特別企画
“10億台のWindows 10デバイス”に黄色信号?
2016年3月25日 06:00
米Microsoftは、2015年の開発者向けのカンファレンス「Build 2015」において、「Windows 10が動作するデバイスを2~3年で10億台にする」と明言していた。しかし、これに黄色信号がともっている。今回は、その現状を説明する。
なぜ10億台なのか?
Windows 10は、PCだけでなく、スマートフォン、IoTデバイス、Xbox One、Surface Hub、HoloLensなどのアプライアンスで動作する“One Windows OS”だ。
10億台のWindows 10デバイスという大きな目標をMicrosoftが掲げたのは、「10億台のWindows 10デバイスが存在するマーケットを設定する」ことによって、多くの開発者が新しいUWA(Universal Windows Apps)ベースのアプリ開発に取りかかってくれるようになる、と考えたからだろう。
もちろん、この10億台という数字を実現するには、PCだけでは無理がある。
2015年のPCの出荷台数は、調査会社IDCのレポート(速報値)では2億7670万台しかない(しかも、この数字はPC全体となっているためAppleも含まれており、Appleのシェアを抜くと2億5677万台となる)。
Windows 10への無料アップグレード(2016年7月まで)によりWindows 10で動作する台数自体は増えているかもしれないが、その分出荷台数が落ちているし、特にカジュアルユーザーやコンシューマにおいては、PCからスマートフォンへのシフトが目立っている。Windowsタブレットの低価格化にともない、2016年には平年並みの3億台出荷に戻ると予測されてはいるものの、爆発的な伸びは期待できない。
したがってMicrosoftでは、さまざまなプラットフォームを合わせて10億台を目指していた。
Windows 10というプラットフォーム向けに提供されるUWAは、PCやスマートフォンでも同じアプリが動作する。UIが存在しないIoTデバイス、HoloLensなどでも、簡単な変更でアプリを各デバイスで動かすことができるようになる。
確かに現状のストアでは、AndroidやiOSのストアと比べ、アプリの数やバリエーションが少ないが、PC向けのアプリがUWA化することで、Windows 10 Mobileのアプリも増えていき、スマートフォン市場においてWindows 10 Mobileのシェアが増えていくことを、Microsoftはもくろんでいたのだろうと思う。
そして、遅くとも2018年には、Windows 10が動作しているデバイスが10億台に達していることを、Microsoftでは計画していた。
UWAを増やすための開発者支援策
ただ、デバイスの台数だけが多くても、開発ツールなどがそろっていないと、多くの開発者はUWAベースのアプリ開発を進めてくれない。特にスマートフォン市場では、AndroidやiOSがほとんどのシェアを持っているため、開発の順番としては第3位以下なのが現状だ。
そのような状況をMicrosoft側でも認識しているので、昨年のBuild 2015では、Web、.NET&Win32、Android、iOSの4つのプラットフォームに向け、UWA化のためのツールを発表し、簡単にWindows 10に移植できるようになるとしていた。
このうちWebアプリのUWA化に関しては、Project WestminsterでオープンソースのCordovaを使用し、パッケージ化している。このプロジェクトに関してはオープンソースベースでの開発が進んでおり、実用ベースに近くなっている。
また、iOSのアプリをUWA化するProject Islandwood(Windows Bridge for iOS)は、Visual StudioでiOSの開発言語Objective-Cを扱えるようになっている。また、iOSアプリをUWA化するときの互換性を自動的にチェックするWebツールがリリースされている(ブリッジ用のソフトウェアはGitHubに公開されている)。
Objective-Cの次の開発言語Swiftに関しては、現状で対応していないが。昨年、米AppleがSwiftをオープンソース化したため、3月末の開発者向けカンファレンス「Build 2016」では何らかの発表があると予想している。もしかすると、Objective-Cを使ったProject Islandwoodよりも、さらに高いレベルで移植ができるようになるかもしれない。
Windows 10のデスクトップで動作する.NET&Win32アプリケーションをUWA化して、ストア経由で販売できるようにProject Centennialに関しては、スケジュールが遅れ気味だが、開発が進んでいる。現状では限定されたユーザーのみがテストしており、Build 2016において詳細が公開され、多くの開発者が利用できるようになるだろう。Windows 8やWindows 7、あるいはそれ以前の時代に開発されたものも含め、膨大なアプリケーション資産があるため、実用化が期待されるところだ。
AndroidアプリのUWA化は断念?
Microsoftの思惑と大きく異なったのが、Androidアプリを動かすProject Astoriaだ。結局、開発が中止になり、AndroidアプリをWindows 10で動かすことはできなくなった。
MicrosoftのKevin Gallo氏のブログでは、「開発者の意見を聞くと、アプリのほとんどがAndroidとiOSに対応しているため、どちらか1つのブリッジだけで十分と言われた。このため、MicrosoftとしてはWindows Bridge for iOS(Project Islandwood)に注力し、Windows Bridge for Android(Project Astoria)の開発を中止することにした」と発表している。
このブログが出る前日には、iOS、Android、Macなどに.NETフレームワークを移植し、C#ベースでアプリ開発が行えるツールをリリースしているXamarin社をMicrosoftが買収したという発表が行われた。
Kevin Gallo氏のブログでも、Xamarinが提供するプラットフォーム上でC#ベースのプログラミングを行い、UI部分だけはOSごとに作成すれば、マルチプラットフォームへの移植が非常に簡単になるとしている。
ただしXamarinのプラットフォームは、開発しているアプリを複数のプラットフォームに対応させる手段で、すでにAndroidで動作しているアプリをUWA化するためのツールではない。このことから、既存のAndroidアプリをUWA化することはMicrosoftはあきらめたといえるだろう。
確かに、Kevin Gallo氏の言うように、多くのアプリはAndroidとiOSの2つをサポートしているため、Windows Bridge for iOSがあれば用が足りるのかもしれない。
テクノロジー面では、Windows Bridge for Androidが難しかったということもあるのだろう。Androidスマートフォンは、多くのバージョンが存在し、アップデートもキチンと管理されていない。
さらに、各OEMベンダーがカスタマイズしているため、Android同士でもうまく動作しない場合がある(Androidデバイスのフラグメンテーション)。人員とコストをかけて力業でWindows Bridge for Androidを開発することはできるが、多くの開発者にとってはiOSからのブリッジが保証されていれば、開発上あまり問題にならないといったマーケティング上の事柄もあるのではないか。
Microsoftにとっては、既存のアプリケーションをUWA化するProject CentennialとWindows Bridge for iOSに注力する方が、メリットがあると考えたのだろう。
XamarinはVisual Studioに吸収される?
Xamarinを買収したため、将来的に開発ツールのVisual StudioにXamarinは吸収されることになるだろう。Visual Studio自体は、各OSのアプリを開発するためのハブツールになるかもしれない。
Xamarinには、iOSやAndroid、Windows 10 Mobile(Windows Phone)などのシミュレーターが用意されているため、Visual Studio上で各OS別のアプリの動作もチェックすることができるようになるだろう。このようになれば、コードの80%ぐらいは共通化され、各OS向けのUIや各OS独自機能のインプリメントに利用することになるだろう。
もしかすると、Windows 10自体に、Xamarinが開発している各OS向けのフレームワークが搭載されるかもしれない。UWP(Universal Windows Platform)にXamarinのテクノロジーを融合させることで、iOSのアプリをほとんど修正せずに動かせるようになるかもしれない。このあたりに関しては、3月末のBuild 2016で明らかにされるだろう。
伸び悩むWindows 10デバイス
Microsoftでは、こうした施策によってWindows 10デバイスの数を伸ばそうとしていたが、結果的にはうまくいっていない。
PCは、前述の通り大きな伸びは期待できず、Xbox Oneは、2015年末で1730万台ほど。
【お詫びと訂正】
- 初出時、Xbox Oneの台数を173万台としておりましたが、1730万台の誤りでした。お詫びして訂正いたします。
Windows 10 Mobileを搭載したスマートフォンに関しては、2015年秋に出荷を開始したMicrosoftのLumiaしかなかったため、数万台程度と、お話にもならない数字だった。IDCの調査によれば、2015年のスマートフォンの出荷台数は14億3000万台で、そのうちAndroidが81.2%、iOSが15.8%、Windows Phone(Windows 10 Mobileを含む)は2.2%しかない。しかもIDCの予測では、Windows 10 Mobileは2019年になったとしても2.3%のシェアしかとれないとしている。
Microsoftでは、Windows 10のリリースによって、PCだけでなく、スマートフォン市場、ゲーム市場において、大きくジャンプアップを果たし、すべてのプラットフォームで共通のアプリが動作するというOne Windowsの世界を作り上げようとしていたが、そううまくはいかなかったようだ。
Microsoftが考えるように、2018年に10億台のWindows 10デバイスというのは、このままでは難しいだろう。
PCに関しては、2016年7月末でWindows 7/8.1ユーザーに対する無償アップグレードが終了するため、それまでの間に、ある程度Windows 10へシフトしていくと思われる。
また、新しく販売されるPCはプリインストールOSがWindows 10になり、サポートポリシーの変更もあって、PCベンダーがダウングレードでWindows 7/8.1を提供するという選択もなくなる。つまり、PC用のOSはWindows 10しか選択肢がなくなってくるため、Windows 10の台数は増えるのだ。
ただし無償アップグレードが本当に7月末で終了するのかに関しては、筆者としては疑問を持っている。何らか形で無償および低価格アップグレードの方針は残されると思っている。例えば、Windows 7/8.1 Homeを持っているユーザーが、低価格でWindows 10 Standardへのアップグレードが行えるといったキャンペーンが行われるだろう(StandardからProへも、同じようなキャンペーンがあるかもしれない)。
テコ入れが必要なのは、前述のような結果に終わっているスマートフォン市場だろう。現状のWindows 10 Mobileのままでは、コンシューマ市場においてはシェアが増えていかない。ここまで、マーケットシェアが引き離されると、挽回(ばんかい)も難しいため、Microsoftでは企業向けのスマートフォンというマーケットに注力していくようだ。企業のIT管理者にとっては、Windows 10やWindows 10 Mobileを一括で管理できるようになればメリットが大きいし、Windows 10が持つ高いセキュリティ性をスマートフォンでも享受できるようになれば、企業での大量導入が始まるのでは、とMicrosoftは考えているようだ。
スマートフォンに関しては、いろいろな戦略ミスが重なり、Microsoftが市場をとれなかったが、ポストスマートフォンといえるIoTやAR/VRに関して積極的な戦略をとっている。特にHoloLensに関しては、2016年に北米で開発者向けのキットをリリースし、2017年~2018年には本格的な製品化が予定されている(この段階でもコンシューマ向けというよりもビジネス向けだろう)。
ただ、開発者向けのキットは3000ドルと非常に高額だ。マーケットに出すときには、1000ドル~2000ドルまでに落とす必要がある。Microsoftとしては、スマートフォンで後塵(こうじん)を拝したことを考えれば、AR/VRマーケットでは先頭を走り、デファクトスタンダードを取りたいと考えているのだろう。