クラウド&データセンター完全ガイド:Vendor Focus

Intercloud、ACI、DCaaS、IoE――シスコが描く次世代ICTビジョン

シスコシステムズの日本法人は2014年10月2日、都内で2015年度の事業戦略説明会を開き、代表執行役員社長の平井康文氏らがビジョンや注力分野、日本での事業戦略、新組織体制などを紹介した。以下、説明会で語られた、シスコが描く次世代ICTを形成するIntercloud、ACI、DCaaS、IoEの概要と取り組みの進捗についてまとめた。 text&photo:河原 潤(本誌編集長)

 シスコジャパンが掲げる2015年の企業ビジョンは「Advanced Japan」。これは、ICTによる企業の変革のみならず、社会・国家レベルでの変革を担っていくという同社の意思が込められたものだという。

 「Advanced Japanは、2013年より掲げたExcite Nipponをさらに発展させたもの。IoTの進展や働き方変革の機運といった“高揚”を“実行”に移していくのが、当社の2015年のミッションである」(平井氏)。以下では、ユーザー企業が特に高い関心を寄せるハイブリッドクラウド、次世代データセンター、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)領域のトピックについて取り上げる。

事業者間クラウド連携を実現する「Intercloud」

 2014年3月に発表された「Cisco Intercloud」は、複数のデータセンター/クラウドサービス事業者のクラウドインフラを連携/相互接続し、事業者を超えたグローバルなクラウドネットワークを構築するという壮大な構想だ。

 中核となる技術は、OpenStackベースの基盤ソフトウェア技術「Cisco Intercloud Fabric」だ(図1)。同ソフトウェアが制御とオーケストレーションを司ることで、上述のセキュリティ維持やリソースのポータビリティが実現されたIntercloudインフラレイヤが形成される。つまり、電話の国際ローミングのような環境がIaaSレイヤで実現されるイメージになる。

図1:Cisco Intercloud Fabricのアーキテクチャ(出典:米シスコシステムズ)

 シスコによると、Intercloudとして相互連携されたクラウドインフラ/IaaS上で、ユーザー企業は、一定のセキュリティレベル/QoS(サービス品質)を維持しながら、事業者をまたいでワークロードの移動を行うことが可能になるという。企業のプライベートクラウドと、AWSやMicrosoft Azure、Googleといったパブリッククラウド、Intercloudパートナー事業者による「パートナークラウド」を組み合わせた、IaaSレイヤのハイブリッドクラウド環境が手に入るかたちだ。

 IaaS間の連携や相互運用性の実現については、ブロケードコミュニケーションシステムズやピストンクラウドコンピューティングなどのベンダーが、やはりOpenStackの仕様を基にした取り組みを行い、すでに商用サービスとして提供されている。

 同じOpenStackベースということで、Intercloudも、基本的なアプローチはそれらとほぼ同じと思われるが、推進にあたってシスコは世界50カ国の250のデータセンターを相互連携することを掲げており、連携可能なインフラの数のケタが異なる。同社が目指しているのはこの分野のグローバル標準となって世界中のクラウドインフラを統合することだろう。

 この日の説明会では、米シスコが9月29日にCisco Intercloud Fabricの正式版をリリースし、そのタイミングで、ドイツテレコム(Deutsche Telekom)、ブリティッシュテレコム、米エクイニクス、NTTデータなど30社以上の通信キャリア、データセンター事業者、クラウドサービス事業者がIntercloudのパートナーに加わり、2社目の日本企業として伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)も参加を表明したことが発表された。

「ACI」と「DCaaS」で次世代データセンターを提供

 「SDNを超えるアーキテクチャ」(平井氏)と標榜する「Cisco ACI(Applicaiton Centric Infrastructure)」は2013年11月の発表以来、Intercloudと同様エコシステムの拡大や、対応Cisco UCSサーバー製品の投入などが取り組まれてきた。ACIによるデータセンター全体レベルでのプログラマブルな機器の制御は、2009年に大手最後発のかたちで投入したUCSサーバーの、他社製サーバーに対する差別化要素でもある。そこも同社がACIに力を注ぐ理由の1つと考えられる。

図2:Cisco ACIのネットワーク構成イメージ(出典:米シスコシステムズ)

すべてがインターネットにつながる「IoE」の進捗

 シスコのIoTビジョンである「IoE(Internet of Everything)」についても、イニシアチブの進捗が説明された。同社では、IoEが向こう10年間で日本国内にもたらす経済効果を76兆円と見積もっている。平井氏は「今後、最も導入が進んでいくと考えられるのがスマートファクトリーの分野である」と述べ、施策強化の一環として、この領域を手がける日本のベンチャー企業、smart-FOAへの出資を発表した。これは、シスコジャパンが行うインベストメント事業の投資第1号となるものだ。

 smart-FOAは、製造の現場で発生するイベントデータにコンテキストや説明のデータを付加した「情報短冊」を実現し、品質管理や生産調整・予測などに活用するという独自のFOA(Flow Oriented Approach)に取り組んでいる。シスコとは、2014年2月に発表された、IoTで生成される膨大なデータの処理で負荷分散を図るためのアーキテクチャ「フォグコンピューティング(Fog Computing)」のパートナーとして緊密な関係にあった企業だ。

 同社専務執行役員でIoEインキュベーションラボを担当する木下剛氏によると、現在、国内で3~5社、グローバルで20数社と共同で研究開発を行っているという。シスコはこうしたパートナーと共に、smart-FOAのような製造業をはじめ、交通・運輸業の運行制御システム、渋滞予測や、エネルギー業界のスマートメーター/デマンドレスポンスなど、複数の業種で実証実験が始まっており、近い将来の実用化が期待される。

 本稿では割愛したダイバーシティ/ワークスタイル変革、地域や国家への貢献の取り組みも含めて、発表全体を通じて、ネットワーク分野で長年培った技術力を強みにコンピューティングの近未来像を描くシスコの最新ビジョンがアピールされた。

 一連の技術の中でも最も注目されるであろうIntercloudについては、事業者をまたいだIaaSレイヤの相互連携が可能になったことで得られるユーザーメリットが、SaaSやPaaSの連携と比べてやや見えにくい。また、ACIに代表される次世代データセンター構想に関しては、「(主にOpenFlow陣営の)SDN対抗としてのシスコ流が強すぎる」といった声も聞かれる。とはいえ同社は掲げた構想を構想では終わらせないよう、今後も研究開発にリソースを投入し続けるはずで、ユーザーメリットの部分を中心に動向を注視したい。

(データセンター完全ガイド2015年冬号)