑なため、税金過払いや漏れによる起訴が起こりやすい状況となっている。こうなってくるとこれはビッグデータの問題といえ、当社が支援できると考えている」という。

スマートデバイスによる分析にも対応



さまざまな分野で利用されているHANA

HANAの主な適用領域

 実際のユースケースとしては「非SAPデータソースのデータベース基盤」「HANAへのコンテンツ移植」や「既存アプリのアクセラレータ」「DBリプレース」といった用途で適用されている。また、HANAを前提に設計された「ネイティブアプリ」も出てきている。その1つが、電気使用量などを分析する「Smart Meter Analytics」で、英国のガス・電力会社などがすでに利用している。

「Smart Meter Analytics」といったHANAネイティブアプリも登場し始めている

「非SAPデータソースのデータベース基盤」として利用しているのは、三井情報(MKI)や野村総研(NRI)などだ。MKIはビッグデータの活用技術習得を目的に、HANAを用いてがん研究におけるゲノム解析を行っている。一方のNRIは、渋滞情報を分析する検証を進めている。NRIは世界で第1号のHANAユーザーでもある。

 ヨドバシカメラでは、500万人が登録するポイントカードプログラムのインセンティブ計算に利用し、SAP ERPとOracleの組み合わせで3日かかっていた計算が2秒に短縮。実に10万倍の高速化を実現したとも報告されている。

 「HANAへのコンテンツ移植」としては、中国の飲料メーカーNongfu SpringがOracle DatabaseからHANAへ移行し、24時間の処理を34秒に短縮した。このケースでは「DB以外には何も手を加えず単にHANAにポンと置き換えるだけで、およそ3日ほどで本番稼働を開始している」と、パフォーマンスだけでなくHANAの移行の容易さも示されたという。

 ニューヨークでは、食品トラック宅配を行う「FreshDirect」が時間通りにものを届けるために物流状況を可視化。パリでは、フランス国内でAmazonの3倍を売り上げるEコマースサイト「Casino」が、顧客ごとに購買履歴を把握するとともに、従業員の不正対策にもHANAを活用している。

 チューリッヒでは、iPhoneで注文すると30分で自宅にモノが届くオンラインスーパー「coop@home」が、サービスの迅速化のためにHANAを活用しているという。グローバルではこうした小売業の事例が多い。iPhoneと組み合わせた事例も実際に出てきており、「HANAとモビリティの相性はとても良い。モビリティそのものがHANAのキラーアプリといってもいいくらいだ」とプーネン氏は語る。

ヨドバシカメラのコメント世界中の小売業などでHANAは活用されている



販売戦略は「ユースケースのテンプレート化」

 では、HANAの販売戦略はどう描くのか。日本ではCo-Innovation Lab Tokyoを有している。顧客と連携して顧客のニーズにあったものを提供するための施設で、ここが販売戦略の背骨となる。日本国内には特別なローカライズのニーズがある。それらを洗い出し、なるべく早く製品に反映させていくという。

 また、ユースケースを広げていくことが何より重要だという。「HANAはさまざまな用途が考えられる。それがすべての業種に適応するかもしれないし、特定の業界固有のユースケースかもしれない。それらのユースケースに優先度を付け、再利用可能なテンプレート化している。『Rapid Deployment Solution(RDS)』と呼んでいるもので、これにより導入期間を6カ月から6週間に短縮できている」(同氏)という。

 SAPは現在、24の業界に顧客を持っている。そのすべてでユースケースを展開できれば、さらなる成長が可能となる。そして、処理の速さは重要だとしながらも、HANAで提供できる価値にはそれ以上のものがあるとする。「HANAはDBだが、SAPはDBの企業ではなく、アプリケーションやビジネスの企業だ。DBの技術だけで競合に勝とうとは思っていなくて、業界のシナリオをソリューションとして提供できる、そこにこそ本当の価値がある考える。企業の経営層だけでなく実際の導入シナリオを検討し動かす業務部門に訴求できるのが、SAPの強みだ」(同氏)。

 販売戦略としてはこのほか、Oracle Databaseから移行を狙っていく方針。その際、中国Nongfu Springの事例で示された、DBだけポンと入れ替えれば、他には何ら修正を加えることなく利用できてしまうHANAの移行の容易さを訴求していくことになる。


世界数カ所に開発拠点

 一方、開発体制はどうなっているのだろう。HANAの開発拠点としては、ドイツ、韓国、中国、インドなどの主要拠点に開発チームが存在する。その体制は、開発を担当するコアチーム、製品化するソリューションチーム、現場の導入を行うセットアップチームなどで構成される。日本にも存在するCo-Innovation Labはセットアップチームに属する。これらがフィードバックを循環させる仕組みを現在構築中。「今後は顧客やパートナーもこのループに参加できるようにしたい」(同氏)という。

 開発でも重視するのはスピード感だ。従来、SAP ERPのリリースには18~24カ月かかっていたが、最近は四半期ごととスパンは短くなっている。HANAやモビリティ、クラウドに関しても3~6カ月というスパンで開発が進められている。

 今後の技術ロードマップとしては、「2010年11月末に限定出荷を開始し、翌年6月にSP2をリリース。この11月にはSP3をリリースするなど定期的なローンチを維持できている。基本は今後もこれまでの取り組みを進め、次世代版を出し続けていく。加えて、HANAのネイティブアプリやRDSも安定的に発表できるだろう。SAP独自に提供するものもあれば、パートナーから出してもらうものも今後増えていく。そのためのパートナー支援にも注力していく」(同氏)という。


HANA+IaaSのサービスを2012年中旬にリリース

SAP Portal OnDemandアーキテクチャの概要

 具体的な製品としては、2012年中旬に「SAP Portal OnDemand」を提供する予定だ。これはHANAとPaaSを一緒に提供するオンデマンド×オンデバイスのクラウドソリューションで、この上でHANAを活用したアプリケーションを自由に開発できるという。詳細はまだ不明だが、これにより「インメモリ」「モバイル」「クラウド」の3つのキーワードが密接に絡み合っていくこととなる。

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