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富士通と理研、256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発 計算能力は従来の4倍に向上

 富士通と理化学研究所(理研)は22日、世界最大級となる256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発したと発表。埼玉県和光市の理化学研究所和光地区に設置した実機を公開した。国産量子コンピュータとしては、4号機目となる。

理研に設置された256量子ビットの超伝導量子コンピュータ

 両者が、2021年4月に共同で設立した「理研RQC-富士通連携センター」において開発したもので、2023年に公開した国産2号機となる64量子ビットの超伝導量子コンピュータの開発技術をベースに、新たに開発した高密度実装技術を活用することで実現した。

 すでに、富士通のハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」への接続を完了しており、同プラットフォームを通じて、2025年6月までに、企業や研究機関に向けて提供を開始。材料開発や創薬、金融分野などでの活用を視野に入れている。

 理化学研究所の川﨑雅司理事は、「さまざまな技術的課題を克服し、量子ビット数を大幅に拡充することで、計算能力を拡大した。富士通との強固な連携によって実現したものである。今後、量子コンピュータの利活用が加速するこることを期待している」と述べた。

理化学研究所 理事の川﨑雅司氏

 また、富士通のヴィヴェック・マハジャン副社長 CTOは、「富士通の技術戦略はMADE IN JAPANにこだわり、それを世界に誇れる技術として活用していくものとなる。256量子ビットの超伝導量子コンピュータの開発もそのひとつで、この先の1024量子ビット、ビヨンド1024量子ビットを見据えた重要なマイルストーンになる。理研とともに世界をリードしていく」と語った。

富士通 執行役員副社長 CTO、CPO、システムプラットフォーム担当のヴィヴェック・マハジャン氏

 理研RQC-富士通連携センターでは、2026年度に1024量子ビットの超伝導量子コンピュータをリリースする計画であり、今後、量子ビットチップの設計や製造技術の高度化、高精度な量子ゲートを実現する技術開発に取り組む方針をあらためて示した。

 また富士通では、規模を拡大した量子コンピュータの性能を最大限発揮する新たなソフトウェア技術群の開発にも取り組んでいることを強調。2025年9月末には、神奈川県川崎市のFujitsu Technology Parkに、1024量子ビット超伝導量子コンピュータを設置する施設を竣工する予定であることも示した。

富士通の量子コンピュータのロードマップ

 今回、公開した256量子ビットの超伝導量子コンピュータは、従来の64量子ビットから256量子ビットへと4倍に拡大したことで、従来よりも大きな分子の解析のほか、多くの量子ビットを使用したエラー訂正アルゴリズムの実装と実証実験などが可能になる。

 だが開発にあたっては、64量子ビット機と同じサイズ、同じ能力の冷凍機を使用しながら、4倍の高密度実装ができるかどうかが課題だったという。

256量子ビットチップ
左が256量子ビットチップ、右が64量子ビットチップ
64量子ビット機と同サイズ、同能力の冷凍機に4倍の高密度実装が可能か

 富士通 富士通研究所 フェロー兼量子研究所長の佐藤信太郎氏は、「利用可能な冷凍機が、64量子ビット機に使用しているものが最大規模であった。そのため、4倍の部品を冷凍機内に収めることができるか、約20ミリケルビン、摂氏マイナス-273.13度の極低温まで冷却が可能であるかどうかが課題だった。そこで、大規模化に向けた熱設計技術、新規パッケージの開発に取り組んだ」という。

富士通 富士通研究所 フェロー兼量子研究所長の佐藤信太郎氏

 熱設計技術では、部品を4倍にした際に、希釈冷凍機内部の各温度ステージの熱収支(発熱量と冷却能力の比率)をシミュレーション。その結果、4Kステージがボトルネックとなることを発見し、熱源となる4Kステージで使用する増幅器の選定に時間をかけたほか、冷却効率を改善する筐体設計を新たに採用した。これにより、4Kステージの熱収支を約60%に改善できたという。

大規模化に向けた熱設計技術

 また、大規模化に向けた新規パッケージとして、64量子ビット機から採用している3次元接続構造により、量子ビットチップの拡張性を高めることに成功。4量子ビットで構成する単位セルを並べることで、量子ビットの設計やレイアウト変更をせずに、量子ビット数を容易に大規模化したという。

 量子ビットが4倍になることで、単純計算ではすべてのサイズが4倍になるが、今回の256量子ビットの超伝導量子コンピュータでは、64量子ビットチップは20mm四方であったのに対して、256量子ビットチップは36mm四方として3.24倍に収め、さらに、新たなパッケージ手法により、64量子ビットのパッケージが40mm四方に対して、256量子ビットのパッケージは56mm四方と、1.96倍に収めている。また、ボトムプレートは、直径111mmから120mmと、1.17倍の拡大にとどめている。

 さらに、「これを組み立てることができるのか、取り外すことができるのか、修理は可能なのかといった点からも慎重に設計を行い、その上で、すべての部品を冷却することができた」とした。

新規パッケージの開発

 一方、量子ビットが4倍増えることで、量子ビットの特性のばらつきが増えるという課題も生まれる。「ジョセフソン接合素子の酸化膜の酸化状態が量子ビットの特性に影響を及ぼしてしまう。なにも処理をしない状態では、素子抵抗の変動係数は4.1%となり、量子ビットの周波数がばらつき、使いものにならなくなってしまう状態だった」という。

 ばらつき改善技術として、レーザー照射によって酸化状態を自動的に制御し、個別に微調整する技術を開発。抵抗を均一化して変動係数を0.6%にまで改善でき、高い性能を維持することで、処理時間も従来の3分の1に短縮できたという。

量子ビットの特性バラツキ改善技術

 理化学研究所 量子コンピュータ研究センター センター長の中村泰信氏は、「理研では、量子ビットチップの高性能化に取り組んでいる。現在、144量子ビットシステムの評価を開始しており、ひとつひとつ量子ビットを高い精度で制御し、高速に読み出すことに重点的に取り組んでいる。エラー率を0.1%程度にまで下げる挑戦をしている。また、周辺回路の開発も進めており、量子ビットの性能を改善し、高精度で動かし、さらに誤り訂正技術の実装につなげていく。すでに1000量子ビット級への道筋は見えたが、今後はより大きな量子コンピュータを開発する必要があり、それに向けて新たな技術、新たなアーキテクチャーを考えなくてはならない。理研RQC-富士通連携センターの活動を通じて、研究開発から社会実装までシームレスに推進していく」と語った。

理化学研究所 量子コンピュータ研究センター センター長の中村泰信氏

 256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発した理研RQC-富士通連携センターは、量子コンピュータの実用化に向けた基盤技術の確立を目的に、2021年4月に設立された。それ以前は、2020年からチーム単位で共同研究していた経緯があり、これを発展させて、20人以上の富士通の研究者が理研に常駐し、1000量子ビット級の大規模化を可能にするハードウェアやソフトウェア技術の開発、試作する実機を利用したエンドユーザーを巻き込んだアプリケーション開発に取り組んできた。

 2025年3月末で第1期を終了したが、期間を4年間延長し、2025年4月から第2期の活動を開始し、量子コンピュータの実用化に向けた取り組みをスタートしている。

理研RQC-富士通連携センターの取り組み

 今後、256量子ビットの超伝導量子コンピュータを使用した量子エラー訂正実験も進め、現在では回転表面符号で符号距離7までを実装できているものを、レイアウト変更により、符号距離11までの対応を目指すという。

(左から)富士通 富士通研究所 フェロー兼量子研究所長の佐藤信太郎氏、富士通 執行役員副社長 CTO、CPO、システムプラットフォーム担当のヴィヴェック・マハジャン氏、理化学研究所 理事の川﨑雅司氏、理化学研究所 量子コンピュータ研究センター センター長の中村泰信氏