トピック
現場スタッフが作業手順を自習できる「インテリジェント作業支援システム」を
HoloLens 2とDynamics 365 Guidesで構築
次世代のクルマづくりを加速
- 提供:
- 日本マイクロソフト株式会社
2022年1月25日 09:00
日産自動車株式会社は2019年、次世代のクルマづくりコンセプト「ニッサン インテリジェントファクトリー」を発表し、国内外の工場に革新的な生産技術の導入を推進してきました。 2021年秋には高級車やスポーツカーの製造組み立てを手がける栃木工場に、新たなEVのパワートレイン製造ラインを稼働。この作業指導にMicrosoft HoloLens 2とMicrosoft Dynamics 365 Guidesを使った「インテリジェント作業支援システム(IOSS)」を導入して、作業者自身による技能トレーニングと指導担当者の負荷軽減を実現。デジタルを活用した、さらなる製造現場の効率化と技能向上の試みを進めています。
不確定要素の時代に強いクルマ作りの体制構築が急務
「ニッサン インテリジェント ファクトリー」には、コンセプトの中心となる4つの「柱」、すなわち、①未来の車を作る技術 ②匠の技で育つロボット ③人とロボットの共生 ④ゼロエミッション化生産システム、があります。今回取り上げる「インテリジェント作業支援システム(IOSS)」は、この3番目の領域に関わる画期的な試みの第一歩です。
日産自動車では2020年7月、世界的に高まるゼロエミッション化の要請に応え、まったく新しいスタイルのクロスオーバーEV「日産アリア」を発表。生産を担当する栃木工場に「日産アリア」の心臓部である新世代EVパワートレインの製造ラインを新設し、10の新しいデジタルソリューションの導入を開始しました。その1つであるIOSSは、EV 専用パワートレインの生産ラインで、作業員がモーターの目視検査で品質チェックを行うための、技能習熟トレーニングに用いられます。
パワートレイン生産の責任者である常務執行役員 パワートレイン生産技術開発本部 本部長 村田和彦氏は、ニッサン インテリジェント ファクトリーが生まれた背景には、社会や市場の大きな変化、そして新型コロナウイルスによるパンデミックのような突発的事象に対応する狙いがあったと明かします。
「日本のものづくりは現在、労働人口の減少や、それに伴う高技能の移植・継承といった課題に直面しています。また今回のコロナ禍では、映画の世界のできごとのように思っていたパンデミックが、ある日前ぶれもなく起こりうるのを誰もが実感しました。こうした不確定・不安定な要素に満ちた時代には、自動車メーカーもさまざまな変動に影響されることなく、安定的に高品質な製品を生産していける仕組みの構築が急務になってきます。今回のIOSSも、そうした私たちの新たな取り組みの一つなのです」
同社では、2010年に初の電気自動車「日産リーフ」を世界に先駆けて発売。またCASE(Connected、Autonomous、Shared Services、Electric)にも積極的に取り組んできました。今回のIOSS導入の舞台に、その最前線ともいえる「日産アリア」の生産ラインが選ばれたのは、きわめて自然な流れといえます。
同生産ラインを手がける、パワートレイン生産技術開発本部 主管 村井勇一氏は、IOSSはまさに村田氏の指摘する課題解決に向けた、デジタル活用の新たなユースケースだと示唆します。
「言うまでもなく、デジタル化や自動化は目的ではなく、生産業務のアウトプット品質の向上こそが目的です。また最終的にその成否を決めるのは人間の技能なので、そこをいかに改善・強化するかが、生産現場におけるデジタル活用の課題だと考えています。作業員がスマートグラスの視界の中で実際の製品とMixed Reality(MR:複合現実)による作業指示とを同時に見ながら、技能習熟トレーニングを進められるIOSSは、そうした意味で画期的な試みだと自負しています」
「コストと使いやすさ」に着目してマイクロソフト製品の採用を決定
日産自動車がデジタルを生産現場に応用する取り組みを本格的に始めたのは、2016年。当初はIoTなどの要素技術を業務に活用する検討から始まり、2017年以降、毎年数本ずつのアイテムを開発・導入していったと、パワートレイン生産技術開発本部 パワートレイン技術企画部 パワートレイン技術統括グループ 加藤実千子氏は振り返ります。
「そうした経験値をもとに2019 年には、今回のe-パワートレイン(モーターや減速機などを含むEV 専用のパワートレイン)へのIOSS導入企画が立ち上がりました。またこれとは別に、サスペンション開発を行う部署でVR を使ったソリューションの検討も始まり、すでに2021年3月から、溶接設備のバーチャルモデルを使った作業性能確認などに活用されています」
IOSSの開発にあたって同社では、作業のガイダンスを行う機能を備えた複数の製品を検討。HoloLens 2とDynamics 365 Guidesの他にも、他社のARソリューションを候補に入念な比較検討を行いました。その結果、Microsoft製品の採用を決めた理由は、大きく「コストと使いやすさ」だったと、パワートレイン生産技術開発本部 パワートレイン生産技術部 設備・システム技術グループ 清水一樹氏は語ります。
「1つ目は、サブスクリプションの価格がリーズナブルであること。2つ目は、作業手順の指導に使うガイドコンテンツの作りやすさでした。特に後者は、製品選定のもっとも重要なポイントになりました。というのも、IOSSは工場の現場で使うので、現場の人たち自身で必要な時すぐに修正したり、新しいコンテンツを作成できなくてはなりません。それには、作成・修正を容易に行えるユーザーインターフェースの存在が非常に重要になってきます。その点でDynamics 365 Guidesは、非常に優れていると判断しました」
Dynamics 365 Guidesの採用を受けて、ソフトウェアとのネイティブな連携や高い親和性が評価され、おのずとHoloLens 2の採用も決まったと清水氏は言い添えます。
さらに2019 年下期には、栃木工場へのIOSS導入プロジェクトが正式に決定。どのような現場作業に適用可能かといった議論から始めて関係者との協議を重ねていったと、パワートレイン生産技術開発本部 パワートレイン生産技術部 設備・システム技術グループ 千代田正義氏は語ります。
「実作業に入ってからは、4か月ほどの開発期間を経て初版をリリース。その後も約6か月かけて、ユーザーからのフィードバック内容を織り込みながらブラッシュアップを続け、2021年9月から正式に利用開始となりました。初版のタイミングでは工長や指導員、実際に生産ラインで外観確認検査を担当する人などに使ってもらいながら、ヒアリングと改善を繰り返し、このコンテンツならば指導者の手を煩わせずに必要十分なトレーニングができるとの最終判断をいただいて、正式運用に踏み切りました」
作業手順の学習時間が短縮され指導者の手間も大きく軽減
IOSSを栃木工場の新規生産ラインに適用すると決めた背景には、紙のマニュアルの不便さや、マンツーマンでの指導に伴う指導者の時間確保といった課題を、デジタル化で一気に解決しようという狙いがあったと清水氏は説明します。
「従来はトレーニングを受ける際、指導者の指示を受けながら、目の前の製品を見たり触ったり、また紙のマニュアルを手に取るといった煩雑さが避けられませんでした。IOSSでは、マニュアルや指示はHoloLens 2の視野内に、目の前の製品や光景と重ねて映し出されるため、学習者はハンズフリーで『見ながら、手を動かしながら』の効率よい学習が可能です。また、この画面はすべて録画できるので、後から自分で動画を見て繰り返し復習するといった、自学自習が可能なのも大きな特徴の一つです」
利用開始後の現在も、ユーザーの声をもとに改良が日々重ねられています。Dynamics 365 Guidesには、プログラミングなどの特別なITスキルがなくても、簡単にコンテンツを作成・修正する機能が提供されています。
「とはいえ、実際に使いやすく優れた内容のコンテンツを作るには、私たち自身でいろいろ考え、工夫していかなくてはなりません。そこで、どうすれば現場の人々が使いやすいのか。ユーザーの意見を聞きながら、画面のレイアウトやボタンの配置、提供する情報量などをゼロの状態から模索していきました」(清水氏)
こうした検討・工夫を重ねていった結果、現場の作業者からは「自学自習できるので、作業を覚える時間が短縮できる」。また指導する側からは「、つきっきりで教えなくて済むので教える側の手離れがよく、指導工数の削減が期待できる」との声が聞かれるようになってきたと清水氏は明かします。
「具体的な効率アップの期待値としては、トレーニングの習熟期間を従来の10日から5日間(50%短縮)へ。また指導者の教育時間を、これまで10時間かかっていたのが1 時間(90%削減)にまで効率化できると見ています。まだ稼働から間もないので、あくまで想定効果ですが、十分に達成可能だと私たちは見ています」(清水氏)
IOSSのもたらすメリットには、「指導者自身のスキルアップ」という重要な側面もあります。
「教わる人が自学自習した時の動画を、後から指導者がチェックして問題点を指摘するだけでなく、指導者自身が自分の教え方を客観的に見て、適切に指導できているかどうか振り返ることができます。この結果、作業員が学習を重ねることで、指導者側にも気づきやノウハウが蓄積されるという点も、従来の『紙と対面』では実現できなかったメリットです」(千代田氏)
IOSSの高い汎用性を活かして他工場への展開を積極的に推進
日産自動車では、IOSSを今後トレーニング以外の用途にも積極的に展開していこうと考えていると、村井氏は展望を語ります。
「もともとIOSSはトレーニング用途に限定したものではなく、MRを活用して作業のガイダンスを三次元的に表現・表示できるシステムとして、様々な用途への応用を想定して開発されています。この汎用性の高さを存分に活かそうと、今後は日産自動車の各工場への展開はもちろん、当社と連携しているルノーや三菱自動車などにも紹介していきたいと考えています」
IOSS導入第1号となった栃木工場でも、工場内の他部門への展開プランがすでに動き出していると、栃木工場 製造第三部 第三車軸課 井手正人氏は語ります。
「栃木工場にはEV専用パワートレインの組み立て以外にも、いろいろな加工現場があります。そうした職場に向けても今後、前向きにプレゼンテーションを行っていきたいと考えています。最初の導入では初めて触れるHoloLens 2に、ベテランの技術者ほど抵抗をおぼえるようなこともありましたが、繰り返し使っていくうちに『これはすごいね』といった声をもらえるようになりました。今後の展開でも、そうした経験をもとに、より多くの現場で活用してもらえるように取り組みたいと思います」
今回のプロジェクトを振り返って村田氏は、ニッサン インテリジェント ファクトリーというコンセプトがIOSSという形で実を結び、工場の作業現場で稼働を開始したことがもっとも大きな変化であり、同時に新たなスタートだと評価します。
「今後はシステムや機械に置き換えられるところは積極的に自動化して、人間はより高度な技術の継承や新技術の検討・導入といった、人でなければできないコアな業務に集中していく必要があります。それにはAIなどを含めたデジタル化なくしては、とうていゴールには到達できません。この領域については、日本マイクロソフトにも意見を求めながら、引き続き注力していきたいと願っています」
ニッサン インテリジェント ファクトリーのコンセプトのもと、さまざまな先端デジタルソリューションを随所に採り入れながら、日産自動車による次世代のクルマづくりへの挑戦は力強く加速していきます。