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HPのWindows 10 Mobileスマホ「Elite x3」、企業ユーザーの働き方を変えられるか?
(2016/3/22 06:00)
米HP Inc.(以下、HP)は、スペインのバルセロナで開催されていたモバイル関係のカンファレンス「Mobile World Congress(WMC) 2016」で、Windows 10 Mobileを採用した5.96インチ スマートフォン「Elite x3」を発表した。今回は、この製品が持つ意味を取り上げたい。なおHPは、米Hewlett-Packardが分社化したうちの、PC/モバイルデバイスやプリンタ分野の担当会社である。
大型液晶を採用したWindows 10 Mobile端末
HPによるElite x3の発表を受け、日本法人の日本HPでも、夏までに日本国内に投入することを発表した。提携のキャリアとしては、auが日本HPと協力して、夏から法人向けに販売を開始するとしている。
ハードウェア仕様は、プロセッサにQualcommのハイエンドSoCのSnapdragon 820を採用し、メモリは4GB、ストレージは64GB eMMCを搭載する。Snapdragon 820の採用により、Windows 10 Mobileが持つContinuumを高解像度画面でもスムーズに利用することが可能になった。
細かいスペックなどは僚誌ケータイ Watchの記事をご覧いただきたい。
さて気になるのは価格だが、HPではElite x3の価格はまだ公開していない。しかし、昨年Microsoftが発表したWindows 10 Mobileのハイエンド機Lumia 950XL(Snapdragon 810)が649ドルということを考えれば、Lumia 950XLよりも高性能なSoC(SnapDragon 820)を採用しているElite x3は、800ドル~900ドル前後になるのではと筆者は予想している。充実した耐衝撃性能や防水防塵仕様もコストを押し上げているだろう。
コンシューマを狙うなら、いくらハイエンド機種といえども、Lumia並みもしくは、Lumia以下の価格帯を狙うべきだろうが、HPがコンシューマではなく、Windows 10 Mobileで法人市場を狙ってきたのは、VDIクラウドサービスのHP Workspaceを立ち上げることがキーポイントになっている。
Elite x3には、Citrix XenAppのクライアントが入っており、これを利用して、クラウド上の構築したVDI環境「HP Workspace」を利用できるようにするのだ。つまり、Elite x3をスマートフォンとしても利用できるモバイルシンクライアント端末として提供することで、法人マーケットを切り開こうとしている。
またElite x3は、単なるスマートフォンではない。周辺機器としては、充電スタンドを兼ねた「デスクドック」以外に、ノートPCのような形状をした「ノートドック」が用意されている。
ノートドックは通常のノートPCのような形状をしているが、12.5インチの液晶画面とキーボード、トラックパッド“だけ”を備えている。つまりノートPCの形状だが、CPUもメモリもストレージも入っていない。Elite x3をContinuumモードで利用するための周辺機器といえる。
現状では、ノートドックとElite x3の接続には、有線のUSB-Cを使用することになっている。しかしSanpdragon 820自体は、IEEE 802.11adに対応しているため、製品をリリースする夏には、ドックノートをワイヤレス接続で利用できるようにしたいと、HPでは考えているようだ。このようになれば、ドックノートのそばにElite x3を置くだけで、Continuumモードで使用できるようなる。
ターゲットは業務アプリケーション?
HPでは、VDI環境のHP WorkspaceとElite x3の組み合わせを、既存のPC環境を単にスマートフォンで使えるようにするソリューション、とは考えていないようだ。
オフィスワーカーが業務で利用することの多いMicrosoft Office(WordやExcelなど)はWindows 10 Mobileでも対応しているので、VDI環境のHP WorkspaceとElite x3の組み合わせでは、既存のWindowsデスクトップで動作する業務アプリケーションを対象にしていると考えられる。
クラウドサービスのHP Workspace自体は、auなどが運営するのではなく、日本HPが運営することになるようだ。
筆者はHP Workspaceの画面を見たわけではないが、XenAppを使用するため、Windows環境がそのまま使えるのではなく、Elite x3側ではHP Worksapceのデスクトップ画面が表示され、指定したアプリケーションの画面や入力がElite x3に転送される、といった形になるだろう。このため、Elite X3ではWindowsのデスクトップを利用するというよりも、今までの業務アプリケーションをスマートフォンで利用するといったイメージになると思われる。
日本HPではElite x3の発表に合わせて、自社の業務アプリケーションをHP Workspaceに移行してElite x3で利用可能かを、国内のソリューションベンダーとテストしている。
スマートフォンとノートPCを1つにするメリットは?
パワフルなCPUパワーと高速なデータ通信環境をサポートしているElite x3と、VDI環境のクラウドサービスであるHP Workspaceを利用すれば、今までスマートフォンとノートPCなどの複数のデバイスを持ち歩いていた従業員が、社内の業務アプリケーションの利用から、電子メールやSNSなどのコミュニケーションアプリまでを、1つのデバイスで利用できるようになる――。HPでは、利用シーンについてそう話している。
確かにElite x3とHP Workspaceは、スマートフォンとノートPCの間を埋めるソリューションだが、HPの考えるとおりに進むかどうかは疑問が残る。
まず、コスト増という部分がある。確かに、業務用スマートフォンとノートPCの2つのデバイスを従業員に配布するのはコスト増だが、データ通信を中心に利用するスマートフォンなら、低価格帯の製品でも十分なパフォーマンスを持つ。後は、業務で利用しているノートPCを持ち歩けば、現状でも問題ない。
確かに2つのデバイスを持ち歩くため、ケーブルやマウスなどいろいろな周辺機器が必要になり、かばんの中がごちゃごちゃになってしまっている人もいるだろうが、これはそれほど大きな問題とはいえないだろう。持ち歩くノートPCをスリムで軽量な製品にすれば、それほど重くもならない。
Elite x3自体の価格も重要になる。本体価格が10万円近くなれば、最新のノートPCを購入して、データ通信用のWiFiモデムを利用した方がコストが安くて済まないだろうか? 実際、VDIクラウドサービスのHP Workspaceは、別に利用料金が必要になるだろう。
もう1つ、HP Workspaceで利用する業務アプリケーションのユーザーインターフェイスも重要になる。ノートPCやデスクトップPCでの利用だけを考えた業務アプリケーションの場合、キーボード入力やマウス操作が必須となっている。このため、タッチデバイスであるElite x3などのスマートフォンで利用するには使いにくいだろう。
いくら5.96インチのディスプレイを採用しているといっても、ソフトウェアキーボードで入力を行うのでは画面が小さくなり、非常に使いにくい。やはりスマートフォンで利用する場合も、外付けキーボードが必要になるだろう。またユーザーによっては、ノートドックが使いやすいと感じるかもしれない。ここまでくると、ノートPCを使うのと、どのように違うのかわからない。
Elite x3とHP Worksapceの価値を訴求するためには、システムインテグレータやソリューションプロバイダーなどと、新たなビジネスを考える必要があるだろう。
例えば、部品の設計を行っている企業でCAD/CAMを使用している場合はどうだろう。発注先に打ち合わせに行く場合、モデリングデータをノートPCにコピーしていくのではなく、HP Workspace上にある3D CADソフトにElite X3でアクセスして、顧客先で打ち合わせをする、といったこともが可能になるかもしれない。
これなら、重要なCADデータを個人のPCにコピーする必要もなくなるため、セキュリティ面でも安心できる。このほか、今まではデジカメで撮影して、会社に戻ってから作成した工事現場などのレポートも、Elite x3のカメラ機能とVDIアクセスによって、現場でレポートが作成できるようになるかもしれない。
このように、既存の業務アプリケーションをどのようにスマートフォンのElite x3に融合させていくのか、というソリューション部分が重要になっていくのだろう。とにかく、夏以降にはElite x3とHP Workspaceを利用したソリューションが出てくるだろう。
どのようなソリューションが出てくるのか、日本HPの提案を楽しみに待ちたい。