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キンドリルが説明した、自社の全社システム移行プロジェクトが成功した要因とは?
2024年4月22日 06:00
キンドリルジャパン株式会社は19日、同社自身の全社システム移行プロジェクトの取り組みについて説明した。
全世界に約9万人の社員を擁するKyndrylは、IBMから、マネージドインフラストラクチャーサービス事業を分離して独立した企業であり、1800以上のビジネスアプリケーションとインフラストラクチャから構成された旧システムからの完全な独立を実現。約2年間をかけて、全社システムを変革してきた。
キンドリルジャパン 専務執行役員 プラクティス事業本部長兼インクルージョン・ダイバーシティ&エクイティ担当の松本紗代子氏は、「コロナ禍において、わずか11カ月で新たな会社を設立し、企業を変革することと、ITインフラの変革することを、同時に成し遂げることに挑戦した。失敗も多かったが、その経験をもとにした提案が可能になっている。私たちが0番目の顧客である『カスタマーゼロ』となり、そこからの学びを生かして大きな価値を提供し、お客さまが変革を乗り越えることを支援していきたい」と述べた。
Kyndrylは、2021年9月から事業を開始し、2021年11月には独立した企業として、ニューヨーク証券取引所に上場した。
IBMからの独立に際しては、両社の取り決めにより、上場から24カ月以内となる2023年11月を期限に、既存のプラットフォームやアプリケーションの使用を禁止することが定められ、期限を限定した大規模なモダナイゼーションが進められることになった。
キンドリルジャパンの松本専務執行役員は、「2021年9月時点では、IBMからインフラやテクノロジーを一度受け継いだが、Kyndrylが目指す企業像や長期的ビジョンにあわせて、無駄がなく、モダンで、変化に強くて、安全な運用環境を実現するには、IBMの独自ニーズにあわせて40年以上前に開発され、カスタマイズされ続けてきたレガシーシステムは合わなかった。運用コストにおいても同様であった。Kyndrylが目指している最新の組織の姿とはかなりの乖離(かいり)があったことから、CIOチームは、意図的にIBMのシステム環境やテクノロジーから離れ、インフラを大幅に簡素化し、モダナイズを開始した」と経緯を説明する。
Kyndrylは2021年12月に、トランスフォーメーションの計画立案を開始するとともに、チームの組閣を開始。CIO直下にエンタープライズアーキテクト(EA)のチームを配置し、他社での大規模モダナイゼーションの経験を持つエグゼクティブエンタープライズアーキテクトを新規に採用。ITの全容を把握し、ビジネスと整合して変革させるためのフレームワークとして、エンタープライズアーキテクチャを構築。業務ワークフローやバリューチェーンの見える化を進めるとともに、データアーキテクチャやアプリケーションアーキテクチャ、テクノロジーアーキテクチャを明らかにして、ビジネスの目標に向けて最適配置や配分のデザインを行い、これをロードマップに乗せる作業を行ったという。
キンドリルジャパン ディレクター カスタマー・エンタープライズ・アーキテクトの河合琢磨氏は、「CIO、COO、CFOなどがEAと直接議論を行い、Kyndrylの特徴である『製品を持たない』、『人だけの会社』がどうすべきか、フラットで、スピード感を持って意思決定をできる企業はどんなITで支えられていなくてはいけないのか、といったことを考え抜いて、原理原則を策定した」と述べた。
2022年には、社内コラボレーションツールをMicrosoft Teamsなどに移行し、Notesなどの既存ツールを廃止。「Kyndrylでは、Microsoftとの戦略的パートナーシップを締結するとともに、社内にMicrosoft 365を導入した。ビジネスの中断を最小化するためにツール群を順次導入し、レガシーのテクノロジーを廃止した」とした。
また2022年11月には、複数のアプリケーションへのシングルログインを実現し、2023年からは、Workdayの本格展開を開始したという。Workdayは、IBMがコア機能や勤怠管理機能では使用していたが、Kyndrylでは、給与管理、社員教育、人材管理などの機能も導入し、約1年で必要なモジュールの導入を完了したという
一方で財務、調達、見積もり、入金管理にはSAPを採用。2023年5月には、25カ国で稼働し、8月には42カ国での稼働を開始。それらの取り組みを経て、2023年11月3日に、すべてのシステムの移行が完了したという。上場から2年という期間内に、IBMの既存システムから完全に独立することができたのだ。
キンドリルジャパンの松本専務執行役員は、「すべてがうまくいったわけではない。2023年3月にSAPの稼働を予定していたが、2023年1月過ぎの時点で、CIO、COO、CFOが集まり、プロジェクトの進捗を確認したところ、すべての項目が赤信号か、黄信号だった。そこで、稼働を5月に延期した。サービスインの期日は複数回見直している。最後まで困難なプロジェクトであった」と、苦労の連続であった状況を明かす。
だが、その結果、1800以上あったアプリケーションを360以下に削減。人事、購買、請求発注関連アプリケーションは435から、WorkdayとSAPに集約。54カ所に分散していたオンプレミス環境を、Microsoft Azureによる4つのデータセンター拠点に統合し、データウェアハウスは、68からひとつのデータプラットフォームに統合されたという。
「ビジネスアプリケーション数はさらに減少しており、いまは300以下になっている。長期的には2~3億ドルの販売費と一般管理費を削減できる見込みである」とした。
なお日本においては、サービスインを2回延期。フルカスタマイズによって自動化、最適化されていたシステムを、業務プロセスごとに変革する作業を行ったのが理由だという。だが、「日本がやっているものを、世界に適用したものもあった。世界に対して、日本から要求し、システム構成やプロセスを変更してもらったものもある」と述べた。
全社システム移行プロジェクトが成功した要因は?
Kyndrylでは、全社システム移行プロジェクトが成功した要因を、「アーキテクチャ」と「経営」の視点から説明する。
アーキテクチャにおいては、新たなテクノロジーを採用し、その成果を顧客のビジネス貢献につなげることを重視したことが成功の要因だったとする。ここでは、「データをもとにした意思決定」、「利益率の向上」、「効率的なオペレーション」、「自社の経験を活かした提案」の4点の効果を目指し、「データ中心」、「プラットフォームファースト」、「クラウドベース」、「自動化主導」、「ゼロトラスト」を変革に向けたプリンシプル(原理原則)と位置づけた。
さらに、それぞれのプリンシプルにのっとった製品、サービスを選定し、それを活用してアプリケーションを動作させるようにした。IBMが利用していたNotesのアプリケーションの移行についても受け皿を用意し、Kyndrylが提供するIT運用管理のKyndryl Bridgeも自ら適用したという。
キンドリルジャパンの河合氏は、「システムにおけるデータ中心を目指すのではなく、企業全体としてのデータ中心を目指した。IBMでは、各国で開発されたシステムによって、データがサイロ化していたが、これをつなぐことで、グローバルでの迅速な意思決定ができるようになった。また、プラットフォームを定めて、その上でアプリケーションを稼働させた。カスタマイズしたアプリケーションをなくす一方で、従来の80%の機能が動けばいいという割り切りを行い、アプリケーション数を80%減らすことを目指した。80%の削減目標は、積み上げて決めたものではなく、挑戦的な目標を立てることが狙いだった」とする。
一方で、「カスタマイズをしないために、これまでできてたことができなくなり、なんでも備考欄で済ませることになったという課題も残ったが、アーキテクチャとしてはシンプルになり、SAPやWorkdayといったベンダーとの直接的なパートナーシップにより、ベンダーが持つベストプラクティスも適用できた。さらに、100%クラウドベースの運用に移行し、競争領域においてカスタマイズが必要なものも、Azureで提供されているPaaSを利用。移行措置としてIaaSも活用することにした」という。
アプローチにおいては、「7R」による移行判断を進めたが、その多くがリタイアメントであったという。「最初に重複しているものや使用率が低いものをリタイアメントさせていった」という。また、EAチームは、アーキテクチャレビューボードを立ち上げて導入後の状況についても可視化し、移行完了までを完全にサポートする作業を行ったことも紹介した。
その上で、「プリンシプルに基づく意思決定を進めてきたことが成功につながっている。また、ユーザー部門には迷惑をかけたが、失敗を受け入れて、やり直すという手法を取り入れたことも迅速な稼働につながっている。経営層自ら、失敗しても受け入れることにコミットメントしたことが大きかった」としたほか、「プラットフォームベースのアプローチと、アーキテクチャファーストの原則を徹底。ITとビジネスサイドが議論をして、ITストラテジーを策定したことや、アセット分析により、オーナーシップを明確にしながら、1800というアプリケーションの存在と対象を特定し、移行措置のひとつひとつを検討し、行動に変えた。EAがその役割をしっかりと果たしたことが重要なポイントだった」と述べた。
一方、経営の観点では、いくつもの課題に直面したことを明かす。
現行アプリケーションの所有者からの抵抗があったこと、システム構築の詳細が不明であったり、オーナーが不在なケースが多かったりといったことで、その情報収集に想定外の時間がかかったほか、想像をはるかに超えたIBMおよび主要ベンダーへの依存度の高さ、想像以上のシステムやネットワーク環境の複雑さや煩雑さに直面したという。
そこで委員会を組織し、決定権限を与え、どのアプリケーションや機能が必要なのかを決定し、80%の削減に向けて迅速に取り組んだ。既存システムのオーナーが不在の場合には、暫定的なオーナーを設定して精査したとのことだ。
プロジェクトを乗り越えた“5つのポイント”
これらの課題を解決してきた経験から、5つのポイントが重要であると、キンドリルジャパンの松本専務執行役員は指摘する。
ひとつめは、「経営層が共通の認識を持ち、部門を超えてコラボレーションすること」である。「標準化されたアジャイルなプラットフォームを活用し、やりきることを、経営層全員が理解し、同意を得ることができていなければ、このプロジェクトを2年では完遂することはできなかった」と指摘する。CIOが人事、ビジネスオペレーション、財務のビジネススポンサーを兼務。これらの部門が足並みをそろえることができたほか、従業員や投資家、顧客に対して、プロジェクトの進捗状況を理解してもらうために、コアチームの中にコミュニケーションの専門家を配置。計画変更があった場合にも最新状況を迅速に共有し、それをトップが自分の言葉で説明を行っていたことが効果的だったという。
2つめは、「変革のための専門チームを組閣すること」である。あらゆる分野の専門家を集めたチェンジマネジメントの専門チームを設置。プロジェクトの途中で必要な要素が新たに出てくれば、それに伴って専門家を追加する仕組みにしたという。「システム稼働の期限が近づくにつれて、ビジネスユーザー側の視点が必要になり、ビジネスサイドを理解している人材を加えた。それにより、ガバナンスを強化し、リスクと問題が明確化でき、課題が発生がした場合には、経営層を交えて迅速に対処することができた」という。
3つめが「変革を企業カルチャーの中へ位置づけること」とし、社員全員で共有できる明確なパーパスや行動指針、価値観が重要になることを示した。
「これだけの大規模な変革を、短期間に実行するには、苦渋の決断を迫られる場面が何度もあった。また、社員が決断しなくてはならない場面もあった。その際に、よりどころになる強い企業文化が必要であった。そのために、明確なパーパスや行動指針、価値観が必要であった。これが、船を導く灯台のような役割を果たすことになった」とする。
Kyndrylでは、「Kyndryl Way」を定め、それらをシンプルな言葉で表現したという。「Kyndryl Wayは経営層によって打ち出させたものではなく、社員の声を反映して作成した。また、全員参加型で浸透を図り、社員が年数回集まって議論を行っている。そして、まずはリーダー自らがKyndryl Wayを体現することを求めている。この強いカルチャーが、今回の変革にはなくてはならないものだった」と述べた。
なお、Kyndryl Wayは、Restless(進化する)、Empathetic(共感する)、Devoted(尽力する)による「RED」、Flat(フラット)、Fast(ファスト)、Focused(フォーカス)による「3F」で構成している。
4つめが「チェンジマネジメントに早くから着手すること」だ。キンドリルでは、組織の人事マネジメントに、創業初期段階から取り組み、組織のあらゆるレベルでプロジェクトの重要性と価値の理解を深めたという。
「Kyndrylでは、『テクノロジーがモダナイゼーションの推進を可能にする』という理解が全社に浸透している。Kyndrylの創業当初から、認定プログラムの実施や、アライアンスパートナーとのテクノロジーに関する高度なトレーニングなどを通じて、スキルの変革を含めた人材のチェンジマネジメントを進めてきた。これが成功要因のひとつになっている」とする。
そして、最後が「変革は、必ずしも計画通りに進むわけではないと理解すること」である。Kyndrylでは、必要な機能の80%を満たすという考え方を導入しただけでなく、MVP(Minimum Viable Product)を採用して、改善を継続するという手法を導入。「積極的に行動し、間違いを受け入れ、可能な限り効率化にフォーカスした。ビジネスユーザーからの要望はいまでも続いており、改善はこれで終わりではない。採用した戦略的プラットフォームを改善していくことになる」と語っている。
これらの5つのポイントを踏まえながら、「とにかく重要なのは、トップの不退転の決意である。また、社員がひとつの方向に向かっていくカルチャーを醸成するために、パーパスや行動規範を作っている企業は多いが、それが、現場の社員にまで徹底できているかどうかが重要である。大規模な変革を実行する際にはそれが試される。実行に移すことができる強い文化が必要である」と指摘した。
また、キンドリルジャパンの松本専務執行役員は、「今回の経験は、Kyndrylのビジネスに生かせることは重要な財産になっている。成功体験だけでなく、失敗の経験も生かして、お客さまに提案ができる。すでに、その経験を生かしたコンサルテーションを開始している」とする。
例えば、プリンシプルにのっとった製品、サービスを選定し、それを明記したシートは、同社のEAの成果物として、顧客への提案の際にも用いられているという。そして「大規模に、最新のテクノロジーを活用して実現した変革の事例を、デジタル経験として開示し、お客さまに周知、展開していく」と語った。