ニュース

KDDIら3社、アジャイル開発を支援する合弁会社「Scrum Inc. Japan」設立

 アジャイル開発手法「スクラム」に関する認定やセミナー、導入支援サービスなどを行う米Scrum Inc.の日本法人「Scrum Inc. Japan株式会社」が設立された。

 設立は1月29日で、4月より事業を開始する予定。KDDI株式会社と米Scrum Inc.、株式会社永和システムマネジメントが、51%:44%:5%の比率で出資する。なお、米Scrum Inc.は、スクラム手法の提唱者であるJeff Sutherland氏が創業した企業だ。

 このScrum Inc. Japan設立に関する説明会が3月8日に開催された。Scrum Inc. Japanの設立背景や事業内容が説明されたほか、スクラムやアジャイルが必要とされる意義なども語られた。また、自動運転のソフトウェアを開発するTRI-ADの顧客事例も紹介された。

左から、藤井彰人氏、Avi Schneier氏、荒本実氏、平鍋健児氏

認定セミナーを月1回は開催

 Scrum Inc. Japan株式会社の代表取締役社長は荒本実氏。非常勤取締役に、Scrum Inc.のCEOであるJJ Sutherland氏と、同社バイスプレジデントのAvi Schneier氏、日本でアジャイル開発の啓蒙普及に貢献してきた永和システムマネジメントの平鍋健児氏が就任する。また、スクラムコーチとして、プリンシパルコーチのJoe Justice氏とスクラムコーチのChloe O'Neil氏が名を連ねている。

Scrum Inc. Japan株式会社 代表取締役社長 荒本実氏
Scrum Inc. Japanの組織体制

 母体となったのは、KDDIと永和システムマネジメントによる、スクラムのセミナーやコーチの活動だ。

 KDDIでは2013年に、荒本氏を中心にスクラムを導入した。2016年にアジャイル開発センターを開設して、現在では20チームの220名が在籍している。アジャイル開発センターでは、社内だけでなく社外からの見学なども受け付けてアジャイル開発を啓蒙してきた。こうした中から2018年には、顧客企業のデジタル変革を手助けする拠点として「KDDI DIGITAL GATE」を開設した。

KDDIのスクラム導入からの取り組み

 2017年からScrum Inc.認定セミナーを開催し、2000人が受講した。スクラムコーチも20社以上に派遣したという。「このような流れを加速するために、Scrum inc. Japanを設立した」と荒本氏は説明した。

 セミナーはこれまで四半期に1回ほど開催してきたが、「これまでは満席で受けられない回もあった。Scrum Inc. Japanでは頻度を高くし、受けたいときに受けられるようにする。少なくとも月1回ぐらいは開催したい」と荒本氏。

 セミナーは4コース。スクラムマスターを習得する「LSM」(Licensed Scrum Master Training)、プロダクトオーナーを習得する「LSPO」(Licensed Scrum Product Owner Training)、組織の中でスクラムを広げる「Scrum@Scale」、製造業にスクラムを取り入れるための「Scrum@Hardware & AI」がある。

 そのほかスクラムコーチ派遣も行う。荒本氏によると「リーダーシップセミナーや、コンサルティングサービスも提供したい」という。

Scrum Inc.認定資格セミナー4コース
スクラムコーチ派遣

「スクラムは魔法ではない。訓練が必要だ」

 説明会では、パネルディスカッション形式で背景が語られた。荒本氏のほか、KDDIの藤井彰人氏(理事 ソリューション事業企画本部長)、Scrum Inc.のAvi Schneier氏、永和システムマネジメントの平鍋健児氏(代表取締役社長)が登壇した。

 藤井氏はアジャイル開発が企業での採用進む背景として、デジタルトランスフォーメーション(DX)を挙げた。「ソフトウェア企業だけでなく、製造や金融などの既存の企業においても、ITをビジネスの中心に置いて、ITでビジネスを変革するところが増えた」と藤井氏。

 荒本氏によると、KDDIにおいても「サイロ化がイノベーションを阻害している」と考えたことから2013年にスクラムを導入した。「当時、課題感はあったものの、踏ん切りがつなかかった。そこに藤井さんが、GoogleからKDDIに入社してきて、一言『スクラムで、アジャイルでやれ』と言ったので導入に踏み切った」と荒本氏は説明した。なお、これに対して藤井氏は「命令調で言ってないよ(笑)」と補足した。

 まずは、ビジネス側、開発側、パートナー側の人間が同じ場所に集まって、課題を共有しながら開発を進めるようにした。このスクラムの取り組みが社内の各所に広がっていったという。そうした中からアジャイル開発センターが発足し、さらに外部企業の新規ビジネスを助けるKDDI DIGITAL GATEの開設とその方法としてのスクラム啓蒙につながった。

荒本実氏(左)と藤井彰人氏(右)。「命令調で言ってないよ(笑)」
KDDIのコンシューマー向け製品でのスクラム事例「auでんきアプリ」

 スクラムはもともと経営学の分野で日本の野中郁次郎氏が、日本の工場では課題に対して各部門がいっしょになって取り組んでいることを呼んだのが始まりだ、と平鍋氏は解説した。ソフトウェア開発手法で似たことを考えていたJeff Sutherland氏らが、野中氏の考えと名前をを取り入れたという。

 Schneier氏は、スクラムについて「よりよい働きかたを探るというのが神髄だ」と語った。氏はスクラムについて、プロジェクトを最大2~4週間に分ける「スプリント」を中心に、これからすべきことを決める「プロダクトバックログ」や、現在の作業をどうするかを決める「スプリントバックログ」、毎日の進捗や課題を共有する「デイリースクラム」などを紹介。さらに、顧客のフィードバックをもらってそれを反映するプロセスも説明した。

 「Scrum Inc.では、世界中でいろいろな会社の支援をしてきた。DXにより、製造や金融などの会社でもソフトウェア企業になってきており、ゴールドマンサックスのソフトウェア技術者数はFacebookをも凌ぐとも言われている」とSchneier氏。変わったところでは、鉱業分野の企業であるリオ・ティントが、受注に応じて鉱山から出荷し取引するまでのプロセスを最適化したという。

平鍋健児氏(左)とAvi Schneier氏(右)
スクラムは日本の野中郁次郎氏の研究が源流
スクラムの概要
Scrum Inc.の実績

 説明会では、Jeff Sutherland氏とJJ Sutherland氏のビデオメッセージも流された。Jeff Sutherland氏はスクラムを「新製品を開発する小さいチームがすばやくイノベーションを起こすこと」と語った。またJJ Sutherland氏は、「社内事情でなく顧客を開発の中心に置くこと」だとし、「スクラムは魔法ではない。訓練が必要だ。そのためにKDDIと取り組む」と語った。

ビデオメッセージのJeff Sutherland氏
ビデオメッセージのJJ Sutherland氏

自動運転開発のTRI-ADは全社員が研修を受講

 顧客事例として、TRI-AD(Toyota Research Institute - Advanced Development)のCOOである虫上広志氏が登壇した。TRI-ADは、自動運転のソフトウェアを開発する企業。トヨタ、デンソー、アイシンの共同出資により2018年3月に設立された。

 TRI-ADでは、生産性や革新性、品質を追求し、従業員の健康と幸福を実現して「新しい会社を創造する」というビジョンを実現するために、スクラムを導入したという。

 そのために、スクラム研修を約360人の全社員が受講することにした。2019年2月時点で85%が受講済みで、3月末には100%達成予定だという。

 すでに開発で表れているスクラムの効果として虫上氏は、「情報の共有・可視化」「タスクの優先順位づけ」「チームワーク」の3つを挙げた。

 2019年にはオフィスを移転する予定。新オフィスでは、フロア中央をスクラムチーム用とし、思いついたらそこで話せるようにする、と虫上氏は説明した。

TRI-AD社 COO 虫上広志氏
TRI-ADでは全社員がスクラム研修を受講
TRI-ADでのスクラムの効果
スクラムを意識した新オフィスのレイアウト