事例紹介

ICカード統合への幕開けか? 「医療」「交通」の連携に挑んだ豊田市

ICT街づくり推進事業(4)

市民プローブによる街づくり

 もうひとつの主要な取り組みが「市民プローブによる街づくり」。自動車の走行情報(プローブ)と、市民力を生かして収集する情報を交通に活用する2種類の実験が行われた。

 自動車の走行情報としては、CAN(Controller Area Network)データと位置情報から、速度・加速度・燃料噴射量などの走行環境データを収集した。モニターの自動車135台にスマートフォンなどの車載器を設置させてもらい、約1カ月間で走行時間1929時間、走行距離5万4849km、600万超のプローブ情報を収集。これを基に、渋滞・環境・走行危険(ヒヤリハット)といった道路情報を地図上で可視化。朝8時台の市内や主要幹線で通勤ラッシュを可視化することに成功した。

実証実験の概要。モニターの自動車135台にスマホを初めとしたシステムを搭載
CANプローブで渋滞の様子を可視化した例

 剱持氏が所属する研究室はこうした交通分野を専門としており、将来的には今回のような“自動車×IoT(Internet of Things:モノのインターネット)”の情報をカーナビなどに統合したい考えだ。今後の普及については、次のように述べている。

 「実証実験ではこちらでスマートフォンや通信費を負担しましたが、実際の普及を考えると運転者自身のスマホでこうした情報を活用できるのが理想です。そのためには、プローブ情報が運転に役立つという効果を示す必要があります。自分が提供する情報が生活に役立つという認識が広まれば、自ずと使われるでしょうから」(剱持氏)。

 豊田市の街づくりという観点では、「やはり渋滞情報の活用が有望です。足助には香嵐渓という紅葉の名所があるので、そういうところにうまく使えないかなというところですね」と語る。

 一方、市民力を生かした情報としては、スマホカメラで撮影した写真を基に、町の不具合や交通に関するレポートを受け付けた。が、こちらは課題も多いようだ。

市民力を生かした情報収集の仕組み

 「システムとしては実装しましたが、どう使うかは要検討です。実証実験では20名ほどに参加してもらったのですが、懸念されるのが“炎上”で、たとえば問題をレポートしたのにいつまで経っても解決されないと市民としては不満も募るでしょう。重要なのは、“通学路の安全性を報告してもらう”といったように、どんな情報を集め、何のために役立てるのか具体的な目的を決めることだと思います」(同氏)。

 余談だが、これと同じ取り組みとして、千葉県千葉市が「ちばレポ(参考記事)」という取り組みを平成26年度から開始している。街の不具合を市民のスマホからレポートしてもらうというもので、平成27年1月31日現在で、1467名の市民から計763件の報告を受け、538件が対応済みという成果を上げた。この結果、総務省「地域情報化大賞」で奨励賞を受賞している。

 一方、やはり「レポートしたにもかかわらず、すぐに公開されない」「対応までに時間がかかりすぎる」といった不満も挙がっているという。千葉市では“炎上”をどうコントロールしたのか気になるところだ。

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 まとめ。今回の取り組みは「医療」と「交通」のサービスを1枚のICカードにまとめたのが特長だ。これにより、高齢者に安心・安全を提供するのに成功している。一方、ICカード統合という視点で見ると、こうした動きは今後の主流となっていくのだろうか。

 参考となりそうなのは、京都府京都市で実現された、個人用電子カルテ「ポケットカルテ」と地域共通診察券「すこやか安心カード」だ。「ポケットカルテ」は、複数の医療機関で電子カルテを連携させ、薬局・ドラッグストアの調剤情報も含め、患者自身が「医療履歴」として生涯無料で閲覧・管理できるサービスである。電子カルテを「カルテのそもそもの持ち主」である患者が共有できる。調剤薬局を例に取ると、全国611店舗が「ポケットカルテ」の電子お薬手帳に対応しているという。

2008年から始まり利用登録者数4万5000名を超える「ポケットカルテ」
患者自身で履歴情報を管理できる

 情報の集約方法としては、各機関の領収書に記載されたQRコードをスマホで読み取る。ただし、これだと情報端末を使っていない人が対象外となるため、対象地域の5病院と久御山町役場で地域共通診察券(ICカード)として発行したのが「すこやか安心カード」で、すでに京都や名古屋などで5万枚以上を配布しているという。

地域共通診察券「すこやか安心カード」の特徴

 共通診察券はすでに実現されている。今回の豊田市の取り組みでは「交通」との融合も実証された。ここからさらにICカード統合は進むだろうか。

 可能性は前橋市の「ICTしるくプロジェクト(参考記事)」に見出せる。同事業では、ICカード統合に全国民に配布される「マイナンバーカード」を活用し、1枚でさまざまなサービスの認証を実現した。

 マイナンバー制度は税・社会保障・災害対策のためのものだが、それ以外のサービスに応用するための余地が用意されている。自治体が条例を定めて他サービスに利用できるほか、マイナンバーカード内に空き領域があり、総務大臣の認可を受けた団体・組織がそこにサービスを追加できるのだ。こうした多目的利用を総務省でも検討しているようで、ICT街づくり推進会議・共通ID利活用サブワーキンググループの報告書には、いくつか多目的利用例が掲載されている。

マイナンバーカードでクレジットカード決済を可能に
医療機関で提示する保険証の代わりにマイナンバーカードを
地方公共団体の多様なサービスをマイナンバーカードで利用可能に

 もちろん、空き領域にも限度がある。キャッシュカードや多彩な店舗のICカードまで統合するのも大変そうだ。しかし、2000年代に登場した交通系ICカードもいまや全国での相互利用が進んでいる。さらに豊田市や前橋市の取り組みのように、ICカード統合をめざした動きは民間企業のサービス(参考記事)でも見受けられるようになっている。

 ベクトルはICカード統合へ向いている。究極的に「唯一のICカード」の実現は難しいかもしれないが、将来的には分からない。もしかしたら近い未来に、こうしたさまざまな取り組みが開始された今現在こそが、実現へのターニングポイントだったと振り返られるのかもしれない。

川島 弘之