もっとも軽いUltrabook、875gの「LaVie Z」はなぜ開発されたのか?
NECパーソナルコンピュータは、同社初のUltrabook「LaVie Z」を8月23日から発売する。LaVie Zは、「NECの軽量薄型化技術、ここに極まる」という言葉の通り、13.3型ワイド液晶ディスプレイを搭載しながらも、約875gという軽量化を実現。12型や11型液晶ディスプレイを搭載したノートPCの重量をも下回り、まさに他社の追随を許さない究極の軽さが、発売前から大きな注目を集めている。NECパーソナルコンピュータは、なぜ、LaVie Zを開発することができたのだろうか。
■世界一の軽量化を目指したLaVie Z
小野寺忠司執行役員 |
「世界一ができないのならば、製品開発は中止だ!」――。
LaVie Zの開発を統括する小野寺忠司執行役員の声が、社内に響きわたった。
「世界一のものを作らなければ、誰にも振り返ってもらえない。平均点のものを作っても意味がないだろう」。
小野寺執行役員は、技術者に向けて強い口調で言葉を続けた。
開発担当者はその言葉を聞き、あらためて、大きな壁に挑む決意をした。大きな壁とは、世界最軽量のUltrabookの開発である。
2011年6月。NECパーソナルコンピュータは、LaVie Zの開発を正式にスタートした。数カ月前に、インテルがUltrabookの構想を正式に発表。そして、翌月の7月からは、NECパーソナルコンピュータとレノボとのジョイントベンチャーが正式にスタートするタイミングでもあった。
「Ultrabookで世界一の軽量化を目指す。われわれの底力を今こそみせてやろう」
開発チームは、そうした気持ちでLaVie Zの開発をスタートしていたのだ。
■万人受けするPCしか作れない?
LaVie Z |
ここ数年、NECブランドのPCに対してはこんな意見が出ていた。
「万人受けするPCしか発売されない」、「とがったモノが出てこない」――。
NECパーソナルコンピュータは、「安心、簡単、快適」をPC事業の中核に据えている。社内ではこれを「AKK」と呼ぶ。
同社は、国内最大シェアを誇るPCメーカーとして、日本人が好むスペックを調査し、これをもとに製品企画を行い、デスクトップからノートPCまで幅広い製品群によるフルラインアップ戦略を展開してきた。
だが、需要の横ばい、価格下落が続く国内PC市場だけに限定していた事業戦略では、黒字を維持するのがやっとであり、どうしても万人受けするPCの製品化しか認められない傾向が社内に広がっていた。
当時のNECパーソナルコンピュータが置かれた立場では当然のことだったともいえる。言い換えれば、冒険できる製品の開発に挑むことができない環境がまん延していたともいえる。それが、NECブランドのPCの魅力を下げることにもつながっていた。
「技術者には、自分たちにもっと自由にやらせてくれれば、絶対にいいものを作れるという自負があった」と、山形県米沢市の米沢事業場の技術者を統括する小野寺執行役員は語る。
その技術者たちのモンモンとした思いは、経営幹部にも届いていた。
「国内シェアはナンバーワン。しかしそれでいいのか。技術者には、国内シェアナンバーワンを取るための万人受けする製品を開発するのではなく、世界一のものを作ってみたいという思いがあった。そうしたものを作りたい、作らせろ、という声に対して、それならば作ってみろというのが、この製品の発端にあった」と、NECパーソナルコンピュータの高塚栄社長は語る。
社内ではUltrabookを意味させて、「LaVie U」という名称が検討されたというが、世界一、世界初を目指すという点で、究極を意味するアルファベットの最後のZを使い、「LaVie Z」に決定したという経緯も、技術者の思いを反映したものだ。
■開発スタートをレノボとのジョイントベンチャーが“後押し”
経営陣が、LaVie Z開発の判断を下した背景には、実はレノボとのジョイントベンチャーの動きが始まろうとしていたことが見逃せない。
NECパーソナルコンピュータにとって、最大の弱点は冒険するだけの余力が資金的にも残っていないという点であった。だが、レノボとのジョイントベンチャーによって、世界第2位の生産規模を誇るレノボグループの調達力を生かすことができ、経営体質を大きく転換できるという読みが経営陣にはあった。
年間250万台規模のNECの調達力と、年間4400万台規模のPCを出荷するレノボとの調達力の差は歴然だ。しかも、それがインテルのCPUや、マイクロソフトのWindowsといった基幹部材のところに生きてくる。これまでと同じやり方をしていても、NECパーソナルコンピュータにおのずと余力が発生するのは明らかだ。
LaVie Zの開発がスタートしようとしていた時、同社社長を務めていた高須英世氏は、「レノボとのジョイントベンチャーによって生みだされたものを、あらゆる部分に再投資することができる。まずはサポート体制の強化に投資し、次に製品づくりにも投資することになる」と語っていた。
2012年1月から、NECパーソナルコンピュータの個人向けパソコンの購入者を対象にした「使い方相談」電話サポートが完全無償化されたのは、その一例だ。
LaVie Zは、そうしたなかで開発が始まった製品だったのだ。
■“軽さ”を追求したのは日本のユーザーにとっての重要な要素だから
NECパーソナルコンピュータは、「世界一を目指す」という目標を、性能でも、長時間駆動でも、薄さでもなく、最も軽いというところに置いた。
その理由を小野寺執行役員は次のように語る。
「モバイルPCには、軽さ、薄さ、長時間駆動という3つの原則がある。これをバランスよく、高い次元で達成することが求められている。だが、ユーザー調査を行ったところ、最も重視する項目が『軽さ』だった。電車での移動などが多い日本のユーザーにとって、軽さが大変重要な要素であることがわかった」
3つの原則を高い次元でバランスし、そのなかで、最も重視される「軽さ」でとがった強みを発揮することができる、「世界一の最軽量」を目指したというわけだ。
当初の目標は、「13型液晶ディスプレイを搭載して900gを切る」というものであった。
すでに1.1kgの製品はあった。それだけに1kgを切るという目標では、「世界一」を達成しても、すぐに追いつかれてしまう可能性があったのだ。
そして、900gを切る「ある値」に達すると、数字上の減少幅を超えて、一気に軽いと思う重量に達することを、これまでの経験から知っていたことが見逃せない。
「900gのPCと、LaVie Zを比べてもらうと、LaVie Zの方が数字以上に軽く感じるはず」と小野寺執行役員は、そのノウハウを明かす。
こうしたことから、12型液晶や11型液晶でも実現していない、900gを切るという目標に設定したのである。
外からは無謀な目標のように見える。
しかし、小野寺執行役員は、「米沢事業場の技術者ならばやってくれるという自信があった」と開発陣に絶対の信頼を寄せていた。
その自信の裏には、いくつかの理由がある。
ひとつは、マグネシウムリチウム合金という新たな素材の採用である。
マグネシウムリチウム合金は、1960年代からNASAが開発に取り組むなど長い歴史がある素材だが、成形や塗装といった加工が難しく、コストが上昇。量産品には使えないものだった。
「成形してもバリが出てしまい、塗装しても付着がうまくかないという課題があった」のだという。
しかし、同社では、約3年をかけて、パートナー企業とともに量産化に向けた素材開発に取り組み、それがいよいよ実用化のめどが立つ段階に入ってきていた。塗料についても、独自の配合によって、マグネシウムリチウム合金に最適化したものが開発でき、その点でも解決が図られようとしていた。
マグネシウムリチウム合金は、軽量化と高い剛性を実現する合金で、重さはアルミニウム合金の50%、マグネシウム合金の75%となる。
LaVie Zでは、これを本体底面に採用することで、大幅な軽量化を実現したという。
「他社がこれを量産化するには、もう少し時間がかかるだろう」と小野寺執行役員は語る。
2つめは、NECパーソナルコンピュータ社内に、軽量化に関する数多くのノウハウが蓄積されていたことだ。
その最たる例が「MGX」と呼ばれるAndroid端末の試作機である。これは、結果として製品化はされなかったが、薄さ9.9mm、重量350gという軽量化を実現していた。サイズは215×109mmとポケットサイズのものであり、重量や薄さを、LaVie Zと直接比較するわけにはいかないが、ここでのモノづくりの考え方、技術ノウハウ、軽さと堅牢性を両立するための手法などが、LaVie Zに生かされている。
キーボードを筐体の間にはめ込むのではなく、Cケースと呼ばれるキーボードをカバーする筐体側に、キーボードをつり下げるように組み付けることで、薄さと堅牢性、キーの打鍵感を実現する仕組みも、MGXによって実証されたものだ。
「同じ素材、部品を使っても、他社が開発すればきっと900gを超えてしまうだろう。筐体そのものの軽量化だけでなく、内部構造においても当社独自のノウハウが生かされている」と小野寺執行役員は胸を張る。
そして、3つめにはインテルが発表したUltrabookのフォームファクターを利用するという点だ。ここで提供されるCPU、チップセットなどは軽量、薄型化とともに、バッテリー駆動時間の長時間化にも寄与することになり、LaVie Zが目指すモバイルとして要件を満たすためには追い風となった。
■軽さを犠牲にするモノをすべて排除
NECパーソナルコンピュータは、LaVie Zに開発において、とにかく軽くすることを優先した。「少しでも軽さを犠牲にするものがあれば、すべて排除した」という。
基本的な姿勢は、「軽くなるためのことならばすべてを試してみる。重くなることは、どうしても必要なこと以外はやらない」というものだった。
例えば、一部のパーツに色をつけるという提案が社内であったが、これによって重さが増えることがわかり取りやめた。
また、塗装の回数も極力減らした。
「くし揚げと同じ、二度漬禁止の発想での塗装」と小野寺執行役員は笑う。
さらに、NECのロゴをLEDで光らせるというアイデアも、LEDの数が増加することで、軽量化に反するためにやめた。
「部品のひとつひとつを精査し、1gでも軽量化できるところがあれば軽量化して行こうという姿勢の積み重ねによるもの」と、小野寺執行役員は語る。
これは技術者、デザイナー、マーケティング、営業、そして経営部門までのすべてが、世界一の軽量化を目指すという目標を共有していたからこそできたものである。
小野寺執行役員は、その流れを断ち切るような要素を排除することにも腐心した。
世界一の軽量化を実現するには、世界最軽量の素材を使い、世界最先端の軽量化した技術や部品を使うとことになる。当然、コストは上昇する傾向にある。
「これまでであれば、コストを考えて、その素材を使うのはやめておこうとか、もう少し安い部品に変えられないのか、という話になる。しかし、それでは、世界一を目指す技術者のモチベーションを下げることになるし、世界一は達成できない。開発中には、そうした議論を一切排除した」
小野寺執行役員は、一時は20万円弱程度の価格帯になってしまうのではないか、という「危機感も感じた」と笑う。
だが、最新の素材や技術を使用した開発は止めなかった。冒頭に触れたように、技術者が世界一のものができないと弱音を吐いた時に、「それならば止めてしまえ」と、むしろ叱咤(しった)したほどだ。
長年にわたり、ノートPCの開発に取り組んできた小野寺執行役員は、新たなものに挑戦する厳しさを、身に染みて知っている。だからこそ、技術者が世界一に挑戦しやすい環境を作り、時厳しい言葉も投げたのだ。
実はこうした環境を作れたのも、レノボとのジョイントベンチャーによって生まれた「余力」がモノを言っている。余力がなければ、素材を自由に選択させ、コストを考えないモノづくりなどはできないからだ。
■新たな挑戦に対するバックアップを用意して後押し
もうひとつ、技術者の挑戦意欲を遮らなかったエピソードがある。
それは、新たな素材への挑戦に対するバックアップの仕組みを作り上げていた点である。
マグネシウムリチウム合金という素材を、初めてノートPCに採用するというリスクは極めて大きい。もし、この素材が量産化につまずき、使えなくなった場合にはどうするか。従来の万人受けを狙っていたNECパーソナルコンピュータであれば、リスクを避けて、早い段階で「違う素材を使う」という判断をしたに違いない。
しかし、今回は違った。NECパーソナルコンピュータでは、マグネシウムリチウム合金が使えなくなった場合にも、マグネシウムで代替できるように別途金型を製作しており、これによって製品が予定通りのスケジュールで発売できるようにもしていたのだ。
さらに裏話をすれば、マグネシウムリチウム合金を使用するのに比べて軽量化では劣るが、それでも900gを切ることができるような設計も同時に準備していたという。これも余力によってなせる技であり、技術者のモチベーションを下げずに済む環境づくりにもつながったのだ。
ちなみに、LaVie Zの価格だが、上位モデルのCore i7-3517U 1.90GHz搭載製品が16万5000円前後、下位モデルのCore i5-3317U 1.70GHzプロセッサー搭載製品が13万5000円前後となっている。
「試作品が完成し、調達部門が本気になって走り始めたら、一気にコストダウンが進んだ。調達部門の努力にも感謝したい」と小野寺執行役員は語る。
■高いバランスを維持するための“こだわり”を配する
LaVie Zでは、高いバランスを維持するために、そのほかにも細かなこだわりを随所にみせている。
上位モデルで256GBのSSD、下位モデルで128GBのSSDを搭載し、高速での起動や処理を実現。USB3.0コネクタの搭載に加えて、HDMI出力端子を搭載し、大画面テレビにも映し出すことができる。
バッテリー駆動時間は8.1時間を実現。「モバイルで利用するために最低限のスペックが8時間。東京と新大阪を新幹線で往復しても、利用できるスペックとしている」と語る。
さらに、1時間で80%までの急速充電を可能にすることで、業務での利用に支障が起きないようにしている。
「仕事は1時間単位で区切られることが多い。その時に充電ができればあとはそのまま仕事ができる。100%を充電できるようにして、その他の部分に負担をかけるよりも、80%としていた方が効率的な部分もある。また実際の利用シーンを考えれば、20%以上を残した時点で充電する機会が多いのではないか」とする。
また、13.3型のディスプレイを搭載しながら、11型の筐体サイズと同等とし、さらに1600×900の高解像度を実現していること、さらに、本体が熱くならないような構造設計にも配慮した。
軽さと薄さを実現するために、一般的には0.8~1.0mmの天板用マグネシウム合金を、0.6mmまで薄くし、部分的には0.5mmまで薄くするといったことも行いながら、剛性も維持したという点もこだわりのひとつだ。
「軽いから、なにかを我慢して使うのではなく、モバイラーが求めるスペックを実現した」と自信をみせる。
■新幹線車内シェアの奪取が目標
「LaVie Zの最初のターゲットは記者」と小野寺執行役員は語る。
もちろん、LaVie Zは記者専用マシンではない。モバイル環境でバリバリ利用するという意味で、記者という職種をあげたにすぎない。
「最初のターゲットになるのは、これまでノートPCを持ち歩いていたが、重たい、あるいは起動が遅いという問題に悩んでいた人、またタブレット端末を利用しているが、性能面でもっと高い機能を求める人になるだろう。今、スマートフォンとタブレットを持ち歩いているのであれば、タブレットの代わりにLaVie Zを持つのがいい」と提案する。
LaVie Zの象徴的なターゲットは、新幹線車内での出張中のビジネスマンだろう。
「新幹線車内や記者会見場では、レッツノートを使用している人が多い。ここをLaVie Zで置き換えていきたい」と、小野寺執行役員は新幹線車内シェアの奪取に意欲をみせる。
NECでは、企業向けのVersaProシリーズにも「VersaPro UltraLite タイプVG」として、同製品を追加。法人市場における販売活動を強化する考えを示す。さらに、今後は海外での展開も視野に入ることになりそうだ。軽さは海外市場でも十分に受けいけられる要素。将来的には、海外におけるLenovoブランドでの展開にも注目しておきたいところだ。
大阪・中之島のリーガロイヤルホテルで7月25日から開催されたNEC iEXPO関西2012で初公開された、法人向けのVersaPro タイプVG |
小野寺執行役員は、「まずは量販店店頭で、その軽さを体感してほしい。持ってもらっただけで感動する。そして、使ってもらって感動し、持ち運んでもらって感動する。NECパーソナルコンピュータは、これだけ感動を与えられる製品を投入できるということを知ってもらいたい」
小野寺執行役員の言葉は、実は大げさではない。
筆者自身、6月上旬から試作機に触れる機会があり、7月以降、NECパーソナルコンピュータの許可を得て、何人かの業界関係者に実機を触ってもらいはじめた。その際、手に持ってもらった時点で、あまりの軽さに驚く顔をする。
「これってモックアップじゃないよね」、「かばんに入れても入っているのかどうかわからない」などの反応の声が聞かれる。
NECパーソナルコンピュータの高塚社長は、「相手の驚いた顔を見るのが楽しくて仕方がない」と笑うが、筆者自身も同じ体験をしている。
これは8月23日の発売以降、量販店店頭でも同じことが起こるだろう。量販店の店員も来店客にLaVie Zを勧め、同じ反応を楽しむはずだ。
これがLaVie Zの販売に弾みをつける隠れた要素になるかもしれない。