クラウド&データセンター完全ガイド:インタビュー
ビッグデータ、HPC、IoT、エッジ/フォグ、AI 先端ITの進化を支えるデータセンター
米グリーン・グリッド会長 ロジャー・ティプレイ氏
2017年11月1日 06:00
弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2017年秋号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2017年9月29日
定価:本体2000円+税
2017年で設立10周年を迎えた米グリーン・グリッド。めまぐるしい潮流遷移の中、コンピューティングやネットワークの諸課題に対して、会員企業やユーザーとの連携によって解を追究してきた同団体が次の10年で見据えるものは何か。会長を務めるロジャー・ティプレイ氏に、最新のトレンドを中心に話を聞いた。 interview: 河原 潤(クラウド& データセンター完全ガイド編集長) text:柏木恵子 photo:赤司 聡
10年間でエネルギー調達の可能性が大きく広がる
――グリーン・グリッドは設立10周年という節目の年ですね。この10年でコンピューティングやデータセンターを取り巻く環境は大きく変わりました。
ティプレイ氏:当団体はこの10年でさまざまな成果を上げることができたが、確かに課題は設立当時と今とではまるで異なっている。1つには、これは地域にもよるが、原油資源が潤沢になったことで、かつて重大な課題としていたエネルギーコストがずいぶん下がってきている。また、風力発電、太陽光発電などの再生可能エネルギーの利用が普及していったことで、発電にかかるコストもだいぶ下落した。
このように、エネルギー調達の可能性が大きく広がったことが最大の変化かもしれない。とはいえ、再生可能エネルギーは必要な時にいつでもあるというものではない。そのため、エネルギー貯蔵の工夫が必要になる。注目はリチウムイオン電池で、データセンター内において大量蓄電が可能な「エネルギーストレージ」としての利用が始まっている。
この動きはデータセンターの設計にも影響を及ぼすようになっている。データセンター内に設置されるIT機器のパフォーマンスをワット当たりで見るようになったのも大きな変化だ。今のIT機器のワット当たりのパフォーマンスは10年前と比べて飛躍的に向上し、機器の台数を大幅に減らせるようになった。
もっとも、ビッグデータ分析やHPC(High-Performance Computing)といった、ハードウェアリソースがあればあるだけ使うような分野は別の話になる。コンピューターサイエンスは昔からそのようなものだからだ。
――グリーン・グリッドのワーキンググループ(WG)活動や各種研究で、近年特にアクティブなのはどの分野でしょうか。
ティプレイ氏:液体冷却(Liquid Cooling)は最もホットなトピックの1つだ。データセンター/マシンルームにおける冷却は非常に重要な問題だが、コンピュートリソース需要の急増で、一般的な空気冷却にいよいよ限界がきている。
そこで、液冷を採用し個々のサーバーの各CPUのクロック周波数やチップの処理性能キャパシティを改善することで、データセンター全体の空調効率化を実現できる期待が高まっている。ムーアの法則を永遠に続けることは無理だが、数年間延命させることは可能と考えている。先にも述べたビッグデータ分析やHPCは、多くのケースで液冷が欠かせなくなるだろう。液冷を手がける複数のベンダーが我々のWGに参加して、さまざまなソリューションの開発を試みているところだ。
また、DCIM(Data Center Infrastructure Management)WGでは、手がける作業の1つに「DMTF Redfish」に対する管理用インタフェースの開発がある。グリーン・グリッドとDMTF(Distributed Management Task Force)は連携を密に取っていて、我々にはインフラ設備に関する専門知識があるので、DMTFからはUPS、PDU、スイッチギアといった機器の冷却スキームの定義を依頼されている。
データセンターの可用性に関しては、「OSDA(Open Standard for Datacenter Availability)」という、米アップタイム(Uptime Institute)のTierを使わずに、もっと今のニーズに即した柔軟な可用性指標を実現しようとするプロジェクトがある(図1)。これは欧州のコロケーション事業者のメンバーからの提案が元になっているものだ。Uptime Tierは各Tierの要件を具体的に指定しているが、OSDAではTierの指定によらず、例えばオンサイトの太陽光発電の使用、送電網が安定している地域でのその使用といった、他のアプローチとの組み合わせで可用性を担保するという考え方に立っている。パブリッククラウドへのオフロードもその選択肢の1つとなる。これにより柔軟な設計が可能になり、そうなればコストも下がる。
このほか、シンガポールのチームが熱帯地域での冷却最適化に取り組んでいるほか、サーバー効率利用のWGで、ゾンビサーバー特定の調査研究を行っている。こちらはそろそろ結果が出る頃だ。
ヒト・地球環境・ビジネスのサステナビリティ
――現在、グリーン・グリッドは重点課題の1つにサステナビリティを挙げています。これはどのような定義がなされているのですか。
ティプレイ氏:サステナビリティは地球環境保護の分野で言われ始めた言葉で、一般的には環境に配慮することを指している。しかし、我々が言うサステナビリティはそれだけではなく、「地球環境の課題解決」「ヒト・社会の課題解決」「経済・ビジネスの課題解決」の3軸でとらえている(図2)。
この3軸すべてを成り立たせるのは容易ではない。しかしながら、地球環境への活動ばかりというわけにはいかない。経済や企業事業継続性は重要だし、ひいてはヒトや社会に好影響がもたらされなくてはならない。これらを高いレベルで探求することをサステナビリティと位置づけ、ITの持続可能性を高めることがグリーン・グリッドのミッションである。
IoTで核となるエッジ/フォグモデルとそこでの課題
――ビッグデータ、IoT、ディープラーニングによるAIなど、新しいタイプのワークロードの出現は、コンピューティングやデータセンターにどんな変革を求めているのでしょう。
ティプレイ氏:ビッグデータ分析にIoTのトレンドも加わり、データの爆発的増大が以前にも増して加速している。特に、IoTは組織が扱うデータの種類と数のケタを変えてしまった。センサーなど膨大な数のデバイスからクラウドに大量のデータが送られるようになったため、送信データ量を減らす工夫をしないと立ちゆかなくなる。そこで、フィルタリングを実行する追加レイヤとして、エッジコンピューティングやフォグコンピューティングが注目を集めるようになった。
クラウド基盤サービスを提供するデータセンターの多くは、工場や店舗などIoTのデータを発生する場所からたいへん遠い場所にあるため、ネットワークの遅延が問題となる。遅延を減らすためにも、データ発生源のそばで処理をするエッジ/フォグコンピューティングが今後もっと必要になる。OpenFogコンソーシアムからは、エッジ側でのCO2排出やサステナビリティの指標、KPIなどの定義について我々に支援してほしいと要請されている。
――あらゆるモノがつながることで危険も増える。IoT時代のセキュリティのあり方も問われていますね。
ティプレイ氏:そのとおり。IoTの進展の過程で最も問題になるのがサイバーセキュリティだ。病院の温度センサーや自動運転車のコントロールがハッキングされたら、非常に恐ろしいことになるが、すでに起こっていることなのだ。セキュリティを強化するにはより多くのコンピューティングパワーが必要になり、大量の電力を調達しなくてはならない。エネルギー効率とサイバーセキュリティ強化という、2つの目標の両立という困難な課題に立ち向かっていかなくてはならない。
この文脈で言えば、ビットコインの存在は注目に値すると思う。ビットコインは分散型ネットワーク台帳技術のブロックチェーンで運用されているが、それ自体は非常にセキュアでハッキングなどのリスクが極小化されている。もちろん、実際に事件が起きたように、ビットコイン取引所のほうに問題があったら、全体としてセキュアではなくなってしまうが。
また、エネルギーの視点で見ると、ブロックチェーンの1つ1つのノードはかなりの発熱量だが広く分散している。エッジコンピューティングの1つの実装として考えても興味深い事例と言える。
次の10年に向けて注目しているテクノロジー
――グリーン・グリッドはどんなビジョンを持って次の10年に向かいますか。
ティプレイ氏:10年前、今の状況はほとんど予測できなかったので、10年後にどうなっているかはやはり定かではない(笑)。それでも、数々の新しいテクノロジーが向かう先を考えるとワクワクするものだ。
エネルギーストレージに関しては、新しいタイプ、例えばガラス電解質バッテリが実用化されるかもしれない。これは、リチウムイオン電池の共同開発者であるジョン・グッドイナフ(John Goodenough)教授率いるチームが研究開発しているもので、従来のバッテリと比較して、より安全・高速に充電可能で、しかも長寿命という理想的なバッテリの実現を目指すものだ。実現されれば、電気自動車が1回の充電で1,000km走れるような時代が来る。
ITインフラ技術では、現在、ハイパーコンバージドインフラが市場を賑わしている。スケールアウト型の拡張が容易で、負荷分散にも貢献する。あとは、現在のフラッシュメモリ/SSD技術の先にある永続性(Persistent)メモリのキャパシティやスピードが今後さらに上がれば、どのデータセンターでもHDDが完全に不要になるかもしれない。データを確実に保持できるうえに、超高速アクセスが現実のものになるからだ。
データストレージについては、容量やパフォーマンスの向上に伴って、今後どのくらいの電力を消費するのかという指標や測定に関心を持っている。我々では容量に関する指標として、ストレージ、ネットワーク、コンピュートのそれぞれのキャパシティと電力使用量の関係を示そうとしている。
――日本支部チームの活動の貢献が大きいと聞いています。今後、日本支部に期待することは何でしょう。
ティプレイ氏:日本支部もほぼ10年の歴史を歩んできた。グリーン・グリッドは、この業界に対する指針に加えて、各国政府にも指針を提示するミッションを担っていきたいと考えている。ベストプラクティスの紹介をはじめ、引き続き、影響力を発揮してもらいたい。信頼に足る専門知識の源として、日本支部から日本発のベストプラクティスが世界中で共有されることを願っている。