できる会社のIT活用術~迷える社長をお助けします

天災が起こっても続いていく会社へ! 「事業継続計画:BCP」を考えよう

 東日本大震災が起こったことで、「災害が起こったとしても、会社を続けていくためにどうすればよいのか?」と真剣に考えた企業は多いだろう。

 そこで注目を集めているのが、災害が起こった際に事業を続けていく方法を平時から考えておく「事業継続計画」だ。人的オペレーションなどITでは解決できない問題も多いものの、IT活用によって災害による損失をいち早く建て直すことができる部分も多い。

 株式会社インプレレでも、会社を襲った予想外のトラブルを発端として事業継続計画を考えることになる。果たして株式会社インプレレは、無事に事業継続計画を立てることができるのだろうか?

ハードディスクは壊れるもの?

その日、株式会社インプレレ社内はいつもとは違う緊迫したムードが漂っていた。

「申し訳ありません…」

土下座しそうな勢いで謝っているのは、インプレレのデザイン部に所属する出産。その横で普段は出産が使っているMacと、そこにつながっているハードディスクを確認する三番町システム商会の秋葉原。

・出産守(でっさん まもる)

株式会社インプレレのデザイン部に所属。デザイン担当。41歳

・秋葉原
システム販売を行う「三番町システム商会」勤務で、株式会社インプレレを担当する営業マン。システムのことのみならず、企業の業務改善に関する幅広いノウハウを持つ。

「正確には弊社内のエンジニアが見て判断することですが、ハードディスクはクラッシュしてしまって、中のデータを取り出すためには、弊社が提供しているデータ復旧/復元サービスをご利用いただくことになります」

「…それ、どれくらいかかるのかな?」

「はっきりとはいえませんが…パソコン1台分か、それよりも若干高めかと…」

秋葉原のことばを聞いて、真っ青になる出産。

「本当に申し訳ありませんっ」

「出産さんは悪くないですよ!社長に何回も、お客さまの大切なデータを預かっているんだから、新しいハードディスクが必要なんですと進言していたのに、社長が『まだ数年しか使ってない』って新しいのを購入するのを認めなかったから…」

・市ヶ谷一郎

従業員40人の文具メーカー「株式会社インプレレ」の代表取締役社長。年齢51歳。パソコンおよびITが苦手。

・飯田橋花子
インプレレの総務部社員。面倒見がよいこともあって、社内の困りごとを引き受け、社長である一郎の秘書的な業務も請け負う。

「…(そんなことあったっけ…そんな話、全く忘れていた…)」

「ハードディスクは2年から3年が寿命と言われています。大切なデータが入っているものは、こまめにバックアップすることは大切です」

「!!!…そういうものなんだ…日本の機械って丈夫だから、まだまだ働いてくれるものとばっかり…」

「うちでテレビにつないでいるハードディスクだって、数年で壊れちゃいましたよ。うちの会社で使っているハードディスクが壊れなかったのは、出産さんがこまめにケアしていたから事故がなかっただけじゃないですか?」

「確かにその通りだ…うちの会社はお客さまの会社のロゴデータを預かって、ノベルティを作らせていただいている。預かったデータがクラッシュしてなくなってしまうというのは本当に一大事だ…私が出産君の進言を聞いておくべきだった…すまん…」

「いえ、私がもっと気をつけていれば…」

「もちろん、元のデータはお客さまもお持ちでしょうけど、今からもう一度いただいて作業をし直すのでは、納期に間に合いませんね・・・」。

万が一の時にどうするか?

 三番町システム商会の秋葉原は、すぐに社内の担当者と連絡を取り、データ復旧/復元サービスの正式な見積もりを出したが、見積額は予告通り、パソコン1台分を上回る高額なものであった。

「はぁ…やっぱり高いねぇ…」

「社長、事業継続計画、BCPをご存じですか?」

「私も経営関連の雑誌ぐらい読むさ、BCPってことばくらいは知っているよ」

「それは大変失礼しました(深々と頭を下げる)」

・事業継続計画(Business continuity planning:BCP)

天災や、事業運営に欠かせない経営上のトラブルなど、企業存続を揺るがすような事態が起こった場合、どのようなオペレーションを取るのかを事前に計画し、万が一の事態に備えるもの。中小企業庁では、入門編から実際の計画策定までを紹介した「中小企業BCP策定運用指針」を公開している。大げさなことのようだが、データのバックアップを取ることや情報共有の仕組みをきちんと設けておくことも、立派なBCPの1つだ。

BCP(事業継続計画)ソリューション(大塚商会)
http://www.otsuka-shokai.co.jp/products/bcp/
データバックアップ対策(大塚商会)
http://www.otsuka-shokai.co.jp/products/bcp/data-backup/?02=82_bcp_0822_top

「ハードディスクがクラッシュした時に、なんでそんなこと言い出すんだ?」

「今回のクラッシュしたパソコンに入っていたデータは大事なものなんですよね?」

「そうだよ。うちはお客さまから会社のロゴを預かってノベルティを作っている。お得意さまの中には、毎年ある時期にノベルティを追加注文するから、うちでデータを預かっている会社が何社かある。お客さまのデータだから、うちの持ち物とは違う預かりものなんだ。例え、お客さまの手元にデータがあったとしても、お預かりしたものが壊れて使えなくなるなんて、あってはいけないことなんだよ!」

「となると、お客さまにお断りをした上で、安全な場所にバックアップを預けることが必要ではないでしょうか? これは、大きくいえば事業継続計画の1つになるのではないかと思うのです」

「ええ?ハードディスクが壊れたことがそんな大騒ぎに?」

「はい。パソコンやデザインソフトなどは、壊れてしまっても調達できるかもしれません。でも、少なくとも、お預かりしているロゴデータや、制作中のデザインデータが壊れてしまっては、出産さんの業務は継続できなくなりますよね? それに、今回のハードディスクの破損が東日本大震災のような天災が原因で起こったとすればどうでしょうか」

「…」

「もちろん、お客さまの中にはノベルティどころではない!という会社もあるでしょうが、逆に自分の会社は元気だということを示すためにあえてノベルティを作りたい!というお客さまもいらっしゃるかもしれません。また、御社には関西支社があります。東日本で震災が起こっても、関西のお客さまは通常通り業務を行っている可能性があります」

「確かに、天災が起こった時にノベルティを作ろうとするお客さまは現実にはいないかもしれない。しかし、そういう気持ちがあるのであれば、当社はいつでもサポートできます!とアピールすることは大切だ。それは納得できる」

「東日本大震災で被災された会社の方から、『震災にあいましてと言えば、数日は同情してくれる。しかし時間がたつと、それではもう仕事は頼めませんねということにもなりかねない。できるだけ早く復旧できるよう準備をしておかないと、自分の会社に明日はない』、というお話を実際にお伺いしたこともあるのです」

「はぁ…それは見事な覚悟だ」

「これは、宮城県に本社がある会社で伺った話です。宮城県はいずれ大きな地震が来るといわれていた地域ですので、東日本大震災前から、対策をとって社内の主要業務のシステムをクラウドに預けていたそうです」

「クラウドって最近話題になっているやつだよね?」

「はい。一口にクラウドといってもいろいろあるのですが、その宮城の会社では、本社とは離れたところに販売に関するシステムを置いて、クラウドで利用していました。そのおかげで、停電が回復したのとほぼ同時に、業務をスタートしたそうです」

「それはすごい!」

「これを、ディザスタリカバリと呼びます」

「『じぇじぇじぇ』、じゃなくて『ザザザ』?なんなんだそれ?」

「社長、ザザザじゃありませんよ!デザスタカバスタ!」

「それも違います。私も舌をかみそうになりますが(笑)、「ディザスタリカバリ」です。簡単にいうと、災害対策ですね。米国では9.11の時に脚光を浴びました。災害などの不慮の事態に備えて、データを遠く離れた2カ所に保存するなどして、片方に天災などのトラブルがあった時に備えておくのです。日本のように地震が多い国では、離れた場所にバックアップを置いておくといったやり方は、取り入れるべき考え方ではないでしょうか」

ディザスタリカバリ(Disaster Recovery)

天災などが起こった場合に備え、機器やデータのバックアップ、体制などを備えておくこと。災害が起こった直後に大きな注目を集めることが多い。最近では、クラウド環境にデータだけでなく予備のシステムをあらかじめ用意しておく、といった対策もとられるようになった。

「確かに…。東京にあるうちの会社が天災にあっても、関西支社で仕事を続けなければいけない場面は十分に起こりえる。3月11日の直後には、実際、東京では余震が多くてあたふたしていたが、関西のお客さまから通常通りの注文があって、慌てたこともあったな」

「事業継続計画のすべてをITが担うわけではありません。ただ、ITを活用することで回避できる問題があります。それを考えていただければと思います。もちろん、費用の問題もあるでしょうから、すべてのシステムで災害時の対策を考えるのは難しいでしょうが、最低限、社外へのデータのバックアップだけでも検討しておくべきではないでしょうか」

「アドバイスありがとう!早速検討させてもらうよ!!」

製品販売だけがビジネスじゃない!

それから1カ月が経過し、市ヶ谷のもとに秋葉原が呼ばれている。

「実はね、思わぬところから新しいビジネスが生まれそうなんで、ちょっと相談をと思って…」

「新しいビジネス、それはいいですね」

「これを見てほしいんだ」と、秋葉原にノートを渡す市ヶ谷一郎。

秋葉原が開いたノートには、顧客からロゴを預かってノベルティをデザインしたことに関する詳細や、ロゴを試用する際の注意点などが文字と絵で細かく記されている。

「これは…全く門外漢の私から見ても素晴らしく緻密(ちみつ)な記録ですね」

「そうなんだよ。このノートがあったおかげで、ハードディスクにどんな重要なデータが入っていて、そのうちどれが消えてしまったのかすべて確認することができたんだ。だから最低限だけを復旧させて、あとは何とか調達できたんだよ」

「これだけ綿密に、いつ、どんなデータを預かっているのかを記録されていればそうでしょうね」

「今後、この記録は、例のグループウェアを使って、業務で必要となる人間はみな閲覧できるような仕組みにしようと思っているんだ。もちろん、無関係な人間は見られないようにしてね」

「それはいいですね」

「で、お客さまのところにデータをクラウドで保存して、それもディザスタ何とかってヤツにして災害にも備えたいんだと説明に伺ったら、何社かのお客さまがこのノートを見て感激してね。有料でいいから、社内にあるロゴなんかのデータを保存して、こうやって記録してくれないか?と依頼されてねぇ」

「あぁ、それが新しいビジネスですか?」

「そうなんだよ。うちが作っているノベルティ以外にも、会社のロゴは名刺や社内封筒などに利用しているが、どうも管理がきちんとしていないという悩みを持っていたお客さまがいてねぇ。出産君が記録していたようにデータを管理してくれれば、事故も起こりにくいんじゃないかと感じたというんだ。それに名刺や封筒に使うロゴは、災害が起こってもすぐに活用できるよう、きちんと保存しておきたいという意向もあったみたいでね」

「確かに天災によって社内に保管しておいた名刺や封筒が使えなくなる可能性は十分にありますね」

「そうなんだ。使えなくなった名刺や封筒をすぐに新しく作るようにできる仕組みになるんじゃないか?と言われてね。『うちの会社はお宅の会社みたいにITに強くないから、ディザスタなんとかなんて思いもよらなかった』と言われて、焦っちゃったよ、ハハハハ」

「(微笑)」

「で、お宅のデータセンターってやつを使わせてもらうのに、われわれがそういう商売をしていいものなのかな?」

「わかりました。これは正式に社内に戻って確認をとってお答えさせていただきます」

「いやぁ、これで大もうけができるようなサービスになるはずはない…。秋葉原さんが本社で確認したら、商売するのは難しいっていわれるかもしれない。でも、これまでは思いもしなかったところにビジネスをするチャンスがある!うちは文房具の販売からスタートした会社なんで、ついつい、物を売ることだけが商売と思ってきた。でも、全く違うところに商売のチャンスがあるのかもしれない…それがわかったことがうれしくてね」

市ヶ谷一郎はトラブルをきっかけとして、ビジネスチャンスを見つける経験をしたようである…。

三浦 優子