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【JAPAN IDENTITY & CLOUD SUMMIT】
災害時対策や高齢者支援で重要度を増す「ID連携」実現の方向性~谷脇氏講演

内閣官房情報セキュリティセンター 副センター長 谷脇 康彦氏

 クラウドやビッグデータ、そしてサービスなどで用いられるIDに関するカンファレンス「JAPAN IDENTITY & CLOUD SUMMIT」が、1月14日から2日間の日程で開催された。この中で、内閣官房情報セキュリティセンターの谷脇 康彦氏が基調講演を行い、東日本大震災の教訓から、災害時に自治体の行政情報と医療情報などを連携させることの重要性を説くとともに、ビッグデータに関わる政府、行政としての取り組みについて詳細に解説した。また、情報連携に必要な新しいID戦略を政府として推し進め、その際に課題となる個人情報保護法の改正案提出を進めていることも報告した。

行政情報と民間の情報をつなぎ、利便性向上を狙える「ID連携」

 「ID連携の必要性とセキュリティ」と題された基調講演で、内閣官房情報セキュリティセンター 副センター長の谷脇康彦氏は、冒頭で「情報(連携)の重要性」について語った。

 谷脇氏は、東日本大震災で活用された情報の代表例として、被災地の道路の損壊状況、物資の不足状況をマッシュアップし、1つの地図上で統合表示が可能になっていたことを挙げた。また、ホンダと日産のカーナビの情報をもとに、クルマがどういう経路を走行したのかという情報を集積することで、どこが通行可能なのかがわかるようにしたという取り組みについても紹介した。これらのことから、「情報を集め、蓄積し、見える化することによって、別の価値や新しい意味」が見えてきたという。

 災害時に重要になるものとしては、自治体の行政情報のほか、医療・健康情報も挙げられる。現在は特定の避難所にどういう人がいるのか把握することは可能になっているものの、「震災時はお薬手帳を持って逃げた人はほとんどおらず、どういう薬を必要としているか、どういう病歴があるかなどはわからなかった」。

 官民の情報連携基盤を作って自治体の行政情報と医療・健康情報を連携し、つなぎ合わせることができれば、「その避難所にどういう薬がどれだけ足りないのか、いつまでにどの種類の薬をどれくらいの量運べばいいか」、といった情報も得ることができるようになると谷脇氏は話す。

 医療情報以外にも、金融システムと自治体のシステムを連携すれば、震災被害を受けた人に対する一時見舞い金や義援金、保険金などをいち早く配布するのに役立てることができる。これら比較的シンプルなアイデアをピックアップするだけでも、「情報(連携)の重要性」は非常に高いことがわかってくるだろう。

 こうしたことから、政府は新しいID戦略を推進していくにあたり、「新産業・新サービスの創出」、「安心・安全社会の実現」、「ワンストップ型公共サービスの実現」という3つの柱を軸にすることを決定。オープンデータやビッグデータの活用などを通じ、いかに情報をうまく活用して新しい産業を作っていくのか、あるいは利便性を高めていくのかを大きなテーマとして掲げている。

 「今までもICTの利活用、情報通信の取り組み分野の拡大は行われてきたが、どちらかというとインフラ整備に力点が置かれていたことは事実」と振り返り、「これまでは行政、医療、教育の情報化をどう進めていくかを考えてきた」と述べた。

 しかし、それには「足りないものがある」と谷脇氏。「各領域の垣根を越えた情報の流通、連携、利活用などを実現していく必要があるのではないか」という。しかしその実現には、“APIが共通でない”、もしくは“扱っているデータフォーマットが各領域で異なる”といった問題のほか、個人情報の取り扱いが各領域で異なっているために連携できないという議論もある。制度として枠組みを作らなければならない問題、技術的にクリアしなければいけない課題などが多く、それらへの対策が情報流通連携基盤を作る上で重要になってきている。

東日本大震災時の情報共有・連携の例
新ICT戦略
情報資源立国に向けた情報・データ利活用の方向性

個人情報保護法は“実質性”重視に見直しへ

 政府は、「垣根を越える」ことを実現する「ID連携」に向け、ビッグデータに関わる取り組みを4つのカテゴリーに整理した。

 1つは、「国、地方公共団体が保有している統計データ、公共的なデータを公開していくオープンデータへの取り組み」。その次は「ナレッジのデジタル化」で、たとえば農業においては就農者の平均年齢が高く、このままでは20~30年でノウハウが失われてしまうことから、彼らの知恵、経験をいかにして形式知に変えていくかがテーマの1つだとしている。

 また、クルマの走行データをもとに信号の間隔を調整するといったことが可能な「M2M」にもフォーカス。さらに「パーソナルデータ(個人情報など)」もカテゴリーの1つとして分類した。「異なる領域の知恵を掛け合わせることから、新しい気づき、新しいソリューションが生まれる可能性が高まっている」点に注目し、「単に統計学の知識だけでなく、デザイン思考ができる人が求められている」とした。

 4つのカテゴリーのうち「ナレッジのデジタル化」においては、すでに宮城県を中心とした「東北メディカル・メガバンク」計画が進行していることを紹介。診療所、調剤薬局などでデータを共有する仕組みを構築し、医療データと介護データの連携を行うなど、これまでにない「一歩先のシステム」を実現する内容だ。

 今後、在宅医療や在宅介護の需要が増していく中で、「医療介護データはデジタル化されていないものや連携できないものがある。こういったデータをいかにつなぎ合わせていくのかに今取り組んでいる」と話し、「データの蓄積を進めていくとともに、匿名化した個人データの集積により新しい医療の発達につなげていく」と語った。

東北メディカルメガバンク計画

 「パーソナルデータ」については、すでに一般の消費者がECサイトで商品を買う時に表示されるレコメンドなどでその活用の一端を見ることができるが、個人情報の慎重な取り扱いが必要な分野であり、プライバシー保護が重要なテーマとなる。

 「パーソナルデータをどう使うか、プライバシーをどう守るかは、0か1かではなく間に適切なバランスがある」と述べ、どのように制度化するかも課題だとしている。また、データがすべて国内にあるわけではなく、海外に蓄積されているデータもあることから、「日本独自のものを作ろうとしてもそれだけでは必ずしも実効性があるとは言えない」と指摘。国際的に調和の取れた制度にしていくことも重要だとの認識を示した。

 なお、12月20日には、パーソナルデータの利活用のあり方について、政府としての方針を決定した。

 方向性としては、「個人情報保護法の抜本的な見直しを行う、ということに尽きる」という。現在は外形的に個人が識別されれば直ちに個人情報保護法の対象となるが、見直し後は、「実質的に個人が識別されるかという“実質性”が重視される」とのこと。プライバシーの捉え方は人それぞれであり、「パーソナルデータ(の一部)を使ってほしい、使ってほしくないの感覚は個人で異なる」こともあって、「それぞれで個人の許諾を得ること、いったん許諾を得たものは第三者が使う時に改めて許諾を要しない、と変えるよう提案している」ことを明らかにした。

 ただし、パーソナルデータの取り扱いにおいては、同時に各個人が情報を管理する権利も保障されなければならないとしている。独立した第三者機関の設置、つまりプライバシーコミッショナー制度も作っていく必要があるというところがポイントだ。今回決定した方針は、2014年5月までに個人情報保護法改正の大綱としてとりまとめるとしており、2015年の通常国会に法案を提出する予定となっている。

パーソナルデータの利活用に関する基本的考え方
パーソナルデータの利活用に関する制度見直し方針
匿名化技術の活用とルール整備の必要性

民間とのID連携も目指し、「トラストフレームワーク」の作成も進む

 谷脇氏は、2016年1月から開始するマイナンバー制度にも触れ、その大まかな仕組みを説明した。行政が管理する情報連携基盤では、個人情報は集約せず、どのように情報をひもづけたのかというログが残る。このログは今後国民1人1人に用意される「マイポータル」でも確認できるようにするという。

 2015年秋にはマイナンバーを国民に通知、2016年からはマイナンバーを用いた行政サービスがスタートし、ワンストップ型の情報連携サービスも2017年には開始するとしている。マイナンバーの導入に合わせ、自治体の情報システムの効率化にも取り組む。具体的には、霞ヶ関の情報システムの年間運用コスト5000億円を、3割減の3500億円にする考えだ。

 その他、マイナンバー法には、「法律の施行後3年を目途として、(中略)特定個人情報以外の情報の提供に行政の情報提供ネットワークシステムを活用できるようにすること」について「検討を加え」るという付則もある。マイナンバーを活用できる行政手続きの範囲は法律で定められており、官と民の連携は現在含まれていないが、特定個人情報以外の提供にマイナンバーを使うことのほか、民間サービスによる認証や、官と民のサービスをマイナンバーのIDを使ってワンストップで実現する、といったことを検討していくようだ。

社会保障・税番号制度の導入に向けたロードマップ
行政情報システム改革とITガバナンスの強化(新ICT戦略)

 民間とのID連携におけるこういった「トラストフレームワーク」の枠組みでは、ID発行事業者(IDプロバイダー)とID連携業者に加え、パーソナルデータの保護方法やIDの使い方などを認定する機関「トラストフレームワークプロバイダー」が存在する。谷脇氏は、「この仕組みが本当に信頼に足るものかどうか、制度的な担保も考える必要がある」と話し、民間のID連携(トラストフレームワーク作り)に向けた課題の抽出、解決策、制度的な担保に何が必要かを、今後検討していくと述べた。

マイナンバー法に基づく検討事項
トラストフレームワークの確立に向けて
パーソナルデータの利活用のためのトラストフレームワーク事業
サイバーセキュリティ分野の研究開発戦略の改定に向けて

 最後に、これと似た内容の実証実験として、日本テレビが提供している「JoinTV」と徳島県美波町の取り組みを例示した。「JoinTV」は、SNSとテレビ、データ放送を連携させた新しいサービスだが、共通IDによる連携システムで、テレビ、スマホなどと避難所、店舗などを共通IDで結ぶ仕組みになっている。

 平時は高齢者支援に共通IDが活用され、テレビで高齢者の健康状態を確認したりできる。一方、災害時になると避難所にいる避難者の自動名簿作成や、名簿データと医療データをひもづけた行政・医療の情報連携を行えるという。

 このように、情報を流通させたり連携させる基盤作りにおいては、ID連携をキーとして、「情報資源により新しい価値や新しい産業を生み出す事案が少しずつ出始めている」と谷脇氏は語る。

 情報連携させる上ではID連携が必要であり、ID連携を実現するには利便性の向上を考えるだけでなく、パーソナルデータの安全・安心な利活用も考えていかなければならない、と谷脇氏は改めて指摘。「忘れてならないのは、ID連携にあたっては、中央集権型ではなくFederation(連合)型のモデルにしていくことが重要。Federation型のモデルを作っていくうえでも、トラストフレームワークを官民が連携して、制度的な裏付けをもって、作っていかなければならない」とした。

JoinTVにおけるオープンプラットフォームの構築
JOINTOWNプロジェクト(徳島県美波町)
情報流通連携基盤の構築に向けて

日沼 諭史