Appleの動画ビジネスが新展開に? ネットTV「Hulu」の売却騒動


 大テレビ局のバックアップを受けている人気動画サイト「Hulu」の行方に関心が集まっている。売却報道を受けて、いくつものネット企業の名前が買い手として浮上。本命として、Appleが買収交渉を進めていると報じられた。だが、Appleはどれだけ本気なのか、買収することでどんなメリットを得るのか。疑問の声も出ている。

 

米国で人気絶大の動画サービス「Hulu」

 Huluは、米4大地上波テレビのうちNBC(Comcast傘下)、Fox(News Corporation傘下)、Disney-ABCの3社が出資する動画ストリーミングサービス会社で、2008年にサービスを開始して急成長した。動画投稿ではなく、有力コンテンツホルダーからライセンスを受けたプロの映像を配信し、数ある動画配信サイトの中でもYouTubeに次ぐ利用率を誇っている。ごく一部の予告編などを除いて米国外では視聴できないため、日本での知名度は低いが、米国では誰もが知っている。

 テレビ会社の全面的なバックアップで、放送したばかりの人気番組を含む新旧の高品質の映像コンテンツを見られるのが特徴。お気に入りの番組を見逃しても、録画し忘れても大丈夫ということで、ユーザーの支持を獲得した。YahooやMSN、AOLなどの大手ポータルにもサービスを提供。Hulu video playerで個人ブログにも対応する。

 基本は利用無料で、広告ベースで運営されている。2010年秋に導入した「Hulu Plus」は月額9.99ドルの有料サブスクリプションサービスで、タブレット、スマートフォン、PlayStation 3などから視聴できる。有料会員の伸びは好調で、8月末までに100万人を超える見込みだ。2011年の全体の売り上げは5億ドルに迫るという。

 

売却に対して「誰が買う?」

 そのHuluの株主が売却を検討していると、6月22日付のWall Street Journalが伝え、誰が手に入れるのか憶測が飛び交っている。

 同紙によると、売却は、出資元のテレビ局のコンテンツ提供契約が満期を迎えるのを機に、ビジネスの強化を図るもので、より多くのコンテンツのライセンスを受けるため資金獲得を目指すという。ただし背景には、Huluの経営陣と出資テレビ局との間の意見の対立があり、テレビ3社が手を引く形になる模様だ。

 Huluはこれを機に、複雑な出資関係を整理するとともに、新しいビジネス展開を図ろうとしている。売却額は、投資銀行の試算で20億ドルにもなるとみられるが、これほどの優良動画サービスには、当然多くの企業が関心を持つ。これまでに名前の挙がったのは、Yahoo、Microsoft、Google、さらにAmazon、Wal-Mart、eBayなど十数社にのぼる。

 注目される各社の動向では、まずMicrosoftが、7月の第3週にHuluの幹部に対して買収は行わないことを通知(Bloomberg)。Yahooは20億ドルまで出す用意があるが、その条件として、現在と同じテレビ番組の独占使用権が4年または5年間保証されることを求めている(Business Insider)という。

 このほか、20日にはCBSが、自社が権利を持つテレビ番組2000エピソードをAmazonにライセンスすると発表。Amazonは獲得戦から離脱することが明らかになっている。

 Googleは具体的な動きはないものの、テレビ会社とのこれまでの関係があまりよくないことと、反トラスト法の観点から、難しそうだとの観測が出ている。

 

本命Appleの参加

 そんな中、7月21日、Bloombergは2人の有力な情報提供者の話として、Appleが買収交渉の初期段階にあるとスクープした。「AppleがHuluを買収すれば、ストリーミングとサブスクリプションの観点から、新しい武器を得られる」と、Gleacher&Co.のアナリストが解説している。AppleやHuluの広報担当者は、例によってコメントを拒否している。

 Huluを手に入れることがAppleに大きなメリットになると見る者は多い。AppleはiTunesを通じて、映画やテレビ番組の販売・レンタルを行っているが、まだサブスクリプション式のストリーミング動画は持っていない。Huluは、現在のサービスを補完するものとなり、Apple TVに統合して、Google TVに対抗することができる。さらに、AppleがiCloudとして推進する、クラウドベースのメディアサービスにもマッチするというのである。

 eWeekは、Appleが「アドバンストTV放送メニュー」の特許を申請しており、2012年にはApple TVの後継TVサービスを投入するだろうというPiper Jaffrayのアナリストの報告を紹介している。そして、Appleがその気になりさえすれば、760億ドルという膨大な現金が手元にある。

 しかし、その一方、両社の組み合わせには異論もある。HuluのビジネスモデルはAppleの製品戦略には合わないという見方だ。

 Arstechnicaは、Huluの広告付きストリーミングとサブスクリプションサービスが、iTunes/Apple TVの広告なしのレンタル・販売方式は併存できず、両方のビジネスに大きな再編を迫ると指摘する。その上で「Appleにとって、コンテンツはデバイス販売を助けるものであり、無料コンテンツが、そうなれるかは分からない」というアナリストのコメントを紹介している。

 Gigaomは、両社がマッチするか否か、それぞれの方向から、考えられるポイントをまとめている。

それによると、マッチする理由として
・Appleには十分な資金がある
・Appleは、いずれサブスクリプション型ビデオサービスに進むだろう
・Huluは広告そのものであり、Appleは(iAdsの不振の中)広告を売りたいと考えている
・Huluがテレビ会社から離れて成長してゆくには、Appleのような強力なパートナーが必要
・どちらも消費者に支持されている企業である

マッチしない理由としては
・Appleは自らのブランドを大事にしており、Huluとは一緒にはなれない
・Huluは、Appleのような強い垂直統合型モデルではない
・Huluは拡散志向があり、自社の製品とサービスを連携させてエコシステムをコントロールしようとするAppleとは異なる

 などが挙げられている。つまり、いくつかのメリットは確かにあるのだが、ビジネスモデル、組織などで相性がよくないということである。

 ともかく、Hulu自体の一番の価値は、大手テレビの豊富なコンテンツを独占的に使用できる部分である。大手テレビが出資者でなくなったあと、どのようなコンテンツ使用ライセンスになるかで、“普通の”動画サイトになってしまうおそれもある。

 これについてBloombergは、Huluのオーナーテレビ局は「契約期間5年間、うち独占期間2年間」を希望していると伝えている。その価値をどうみるか、なかなか微妙なところだろう。

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(行宮翔太=Infostand)
2011/8/1 11:19