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コロナ禍の早期事業復旧でリモートワーク環境の整備が鍵に Microsoft Teamsの定着を組織文化が加速させ半年で環境を刷新

 独立行政法人国際協力機構(JICA)は、日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関として、開発途上国への国際協力を行っています。新型コロナのパンデミック(世界的大流行)に見舞われた2020年、世界に約100拠点を有するJICAは、ロックダウンを実施する開発途上国が相次ぎ、オフィスでの業務が不可能となることで、現地での事業継続に困難が生じました。そこで実施されたのが、安定的な業務継続のためのMicrosoft TeamsやExchange Online、セキュリティ対策のためのMicrosoft Defender for Endpointなど、マイクロソフトの多様なサービスを利用したリモートワーク環境の整備です。これにより、在宅での円滑な業務継続に貢献。さらに、システム基盤が刷新されたことで、今後のJICAにおけるDXや、デジタルを活用した国際協力の推進に大きな期待が寄せられています。

強固なネットワークセキュリティが新型コロナ対応の“壁”に

 日本を含む先進国による開発途上国への国際協力は、国際社会の平和や安定、発展のうえで重要な取り組みです。そして日本の政府開発援助(ODA:Official Development Assistance)の中核を担うのが独立行政法人国際協力機構(JICA:Japan International Cooperation Agency)です。JICAは1974年の設立以来(2008年の国際協力銀行(JBIC)の海外経済協力部門との統合を経て)、技術協力、有償資金協力、無償資金協力を中心としたさまざまな支援メニューを効果的に活用し、開発途上国が抱える課題の解決に貢献するため、世界の約150の国と地域で事業を展開しています。

 そんなJICAは2020年、事業継続の危機に直面しました。発端は新型コロナウイルス感染症の大流行に伴う世界各地でのロックダウンや日本国内での出勤抑制です。

 多くの国内企業がリモートワークへの移行に苦労する中、JICAでも同様の課題に直面しました。その理由としてまず挙げられるのがシステムのセキュリティです。国際金融機関としての側面も持つJICAは、極めて厳格な情報セキュリティ管理体制を敷いています。ネットワーク面では国内で約20、海外で約100の拠点を専用線で結んだイントラネットを構築。インターネットの出口を日本の1カ所のみに絞ったアクセス制御や通信の監視により、外部の脅威から内部システムを保護する仕組みを構築していました。ところが、これは裏を返せばメール、グループウェアなど、業務で不可欠な各種システムへの自宅からのアクセスが、何らかの策を抜きには不可能ということでもあります。

 JICAの情報システム部で部長を務める広沢正行氏は、「JICA本部には地域別部門や課題別部門などが存在し、国内外の拠点と活発に議論し連携しながら国際協力の仕事を進めています。また『信頼で世界をつなぐ』をビジョンに掲げるJICAは、開発途上国政府、国際機関、大学、地方自治体、NGO、民間企業など多様なパートナーとのコミュニケーションが何より重要です。しかし、ロックダウンや出勤抑制の結果、在宅勤務者数が想定をはるかに上回る数にのぼり、テレワーク時に利用する通信回線が極めて逼迫する事態に直面しました」と説明します。

VPN装置を十分に確保できずにシステム利用が制限

 JICAでは従来から働き方改革を進めており、国内では業務用ノートPCを持ち帰っての在宅勤務制度を数年前から導入済みでした。そのためのVPN回線も一定程度確保していました。しかし、緊急事態宣言により職員全体の9割が在宅勤務に移行すると、このVPN回線の逼迫が問題となり、一日も早い増強が必要となりました。情報システム部で次長を務める若杉聡氏は、「私たちと同様、VPNでのリモートアクセスが多くの企業で検討されることで、VPN装置を確保できる時期の見通しもつかない状況でした。2020年3月末時点の国内向けのVPN同時接続数は500回線で、国内の職員等に貸与しているPC約2,600台分には遠くおよばない数でした」と当時を振り返ります。

 当初は限られたVPN回線を部門毎に振り分け、各部門内で利用者の時間調整を行うといった運用を取らざるをえませんでした。VPN経由でイントラネットに接続しないとメールやSkypeによるコミュニケーションが行えず、その結果、業務効率に多大な影響が生じることになったのです。

 関連して新たな問題も浮上します。職員間でのチャットやWeb会議などコミュニケーションツールのニーズ拡大です。

 情報システム部 システム第一課 課長の末兼賢太郎氏は「リモートワークが常態化する中、仕事を円滑に進めるためにコミュニケーションツールの活用が課題となりました。他方、情報セキュリティの観点から、外部サービスの無制限な利用を認めることは出来ないため、このニーズへの迅速な対応が求められました」と語ります。

 そこでJICAでは、新たなコミュニケーションツールの導入が不可欠と判断。2020年4月からシステム運用等の業務委託先であるアクセンチュア株式会社と共に検討に着手することとなったのです。

危機を好機に転じさせるMicrosoft 365での改善提案

 システム環境刷新にあたってJICAが掲げた基本方針が、クラウドなどの先進IT技術の迅速な導入です。もともとJICAでは政府のクラウド・バイ・デフォルト方針を受け、2022年以降のシステム基盤更改において情報システムのクラウド移行を計画していたほか、Robotic Process Automation(RPA)による業務自動化を含む次世代のIT戦略を描いていました。

 情報システム部 システム第一課で課長補佐を務める小原史丈氏は、「開発途上国でもネットワークのブロードバンド化が進み、オフィスのJICA専用線より自宅のインターネット回線の方が高速なところもあります。そこで、アクセス問題の解決のため、まずはメールやスケジューラ、ファイルサーバ等のクラウドへの切り出しが最良だと判断されました。そのうえで、コミュニケーションツールや十分なセキュリティ対策、特に脅威の早期発見とインシデント対応の迅速化に向けたEDR(Endpoint Detection and Response)の導入などの要件を取りまとめ、既存システム環境改善の提案をアクセンチュアに依頼したのです」と説明します。

 これを受けたアクセンチュアの提案が、Microsoft 365 E5の各種サービスとMicrosoft Azureのセキュリティサービス「Azure Sentinel」を次の4段階で導入するという大掛かりなものです。具体的には、2020年6月までの「Microsoft Teamsの全ユーザーを対象とした試行導入」、同年9月までの「ユーザー権限などの一元管理を狙いとする認証基盤Azure AD(Active Directory)の導入とMicrosoft Teamsの正式導入」、2021年1月までの「既存メールシステムのMicrosoft Exchange Onlineへの移行と、デバイスやアプリケーション管理のためのMicrosoft Intuneの導入」、同年3月までの「端末のセキュリティ統合管理プラットフォームであるMicrosoft Defender for Endpointと、あらゆるログの収集からアラートの検出、調査、対処までを自動実施するAzure Sentinelの導入」です。

 「アクセンチュアの提案は、コロナ禍でJICAが直面している緊急課題を解決するのみならず、我々のIT戦略に沿って、JICAの事業・組織のデジタルトランスフォーメーション(DX)を大きく推進させる観点からも非常に意欲的なものでした。大規模かつ短期間でのシステム対応が必要で、難易度が高いものでしたが、危機を好機に転じさせられる提案と理解し、組織内での了解を早期に取り付けました」(広沢氏)

 なお、今回導入されたセキュリティ対策は、クラウドに拡張したシステムに対応したものになっています。アクセンチュアの提案は、Microsoft 365 E5による既存システムのクラウド環境への拡張を柱に、拡張したクラウド環境のセキュリティ対策の最適化を図ったものでもありました。

短期集中プロジェクトを支えた“想定外への対応文化”

 これほどの見直しとなれば、組織内の理解を得るのも一苦労となるものですが、JICAは東京オリンピック・パラリンピック開催を前に在宅勤務拡大の準備を開始しており、職員からリモートワークへの支持を広く取り付けていました。また、マイクロソフト社のリモートワークの勉強会への参加を通じ、情報システム部としてMicrosoft 365の導入について検討していたことも、本プロジェクト実施を極めて短期間に決定できた要因だといいます。

 もっとも、今回のプロジェクトは類例を見ないほどのスピード勝負の取り組みでした。実際に、東京で緊急事態宣言が発令された直後の4月15日には、本部のみならず国内・海外の全拠点でTeamsの試行導入を行い、9月には正式導入を実現。またシステム基盤のクラウド化を6月に組織決定し、2021年1月にはメールのオンプレミスからクラウドへの切替えを実現しました。

 他方で、スピードを重視した結果として苦労も少なくありませんでした。例えば、クラウド上の設定が用意されても、実際に利用するためには各ユーザーによるPC環境のセットアップ作業が不可欠です。しかし、リモートワーク環境下では、情報システム部の担当者がその場で切り替え作業のアドバイスをすることが困難です。

 そこで、アクセンチュアと協議してクラウド移行マニュアルを用意し、数回にわたり説明会を開催した上で、ユーザー自身に職場PC、個人所有端末の設定作業を依頼しました。クラウドへの切り替えは一気に進める必要があり、国内・国外のJICA全ユーザーが一斉に切替作業をおこなったため、切替後しばらくは、多数の問い合わせが寄せられました。情報システム部とヘルプデスクを担当するアクセンチュアは、対処すべき問題に優先順位を付けながら、これらへの対応に当たりました。

 情報システム部 システム第一課で主任調査役を務める柏村正允氏は、「問い合わせの内容は多種多様で数も膨大でした。ライフラインを維持し、現場の業務を継続させることを最重視し、そのための対応から優先して取り組みました。その点で、JICAが抱える多数のネットワークやシステムの状況をアクセンチュアが深く理解していることに非常に助けられました」と打ち明けます。

 優先度を踏まえた適切な対応により問い合わせも次第に沈静化。実はそれは、想定外の事態への対応に慣れたJICAの組織風土が深く関係しているといいます。

 「JICAのスタッフは開発途上国での業務や生活の中で、日本では考えられないような状況に直面することもしばしば。自ら考えて臨機応変に対応する文化が組織に根付いています。今回のプロジェクトは本来であれば数年を要するものですが、それを短期間に、「力技」で推進するうえで、この組織文化に大いに助けられたと感じています。クラウド移行時にはITに詳しい職員が自主的に周りの職員のサポートをしてくれましたし、Teamsのリリース後はユーザー間でグッドプラクティスを共有しあう動きが活発です」(広沢氏)

 Teamsを用いたコミュニケーション改革も始まっています。Microsoft 365 Phone SystemによるTeamsをインタフェースとした電話システムです。すでに国内全ユーザーを対象に試験運用が進められており、在宅勤務でもTeamsで外線電話が受けられ、国際電話もかけられます。国内外の多様なパートナーとのコミュニケーションが不可欠なJICAにおいて、そのメリットは大きいと言えるでしょう。

クラウドによるDX基盤で開発途上国への協力を拡充

 プロジェクトはほぼ計画通り進捗し、残るはMicrosoft Defender for EndpointとAzure Sentinelの導入完了を待つだけの段階にあります。今後、JICAではAzure Sentinelを用いた各種ログの相関分析により、セキュリティのさらなる強化が図られる計画です。

 JICAを担当するアクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 マネジャーの上原雄貴氏は、「短期でのクラウド移行提案は難易度が高く、スピーディーに実施するにはJICA情報システム部の理解と迅速な意思決定が欠かせないものでした。計画通りにプロジェクトが進行できたのは、JICAとアクセンチュアがこれまで築いてきた信頼関係の下に『ワンチーム』となって取り組めたからにほかなりません」と振り返ります。

 JICAの仕事は各国との絆を強め、手を取り合いながら困難を乗り越えていくこと。その最前線である海外拠点が機能しなければ、国際協力を進めることは出来ません。海外でもロックダウンにより在宅勤務を余儀なくされる中、Teams導入やOutlookのクラウド化が極めて短期間に実現し、今ではリモートワークであってもコロナ前とほぼ変わらない体制で事業を進めるまでになっています。

 さらに、今回のプロジェクトは新たなメリットももたらしました。それはコロナ禍による危機を好機に変えて、次世代のIT基盤やサービスを前倒しで導入したことで、組織内でのデジタル化やDX推進の機運が高まった点です。情報システム部 システム第一課で調査役を務める宮下良介氏は「、ユーザーの理解と協力をえながらも早期に業務復旧にこぎつけたこと、さらにはJICAのIT化やデジタル化を大胆に進めたことで、当部の取り組みへの組織内での注目度と期待が高まり、当部の仕事に対して従来よりも格段に協力が得やすくなりました」と笑顔で話します。

 現在、情報システム部が次のステップとして掲げている目標がMicrosoft 365のさらなる活用です。まずはMicrosoft Plannerによるタスク管理やPower Apps等によるアプリケーションの更新を進め、DXを支えるIT基盤を早期に高度化させる予定です。

 「クラウドは新機能の追加や機能拡張が行いやすく、技術革新対応力が高いことが特徴であり、今回のプロジェクトを通じて、私たちは多彩な最新技術の活用によるDXのスタートラインに立ったと言えます。現在、JICAが手掛ける開発途上国への協力では、デジタルを活用した各種協力のニーズが高まっており、今回のプロジェクトはその推進に大きく貢献すると確信しています」(広沢氏)