OOXMLがISO標準に、噴出する疑惑と懸念



 Microsoftのオフィスファイルフォーマット「Office Open XML(OOXML)」がついにISO(国際標準化機構)標準として承認された。ライバルの「Open Document Format(ODF)」から遅れること約2年。数年にわたった同社の取り組みが実を結んだ―といったところだ。が、これまでのプロセスへの疑惑や、今後の展開への懸念も渦巻いている。


 Microsoftはすでに標準規格として承認を受けている欧州電子計算機工業会(ECMA)を経由してISO/IEC(国際電気標準会議)標準獲得に挑んだ。最初は2006年末に「早期承認手続き」を申請したが、2007年9月の投票では、承認成立に必要な条件を満たせず失敗。今回、再挑戦していた。

 今年2月、スイス・ジュネーブで開かれた投票結果調停会議(BRM)では、9月の投票時に寄せられたコメントが議論され、各国の標準化団体にはその後30日間の投票期間が与えられた。

 投票は予定通り3月29日の深夜に締め切られたが、ISOはすぐには結果を発表しなかった。ISO側はその理由を、「まず投票した標準化団体に通知するため」としていたが、しびれを切らしたMicrosoftは4月1日、公開されている資料を基に早々に勝利宣言。翌2日に、ISOが改めて正式発表した。結果は、「賛成」75%、「反対」14%。賛成票がJTC 1に参加する標準化団体(Pメンバー)の66.66%以上、反対票は全加盟国の25%以下という基準をクリアしたのである。


 だが、MicrosoftのISO標準獲得を歓迎する声は、あまり見あたらない。理由は、感情的なものを含めてさまざまのようだが、主として技術そのものの問題点と、承認までのプロセスについての疑念がくすぶっていることにある。

 承認プロセスへの疑念とは、Microsoftの過剰なロビー活動をめぐるものだ。

 今回のISO投票の動きを逐一報告していたオープンソース系ブログGroklawや、ノルウェーの標準化関係者Geir Isene氏のブログによると、ノルウェーの標準化団体内部では「反対」が多数派だったにもかかわらず、実際の投票では賛成票になっていたという。投票のとりまとめを行った責任者はISOに書簡を送り、「深刻な不正があった」として自分たちの票を無効化するよう求めたとも伝えている。

 この話は、3月末に浮上したもので、MicrosoftとISOが結果を発表する前だった。報道の中には、他にもこうした不正があったと伝えているものがある。

 この疑惑を、Microsoftに手厳しい欧州連合(EU)が見過ごすはずがない。欧州委員会(EC)は欧州の業界団体ECIS(European Committee for Interoperable Systems)の依頼を受けて今年2月からMicrosoftの反競争的手法を調査しており、すでにいくつかの加盟国に投票プロセスでMicrosoftによる不正な関与がなかったかどうか質問状を送っていることが明らかになっている。

 BRMでの審議を疑問視する声もある。初回投票時のコメントは3000以上あったのに、2月のBRMではその数が約1000に縮小されていた。Microsoftが提出したOOXMLの資料は6000ページ以上もある膨大なものだ。Graklowは、BRMの参加者の多くがMicrosoft関係者であり、議論がきちんと行われたとはいえないというBRMブラジルの代表者のコメントを掲載している。

 また、OOXMLに反対するグループ<No>OOXML.orgは、“ISO, a division of Microsoft(Microsoft内ISO部門)”とパロディ化。Microsoftが技術レビューを妨害し、政治的介入を行い、「ISO標準承認プロセスをハイジャックした」と指弾している。


 こうした騒動から、OOXMLのISO標準獲得は“いわくつき”となってしまった感があるが、さらに標準そのものが撤回される可能性もまだ残っている。ISOは4月2日に発表した資料で、国際標準として承認されるのは「今後2カ月以内に 加盟国から正式な異議が提出されない場合」とクギを刺している。つまり、正式な異議が提出されれば、標準の承認そのものが延期となる可能性もあるのだ。

 実際、承認後も反対活動は活発だ。Red Hatは声明文で、今回のプロセスに異議を唱えている。IBMでオープンソース・標準担当副社長を務めるRob Sutor氏もブログでISO承認プロセス改善を呼びかけている。また、これまで「OOXMLの国際標準化により2つの規格を共同で開発していこう」とOOXMLのISO標準取得を支持していた穏便派で、ODFエディタのPatrick Durusau氏も、プロセスに問題があったのではないかとの意見を表明している。

 標準承認は、たしかに、政府などの顧客にわかりやすい“お墨付き”であり、ビジネス上の有力な武器になる。だが、Microsoftのロビー活動が、もし不正疑惑を招くほど、過剰なものであったとすると、OOXMLの印象は悪くならざるを得ない。

 また、Microsoftにはこれ以外にも、OOXMLでやるべきことが残っている。たとえば、反対票を投じたカナダの標準化団体は2日、自国の投票内容とその理由を発表しているが、「技術がまだ未熟」としている。これにどう応えるかだ。さらに今後ISOに提出した技術を自社製品に実装するという課題もあり、新フォーマットに変換するツールの作成も必要だ。

 Microsoftはここ数カ月間で、相互運用性に関する取り組みを相次いで発表した。これらは明らかにISOの投票を意識してのことだが、これを“政治的”と言われないためには、現実のものにしていく必要がある。Microsoft技術の互換性では、IP(知的財産権)が懸念されるが、この点も明確にしていく必要がある。技術的には可能だが、法的には不可能という相互運用性では、誰にもメリットをもたらさない。そういった意味でも、これで終わりではなく、これが始まりと言える。

 ロビー活動では、OOXMLのISO標準化を阻止しようとした反対陣営も、かなりの資金を使って活動したといわれている。ODFかOOXMLか、両陣営とも技術で勝負するべきである。企業や政府などのユーザーは、何が自分たちの本当のメリットになるのか見極める厳しい目を養うことが必要だろう。

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(岡田陽子=Infostand)
2008/4/7 09:11