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三井不動産がグループDX方針「DX VISION 2030」を発表、社員の25%をDXビジネス人材に育成へ

 三井不動産株式会社は5日、新たなグループDX方針「DX VISION 2030」を発表。2030年までに社員の25%をDXビジネス人材に育成するほか、そのための研修費用として、累計10億円を投資する。また、グループDX関連投資で年間350億円を投資する計画も明らかにした。

 三井不動産 執行役員 DX本部長の古田貴氏は、「DX VISION 2030は、三井不動産の強みであるリアルの場と、デジタルを掛け合わせて、不動産ビジネスの変革やイノベーションを推進し、これまでの『不動産デベロッパー』の枠を超えた『産業デベロッパー』を目指す。社会のイノベーションや付加価値の創出に貢献し、多様化する顧客ニーズにあわせた体験価値を向上させる」としている。

三井不動産 執行役員 DX本部長の古田貴氏

 具体的には、リアル×デジタルによりビジネス変革を行う「&Customer」、AIやデジタル人材の変革を行う「&Crew」、デジタル基盤の変革を行う「&Platform」の3つの柱によって、グループ全体のDXを推進することになる。

DX VISION 2030

 三井不動産では、2024年4月に新グループ長期経営方針「&INNOVATION 2030」を発表し、事業戦略として、「コア事業の更なる成長」、「新たなアセットクラスへの展開」、「新事業領域の探索・事業機会獲得」を掲げている。今回の「DX VISION 2030」は、同長期経営方針に基づいて策定。「&INNOVATION 2030」の3つの戦略を支えるインフラに、人材、ESGとともにDXを位置づけている。

 DX VISION 2030のひとつめの柱である「&Customer」では、デジタルを活用し、リアルの場の価値を最大化する「リアル×デジタルの力」、顧客の解像度向上やデータ活用の打ち手を増やす「デジタル・カスタマー・ジャーニー」、共創により自社の枠を超えたサービスを展開する「共創型開発」を進めることになる。

 「三井不動産にとっては、不動産そのもののアセットに加えて、オフィスに入居する約3000社、商業施設の約2500社などをつなぐB2Bネットワークや、商業施設利用会員の約1400万人、ホテル利用会員の約94万人、シェアオフィス利用会員の約29万人などのB2Cのネットワークも強力なアセットになる。また、スタートアップコミュニティやライフサイエンスコミュニティ、宇宙関連コミュニティなどのイノベーションコミュニティも活用することができる。この強みを生かして、デジタルプラットフォームを強化していくことになる」と述べた。

&Customer リアル×デジタル ビジネス変革

 「デジタル・カスタマー・ジャーニー」では、グループ会社横断や事業横断での顧客体験の創出に注力。社内に新設した商業施設・スポーツ・エンターテインメント本部を中心に、商業施設とスポーツ・エンターテインメントを組み合わせて、チケット販売やグッズ販売、施設回遊の促進などを進めるという。また、グループ住宅企業を横断し、ワンストップで提案ができるサイト「三井でみつけて」を開設。ここでは、メタバースや生成AIも活用した提案を行うという。さらに、すまい、ホテル、商業といった事業カテゴリーごとにわかれいる会員組織を横断したロイヤリティプログラムの実施にも取り組む。

 コミュニティプラットフォームの活用では、ららぽーと船橋で、ビジュアル・マーチャンダイジングを試行していることを紹介。テナント企業が持つ購買データや販促データと、ららぽーと船橋が持つ人流データやディスプレイデータを組み合わせて分析。店舗レイアウトの改善や入店率向上のノウハウ蓄積などに生かしていくという。また、柏の葉スマートシティでは、ヘルスケア・データ・プラットフォームを活用し、公共機関や研究機関などと共創することで、健康に関わる新たなサービスの創出につなげていくという。

デジタル・カスタマー・ジャーニー

 2つめの「&Crew」では、DXビジネス人材の育成や採用強化を推進する「デジタル・インクルージョン」と、AI活用によるナレッジの集積化や、人が得意な領域へのマンパワーシフトを図る「AI伴走による仕事の変革」に取り組むという。

 三井不動産 DX本部 DX二部 DXグループ エンジニアリングマネジャーの山根隆行氏は、「不動産事業に精通したビジネス人材と、デジタルへの理解が深いDXエキスパート人材の双方の『能力越境』によって、DXを加速していくことになる。特定人材への集中育成に力を注いでいる」とする。

三井不動産 DX本部 DX二部 DXグループ エンジニアリングマネジャーの山根隆行氏

 DX本部に所属するDXエキスパート人材が、事業部門に6カ月間異動し、現場業務に従事することで、ビジネスの理解を深化させ、DXビジネス人材に進化させる「ビジネスインターン制度」を用意。さらに、事業部門のビジネス人材を選抜し、DX本部に1年間異動させ、座学と実践を通じてデジタルスキルを習得する「DXトレーニー制度」を実施している。

DXビジネス人材育成の歩み

 「これらの制度を利用して、外部から獲得したDXエキスパート人材が、三井不動産のビジネスを理解する一方、ビジネス人材は、トレーニー制度の修了後に、三井不動産のDXに必要な能力を身につけることができる。General Assemblyとの連携によって、グローバルの最先端のデジタル教育を利用することで、DXビジネス人材として活躍できる重厚で実践的なカリキュラムを用意している」とする。

 また、「DXを経験しながら、各部門に散らばる課題をDX本部に集約し、プロジェクトを通じて、『型』を身につけ、課題解決と新たな価値創出に取り組むことになる。不動産ビジネスのプロとして、DXをひとつのスキルに位置づけ、呼吸をするようにDXに関する会話ができるようにしていく」と述べた。

 一方、生成AIの活用では、2023年8月に社内専用GPTである「&Chat」の利用を開始。2023年11月には、Copilotを全社員が利用を開始。さらに、これまでに2回に渡る生成AIアイデアソンを実施し、517件のアイデアが創出された実績を挙げた。

三井不動産における生成AI活用の取り組み

 三井不動産 DX本部 DX二部 DXグループ 主事の田中翔太氏は、「多くの活用アイデアを創出できるが、ユースケースの実証に時間がかかるという課題がある。また、社内の独自データと連携することで、従業員の業務効率化を実現すること、生成AI環境の内製開発により、業務特化の活用を加速させたい」とした。

三井不動産 DX本部 DX二部 DXグループ 主事の田中翔太氏

 生成AIを活用した具体的な事例も挙げた。毎週3時間かけていた会計理解度テストの作成が、生成AIを利用することにより10分で作成できるようになり、3カ月間で50時間の削減に成功。また、2024年9月からは、社内独自のデータと連携した生成AIを実現し、三井不動産の業務に特化した回答が得られるようにするという。

生成AIの社内活用事例/今後の取り組み

 顧客向けサービスにも生成AIを活用。「三井でみつけてすまいとくらしウェブ」にAIチャットボットを搭載することで、基本的な質問から、三井のすまいに関する情報まで対応可能にしたほか、2024年8月12日から提供する「AI東京ドームシティ新聞」では、施設内での出来事や思い出を入力すると、スマホに記事レイアウトされた世界でひとつだけの思い出新聞が完成するという。

生成AIの社外活用事例

 「2024年度からは、DX本部において生成AI環境を内製し、知見と実装スピードのメリットを得ることを目指す。膨大な業務マニュアルを読み込み、問い合わせに対応できる生成AIアプリや、社史を読み込んで街づくりの歴史を知ることができる生成AIアプリも開発していく。2025年度以降は、生成AIと従来型AIを組み合わせて、議事録のような非構造化データを構想がデータとして扱ったり、BIのおいても自然言語でチャットができるようにする。これにより、AI伴走による仕事の変革、顧客とのデジタルタッチポイントの進化、テナント企業の課題解決サービスの提案を行う」と述べた。

今後の生成AI活用VISION

 3つめの「&Platform」においては、計画的かつ安定したシステム開発を進める「システムの戦略的刷新」、グループ統一化に向けた仕組みの標準化および高度化による「インフラ・セキュリティのグループ標準化」に取り組む。

 ここでは、サイバーセキュリティへの取り組みを重視。三井不動産 DX一部 DXグループ エンジニアリングリーダーの西下宗志氏は、「グループすべての事業領域で、デジタルの活用が進むなか、サイバーセキュリティ対策は重要な経営課題と認識している」と位置づけた。

三井不動産 DX一部 DXグループ エンジニアリングリーダーの西下宗志氏

 三井不動産では、サイバーセキュリティに対する5つの基本方針として、脆弱性診断やグループセキュリティ点検などの「基本的対策の徹底」、24時間365日体制で監視し、EDRでふるまいを検知することによって実現する「侵入がありうる前提での検知力および即応力の強化」、月次セキュリティレポートやダークウェブ監視などによる「可視化・モニタリング」、グループ全物件における制御システムに対するセキュリティ点検の実施などによる「建物のセキュリティ強化」、脅威インテリジェンスなどを活用した迅速な脆弱性ハンドリング、攻撃態勢評価(ペネトレーションテスト)による「グループセキュリティシステムの総合進化」を取り組んでいる。

三井不動産におけるサイバーセキュリティの取り組み

 「日本においては、侵入型ランサムウェアの被害が増えている。さまざまな情報をもとに、対策が必要な脆弱性を浮き彫りにし、該当する資産があった場合には緊急でシステムアラートを発報して迅速に対応を図る。社内のホワイトハッカーが攻撃のシミュレーションを行い、PCへの感染拡大の可能性がないかを調査している。いまはActive Directoryに対して重点的に確認をしている」などと述べた。

 なお三井不動産は、2015年に情報システム部主導で「攻めのIT中期計画」を掲げ、デジタルマーケティングをはじめとした攻めのIT領域への展開や、IT人材の採用強化を推進。2017年には、IT エキスパート職掌を新設した経緯がある。また、2018年からは「DX VISION 2025」を打ち出し、事業変革と働き方改革への取り組みを開始して、CXによる社会課題解決、EXによるビジネスプロセス改革や場所に捉われない働き方を実現してきた。情報システム部は、2017年にはITイノベーション部となり、2020年からはDX本部に進化させ、現在は140人の陣容となっている。

 DXの取り組みの成果としては、2017年以降、デジタルを活用した新サービスの提供を開始。グループデータ基盤の構築や主要システムの92%の刷新を完了。SAPのフルクラウド化をはじめとして、クラウド移行率は96%を達成。印鑑レスやペーパレス、モバイルの活用などにより、社員IT満足度は86%に達しているという。

 また、80人以上のITエキスパートを中途採用した実績も持つ。「三井不動産グループ全体では、まだ古いシステムが稼働しており、現在、それらの刷新を進めている」(三井不動産の古田本部長)という。

 だが、「10年間に渡って、攻めのITやDXを実施してきたが、まだまだやるべきことや、やりたいことは多い。人材の量や質が大切であり、それによってやれることが増えていることを実感している。不都合な真実として、DX禅問答がある。エキスパート人材は『何をやりたいのか』と聞き、ビジネス人材は『何ができるのか』と聞くという状況がよくみられる。これを、融合させることが成長の鍵となる」と述べた。

これまでの10年