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【日産×マイクロソフト対談】デジタルと人の技術を融合させ、次世代のクルマづくりを探る日産自動車

 2019年、次世代のクルマづくりコンセプト「ニッサンインテリジェントファクトリー」を発表し、国内外の工場に革新的な生産技術の導入を進めてきた日産自動車。2021年には栃木工場でパワートレイン製造の作業指導に、Microsoft HoloLens 2とMicrosoft Dynamics 365 Guidesを使った「インテリジェント作業支援システム(IOSS)」を開発。現場作業者の技能習熟と、育成担当者の負荷軽減の取り組みを開始した。プロジェクトの責任者である村田和彦氏に、日本マイクロソフトの竹内洋二氏が、日産自動車における“ものづくり”とデジタル技術の可能性について聞いた。(文中敬称略)

日産自動車株式会社 常務執行役員 パワートレイン生産技術開発本部 本部長 村田 和彦 氏(右)、日本マイクロソフト株式会社 エンタープライズ事業本部 モビリティサービス営業統括本部長 業務執行役員 竹内洋二 氏(左) (日産エンジンミュージアムにて撮影)

「デジタルと人の技の融合」で変化に強い製造業を目指す

竹内: 日産自動車では2019年、次世代のクルマづくりコンセプトである「ニッサンインテリジェントファクトリー」を発表し、国内外の工場に革新的な生産技術の導入を進めて来られました。この2021年度からは、いよいよ栃木工場で新型クロスオーバーEV の日産アリアの生産がスタートすると伺っています。そうした取り組みの中心におられる立場として、ニッサンインテリジェントファクトリーを通じて日産自動車が目指しているものをお聞かせください。

村田: ニッサンインテリジェントファクトリーが生まれた背景には、現在の社会の大きな変化があります。まず少子高齢化で人が減っていること。それと関連して、昔から受け継いできた、わが国のものづくりと高技能の移植・継承といった問題です。さらに一方ではコロナ禍のような不測の事態がいつでも起こりうることへの対応があります。

 私たちも含めて、人々はパンデミックなんて今まで映画の中の話だと思っていたのが、コロナ禍で、本当にある日、前触れもなく起こるのだとわかってしまいました。コロナ以前も、気候変動が起こると言いながら、みんな心の中では大丈夫だと思っていた。それがコロナ禍の体験から、気候変動もやはり現実に起こるのではという感覚が世界中の人々の間に生まれてきて、昨今の取り組みの急速な高まりにつながっているわけです。

 そうした不確定・不安定要素に満ちた世界では、私たちのものづくりにも、さまざまな変動に耐えながら、確実に品質の高い製品を作っていく仕組みが必要です。自動車という製品は、市場からの要求が単なる「走る・止まる」だけではなく、「CASE」※により、非常に高度化・複雑化してきています。メーカーはこうした要求を満たしつつ、一方では世の中の変動に流されることなく、常に顧客満足度の高い製品をお客様に届け、なおかつそうできることを会社の強みにしなくてはなりません。

※CASE=Connected:コネクテッド、Autonomous/Automated:自動運転、Shared:シェアリング・サービス、Electric:電動化

竹内: いうなれば「高度で複雑なものを、変動に左右されることなく作る」ことが、ニッサンインテリジェントファクトリーの基本のスタンスになっているのですね。

村田: 今回の栃木工場での生産開始を皮切りに、継続的に投資を行いながら日本国内の工場への導入・展開を積極的に進めていきます。もちろんデジタルによる生産ラインの合理化・自動化に加え、一方では熟練工の技能の継承・育成も進め、人にしかできない高度な技術をしっかりと残していくことも大切です。そうやって先進技術と人間の高度な技能が緊密に融合したものが、ニッサンインテリジェントファクトリーのあるべき姿ではないかと考えています。

あらゆる工程をデジタルでつないだデータ活用の基盤構築を

竹内: ニッサンインテリジェントファクトリーには4本の「柱」となるスローガンがありますが、4番目「『ゼロエミッション化生産システム』:カーボンニュートラルへの対応」は今年追加されたものですね。今後こうしたサスティナビリティといった領域にもデジタル技術は大きな可能性を提供できると自負していますが、村田さんご自身はどのようにお考えでしょうか。

ニッサンインテリジェントファクトリーの4本柱

村田: ものづくりという領域におけるデジタル活用では、設計から開発・製造、販売まですべてのプロセスを一気通b貫でつなげる可能性が、まず挙げられます。たとえば設計部門の技術者が、ある部品の設計図面の寸法を1か所変更したとします。従来なら図面を修正し、それを見て生産技術部門では、作り方の標準を決めた作業指示を作成し、さらにその指示帳票を現場の人たちが自分たちの手順に落とし込んで、ようやく変更後の寸法で製品を作れるようになる。

 これがデジタルやAI で常時つながっていれば、設計技術者が図面に変更を加えると、それがシステム上で瞬時に共有され、現場の作業指示帳票まで自動的に修正できるようになります。これが実現すれば、変更情報の伝達ミスによる不具合や時間のロスが一挙に解消されて、飛躍的な効率アップと品質保証が可能になります。すでに私たちの部署でもこうした取り組みを始めているところです。

 もう一つ、デジタル活用の可能性では「トレーサビリティ」があります。製品の完成までの状況が、工程ごとに細かく記録されていれば、そのデータをもとに傾向管理が可能になります。そして何か問題が起きそうな予兆が見られれば、すぐに保全担当者や技術者のモバイル端末にアラートが飛び、障害が発生する前に対応できる。そうした仕組みをデジタルで構築していこうと考えています。

竹内: いうなればデジタルを媒介とした、自動車製造のあらゆるプロセスにおけるナレッジの共有ですね。そうしたデータをニッサンインテリジェントファクトリーの枠組みの上で、血液のように循環させていくことで、新たな日産自動車の活性化や創造力を生み出していこうとお考えなのでしょうか。

村田: 新たな創造力には、さまざまな設備から上がってくるデータが一括管理されて、それをAI で分析してすべての傾向を見られる仕組みが必要です。そうしてどんどん機械に任せられる部分は自動化していき、人間はシステムが発したアラームを確認して対応するだけとなり、大幅な効率化が図れます。そうなれば限られた人員を、本当に人が判断すべき業務に振り向けることができます。そのためにも製品や製造の情報が、国内はもちろん海外拠点も含めて、グローバル規模で瞬時に共有できる仕組みを、将来的には構築していきたいと考えています。

MRを応用して現場での作業指導システム「IOSS」を開発

竹内: ここまで伺って、ニッサンインテリジェントファクトリーには、マイクロソフトで言うところの「デジタルフィードバックループ」に通ずるものがあるように思います。すなわち各工程に蓄積されている形式知はもちろん暗黙知までを含めたナレッジを、その「ものづくり」に関わる全員に共有する仕組み作りのチャレンジではないかと感じています。

 たとえば自部門では役に立たない情報や知見でも、それが共有されれば他部門の誰かにとっては大きな意味や価値をもたらす可能性が十分にあります。そのフィードバックループを機能させるための取り組みが、今まさに日産自動車で実現されつつある印象を受けます。

マイクロソフトが提唱する「デジタルフィードバックループ」。企業活動のあらゆるシーンで発生するデータをAIも活用して分析することで、改善に繋げるコンセプト

村田: その暗黙知を形式知化するというのも、実は非常に重要なポイントなのです。高技能のベテラン職人しかできない作業(暗黙知)を、いかに形式知化してデジタルに乗せるか。それが、「匠の技で育つロボット」の成否に関わってくるからです。いくら優れた名人技であっても、暗黙知のままでは一子相伝の秘技や、昔ながらの徒弟制度の域を出られません。それをデジタルで高度に、かつ効率的に「見える化」して共有していくことが求められています。

竹内: その匠の技=暗黙知を形式化していく試みの一環として、今回の栃木工場では、Microsoft のMixed Reality(MR:複合現実)製品であるHoloLens 2とDynamics 365 Guidesを使った「インテリジェント作業支援システム(IOSS)」を導入して、革新的な作業指導を試みておられます。このIOSSを利用した結果、これまでに比べて学習者の習熟期間が50%削減、また教える側の指導員の工数が90%削減されたという成果を伺っています。村田さんとしてはこの数字に対してどのような評価をされていますか。

村田: 私としては「ヒトとロボットの共生」=「ヒトとデジタルの共生」の典型的な事例になったと感じています。ここで大切なのは、デジタルだけではなく、人だけでもないという点です。デジタル化で製造工程全体を効率化しながら、同時に人の作業、特に高技能の部分をいかに残していくのか。そう考えた時に、従来のようなマンツーマンの指導や、「先輩を見て技を盗む」ような勉強法ではとても追いつきません。教えてくれる相手の手が空くまで待っているとか、タイムロスも非常に大きい。

 そういった問題が、このIOSSによって解決されていくと考えています。たとえば製造ラインで完成してきたモーターの外観チェックでは、HoloLens 2のディスプレイに投影される指示に従って検査手順を視覚的に学べるため、トレーニング期間が短くなる。また現場で作業をしながら実地で学習できるので、非常にタイムリーな形で作業指導が可能になります。これはまさに私たちの考える「ヒトとデジタルの共生」の、非常によい事例になると感じています。

IOSSの使用風景。トレーニングモードでは矢印で確認すべき箇所が指し示され、試験モードでは指差しした箇所が検出されて正誤が自動判定される

「両利き経営」の視点で「次世代のクルマづくり」を拓く

竹内: ニッサンインテリジェントファクトリーを始めとする日産自動車の取り組みは、同業他社および他業種からも大いに注目されていると思います。たとえばゼロエミッション化に向けた生産システムの変革など、今後の構想や施策についてお聞かせいただけますか。

村田: さまざまな可能性やアイディアはありますが、今回のIOSS を含め、ニッサンインテリジェントファクトリーを具現化する仕組みが実際の工場で稼動しているというのが、いちばん大きな変化だと考えています。冒頭でもお話したように、予期せぬ変動や変化にも耐えうる生産システムを確立して、市場や技術の高度な要求に応える自動車を作るという目標を現実のものにするための基盤が、ようやく動き出したというところです。

 この先の取り組みとしては、やはり機械に置き換えられるところはどんどん置き換えて自動化していき、人間はコアとなる難しい作業や、高度な技術面の検討といった業務にシフトしていく必要があります。その意味でも、AI なども含めたデジタル化が非常に重要です。これなくしては、とうていゴールには到達できません。この辺は、引き続き日本マイクロソフトと一緒に取り組みを進めていきたいと考えています。

 さらに将来的な構想としては、人の作業がよりデジタルと密接に結びついた、たとえばデジタルツインのような世界が実現すれば、工程検査が非常にやりやすくなるとか、あるいは体の不自由な人を支援して仕事ができるようにするハプティクス技術とか。こうした環境が充実してくれば、働き方の多様性もさらに大きく拡がっていくと見ています。

 特にデジタルツインは、工程設計や人の配置、作業までを含めてリアリティーが増すごとにどんどん効率が挙がっていく特性があります。こういうものについても、日本マイクロソフトと一緒に検討し、実践していければよいですね。私たちの困っていることや考えていることと、日本マイクロソフトの得意技がうまく組み合わせられれば、この先もさまざまな素晴らしいソリューションが生まれるのではないかと期待しています。

竹内: 日産自動車の場合、まさに「両利きの経営」、すなわち得意分野を深める一方で、新たなイノベーションを積極的に志向していると感じます。人の技術とデジタルをうまく組み合わせハンドリングすることで、「次世代のクルマづくり」に向けて進んでいく点に、企業のイノベーションをサポートする者として強い感銘を受けました。これからも村田さんを始め日産自動車の皆様と視点を共にしながら、私たちのデジタル技術とその活用をご提案して参りたいと思います。本日はどうもありがとうございました。