トピック

グループ全社のシステムをAzureに移行してクラウド化。
医薬・ヘルスケア市場の変化に負けないアジリティを確保

 1992年に日本で初めてCRO(医薬品開発支援)ビジネスを起ち上げたシミックグループ。以来30年間にわたって業務分野や市場を拡大しながら、この領域のリーディングカンパニーとして業界を牽引してきました。グループの中核となるシミックホールディングス株式会社では、医薬・ヘルスケア業界の急激な環境変化や、グローバルでのビジネス対応力の強化に向け、システムの全面クラウド移行を決定。2021年6月からは、基幹システムを始めとした既存システムをMicrosoft Azure上に移行する作業をスタートさせました。今後は2025年までを目処に、ほぼすべての社内システムを対象に順次クラウド化を進め、「クラウドファースト」を成長の基本方針とすることを目指しています。

急激な環境変化に対応するためクラウドへの全面移行を決意

 シミックグループは、急速に進歩する医薬・ヘルスケア業界のニーズに応え、国内でいち早くCRO=医薬品開発支援のビジネスを立ち上げたパイオニア企業です。今では医薬品開発のみならず、製剤開発・製造、営業・マーケティングなど、製薬企業のバリューチェーンを総合的に支援する体制を整備。グループ独自の事業モデルである「PVC:Pharmaceutical Value Creator」のもとで、より包括的で付加価値の高いサービスの提供を通じて独自の地位を確立しています。現在の企業規模は、グループ全体で25社・7000名超を誇り、北米、アジア、オセアニアにもビジネス拠点を展開しています。

 シミックグループが今回の全面的なクラウド移行を決定したのは、2019年10月のことだったと、CIO(Chief Information Offcer) 中田 大介氏は振り返ります。

 「コロナ禍以前から医薬・ヘルスケア業界は、さまざまな変化に直面してきました。たとえば医療ニーズの多様化が加速し、AI・デジタルを活用した創薬研究やバーチャル治験、デジタル治療といった新しい技術分野が相次いで登場しています。一方では異業種からのヘルスケア分野への参入も進み、今後の競争激化は避けられません。さらにコロナ禍で、オンライン診療などの浸透が進んでいます。こうした事態に、シミックグループが安定的かつアジャイルに対応できるためのプラットフォーム構築は喫緊の課題でした」(中田氏)

 その課題解決の選択肢の一つが、クラウドファースト=クラウドへの全面的なシステム移行と活用でした。この背景には、創業者でもある代表取締役 CEO 中村 和男氏がみずから率先して、デジタルを活用した業務改革や新規施策を進めてきた土壌があります。この取り組みは「ヘルスケアレボリューション2.0」と呼ばれ、2021年2月に山梨県とシミックホールディングスの間で締結された、全国初の「新型コロナウイルスワクチンの集団接種の体制整備に関する包括連携協定」の下、シミックグループが開発した接種情報管理システムが導入され、現在、全国的に展開しているワクチン接種支援事業にて積極的に活用されています。

 一方、社内では、コロナ禍でフェイストゥフェイスの会話が難しい中、ディスカッションの迅速化を図るためにMicrosoft Teamsが導入されました。これも「ヘルスケアレボリューション2.0」を推進するプラットフォームとして活用されています。「もちろん今回の全面的なシステムのクラウド移行も、こうしたCEO以下全社を挙げてのデジタル技術を応用した業務改革・改善の延長線上に位置付けられています」と、中田氏は説明します。

既存のMS製品との親和性や省コスト性でAzureを採用

 今回のクラウド移行のもっとも大きな目標は、「急速なビジネスの進化を支援するアジャイルなシステムの実現」です。DXを推進する中で、業務のさまざまな場所にIT ソリューション導入が進んだ結果、システム数は増大し、運用も肥大化するという問題がシミックグループの中でも起こっていたと、シミックソリューションズ株式会社 ICT部 副部長 花岡 良氏は明かします。

 「しかし運用が大変だからといって、事業会社のITサービス利用のスピードを落とすわけにはいきません。そこで運用のスピードアップはもちろん、スケーラビリティや可用性、BIの活用なども含めて検討した結果、クラウド環境への全面移行が根本的な課題解決につながると判断したのです」(花岡氏)

 具体的なクラウドサービスの選定にあたって同社では、一般的なパブリッククラウドをいくつか比較検討しました。チェック項目はセキュリティや可用性、コストなどに加えて、ヘルスケア業界特有の特殊なシステム構成に適応できるかなどを重点的に見ていきました。最終的にMicrosoft Azure(以下、Azure)の導入を決めた理由としては、既存の社内システムの多くがマイクロソフト製品を基盤としていることから、クラウドプラットフォームとしての親和性の高さを評価したと、シミックソリューションズ株式会社 ICT部IT Business Partner 相馬 宙氏は語ります。

 「加えて、コスト面=Azure Hybrid Benefit※1の特典や、Azure Reservations※2(リソース予約)によるコスト削減効果は非常に魅力的でした。さらにコスト面だけではなく、Azure Migration Program(移行支援プログラム)によって、日本マイクロソフトが全面的に支援してくれる点も、大きな評価ポイントです。ここでベストプラクティスに基づいた技術面や他の部分も含めたフォローを提供してもらえることが、採用の大きな決め手になりました」(相馬氏)

 当初はマルチクラウドも検討しましたが、社内にはオンプレミスのシステム管理を通じて、マイクロソフト製品に造詣の深い管理メンバーが多数そろっています。彼らのスキル資産を有効活用するためにも、複数のクラウドを共存させるのは得策ではないとの判断で、Azureへの一本化が決まりました。

※1:既存のオンプレミス のWindows Server と SQL Serverのライセンスをクラウドで使用する際に、追加の費用なしで利用できるハイブリッド特典。
※2:利用スケジュールに合わせて事前にクラウドリソースを予約すると、Azure サービスを割引価格で利用できる特典。

システムの棚卸しを実施して必要性の高いものから順次移行

 2021年6月から本格的なシステムのクラウド移行をスタートさせており、シミックグループでは今回、2025年までを目処にシステムごとのタイミングを見ながら段階的に移行を進めていく計画だと中田氏は語ります。

 「最終的には、グループのシステムのほぼすべてをAzure上に移行します。相当な規模になるだけに、すべてを一度に移行するとリスクが高くなります。そこでいったん各システムのクラウド適性や業務における重要度、クラウド移行で期待できるメリットなどを評価してプライオリティをつけ、必要性の高いものから順次移行していく方針を採っています」(中田氏)

 このため現在は、まず各サーバー群のアセスメントを実施。並行して各事業所向けにAzureを利用するためのガイドライン策定を進めています。

 「今期のゴールとしては、そのガイドライン策定を完了し、ICT部が管轄しているサーバーをAzureに移行するところまでを想定しています。これが完了したら来期からは、各事業会社のシステムを全面的に移行していこうと考えています。それに先立って各事業会社には、来期以降のクラウド利用コストの概算や、クラウド化するメリットの説明も進めています」(中田氏)

 一方、今後取り組んでいくべき課題としては、製薬業界ならではのデータ管理の問題などがあると花岡氏は指摘します。

 「たとえば個人情報の管理やGood Clinical Practice(医薬品の臨床試験の実施の基準)などは、法律に基づいてデータ管理の仕組みが厳しく問われます。もちろんこれは、クリティカルな情報を多数保持している製薬業界としては当然のことです。しかし昨今は、ある程度のガイドラインも整備されてきており、クラウド上に置かれたデータの安全性を担保した上で、クラウド利用を認めてもらうといった話し合いをクライアントと持てるまでに状況は進展しつつあります」(花岡氏)

 またすでに受託したプロジェクトで、オンプレミスで開始したものはそのまま数年間にわたって継続することになります。しかしこの先、基本的にシステムとしてクラウドに移行できないものはないと思っていると、花岡氏は今後のクラウド活用に大きな期待を抱いています。

データ分析やAI活用による業務改革。将来は新規ビジネス創出にもチャレンジ

 今回のAzure移行プロジェクトの中で、同社では一部のPC利用者を対象に、WVD(Windows Virtual Desktop)を提供する予定です。これはAzure の仮想マシン上でWindows 10やMicrosoft 365などが利用できる、いわゆるマネージドVDI(デスクトップ仮想化)サービスです。

 「業務の内容によっては、一時的にスペックの高いPCを必要とするケースがあり、その代替手段としてWVDを選定しました。短期間しか使わない業務に物理PCを用意するよりもコストや導入の負担が軽く、将来的にはリモートワークの選択肢の一つとして社員に提供することも考えています」(中田氏)

 今後は働き方が多様化し、端末が社内外のさまざまな場所で使われるケースが想定されます。海外も含めそうした場所を問わない使い方にフレキシブルに対応する上でも、またセキュリティ確保の面でもWVDを活用するメリットは大きいと中田氏は示唆します。

 花岡氏は、クラウド移行後は、システム全体の運用のあり方も大きく見直していく必要があると考えています。それも効率化や可用性の向上だけでなく、ビジネスに積極的に貢献できるシステム運用のあり方を追求したいと抱負を語ります。

 「たとえばBIを使った運用体制の強化や、よりサーバーレスの方向を追及するといった、運用そのもののイノベーションが考えられます。また今後のDXを考えると、事業会社の現場が自分たちでアプリやシステムを作って運用できる、ノーコード化によるアジリティ向上といったことも求められてくるでしょう」(花岡氏)

 一方、相馬氏は、クラウド活用のための情報収集に、これまで以上に取り組んでいきたいと意気込みます。

 「Azureを導入して、システム移行を完了して終わり、では不十分です。同業種・異業種を問わず、他社事例などベストプラクティスをいくつも精査しながら、当社の業務にどう応用していけるかを研究していきたいと思っています。そのためにも日本マイクロソフトからの情報提供や、Azureの活用に対するフォローを引き続き期待しています」(相馬氏)

 将来的にグループ企業や取引先とのシステム連携も視野に入れた場合、クラウドとオンプレミスのハイブリッド構成も意識しなくてはなりません。そのために同社では、Azureが提供しているハイブリッドクラウドマネジメントソリューション「Azure Arc」の導入も検討中です。

 「クラウド移行が完了したら一安心ではなく、そこが本格的なクラウドファーストの始まりと考えて、データ分析やAIを用いた業務改革などの新しいテーマへの取り組みを加速させたいと考えています」(中田氏)

 クラウド活用の経験値を増やして、近い将来は新規ビジネスの創出にもクラウドを活用していきたいと語る中田氏。シミックホールディングスの「ヘルスケアレボリューション」への挑戦を、Azureのクラウド基盤が力強く支えていきます。