“クラウド登場”の遥か前からクラウドに取り組むIIJ


 株式会社インターネットイニシアティブ(以下、IIJ)は、日本でインターネットの黎明(れいめい)期から、インターネットにかかわるビジネスを展開してきた。IIJといえば、インターネットのプロバイダー(ISP)として記憶しているユーザーも多いだろう。

 しかし、現在ではISPというよりも、ネットワークなどの足回りから高度なデータセンターの運用までを提供する、統合的なインターネットソリューション企業へと変身している。今回は、そのIIJが提供するクラウドサービスを紹介する。

 

クラウドビジネスの基礎は1995年から

 現在IIJは、「IIJ GIO」というブランドでクラウドサービスを展開している。

IIJは、クラウドというキーワードが世の中に出る以前から、ネットワークやサーバー、ストレージのインフラを提供してきた
IIJは、さまざまな企業のITシステムの構築を手伝うことで、サービス化を行ってきている。こういったノウハウをもとにクラウドサービスを構築した

 しかしこのIIJ GIOは、クラウドを構築しようとしてまったく新規で開発されてものではなく、IIJのクラウドは、IIJが行ってきたビジネスの延長線上にできあがったものだという。

 インフラについても、クラウドサービスを提供しようと思ってネットワークやデータセンターを作ってきたのではなく、ユーザーが必要とするサービスに対応するためにインフラを整えていった結果が今の環境なのであり、ある意味、「クラウドというキーワードがIIJのビジネスに追いついてきた」といえるかもしれない。

 IIJ(当時は子会社のIIJテクノロジー)では1995年に「Webホスティングサービス」を開始したが、1998年頃からeコマースサイトの構築というニーズが高くなり、このサービスを利用して、非常に多くのeコマースサイト、Webサイトの構築を行ったという。

 そしてこのサービスを通じてノウハウを蓄積した結果、たいていの企業が必要とするシステム構成(サーバーやストレージなどのハードウェア、OSやWebサーバーなどのソフトウェア)は似通っていることが分かった。そこで、Webサイトの3階層やストレージ、ネットワークといった各要素ごとに同じハードウェアを大量に調達し、VLANで論理的に構成を分けることで、安価にサービスの立ち上げるようにした。

 こうして生まれたのが、ITリソースを必要なときに、必要なだけ提供する「リソースオンデマンドサービス」で、2000年に提供が開始された。このサービスは現在のクラウドサービスと異なって、物理サーバー環境を提供するサービスだが、テクノロジー志向の企業であり、大量のユーザー環境を預かるIIJでは、ITリソースの効率化を図る中で、当然ながらサーバー仮想化技術にも注目し、それを取り入れてきた。

 このように、さまざまなハードウェア環境を構築して、ソフトウェアをテストし、また必要に応じて運用管理ツールを開発していく、といったことは、IIJのようなテクノロジー志向の企業が最も得意とする分野で、このような延長線上に、IIJのクラウドサービスIIJ GIOは成り立っているのだという。

 

オーダーメイドとレディーメイドのクラウドで包括的なニーズに対応

IIJ GIOは、レディーメイドのIIJ GIOアプリケーションサービスとIIJ GIOプラットフォームサービス、オーダーメイドのIIJ GIOコンポーネントサービスが用意されている

 IIJ GIOは、大きく分けて、オーダーメイドの「IIJ GIOコンポーネントサービス(以下、コンポーネントサービス)」と、レディーメイドの「IIJ GIOアプリケーションサービス(以下、アプリケーションサービス)」、「IIJ GIOプラットフォームサービス(以下、プラットフォームサービス)」が提供されている。

 このうちIaaSに分類されるコンポーネントサービスは、今までのホスティングサービスの延長線上にある。ユーザー企業ごとに、専用のサーバー環境を用意して運用するというもので、サーバーを仮想化する「Vシリーズ」、サーバーを占有する「Xシリーズ」が用意されている。

 さまざまなアドオンサービスも提供されており、例えばネットワークアドオンでは、ロードバランサー、ファイアウォール、WAF、IPS/IDS、VPN、セキュアリモートアクセス、閉域網ゲートウェイなどが用意されている。そしてインターネット網は、日本でも有数の帯域を持つ、IIJのバックボーンネットワークが使用できる点が強みになっているという。


オーダーメイドのIIJ GIOコンポーネントサービスは、ユーザーにサーバー自体を占有して提供することで、安心したサービスが利用できる。IIJ GIOコンポーネントサービスは、1080通りの組み合わせが構築できる
IIJ GIOプラットフォームサービスには、4つのサービスが用意されている。IaaS/PaaSにあたるのが、IIJ GIOホスティングパッケージサービス
IIJ GIOホスティングパッケージサービスは、オールインワンで提供されるクラウドサービスだ

 IaaS/PaaSとして提供されているのが、プラットフォームサービスだ。プラットフォームサービスには、基盤となる「IIJ GIOホスティングパッケージサービス(以下、ホスティングパッケージサービス)」のほか、ストレージ関連の「IIJ GIOストレージサービス」、WindowsのRemote DesktopやCitrixのXenApp、XenDesktopなどの仮想デスクトップを提供する「仮想デスクトップサービス」、Javaや.NETでのアプリケーション開発を行う開発者に向けた「開発環境パッケージサービス」などが用意されている。

 このうちホスティングパッケージサービスは、IIJが今まで積み上げてきたホスティングビジネスのノウハウをもとに、ビジネスに必要となるミドルウェアをパッケージ化して提供するもの。

 CentOSがインストールされた1台の仮想環境と、インターネット接続を組み合わせた「ベーシックプラン」を基本とし、すぐにWebサーバーを利用できる「Webプラン」、Webプランに占有型ロードバランサーを加え、冗長化されたWebサーバーを提供する「ロードバランシングWebプラン」、セキュリティが施されたメールサーバーを提供する「セキュアメールプラン」など、幅広い用途に対応した構成済みの仮想環境が設定されている。

 例えばWebプランでは、CentOS上にApache、vsftpdなどのWebサイトを構築するのに必要なミドルウェアがあらかじめインストールして提供されるし、ロードバランシングWebプランでは、Webサーバーがロードバランサーで冗長化された上、ファイアウォールとNASが追加されている。セキュアメールプランではメールサーバーソフトのPostfixとdevecotが導入されているほか、ウイルス対策と迷惑メールフィルタの両サービスも組み込まれている。

 このように、IIJのホスティングパッケージサービスは、IIJがオーダーメイドで提供しているコンポーネントサービスを、最大公約数でカットしたサービスになっている。大きな特徴としては、ネットワーク、ファイアウォールやロードバランサー、フロントのWebサーバー、バックエンドのデータベースサーバー、ストレージなどのレイヤを仮想化して提供している。

 ホスティングパッケージサービスでは、多くの企業が利用する組み合わせをプランとして提供しているが、オプションでストレージ、NAS、VLAN、ファイアウォール/ロードバランサーなどを利用することが可能になっている。

 これらのプランではもちろん、オプションで仮想CPUや仮想メモリ、仮想ディスクなどの容量をアップすることが可能。IIJでは、Xeon L5520(2.26GHz)の1/2CPUコア相当の性能を、仮想CPUの最小単位としている。

IIJ GIOホスティングパッケージサービスのプランベーシックプランが基本的なサーバー。WebプランはWebサーバーとして構成。ロードバランシングWebプランは、Webプランにロードバランシング機能が提供されている
IIJ GIOホスティングパッケージサービスの仮想サーバーのスペックコントロールパネルでは、さまざまな管理機能が提供されている

 もう1つのレディーメイドサービスであるアプリケーションサービスは、IIJのSaaSといえる。アプリケーションサービスでは、グループウェアとして日本国内で多くの導入実績を誇るサイボウズのガルーンのSaaS版、電子メールのiiMail、モバイル向けの会員管理、高速なメール配信、モバイルサイト構築を行うINVITO Mobile(CRMサービスにあたる)などが提供されている。


IIJ GIOアプリケーション サービスは、サイボウズのガルーンなどの多くの企業が利用するアプリケーションをSaaSで提供している

 

歴史的背景が強み、ライバルはAmazon.com?

 今回は、IIJのマーケティング本部 GIOマーケティング部の小川晋平部長にお話をお伺いした。

マーケティング本部 GIOマーケティング部の小川晋平部長
高いクオリティと柔軟性を持つプラットフォームをIIJでは提供している

――コンポーネントサービスを始めとする、IIJ GIOの特徴はどういった部分でしょうか?

 1つは、クラウドという言葉がなかった当時から、クラウド的なサービスを提供し続けてきたということです。その分、ノウハウもたまっていますし、多くのお客さまを収容していますので、監視やプロビジョニングに使うツールも自前で作って、その分安くなっていますね。

 ソフトはすでに開発していたし、(データセンターなどの)設備投資も回収がほぼ終わっています。こうした歴史的背景による強みが武器です。

 また、他社だと個別見積もりになってしまうところもメニュー化されていますから、お客さまにはわかりやすいですし、多様なニーズに対応できるよう、物理サーバーもお貸ししている。さらには、持ち込み機器とも容易につながる仕組みを提供できます。

 お客さまの企業システムを預かる中では、仮想マシンだけではだめで、占有型のサーバーも個別対応も必要なんですね。仮想ハイパーバイザーについても、コンポーネントサービスのうち、仮想サーバーを提供する「Vシリーズ」では、XenとHyper-Vを利用していますが、占有型の「Xシリーズ」を使えばVMwareを利用できます。

 企業システムということでもう1つ大きいのは、IIJ GIOの環境の中に、大きな設定変更なしで、お客さまの社内と同じ同じプライベートIPアドレス環境を持ってこられることでしょう。これによって、シームレスにクラウドを利用することができます。

 さらに、ホスティングの時代からではありますが、当社がネットワークを持っているのも強みです。インターネットのバックボーンのある会社なのですから、それを生かさない手はありません。お客さまがわざわざ、高い費用で専用線などの回線を借りるのなら、当社のデータセンターを借りて、そこにインターネットのゲートウェイを置けば、安い価格で便利な環境が得られるのです。これが、クラウド時代にも生かされています。


――では、ホスティングパッケージサービスの特徴はどういった部分でしょうか?
IIJ GIOのクラウドを利用することで、ITシステムは低コストになる。現在でも、従来比30%削減できるが、将来的には50%削減ができる

小川部長:ホスティングパッケージサービスは、IIJが今まで企業に提供してきたホスティングサービスのノウハウを集約したものです。

 ハードウェアやネットワークなどは、オーダーメイドのコンポーネントサービスと同じものが使用されています。オーダーメイドですから、どんな形のシステムでも構築できるのですが、その代わり設計・インテグレーションの作業が入りますので、初期に一定のコストと時間がかかってしまいます。また、リソースの増減は自由にできますが、対応には多少時間がかかります。

 一方、IaaSのホスティングパッケージサービスは、コンポーネントサービスから、最もよく使われているモデルをプラン化したもので、前述したような背景から、安価にサービスを提供できる点が特徴です。Amazon.comと同じように、Web申し込みもできますし、月額4000円の「プランV10」を含めて1日単位の契約も可能ですから、同じクラスのクラウドサービスであれば世界最安といえます。

 われわれとしては、Amazon.comに匹敵するぐらいの低コストのクラウドを、日本品質の高いクオリティで提供できていると自負しています。コスト面では、ここ数年クラウドに投資している会社では厳しいのではないでしょうか。

――Amazon.comはワールドワイドでサービスを提供していますが、IIJではIIJ GIOをどのように展開していこうと考えていますか?

 IIJ自体は、日本国内やアジア各国に膨大な帯域のネットワークを保有しています。こういった部分を強みにして、アジアでの地位を確立したいと考えています。もちろん、日本国内に低コストで運用できるコンテナ型のサーバーファームを運用していますが、アジアをターゲットに考えれば、国外にデータセンターを積極的に設置していく予定です。

 米国に関しては、IIJアメリカという子会社があるので、ここを中心にして、北米でもクラウドを展開していきたいと思っています。

 とにかく、アジアである程度の影響力を持つようにならないと、ワールドワイドでビジネスは行えないと思っています。アジアで確固たる地位を確立できれば、他国のパートナーとも魅力のある提携ができると思っています。

 そうでなければ、単なる日本国内のローカルリージョンのパートナーになってしまいます。やはり、ライバルはマイクロソフトやアマゾンですね。彼らと、互角に戦っていけるように、テクノロジーを磨き、インフラを整えていきたいと思っています。


IIJでは、コンテナを単位としたデータセンターを構築している。これにより、データセンター自体のコストも安く済むため、サービス自体を低価格化できるIIJ GIOでは、次世代サービス基盤(NHN)を構築するために、独自のクラウド技術を開発した。このインフラは、仮想化、iSCSIを使ったディスクレスサーバー、ホスト情報の集中管理、ネットワーク機器のVLAN設定の動的変更などが導入されている

――最後に、クラウドはユーザーをハッピーにしますか?

 ITコストという面では、劇的に低コスト化すると思います。これは、経営層にとっては魅力があるでしょう。しかし、今までのITシステムのお守りを行っていたベンダーにとっては、ビジネスが無くなってしまうというデメリットもあります。

 また、システム開発を行う企業にとっても、クラウドをベースにすれば、インフラ部分のシステム開発ではなく、より上位のソフトウェアの構築が重要になってきます。さらに、企業のシステム部門にとっては、クラウドの登場により、ITシステムのカットオーバーを数週間単位、数日単位で行うほどのスピード感が必要になります。

 こういったことを考えれば、クラウドは大きなターニングポイントになるでしょう。サーバーの管理だけでビジネスになった時代とは、大きく変化してきます。だからこそ、ITに関連する企業は、ビジネスを大きく変えていく必要があると思います。

 変化し続けることが、生き残れると思っています。これは、IIJ自体にも当てはまることだと思います。だからこそ、IIJ GIOも、四半期ごとをめどに、さまざまな機能アップを図っていく予定にしています。


クラウドのメリットを生かして、低コストで急激なトラフィックの変化をさばく。アスマルは、法人向けの文具販売のアスクルとネットプライスドットコムが共同で設立した、個人向けの通販サイト文部科学省の「熟議カケアイ」というSNSは、クラウドを利用することで1カ月で構築したIIJ GIOのロードマップ
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