クラウド&データセンター完全ガイド:イベントレポート

サイバーファースト時代の主役を担うデータセンター

クラウド&データセンターコンファレンス 2018-19 クロージング基調講演レポート

弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2019年春号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2019年3月29日
定価:本体2000円+税

クロージング基調講演では、「国際競争力を持つために、社会システムの中でデータセンターがどのような役割を持つべきか」について、東京大学大学院 情報理工学系研究科教授の江崎 浩氏(写真1)が持論を展開した。江崎氏は、物理環境にセンサーを配置してデジタルコピーを作る「フィジカルファースト」から、サイバー空間で設計・シミュレーションを済ませたものを物理空間にプリントアウトするサイバーファーストの時代が来ていると言う。そのサイバーファースト時代の主役を担うのは、データセンターだ。 text:柏木恵子

写真1:東京大学大学院 情報理工学系研究科教授の江崎 浩氏

大規模データセンターが短期間でできあがる中国の現状

 江崎氏はまず、2018年10月に中国のCDCC(チャイナデータセンターコミッティ)の関係者が来日した際のプレゼンテーションから、中国のデータセンター業界の状況について紹介した。江崎氏によれば、「日本のデータセンターは計画からサービスインまで3~4年かかるが、中国は2年~1年半くらいで数100メガワットクラスのものができあがる」という。また、北京、上海、深センといった大都市は急速に発展してエネルギーインフラに余裕がなくデータセンターは作れないため、多くは郊外に建設される。江崎氏は「郊外に超大規模なデータセンターをものすごいスピードで作る中国のデータセンター業界と、どのように付き合うべきかを考えなければいけない」と言う。

 GDPの各国シェアを見ると、米国が24.32%、中国が14.84%、日本は5.91%となっている。ざっくりと、日本が1に対して中国が3、米国が9という比率になる。江崎氏は「中国はものすごいマーケットをクリエイトしている」と言い、「米中関係が緊張関係にある今は、日本にとってビジネスチャンス」と感じているという。

クラウドサービスプロバイダーでIPv6対応が進む

 次に江崎氏は、IPv6に関するトレンドを紹介した。江崎氏はIPv6社会実装推進タスクフォースの代表でもあり、2018年11月の「Internet Week 2018」での報道発表の内容にも触れた。

 国内では、2018年9月の時点でNTTが提供しているNGNのサービスのうち、IPv6を使っているユーザーは54.7%(図1)。これは、「使うことができる」ではなく「使っている」ユーザーの率である。さらには、NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクのモバイルキャリア3社の協力もあり、2017年夏からスマートフォンのIPv6デフォルト提供も始まっている。

図1:IPv6契約数と普及率の推移

 クラウドサービスプロバイダーの動向としては、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)およびマイクロソフトは、すでにコンテンツ系のIPv6対応を完了している。中国勢のBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)は、IPv6について積極的ではなかったが、「2017年の中国全人代でIPv6推進を政府が宣言したため、やらざるを得ない状況になっている」と江崎氏は言う。ちなみに、2018年11月11日のシングルズデーのイベントでは、ECトラフィックがIPv6で流れていたという。「アリババもv6で動くようになっていて、日本でもやらないと遅れてしまう」と江崎氏は言う。

 さらに江崎氏は、AbemaTVの取り組みを紹介した。「IPv6 対応が着実に進んでおり、 今後はコンテンツサービスにおける対応の進展が期待されている中、 株式会社AbemaTVが提供するインターネットテレビ『AbemaTV』が2018年12月から2019年1月を目途にIPv6による動画配信を開始する予定とのこと」だ。従来のIPv4通信は、PPPoE輻輳のためスループットが出ないという構造上の欠点がある(網終端装置の増設基準が「セッション数」のため、トラフィックが増えてもISPの判断で増設できない)。このため、動画視聴には遅いのだという。IPv6のIPoEは、ビデオ系サービスではもちろん、それ以外でもスループットが重視される業務用アプリケーションなどでも重要になるだろうと、江崎氏は言う。

IoTの次のフェーズ サイバーファーストの世界

 江崎氏は、「サイバーファースト/デジタルファーストへの進化が始まっている」という考えをさまざまな講演で述べている。インダストリー4.0が目指してきたのは、「現実社会に大量のセンサーをばらまいて、データを取ってデジタルコピーを作り、シミュレーションする。その分析結果を物理環境にフィードバックする」というものだ。データセンターの役割は、シミュレーションと分析を行うための大量のコンピューティングパワーとストレージを提供することで、そのためのインフラストラクチャを構築することが重要となる。これはIoTと呼ばれているが、いわばフィジカルファーストであり、コピーファーストだと江崎氏は言う。

 次のフェーズであるサイバーファーストは、サイバー空間で設計してあらかじめシミュレーションを行い、その後に物理空間にプリントアウト(印刷/実装)する(図2)というものだと江崎氏は言う。「物理ドメインにプリントアウトするのはとてもコストがかかるし、やり直すのが大変なので、できるだけサイバー空間で動かしてみる。デジタルネイティブなデザインを、クラウドデータセンター(大量のメモリ・GPUを投入し、たくさんの電気を使い、たくさんの熱を出すようなシステム)の中でまず行う。そして、一番いいものをプリントアウトする」(江崎氏) 。

図2:サイバーファーストの世界

 例えば「マイクロソフトは、あるハードウェアのソフトウェア開発に関して、3Dシミュレーションとデバッグの後にプロダクトに落とし込んでいる」という。また、「中国ではスマートシティの開発が進んでいるが、まだ存在しない街のデジタルコピーを作り、ベストな形をデザインして、現実空間に展開するというフェーズに入っている」とのことだ。

 もうひとつ考えなければいけないこととして江崎氏が挙げたのは、「21世紀はデータセントリックソサイエティになる」ということだ。ベストセラーになっている「ホモ・デウス」(ユヴァル・ノア・ハラリ著)では、次のように述べているという。「資本主義は『成長』が前提で、成長が信用されると投資される。植民地政策で領土拡大という成長領域が発見されだが、地球上の土地は有限。一方で、デジタル空間には制限がない。人類は21世紀に、知識というほぼ無限の成長が可能な領域を発掘した。成長領域が見えたら、そこに投資する。それがデータセンターへの投資だ」。

 知識にとっての資源は「データ」と「データを生成する人・モノ」であり、データ至上主義の世の中になると言われている。そうなれればデータセンターは必然的に成長する。また江崎氏は、「本当に価値を生むのは、データではなくアルゴリズムだ」と言う。データ至上主義の次に、アルゴリズム至上主義が来るのではとのことだ。

インターネットが可能にしたこととまだ残る課題

 インターネットが登場したことによって、以下のことが実現したと江崎氏は言う。

①デジタルネットワーキングによって、モノが高速で異動可能になった
②蓄積技術・装置によって、同時性が必要でなくなった
③「ひとつのシステム」によって、壁が消えた
④デジタルネットワークによって、モノの質量がゼロになった

 瞬時に移動可能になったことで時間的な制約がなくなり、ストレージ技術によってスケジュール的な制約もなくなった。インターコネクトによりそれまで存在していたビジネスの壁が消え、新しいビジネスができてくる。劇的なコスト低下のおかげで、ロングテールビジネスが登場できるようになっている。これを支えているのがデータセンターという箱だ。そう考えると、世界中のどこにいてもビジネスができるようになった(阻害するのは政治くらいのもの)。つまり、データセンターは、どこにあってもいいということだ。

 しかし、実はまだ制約はあると言う。ひとつは通信速度の問題だ。通信速度は高速といっても、光速を超えることはない。実は、光ファイバの伝搬率は0.5~0.6で、電波よりも遅い。このため、本当に低レイテンシーを求めるものは電波を飛ばすことを考えているという話もあるという。地球全体で考えれば、遅延は無視できない。すべてデータセンターで動かすのではなく、オンプレミスに置かなければならないものも出てくるだろう。

 そうなると、「エンド・ツー・エンドのアーキテクチャをしっかり考える必要があるし、データセンター内でもピア・ツー・ピア型のシステム構成にしなければスループットが出ない」(江崎氏)ケースもある。サーバにスマートNICを挿して、NIC単位でセキュリティも含めた管理をしているケースもあるということだ。

 もうひとつは、「エンジニアが絶対的に不足している」点だと江崎氏は言う。データセンターをオペレーションする技術者も不足しているし、データセンターを利用している企業の中でも、エンジニアが不足している。サイバーセキュリティ対策も含めて、非常に大きなイノベーションが必要だと、江崎氏は言う。

 ちなみに、この点について中国は日本に非常に注目しているという。その理由のひとつが、日本は中国よりも早く高齢化が進んでいることだ。高齢化社会でのエンジニア不足という問題を、日本がどう解決するかを見て、真似をしたいのだという。江崎氏は、「この問題は非常に大きく、これを解決できないとグローバルで戦うのはすごく難しい」としながらも、いい技術や考えを発見した時、日本はそれを実装していくのがものすごく早く、それは日本の競争力だと語った。

エネルギー問題は電源の選択肢を考える時期に

 もうひとつの重要な問題は、電力の確保だ。「データセンターは大量の電力を消費するので、激しいエネルギー密度への対応が必要になる」と江崎氏は言う。日本データセンター協会では、高密度、高熱密度、高電気密度のラックの設計についてのガイドラインを策定し、2019年6月頃に一般公開の予定という。エネルギー密度に関しては、中国でも同様の問題を抱えている。

 アップルやAWSでは、燃料電池と太陽光エネルギーや、リチウムイオン電池の利用など、電力問題への取り組みが進んでいる。「そう考えると、電気自動車の電池はかなりの容量を持っている。数百メガワット級の電池は、データセンターにとっても大きなもの」と江崎氏は言う。「例えば日産リーフが100台あると、常時で3メガワットくらい、ピークで10メガワットくらいのコジェネ(補助発電機)だと見なすことができる(図3)」という。消防法の問題やコストの問題を解決しつつ、リチウムイオン電池がいいのか、補助発電機としてディーゼルがいいのかガスがいいのかなど、さまざまな選択肢を考えるべき時期にきていると、江崎氏は言う。

図3:電気自動車のリチウムイオン電池の能力

 また、電力問題については送配電施設の開放が不可欠だという。国内では、「電力会社がダメと言ったら特高を引けない。この上下関係をやめて、winwinの関係にしたい」と江崎氏は言う。「中国では、電力を大量に消費してくれるデータセンターと提供する電力会社のwin-winの関係ができあがったおかげで、1年半でデータセンターが作れる」のだという。

 江崎氏は、経産省 資源エネルギー庁の「再生可能エネルギーの大量導入時代における政策課題に関する研究会」で送配電施設の開放の他、相互接続の確保や、自営線によるエネルギーの地産地消などについて提言している。さらに、データセンターの積極的な利用を提案し、これは「クラウド・バイ・デフォルト」(政府調達のシステムは、基本的にクラウドを採用)として閣議決定されている。

日本の優位性と国際競争力のために

 最後に、日本の優位性について考察した。日本には、高コストや自然災害リスクなど、非優位性があるが、江崎氏によれば「実はそうでもない」という。電力コストなどは確かに安いとは言えないが、同程度の国は他にもある。また、大規模地震でも広域停電でも、データセンターは生き残れることが証明されている。

 日本の優位性として江崎氏が挙げたのは、以下の4点だ。

①ネット中立性
②通信の秘匿性の堅持
③高品質
④島(海という防衛壁)

 江崎氏によれば、「これらはとても大きなバリューで、これをいかに守るかが、データセンター業界にとって重要なこと」だ。

 データセンターをいかに戦略的に使うかと考える時、中国では国家電網がそれを意識してデータセンター業界と歩調を合わせている。

 一方で、米国はデータセンターが自力で発電所を作るという方向に向かっている。データセンターの電力問題を解決する方法は国によってかなり違うが、江崎氏は「それも考慮に入れて、国際競争力について考えていかなければならない」と締めくくった。

図4:東日本大震災(2011.3.11)でも、深刻な被害を受けたデータセンターはなかった