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AWS、Amazon Braketや新型量子チップ「Ocelot」など量子コンピューティングへの取り組みを説明
2025年5月8日 10:04
アマゾンウェブサービスジャパン合同会社(AWSジャパン)は7日、米Amazon Web Services(AWS)の量子コンピューティングのゼネラルマネージャー(General manager, Quantum Technologies)で、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの情報物理学教授も務めるシモーネ・セヴェリーニ(Simone Severini)氏を講師として、AWSの量子コンピューティングへの取り組みに関する記者勉強会を開催した。
2019年からAWS上で提供している量子コンピューティング「Amazon Braket」や、将来に向けた量子コンピューティングの研究開発、3月にAWSが発表した量子コンピューティングチップ「Ocelot」などが解説された。
量子コンピューティングではエラー訂正の技術が重要
まずは量子コンピューティング入門だ。
量子コンピューティングでは、従来の0と1のビットのかわりに、量子ビット(Qbit)によって計算を実行する。セヴェリーニ氏は量子ビットについて、0と1を両極とする球の上にある点として表現し、0と1の間の特別な形をとる重ね合わせとして数学的に存在すると説明した。
通常のコンピューターが論理ゲートを組み合わせた回路で計算を行うように、量子コンピューターは量子コンピューティング専用の量子ゲートを論理ゲートと組み合わせて作られる。
量子コンピューターが注目される理由として、セヴェリーニ氏は、いくつかの問題については、通常のコンピューターより指数関数的に少ないゲート数で解決できることだと説明。理論的には、十億年かかる計算が数分になることもあると語った。
考えられる応用分野としては、量子物理学をシミュレートするような科学技術計算がある。セヴェリーニ氏は米国エネルギー省のスーパーコンピューターの用途のランキングをもとに、その上位の化学、材料科学、核融合エネルギー、原子核物理学、高エネルギー物理学といった分野を、量子コンピューターの応用分野として挙げた。
ここでセヴェリーニ氏は、量子コンピューティングに関する想定疑問とそれへの回答を紹介した。
まず、「あらゆる問題を短時間で解決できるのか」についてセヴェリーニ氏は「No」と答えた。さらに「量子コンピューターが今のスーパーコンピューターに取って代わることになるのか」についても、「私は強く疑っている」と答えた。
「重大な問題を解決するにはどのくらいの量子ビットが必要か」については、すでにいくつかの分野で、数百から数千とそれほど多くない量子ビットで計算結果を出しているが、数百万から数百億のゲートが必要となるという。
「最先端は何か」という疑問については、量子コンピューティングにはまだ研究すべきことが多く、量子ビットを構築する方法についても、超伝導、シリコンスピン(電子)、フォトニクス(光)、中性原子などの方法が試みられているという。
「量子コンピューターの構築が困難な理由は」については、「たくさんのエラーが発生するため」とセヴェリーニ氏は説明した。最近の量子コンピューターの中には1000回の量子計算に1回までエラー発生率を抑えたものが出てきたが、重要な問題では何十億の演算を必要とするため、まだ不十分だという。
そこで、量子コンピューティングではエラー訂正の技術が重要であり、業界がその方向で注力しているとセヴェリーニ氏は言う。さらに、AWSも最初から量子コンピューティングのエラー訂正に取り組んでいると強調した。
最後に「量子コンピューターが商業的に価値のある問題を解決するのはいつになるのか」については、まだビジネスでの問題解決にはつながらないプロトタイプの段階で、いつそれができるかは分からない、とセヴェリーニ氏は答えた。ただし、量子コンピューターの構築は非常に重要なことであり、どれだけ時間がかかるかは問題ではないと語った。
長期的研究:2021年に「AWS Center for Quantum Computing」設立
続いては、長期的な将来に向けた、AWSの量子コンピューティングハードウェアの取り組みについてだ。
AWSでは、2021年に科学や商業目的の課題を解決する量子コンピューターの構築を目的として、「AWS Center for Quantum Computing」という組織を設立した。
ここでは、理論とハードウェアのそれぞれの分野をカバーし、カリフォルニア工科大学(Caltech)、スタンフォード大学、シカゴ大学、メリーランド大学、MITと共同研究を行っている。
前述のとおり量子ビットの構築はまださまざまな方法が研究されている中で、AWSでは超伝導をベースにした量子コンピューターを構築している。また、「取り組みの最初からエラー訂正に注力している」とセヴェリーニ氏はあらためて強調した。
現在のサービス:クラウド上で量子コンピューティングを使えるAmazon Braket
長期的には、このように独自の量子コンピューターを構築することに取り組む一方で、現在の取り組みとしては、量子コンピューティングの進化にあわせてAWSのクラウド上で量子コンピューティングを提供している。
それが2019年にローンチした「Amazon Braket」だ。さまざまな量子コンピューターを、開発ツールをあわせて、クラウドで提供する。
Amazon Braketの意義として、量子コンピューターは非常に高価なうえに実験段階のであり、半年後には時代遅れになるため、企業が自社購入するのはリスクが大きすぎること、技術にロックインされるのを回避すること、AWSのクラウドサービスと統合できることなどをセヴェリーニ氏は挙げた。
なお、量子コンピューティングとほかのクラウドサービスを組み合わせ、どのように使うかについては、セヴェリーニ氏は、HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)における計算パイプラインの一端を担うことを挙げた。科学計算を行うにあたっては、スーパーコンピューターの演算だけでなく、クラスターやストレージ、場合によってはAIなどを組み合わせる。その中に量子コンピューティングも組み込めるようにするというわけだ。
Amazon Braketでは、IonQ、Oxford Quantum Circuits(OQC)、Rigetti、QuEraなどの量子コンピューターを利用できる。
Braketの利用方法についても、セヴェリーニ氏はデモ動画で紹介した。AWSのコンソールからBraketを選び、量子コンピューターを選んで利用する。Jupyter Notebookも用意されており、Pythonで量子計算回路を作って計算を呼び出すところも見せた。
Braketの利用事例もセヴェリーニ氏は紹介した。
JPモルガン・チェースでは、量子コンピューティングがビジネスに与える影響を判断するために、Braketを使って研究を行っているという。
BMWグループとエアバスは「The Quantum Mobility Quest」プロジェクトでBraketを採用し、従来型コンピューターでは解決できない課題に量子コンピューティングで取り組むという。
インドの電子情報技術省(Ministry of Electronics and Information Technology)では、インドの100以上の大学における、量子コンピューティングの研究と学習のプラットフォームとして、Braketを採用したという。
そのほか韓国でも、大学の研究用にBraketを使ったいくつかの取り組みが行われているとした。
オーバーヘッド最小でエラーを訂正する量子コンピューティングチップ「Ocelot」
またAWSでは、2025年3月に、量子コンピューティングチップ「Ocelot」を発表した。
Ocelotについてもセヴェリーニ氏は、エラー訂正の重要さをあらためて語った。量子ビットエラーには、従来のデジタルビットと同様に0と1が逆になる「ビット反転」と、ビットが球の周囲を回転する「位相反転」の2種類があり、従来のコンピューターより多くの種類のエラーがある。
こうしたエラーを訂正するには、複数の量子ビットをブロックにまとめて1つの量子ビットにするといった方法がある。ただし、そのオーバーヘッドは大きく、1つの量子ビットあたり最大で100量子ビットが必要になる可能性があるという。エラー発生率が高くなるとオーバーヘッドが大きくなるため、それを防ぐためにも、エラー発生率を最小限に抑えることが重要だとセヴェリーニ氏は説明した。
Ocelotでは、“シュレーディンガーの猫”から名付けた「キャット量子ビット」というノイズバイアス量子ビットによって、エラー訂正を行う。これにより、オーバーヘッドを最小限に抑えて、エラーを訂正できるという。
セヴェリーニ氏は、Ocelotは信頼性の高い量子コンピューターを構築するための第一歩にすぎないと説明しつつ、次に何ができるかを教えてくれる重要な一歩だと語った。
日本での量子コンピューティング研究へのAWSの支援
最後に、日本市場とAWSの量子コンピューティングについて。
「AWSにとって、日本は量子コンピューティングにおいて非常に重要」とセヴェリーニ氏は言う。Amazon Braketの発表以来、AWSジャパンのスペシャリストチームが顧客を支援してきた。大学や企業向けにBraketのハンズワークショップを開催し、産業界の量子コンピューターのコンソーシアム「QSTAR」と連携して、国産の超伝導コンピューター開発も支援してきたという。
セヴェリーニ氏は、AWSの量子コンピューティングパートナーのスタートアップ企業を紹介。その中で日本から、QunaSys、blueqat、Jijの3社を紹介した。
また大阪大学とAWSは、国立研究開発科学技術振興機構(JST)が支援する量子ソフトウェア共創プラットフォームが拓く持続可能な未来社会の実現に向けた覚書を締結した。セヴェリーニ氏は、大阪大学の量子情報・量子生命研究センター センター長の北川勝浩教授のコメントから、Amazon Braketがさまざまな量子コンピューター技術を手軽に使えることを評価されていることを紹介した。
理研(理化学研究所)は、2023年に日本で初めて超伝導量子コンピューターを開発し、クラウドサービスとして公開した。このとき、AWSではAPI GatewayやLambda、RDSなどのAmazonサービスを活用するためのサポートを行ったという。
同じく2023年には、理研の1号機のノウハウをベースにした富士通の国産2号機もAWSを利用して実装された。2023年にはさらに大阪大学が国産3号機を開発し、クラウドで公開している。
セヴェリーニ氏はこうした事例をまとめ、AWSが量子コンピューター研究を継続的に支援していること、その研究開発製品が世界中に届くようにしていることを説明した。そして、「日本の顧客のイノベーションと日本の量子コミュニティの成長を支援している」と語った。