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三菱電機、デジタル基盤「Serendie」を軸とした成長戦略を描く姿勢を強調
2025年5月30日 06:00
三菱電機株式会社は、デジタル基盤「Serendie(セレンディ)」に注力する姿勢をあらためて強調した。5月28日に開催した「IR Day 2025」において、三菱電機の漆間啓社長 CEOは、「三菱電機は、デジタルによるイノベーティブカンパニーに変革していく」と宣言。「三菱電機の強みであるコンポーネントに、Serendieによるデジタルを掛け合わせて成長を進める。特に、既存事業にSerendieをしっかりと活用する方向へと抜本的に転換していく」と述べ、Serendieを軸とした成長戦略を描く姿勢を明確にした。
三菱電機にとって、Serendieに注力することが、新たに掲げたイノベーティブカンパニーへの近道になるというわけだ。
Serendieは、コンポーネントから集めたデータを活用して顧客の課題を見つけ、解決策を提供するデータ活用ソリューション事業と、収集したデータをもとにコンポーネントを進化させる事業の2軸で展開。2030年度までに、売上高1兆1000億円、営業利益率23%を目標に掲げている。また、Serendieの事業成長を支えるために、2030年度までにDX人財を2万人に増員する計画も発表している。
Serendieは、2025年度の売上高として6800億円を見込んでおり、そのうち、約3000億円がデータ活用ソリューション事業、約3800億円がコンポーネント事業となる。
三菱電機 専務執行役 CDOの武田聡氏は、「当初の計画からは少し低いが、市況の低迷により、FAシステム事業におけるデータ収集コンポーネントの販売が減少していることが要因となっている。だが、重視しているソリューションは当初計画を上回っている。手応えとしては計画通りと見ている。ソリューション領域が増えると収益性には貢献する。中長期的には、ソリューション領域を成長させることが鍵になる」とした。
三菱電機では、イノベーティブカンパニーへの変革に向けて、「ビジネスモデル変革」、「デジタル基盤の強化」、「マインドセット変革」の3点を挙げる。
「ビジネスモデル変革」では、三菱電機のコンポーネントから得られるデータを蓄積し、分析することで、新たなサービスを創出するとともに、それらを価値として、幅広い顧客に提供していくことになる。また、データから得られた知見をもとに、コンポーネントへの機能を追加することで、コンポーネントの強みをさらに強化する。
三菱電機の武田CDOは、「Serendieによって、ビジネスモデルの変革を推進していく」と前置きし、「三菱電機の強みはコンポーネントにある。コンポーネントから得られるデータを分析し、お客さまとともに潜在的な課題を見いだし、課題解決のためのソリューション、サービスを新たに創出して提供する。また、このノウハウをコンポーネントにフィードバックすることで、機能強化や新機能の追加も図っていく。さらに、直接的なお客さまだけでなく、最終的なお客さまに対しても付加価値を提供し、顧客層の拡大も図る」とした。
Serendieを活用したビジネスモデルの変革の具体的な事例として、2024年から提供を開始している熱関連トータルソリューションを挙げた。三菱電機では、ビルオーナーや製造業に対して、空調機器や給湯機器などのコンポーネントと保守サービスを提供してきたが、Serendieを活用することで、三菱電機が提供するコンポーネントと、他社が提供するコンポーネントを含めたエネルギーの運用データを収集、分析し、三菱電機のエネルギーマネジメントシステムによる需要予測をもとに、設備全体を考慮した最適な省エネ運転を実現できるという。
さらに、化石燃料を利用した設備の稼働を最適化するほか、蓄電池の活用、拠点間電力融通による再エネ活用の促進により、顧客の脱炭素経営を支援できるという。加えて、三菱電機が提供する機器が、現場でどのように利用されているのかを分析し、現場実態にあわせた形で、空調機器などの各種コンポーネントの進化を図ることができるとも述べた。
Serendieによる、もうひとつ具体的事例として挙げたのが、鉄道事業に関わるエネルギー最適利用の提案である。三菱電機では、鉄道事業者に対して、モーターやインバーターなどの車上機器、これらの機器のデータを収集、分析するTIMA(Train Information Monitoring and Analysis system)や運行管理システムを提供してきた。
Serendieによる新たな提案では、車両や変電所、駅設備のデータを活用し、鉄道に関わるエネルギーを最適に利用。ブレーキ時に発生する回生エネルギーを見える化し、有効活用することで、最適な設備導入や省エネ運用を支援するという。さらに沿線地域の電力システムとの連携により、沿線地域全体でのエネルギーの最適化に乗り出すこともできるとしている。
2つめの「デジタル基盤の強化」では、グローバルな視点で社外パートナーと連携し、クラウド、生成AIなどの最新技術を活用する。
武田CDOは、「クラウドや生成AIなどのデジタル技術に関する進歩は目覚ましく、すべてを自前主義で開発することは現実的ではない。グローバルな視点で社外パートナーと連携し、最新技術を取り込むことで、ビジネスモデルの変革や社内業務の改革を行っていく」とした。
三菱電機では、2025年4月に、デジタルイノベーション事業本部を新設。DXやAI領域における最新技術を活用し、事業や社内業務を変革させる部門と、情報システムサービス事業を担うグループ会社3社を統合した三菱電機デジタルイノベーションを同事業本部に集約。分散していた4000人のDX人財を集約し、Serendie関連事業への対応力強化と、社内業務のプロセス改革に取り組んでいるという。
社内情報システムに関しては、2023年から累計1300億円を投資してデジタル化を推進。業務プロセスの効率化、レガシーシステムの最新化および統合化により、2030年度までに1900億円の費用削減効果を見込んでいるという。
さらに、2024年度からは、生成AIを活用した業務改革にも本格的に取り組んでおり、業務効率2倍を目標に、生成AIを活用した1000以上のアイデアを抽出して、そのなかから60以上の業務改革プロジェクトを開始しているとのこと。
業務プロセス改革では、戦略・企画業務において、事業環境の分析や戦略の提案、人事・総務では社内からの問い合わせ対応の自動化を実施。設計・製造プロセスの改革では、ハードウェア設計における客先仕様と製品仕様の統合や、設計モデルのコスト見積もりなどに活用している。品質部門では設計変更点に対するリスクのレビュー、調達先の監査業務へのAI活用による効率化や属人性の排除を進めているという。
このほか生産分野においては、ニーズの多様化などを背景に、製品の仕様や種類を変えながら、必要な量を生産する変種変量生産への注目が集まるなか、生産状況や生産設備の状態にあわせて、正確で、迅速な判断、動作を行う自律的な工場オペレーションを実現。生産管理AIが、生産計画AIや機器制御AI、保全AIといった現場に近い複数のAIエージェントを取りまとめて、最適な解決策を提示するバーチャル生産管理者を開発しているという。社内で実証実験を経て、社外にサービス提供していく考えを示した。
武田CDOは、「生成AIの積極活用で生まれた社内ノウハウや知見を蓄積し、これをパッケージ化することで、社外への事業展開につなげる」とした。
また、事業や組織を横断した生成AIやデータ活用を推進するために、三菱電機グループ向けに「データ活用宣言」を制定。「三菱電機グループの資産であるデータの価値を最大限に高め、データを適切に取り扱うことを狙っている」という。
加えて三菱電機では、2025年1月に、DXおよびオープンイノベーションの拠点としてSerendie Street Yokohamaを開設したことも報告。武田CDOは、「事業活動によって生み出されるデータを活用し、そこから付加価値を生み出すためには、自社だけでなく、顧客を含めた企業連携が重要になる。共創を進める場として、Serendie Street Yokohamaを活用していく」と述べた。
2025年5月には、米国ボストンにSerendie Street Bostonを開設し、スタートアップ企業や大学と連携しながら、最新技術の獲得や新たなサービス創出につなげるという。「VCファンドへの投資強化や現地体制の強化を通じて、協業を進める。MITとの連携により、インキュベーションプログラムを活用した新事業の創出にも取り組む」とした。
また、AWSやマイクロソフトといったハイパースケーラーとの協業や、外部のAI技術を活用し、業務や製品に最新技術を適用していくとした。
3つめの「マインドセット改革」では、2024年度に1万人のDX人財を、2030年度に2万人に拡大する計画を打ち出していることに触れながら、職種やレベルに適した育成プログラムを整備し、リスキリングやスキル向上を図る姿勢を強調。社内に育成機関として、「DXイノベーションアカデミー」を設立したほか、早稲田大学との連携による教育プログラムも整備したという。また、生成AIを活用する人材を育成するために、生成AIの試作開発環境整備。開設から10カ月間で、178のPoCが進行していることも明らかにした。
武田CDOは、「デジタルによるビジネスモデルの変革や社内業務の改革には、アジャイルなマインドセットを持ったDX人財が不可欠である。社内業務への生成AI活用を進めるには、人事や経理などの文系人材もDXやAIを理解し、スクラムを活用してアジャイル開発を進め、開発者と一緒になって改革を進める必要がある」とし、「さらに、採用と教育を組みあわせて、マインドセット改革を積極的に推し進める。新卒や経験者採用の強化、M&Aによるグローバルでの人材確保などにも取り組んでいく」と述べた。
各BAにおけるSerendieへの取り組み
一方、各BA(ビジネスエリア)におけるSerendieへの取り組みについても説明した。
インフラBAでは、同社のコア技術であるエネルギーマネジメントを活用したE&F(Energy & Facility)サービスや、自動運転に向けたモビリティサービスを、Serendieを通じて展開。三菱電機 常務執行役 インフラBAオーナーの根来秀人氏は、「これまでは実証実験の段階だったが、2025年度からは、狭域自動運転などのサービスを実用化する。
また欧州市場への対応を強化するために、エンジニアリング部門をMitsubishi Electric Europe B.V.内に設置。E&Fサービスの市場調査、提案活動を開始する。さらに、台湾HD Renewable Energyと再エネアグリゲーション事業会社を設立し、電力需要家への再エネ関連サービス事業を強化する。これによって、Serendieによるソリューション事業を拡大していくことになる」と述べた。
インダストリー・モビリティBAでは、新たな成長ドライバーとしてデジタルソリューションへの投資を拡大する考えを示し、これによりFAシステム事業を再成長させる考えを示した。
三菱電機 専務執行役 インダストリー・モビリティBAオーナーの加賀邦彦氏は、「2024年度時点でのデジタルソリューションの事業規模は小さく、先行投資により収益性も低いが、新たな成長ドライバーと位置づけ、自主開発だけでなく、M&Aや外部活用を積極的に行うことで、早期に事業化を進め、2030年度には、FAシステム事業を牽引する位置づけにしたい」と述べた。
デジタルソリューションの取り組みでは、ソフトウェアディファインド化されたコントローラを軸に、データドリブンによる生産革新とサステナブルな工場の実現を目指すという。具体的には、コントローラから収集したデータを見える化、分析するツールをSaaSとして提供。既存機能のアップグレードや新たな機能のダウンロードを通じて、システムを柔軟に拡張するとともに、AIを活用して生産現場の自律最適制御を実現することができるという。
「ものづくり技術やデータ収集技術を、ものづくりデータ基盤としてパッケージ化して提供することで、三菱電機が持つ事業資産を生かして、顧客価値の提供を最大化することができる。デジタルソリューションを起点として、Serendie関連事業を推進し、価値提供の範囲を拡大することで、三菱電機グループ全体の事業成長に貢献する」と述べた。
ライフBAでは、Serendie関連事業で、2030年度の売上高で2500億円以上を目指す計画を明らかにした。ビルシステム事業と空調・家電事業を連携させ、スマートビルをはじめとしたビル全体のマネジメントシステムを提供するという。
スマートビルソリューションでは、新設時の設備の提供だけでなく、設備の運用データやビル内に設置するさまざまなセンサーによって得られたデータを活用したビル空間の高度な利活用に向けて、多様なアプリケーションを提供。さらに、設備の総合的な保守運用サービス、エネルギーマネジメントサービスなど、幅広い設備やシステムを保有する三菱電機ならではのスマートビルトータルソリューションを実現するという。現在、キーアカウントパートナーへの提案を進めている段階だという。
三菱電機 常務執行役 インフラBAオーナーの根来秀人氏は、「ビル空間の新たな価値の創造にSerendieを活用することになる。あらゆる生活空間において、快適で、安全安心な環境を創造するソリューションプロバイダになることを目指し、高次元の省エネと働きやすさを両立したスマートビルソリューションを提供する。幅広いメニュー化により、提供価値を拡大していく」と述べた。
なお、インフラBAが取り組むデータセンター事業についても説明。三菱電機では、電源設備、空調、冷却設備、光デバイスなど、データセンターに提供する商材を数多く持っており、これをトータルソリューションとして提案することになる。
三菱電機の根来オーナーは、「急速に拡大するデータセンターへの投資を、確実にとらえていきたい。各BAや事業本部が独立して対応するのではなく、全社をまたがった形でシナジーを最大化するタスクフォースをインフラBA内に立ち上げた。それぞれが持つ技術と顧客基盤を融合し、コンポーネントの提案を強化するとともに、異常兆候検知などのソリューションも提供する。電力消費量を抑えながら、安定運用を実現したいといった顧客ニーズを満たすソリューションを提供したい」と述べた。
今回の説明会では、Serendieの中期的な事業目標については変更がなかったものの、各BAにおけるSerendieへの取り組みが明確になり、ライフBAのように、Serendie関連事業の具体的な数値目標を打ち出したケースもあった。各BAにおけるSerendieへの取り組みが加速していることを裏づけるものになったといえる。