特別企画

【特別インタビュー】ヤマハが無線LANアクセスポイントを作った理由

コンセプトは、“トラブルを減らすアクセスポイント”

 ヤマハ株式会社は2013年3月、小規模オフィスなどを対象にした無線LANアクセスポイント「WLX302」を発売した。同時接続数が2.4GHzと5GHzとをあわせて最大100台で、電波情報をグラフで表示する「見える化機能」や、同社製ルータからのコントロール機能などを備えるのが特徴だ。

 ルータで実績を積み重ねてきたヤマハが、なぜ、無線LANアクセスポイントに手を広げたのか。開発にたずさわった、ヤマハ ネットワーク機器グループ技術補の梶俊明氏に、WLX302の狙いや、その後の展開について話を聞いた。

無線LAN製品を初めて手掛けたわけではない

――無線LANアクセスポイントを製品化した経緯を教えてください

ヤマハ ネットワーク機器グループ技術補の梶俊明氏

 ヤマハでは、長らくルータ製品を出していますが、その中で2000年から一時期だけ、コンシューマ向けの無線ルータ(注:NetVolante RT60wやNetVolante RTW65bなど)を発売したことがあります。ただし、その後に続く製品は途絶えていました。

 しかし最近はスマートフォンやタブレットが一般化し、PCも無線LAN接続が一般的になってきました。そこで、もう一度、無線LANアクセスポイントを製品化することにしたのです。

――RTW65bのようなルータ一体型もありえたかと思いますが、無線LANアクセスポイント単体にした理由は?

 コンシューマ向けではなくオフィス用を想定していたので、アクセスポイント単体の製品にしました。ルータ一体型にすると、ルータごと置きかえる必要がありますし、複数のアクセスポイントを立てたときには1台以外のルータ機能をオフにしてしまいます。

――RTW65bのころから年月がたっていますが、社内で無線技術は継承されていたのでしょうか?

 はい、RTW65bのころの技術は生き残っていました。音楽部門でも、無線LANジュークボックスシステム「MusicCAST」という製品を発売するなど、無線LANの製品を作っていましたし、OEMで無線LANによるリモート制御を使った製品も開発しています。今回のWLX302の開発では、そうした製品の部門からも人と技術を集めました。

かつて提供していた、NetVolante RT60w(左)とNetVolante RTW65b(右)
MusicCASTのオーディオターミナル

“無線LANのトラブルを減らすアクセスポイント”をコンセプトに開発

――WLX302は無線LANアクセスポイント市場では後発となりますが、そこに打って出るための製品コンセプトを教えてください

WLX302
無線LANアクセスポイントの見える化機能

 はい、他社の後追いのポジションにいますので、何か特徴を出したいと思いました。ただし、無線機能そのものでは差別化は難しい。そこで、無線LANのトラブルを減らすアクセスポイントをコンセプトにしました。そして、無線LANはLANケーブルが見えないことから、接続状況がわかりにくいため、「無線の見える化」の機能を付けたのです。

 これは、具体的には2点の機能から構成されています。1点目は、まわりのアクセスポイントが見えること。2点目は、そのログを採って、後から見える化できることです。

 1点目の、アクセスポイントの可視化はスマートフォンなどでも機能を持っているものがありますが、その場所でログをずっと採り続けるという2点目の機能は、アクセスポイントならではのものです。

 無線LANの障害の連絡を受けて、ネットワーク担当者が現場に行ったらもう直っていた、ということがよくありますよね。そのときに、運用中の記録があれば、障害当時の状況がわかります。実際に試してみて感じたのは、モバイルルータやスマートフォンのテザリングなどで、アクセスポイントの数が思っていた以上に頻繁に変わることです。

 ただし、電子レンジのような無線LAN以外の電波については計測できません。専用の無線測定器を使えば、そういったものの影響も計測できますが、そのハードウェアを搭載するとコストが高くなってしまう。あくまで、アクセスポイントのハードウェアでできることをやろう、という考えです。

 また、無線LANのサイトサーベイを専門家に依頼すると、より精度のよい調査ができますが、そのぶんお金がかかります。サイトサーベイほどではないが、それに準ずるぐらいには使えるのではないかと思っていますし、実際に達成できているといえるのではないでしょうか。

――製品の構想は、いつごろから始まったのでしょうか?

 発売が今年の3月で、構想はその約3年前から、開発は約2年前からです。まず、アクセスポイントのハードウェアでできそうな機能を検討して、それが決まってから実際の開発に入りました。検討の段階では、PCベースでドライバを書いたりしてテスト的に実装したりもしました。実際の開発はハードに依存するので、見える化のソフトの部分もハードの開発が始まってから並行して開発しました。

ルータとの連携機能も

――WLX302では、ヤマハのルータからコントロールする機能もありますね。

WLX302単独でもWeb GUIなどを用いて管理できるが、ルータと連携することにより、複数のWLX302やSWX2200シリーズを一元管理できる

 WLX302以前から提供されているレイヤ2スイッチのSWX2200シリーズについては、ルータからコントロールする機能がありました。それといっしょにアクセスポイントもルータからコントロールしたいということで、この機能を付けました。この機能は、アクセスポイント本体とは別のチームが並行して開発しています。

 ただし、SWX2200はルータがないとインテリジェントな制御はできませんが、WLX302では単体でもコントロールできます。WebベースのGUIのほか、コマンドラインが使えるので、ヤマハのルータに慣れていれば、同じコマンド体系でアクセスポイントも設定できます。シリアルコンソールも付いています。

 ルータもそうですが、GUIがわかりやすいという場合もあるでしょうし、目的の操作を直接入力して反映できるコマンドラインがいいという場合もあるでしょう。今後、機能を強化していくときに、できるだけGUIでもコマンドラインでも設定できるようにしていきますが、細かい機能はコマンドラインでということになると思います。このあたりは、当社のルータに慣れている方でしたら、わかりやすいのではないでしょうか。

ルータで定評のある安定性をアクセスポイントでも

――WLX302で好評だったのは、どのような点でしょうか

 具体的にいただいた反響では、「GUIで思ったより簡単に設定できた」という声がありました。

 また、「JANOG Meeting」などのイベントで参加者向けアクセスポイントとして利用していただいたところ、「安定してつながる、速度も出ている」という声をいただきました。目に見える部分のほかに、ルータで定評のある安定性に恥じないような安定性にも気を配っています。最大接続端末数も、2.4GHz帯50台+5Ghz帯50台で合計100台とカタログスペックにうたっていますし、その動作確認もきちんとしています。

――現在実際に導入されているユーザーは、ヤマハのルータと合わせて利用しているところと、そうでないところと、どちらが多いでしょうか?

 正確なデータは把握していませんが、ブランドへの親近感があってか、ヤマハのルータのユーザーさんの導入が多いと聞いています。ただし、それ以外でも、無線LANがつながりにくいので診断機能を求めて、という話も聞きます。

――WLX302の導入先は、どのようなところが多いでしょうか?

 中小企業が多く、工場で利用されるケースもあると聞きます。一方、ヤマハのルータが強い店舗への導入については、数をまく用途には単価が高く、いまひとつ進んでいないようです。

アクセスポイント同士の制御やチャンネル自動調整などの機能も近日登場予定

――今後の機能拡充予定があれば教えてください

 新機能を追加したファームウェアを近々リリースする予定です。このファームウェアでは、アクセスポイントで無線LANを中継するWDSの機能や、電波の強さやチャンネルの自動調整、WLX302同士で親子関係を持たせ、コントローラなしで一括管理する機能などが追加されます。ルータなしでの一括管理は、もともとやりたかった機能で、ようやくリリースすることになりました。

 電波の強さやチャンネルの自動調整は、ユーザーからの要望が多かった機能です。もともとWLX302を開発していたときのユーザーヒアリングで、「勝手にチャンネルが変わると障害のときに対応が難しくなる」という声をいただいていたので、発売時にはチャンネルを自動で変更しないようにしていました。

 それを今回、変わるようにも変わらないようにも設定可能になります。接続中にチャンネルが変わると接続が切れる場合があるので、そこも考慮して賢く制御するようにしていますが、やはり変わらないでほしいというユーザーもいらっしゃいますので、選べるようにしました。

――YNE(ヤマハネットワークエンジニア会)会員を対象に、MDM(Mobile Device Management:モバイル機器管理)機能のモニターも募集していましたね

 はい。現在オープンベータの段階で、そこで出た声を製品に反映していく予定です。スマートフォンの管理をどうしよう、という声は企業の管理者さんから聞きますので、ではWLX302で対応しようということで機能を開発しました。

――MDMをアクセスポイントの機能とした理由は?

 MDMにはクラウドサービスが多いようですが、社内情報を上げるのに抵抗があるという声があって、ではローカルでやろう、というのが一つです。また、アクセスポイントで管理してれば、どの端末がどのアクセスポイントに接続したかも把握できます。まだ実現されてはいませんが、将来的には、接続場所によって適用するポリシーを変える、といったこともできるようにすることを考えています。

――ちなみに、複数台のアクセスポイントがあるときには、MDM機能はどうなるのでしょうか?

 1台だけがMDM機能のマスターを受け持つ形になります。MDM機能自体は、相互につながっていればどこでも制御できますし、接続するアクセスポイントにもとづいた制御となると、それを意識して制御することになると思います。

高速規格への対応は?

――規格としてはまだドラフト段階ではありますが、より高速なIEEE 802.11ac規格が注目されていますね。こうした、より高速な無線LANへの対応予定は?

 現在、研究中です。対応したいと思っていますが、処理がなかなか大変ですね。コンシューマ向けであれば、アクセスポイント1つあたりの同時接続台数が1けたでもいいのですが、企業用であれば、2けた台を接続させたい。そうしたニーズの部分と、コストの兼ねあいが難しいところです。

――そのほか、要望の多い機能はどのようなものがあるでしょうか?

WLX302は、アンテナ内蔵のスッキリしたデザインとなっている

 いろいろありますが、外付けアンテナの要望はあります。いまはアンテナ内蔵型で無指向性ですが、外付けにして指向性を持たせたり、本体を収納してアンテナだけを出したり、という利用法の要望ですね。

――もともと内蔵にした理由は?

 これもユーザーの声によるものです。アクセスポイントにアンテナが何本も立っていて目立つのが嫌という声です。それに合わせて、色もオフィスの壁などの色に近い白にしました。

 ただし、そのときにも、内蔵と外付けの両方の要望をいただいていて、内蔵の声が多かったのでまず最初に内蔵型を出しました。今後、できれば両方の製品を出せればと思っています。

――先ほど単価の話もありましたが、今後ローエンドモデルやハイエンドモデルの予定は?

 それについては、まだ対外的に言えるものはありません。市場の状況を見て、ですね。
――ありがとうございました。

なお、WLX302の販売代理店であるSCSKでは、「ヤマハで作るLAN見える化ソリューションの実践講習会」と題した、無料(事前登録制)のハンズオン体験講習会を各地で開催している。次回は、12月13日に東京・豊洲フロントのSCSK豊洲オフィスで開催され、2014年も引き続き開催が予定されているとのことだ。