大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ
IBMはクラウドでどう変化するのか?(前編)
IBM InterConnect 2017から見えた新たなIBMの姿
2017年3月31日 06:00
米IBMが2017年3月19日~23日(現地時間)の5日間、米国ネバダ州ラスベガスで開催した「IBM InterConnect 2017」は、同社のクラウド戦略をより明確化するものになったといえる。
会期中に20本以上のリリースを発表するという、これまでのIBMのイベントには見られなかったラッシュぶりにも驚いたが、その一方で、ジニー・ロメッティ(Ginni Rometty)会長兼社長兼CEOの基調講演では、IBMのクラウドの特徴を、「エンタープライズストロング」、「データファースト」、「コグニティブコア」の3点とし、「この3つの要素を持つことが次世代クラウドの要素であり、それを実現している唯一のクラウドがIBM Cloudである」と強調してみせたのが印象的だった。
日本IBMの三澤智光 取締役専務執行役員は、「エンタープライズユーザーがいよいよクラウドを活用する時代に入ってきた。今回のIBM InterConnect 2017では、それにきっちりと応えるクラウドにしていくことを宣言した。またIBM Cloudは、単にクラウドからコンピューティングノードとストレージノードを手に入れるものではなく、データを活用して、新たな回答を導き出すプラットフォームであることを示した。そして、クラウドのコアにコグニティブの技術を入れていくことを示した。IBM Cloudの方向性がより明確になった」と総括する。
クラウド時代の新体制へと移行
IBMは、クラウドを将来の事業の柱に据えようとしている。
昨年来、ロメッティCEOが、「IBMが目指すのは、コグニティブソリューションとクラウドプラットフォームの会社」と位置づけていることからもそれは明確だ。
従来は、「eビジネス」や「スマータープラネット」など、IBMの基本メッセージは、ひとつのキーワードで示すことが多かったが、文章によるメッセージにしたのには意味があると、三澤氏は指摘する。
「米国において、CTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)やCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)といった企業のデジタル化を推進する人たちが、CIO(チーフ・インフォメーション・オフィサー)よりも力を持ち始めている。そうした人たちに、IBMはテクノロジーカンパニーであるということを訴求するためのメッセージとして最適なものを追求した結果、こうした文章形態になった」。
コグニティブの概念を取り入れた新たなアプリケーションの時代が到来する中で、それをクラウドプラットフォームで支える企業になることを目指すのが、今のIBMの姿だ。
IBMでは、Bluemix事業とWatson事業を、デビッド・ケニー(David Kenny) シニアバイスプレジデントが統括する体制へと移行した。買収したThe Weather CompanyのCEOを務めていた同氏を経営幹部に登用するだけでなく、IBMが将来の成長を描く新たな事業のすべてを、同氏の管轄下に置くという大胆な人事だ。
一方で、アーヴィン・クリシュナ(Arvind Krishna) シニアバイスプレジデントが、ハイブリッドクラウドを担当。IBMの従来型ビジネスを継続しながら、新たなクラウド環境への取り組みを加速する。
新たな体制では、この2人に、すべての事業責任が任されたといっていい。
米IBMのIBMハイブリッドクラウド インフラストラクチャー オペレーション担当のフランシスコ・ロメロ(Francisco Romero) バイスプレジデントは、「Bluemix事業とWatson事業の統合は、ひとつのプラットフォーム、ひとつのテクノロジーで事業を行う姿勢を示したものである。技術面、ビジネス面においても、1カ所の窓口で対応することが可能になる。IBMが持つ広範なサービスの強みを提供するという意味では、自然な流れともいえる組織改革。クラウドビジネスの進化にあわせたものだ」と説明する。
これにあわせ、日本IBMにおいても、今後は統合の動きが始まる可能性は捨てきれない。
すでに2017年2月1日付けで、クラウド事業を統括する三澤氏の傘下に、グローバル組織に対応したクラウド&コグニティブ営業部を設置。「日本IBM社内だけでなく、外部からの人材の採用によって、かなり大きな営業部隊を構成している」(同氏)とする。
ここでは、Watsonだけを販売したり、クラウドだけを販売するというのではなく、クラウドポートフォリオのすべてを販売することになるという。
「単に、IaaSやPaaSだけを売るというのではなく、Watsonを絡ませたり、アナテリティクスを絡ませたりするなど、ソリューションカットでの提案を進めることになる」とする。
これは、Watsonをエンジンから、ソリューションへと進化させることにつながる。
「Watsonというエンジンだけではビジネスにはならない。Watsonは、今は素材であるが、これをソリューションにしていく必要がある。アプリケーションを開発するための優れたPaaSを提供できるかといった考え方に加えて、アプリケーションをどう活用するか、誰がインテグレーションをするかといったことも視野に入れる」。
同時に、Watsonがクラウド活用のドアオープナーとしての役割を果たし、そこからクラウドビジネスの拡大につなげる考えも示す。
オープンを切り札にするIBM Cloud
IBM Cloudの最大の差別化ポイントは、「オープンスタンダード」と「オープンソース」をベースにしている点だ。
かつてのIBMの基本戦略は「囲い込み」だった。だが、クラウド時代には、これとは正反対の戦略を選択しているともいえる。「主要なオープンテクノロジーのほとんどにおいて、最大のコントリビュータとなっているのがIBM。ここに、ヒト、モノ、カネを積極的に投資している。オープンスタンダードとオープンソースによって、ハイブリッドクラウドがデザインしやすくなり、エコシステムを構築できるようになる。これが、競合にはないIBM Cloudの最大の差別化だ」と三澤氏は強調する。
パブリッククラウドで後発となったIBMにとっては、エコシステムを構築することが、先行するメガクラウドプロバイダーに対抗する手段としては不可欠だったともいえる。そのためには、オープン戦略を選択せざるを得なかったともいえるが、それがむしろ、IBMならではの差別化につながっているというわけだ。
具体的には、IaaSにおいては、OpenStackを採用。昨年2月に発表したVMwareとの提携では、仮想化環境をクラウドへと移行できる仕組みを用意した。
VMwareは2016年秋にAWSとの提携し、「VMware Cloud on AWS」を発表して注目を集めているが、三澤氏は「AWSの発表内容は、約1年後に、AWSがVMware専用のベアメタル空間を用意するというもの。すでにIBMはベアメタルを持っている。現時点でVMwareの環境を100%クラウドに持ち込めるのはIBM Cloudしかない。すでに、日本IBMでも大型の案件が動き始めている」(同)と、AWSをけん制してみせる。
さらに、DockerやRailsのサポート、Cloud Foundryへの積極的な参加のほか、サーバーレス領域においては、OpenWhiskをオープンソースとして提供。Swiftにもコミットしている。
「こうしたオープスタンダートやオープンソースへの対応は、ユーザーのハイブリッド対応と、低コストおよびスピードをあげることにつながっている」とする。
OpenWhiskは、2016年12月に一般提供を開始したもので、「ここ数カ月でさまざまな機能を追加している。Bluemix上で機能を実行させることで、ビジネスに容易に対応できるようになるのが特徴だ。AWS Lambdaに比べてオープン性があるため、ユーザーはベンダーロックインの呪縛(じゅばく)から逃げることができる。またPythonやJava、Server Side Swiftなどのさまざまな言語をカバーしているのも、OpenWhiskの特徴である」と、米IBM IBM Watson クラウドプラットフォームBluemix Core Platformチーフアーキテクト 技術理事のマイケル・ベーレント(Michael Behrendt)氏は語る。
ちなみに、意外に聞こえるかもしれないが、SAPをクラウドで稼働させている環境ではIBM Cloudでの実績がナンバーワンだという。これは日本でも同様であり、日本だけで大規模なものを含めて30以上の稼働実績があるという。
「SAPをクラウド化したいというのであれば、ぜひIBMに相談してほしい。さまざまなSAP向けのサービスを用意している。特にSAP上で、DB2やSQL Server、Oracle Databaseといったさまざまなデータベースに対応したサービスを提供しているのはIBMだけである。インフラからアプリケーションまでのさまざまなレイヤでもサービスを用意している。これはIBMの特徴的な部分である」(三澤氏)などとした。
なお、海外では、Oracleのe-Business Suiteをクラウド上で展開するサービスも提供しているという。
さらにIBM InterConnect 2017では、Cloud Automation Managerを発表。「これは、IBMが持っていたRationalとTivoli、Pure Systemの仕組みをすべてクラウドに書き換えた技術」と位置づけ、「私自身、今回の一連の発表の中で、最も注目した発表内容のひとつ」と三澤氏は語る。
「Cloud Automation Managerは、IBM Cloudだけでなく、AWS、Microsoft Azure、あるいはオンプレミス環境でも、プロビジョニングやオーケストレーションを行えるのが特徴。適切なワークロードを適切な環境に自由に移すことができる。しかも、テスト、開発、デプロイのすべてのライフサイクルで自動化する環境も実現し、DevOpsが可能になる。AWSやAzureのPaaSを活用して開発する場合には、クラウドネイティブの考え方がベースになるが、ミッションクリティカルでは、分散開発の考え方が基本となる。これをクラウド上から提供できる唯一のツールになる。クラウド上での、エンタープライズアプリの開発を本格的に行える環境が整う」とした。
IBMがブロックチェーンを「価値」とする理由
そして、IBM Cloudのもうひとつの特徴が、これらのクラウドプラットフォームの上で提供する「価値」の存在だ。
IoTやブロックチェーン、ビデオ、ヘルスケア、そして買収したThe Weather Companyによる気象情報などの「資産」は、IBM Cloudが提供する価値になる。
特にブロックチェーンについては、Linux FoundationのHyperledger Fabric Version1.0をベースにしたエンタープライズ対応のブロックチェーンサービスの提供を開始すると発表。これまではVersion 0.6への対応であり、ベータ版ともいえる状況での活用であったが、これがいよいよ正式版として利用できるようになる。これは、今回のIBM InterConnect 2017で発表された中でも最大のニュースだ。
そして、IBMのブロックチェーンにおけるもうひとつの差別化ポイントは、「IBM Blockchain on Bluemix High Security Business Network(HSBN)」と呼ばれるセキュアなエリアに、チェーンそのものを格納する仕組みを採用している点だ。「ハッキングされてはいけないのがチェーン。セキュアにチェーンを利用できる技術を提供しているのはIBMだけ」と三澤氏。
「HSBNによって、Common Criteria EAL 5+の基準をクリアしたエンジンの上で、チェーンコードが格納されることになる。最もハッキングされにくい環境を実現できる」と自信をみせる。
IBMでは、すでに全世界で400件以上のブロックチェーンに関するプロジェクトが開始されていることを示しながら、「今年は、ブロックチェーンが本格的に利用される年になる」(三澤氏)と予測する。
IBMは、今回のIBM InterConnect 2017では、ダイヤモンドの鑑定や、エネルギー分野での活用など、さまざまな業界でブロックチェーンを活用していることを示した。「マイクロサービスでデザインして、クラウド上からデプロイすれば、全世界でブロックチェーンを活用できる環境が簡単に整う。IBMのブロックチェーンは、あくまでもビジネスでの活用に焦点を当てており、仮想通貨の領域には踏み出さない」とする。
データやビデオが持つIBM Cloudの価値
IBM Cloudが持つもうひとつの価値が、The Weather Companyの気象データだ。
全世界の気象データを収集しているThe Weather Companyは、30億もの気象予測ポイントと、4000万台以上のスマートフォン、5万機にのぼる航空機の1日のフライトから収集したデータを分析することで、メディアや航空、エネルギー、保険業界、政府関係機関など、5000を超える顧客に対して、データに基づく多様な製品やサービスを提供している。IBMがクラウドを通じた価値を提供するという意味では重要な役割を担うことになる。他社にはない、IBM Cloudならではの付加価値サービスが提供できるようになるからだ。
さらに、IBMクラウドビデオの取り組みも価値のひとつとして見逃せない。IBMは、動画サービスのUstream、Clearleapのほか、高速ファイル転送サービスのAspera、オブジェクトストレージのCleversafeを買収。米IBM IBM Watson クラウドプラットフォーム IBMクラウドビデオ オファリングマネージメント ディレクターのグレゴール・マクエルヴォーグ(Gregor McElvogue)氏は、「IBMは、クラウドビデオを通じて、最もインテリジェントで、ベストなクオリティのビデオプラットフォームを提供することを目指している」とする。
これらの技術を活用することで、タウンミーティングやCEOが出席する製品発表向けのビデオ制作サービスのほか、映画のトレーラー(予告編)制作などにもインテリジェント機能を活用して、これまでにない制作プロセスを提供できるようになるという。
すでに、人工知能をテーマにした映画である「Morgan」のトレーラー制作には、Watsonがかかわり、米国では話題を集めている。「映像やセリフなどを通じて、映画の内容をWatsonが理解をしたり、Twitterなどの情報から、どんなところに映画を見る人たちの興味や関心があるのかといったことも分析したりする。そこから製作者に対して、トレーラーには、どんな部分を盛り込むべきかといった提案をする」というわけだ。
今後8カ月以内に、IBMクラウドビデオの中にWatsonの機能が実装される予定であり、今後、クラウドビデオの進化は一気に進展することになるだろう。
これも、データを活用した新たな価値提案のひとつだといえる。
IBM Cloud最大の価値になるWatson
そして、IBM Cloud最大の価値が、Watsonということになる。
Watsonは、言語、画像、スピード、共感分析、IoTなどのAI機能を、Bluemix上で提供。30を超えるAPIを提供しているという。「これだけの数のAPIを用意し、しかもすぐに利用できる環境を実現しているのはIBMだけ。自社に最適化したコグニティブアプリを構築するためにWatsonを活用することができる。さらに、IBMが持つ大量のデータで学習を行ったAIの活用だけでなく、顧客が持つデータを用いて最適化を行ったAIも活用できる。そして、大量のデータを用いたAIだけでなく、少量のデータを活用したコグニティブアプリの開発を可能にする構造を持っている点が、他社にはない大きな特徴のひとつだ」と、三澤氏は説明する。
今回のIBM InterConnect 2017では、MaaS 360 with Watsonを新たに発表した。これは、新たにセキュリティ分野においても、Watsonの機能を活用していくものであり、SOCのセキュリティアナリストの働き方を、Watsonによって変えていくことになる。
また、新たに発表したIBM Security Immune Systemは、IBMセキュリティの中核的役割を担うものと位置づけられ、ここにもWatsonの技術を活用して、セキュリティアナリストの分析作業を支援していくことになるという。
こうしたIBMセキュリティの実現においても、Watsonが活用されていることが示された。