1年半の実験結果から明らかになった「データ活用」の難しさ~大阪大学 グリーンITプロジェクト


 2010年、国立大学法人大阪大学 サイバーメディアセンター(以下、CMC)は、消費電力を可視化する「グリーンITプロジェクト」を開始した。実は大学は、地域の中でも電力消費量が大きい。大阪大学でもこのプロジェクト以前から省電力に取り組んでいた。しかし、具体的にどこに要因があるのか詳細を把握するのは難しかった。

 そこで今回のプロジェクトでは、大学内にあるCMTを舞台としたプロジェクトをスタート。日本マイクロソフトとの協力により、計測した電力消費量を構内LAN経由でサーバーに収集し、その結果をポータルサイトやデスクトップガジェット、デジタルサイネージに表示するシステムを構築。計測結果を教員や職員、学生が見ることによって電力消費量削減につなげることを狙った。

 その1年半の研究成果がまとめられ発表されたのが今回のレポートで、データを集め、それを分析し、活用するのはまさに「ビッグデータ」という領域に該当する。

 集められたデータからは、電力消費量の多い教室、研究室などが明らかになる一方で、「季節や人の動きとの因果関係を求めるためにはもっとデータを集める必要がある」とデータ活用には予想以上に時間がかかることが明らかになった。また、「電力消費量を少なくする行動につなげるためには、計測結果を見て、認識してもらうことが重要だが、見てもらうためには仕掛けや仕組みが必要」という声があがったという。


大阪大学サイバーメディアセンター内の豊中教育研究棟

 

90カ所から電気使用量を10分ごとに計測

2010年12月、実証実験開始を発表する大阪大学 CMCの竹村治雄センター長
CMC 情報メディア教育研究部門の間下以大助教

 大阪大学のサイバーメディアセンターと日本マイクロソフトが、共同で省電力可視化の実証実験「大阪大学CMCグリーンITプロジェクト」に取り組むことを発表したのは、2010年12月。

 大阪大学 CMCの竹村治雄センター長がリーダーとなって実証実験を担当し、発表前の2010年秋から実験のための機器の設置などが進められていた。

 省電力が脚光を浴びたのは、ここ数年叫ばれている地球温暖化対策としてのCO2削減とともに、東日本大震災発生によるエネルギー施策見直しの影響が大きい。しかし今回の実験がスタートしたのは東日本大震災が起こる前で、現在のような電力需給状況ではなかった。

 「大学のCO2排出量は地震前から課題となっていました。大学にはコンピュータをはじめ、実験などの目的で生物飼育など電気を利用するさまざまな機器が導入されています。しかも、学生は自分で電気代を支払う意識が薄いですから、大学は所属する地域の中では電力消費量の大きいという問題を抱えています。当大学以外にも、海外ではカリフォルニア大学のサンディエゴ校が省電力化に取り組んでいますし、国内では東京大学のグリーンICT、静岡大学、京都大学などの取り組みが進んでいます」(CMC 情報メディア教育研究部門の間下以大助教)。

 大阪大学でも、電力会社から出される電力使用量をもとに、大まかな電力消費量は算出されている。しかし、それでは具体的に教室別の電力消費量はどの程度なのか、研究室ごとの電力消費量はどの程度なのかといった、より詳細を把握することはできない。

 そこでこの実証実験は、CMCの豊中教育研究棟内における電力消費を、照明や空調といった物理的な属性、所属研究室別、行動時間帯別などのユーザーの属性などに合わせ、可視化できる情報システムを構築した。

 電力消費の状況は、ポータルサイトやガジェット、デジタルサイネージなどを通じて学生や教職員が共有し、彼らの意識や行動の変化を分析。今後の消費電力削減の取り組みに生かす計画だ。

 CMCの豊中教育研究棟は、地上7階、地下1階の8フロアに、情報教育用教室5室、CALL教育用教室3室、セミナー室2室、5研究部門の研究室、計算機室を持つ。

 「この建物が対象施設に選ばれたのは、バラエティに富んだ使い方をされているからです。理系、文系両方の研究室があり、通常の教室もあれば、1階は事務室として利用されています」(間下助教)。

 一般的に文系の研究室に比べ、コンピュータ、サーバーをはじめとしたさまざまな機器を利用する理系の研究室は、電力消費量が大きいとされている。文系、理系の両方の研究室が所属している建物を選ぶことで、さまざまな傾向のデータが取得できる。

 データを取得するためのシステムとしては、地下1階から7階まで、35台のエネルギーモニター計測器を設置。特に、研究室があり、さまざまな機器が導入されている5階には、集中的に48カ所の計測ポイントを設置。合計90カ所の計測ポイントにおいて、ユビテック製の設備制御システム「BX-Office」を利用し、電力消費量データを10分周期で取得。さらに構内LANを活用してデータを集約し、SQL Serverに蓄積する。


電力消費量を計測するエコパワーメーター分電盤に取り付けられた電力消費量を計測する機器多回路エネルギーモニターからLANケーブルを通じてサーバーにデータが配信される

 またそのデータを「見せる化」するためには、SharePoint Serverを活用する。データはExcelのPowerPivotを使ってグラフ化して表示。数字よりもわかりやすい表示形態とした。

 このシステム構築に日本マイクロソフトが協力した。同社ではこのプロジェクトについて、「日本マイクロソフトにとりましても、大阪大学との取り組みが、当社の品川本社オフィスでの電力消費可視化に向けた取り組みにつながりました。基本的に大阪大学と同じ仕組みを当社オフィスでも展開し、フロアごとエリアごとの電力消費可視化を実現していますし、本ソリューションを活用いただけるよう、ソースコードの無償提供も行っています。大阪大学との取り組みや、そこから派生した活動が、国内で大きな関心事の1つとなっている節電への一助となれば幸いです」(日本マイクロソフト エンタープライズマーケティング本部 第三グループ 担当部長の熊野和久氏)というエンドースメントを発表している。

 

「見える化」により明らかになったもの

 実証実験を開始してから、現在では約1年半が経過した。90カ所の計測ポイントから約10分おきにデータを取得しているだけあって、データ量という点では、まさにビッグデータと呼ぶにふさわしいデータ量が集まったことになる。この大量データから明らかになったものとはどんなことだったのか。

 CMCの中で消費電力が大きいのは研究室、空調設備、地下にあるサーバー室だった。これはある程度予想通りだったそうだが、「調査前は予想していなかった、意外なところで電力が使われているといった発見はいろいろありました」(間下助教)という。

 例えば、研究室に比べて電気使用量は少ないと思われていた教室だが、語学学習用のCALL教育用教室の中に、飛び抜けて電気使用量の高いところが発見された。原因を調査すると、語学学習に利用しているパソコン用コンテンツの中に動画を利用するものがあり、省電力モードがきかないで長時間利用されていることがわかった。

 これまで算出されていなかった研究室単位での電気使用量が明らかになると、「自分の研究室はよそに比べてどうなのか?」と比較する人が多く見られたという。

 「今回のプロジェクトを行った竹村研究室は夜型で、朝よりも夜の方が電気使用量が多い。金曜日の夜でも研究室を利用しているようで、電力使用量が落ちていないといったことがわかりました」(間下助教)。


CAL教室。パソコンの台数は多いが利用時間が限られているため、電力使用量は研究室より低いCMCの1階は事務用スペース現在、新しい機器への入れ替え作業が進む地下にある竹村研究室のサーバー機器

 2011年5月から6月にかけてアンケート調査を行い、プロジェクト開始後に自身の省電力に対する意識の変化を5段階できいたところ、最上位の5、次点の4と答えた人が合計で50%を超えた。

 「プロジェクトを実施したことにより、省電力に対する意識が高まったという変化が強く表れる結果となりました。ただし、『行動の変化』という質問に対しては、5と4の合計が30%強と、意識に比べて低い結果となりました。省電力意識は高まっても、それを行動に移すのがなかなか難しいことを示す結果となりました」(間下助教)

 しかも、調査には予想しない要素が加わった。3月11日に東日本大震災が起こり、関東で計画停電が実施されたこともあって、CMCでも節電意識が高まったのだ。

 「データを見ると、2011年春と、2012年春の比較では明らかに2011年の方が電力使用量が抑えられています。これが地震の影響なのか、今回のプロジェクトによる意識変化なのか、その判別は難しい」(間下助教)。

 また、研究室で利用する機器の入れ替えによってもデータ使用量は大きく変化する。例えば竹村研究室では地下に設置しているサーバーの入れ替え作業を進めている。サーバーを新しいものに変えれば当然電気使用量にも変化が起こる。

 「こうした設置している機器の変化、さらに人の動きと研究室の電気使用量を決定づける要因が予想以上に多かったのです。現在のデータでは粒度が荒い。もっと厳密に要因を分析するのであれば、季節要因を比較する意味で数年かけてデータを取得し、データ粒度をもっと細かくする必要があります」(間下助教)。

 間下助教のこの指摘からは、「ビッグデータ」は単に大量のデータを集めただけでは十分ではなく、分析内容によってはかなり長期的にデータ取得が必要であることがわかる。

 

「見せる化」には工夫が必要

 さらに「工夫が必要」という声があがったのが、「データの見せる化」だ。

 今回のプロジェクトでは、当初はプル型情報配信として「ポータルサイトへの情報掲載」、プッシュ型情報配信として「デスクトップガジェットでの情報発信」という2つを計画していた。

 2011年5月から6月にかけてアンケート調査を行ったところ、自分でサイトに行かないと情報を見ることができないポータルサイトの利用頻度は、「1回程度」という回答が約60%となった。しかも、教員や職員に比べ、もともと大学の電力使用量への関心が希薄な学生の利用頻度が低いという結果が出た。

 ちなみに大阪大学ではほとんどの情報が紙ではなく電子化されている。電子化された情報に慣れている人たちが対象であるにもかかわらず、ポータルサイトの利用頻度が低いという結果となった。

 「2011年のアンケート調査では、ポータルサイトへのアクセス頻度は一度だけという回答が53%、月に一度程度が29%で、一度も見ていないという回答も9%ありました。自分の意志で情報にアクセスしなければならないプル型の情報発信では、せっかくデータを取得しても閲覧者はなかなか増加しないことが明らかになったのです」(間下助教)。


デスクトップポータルのトップ画面デスクトップポータルから階ごとの電気使用量をグラフで表示

 そこで、自ら情報を見に行かなくても情報を入手できるプッシュ型の情報配信が必要との声があがった。その結果、当初から計画されていたデスクトップガジェットに加え、サイバーメディアセンター内にデジタルサイネージを導入することが決定した。

 デスクトップガジェットでは、メーター型の表示形式を採用。表示できる単位は1つではなく選択できる。さらにポータルサイトにリンクされ、クリックでポータルサイトに飛ぶ仕組みとなっている。


電力使用量を表示するデスクトップガジェットデスクトップガジェットでは使用する電力を料金換算で表示することも可能

 デジタルサイネージは人の出入りが多く、さらにエレベーター前のように人が立ち止まる5階、6階、7階の廊下の壁に設置された。表示するコンテンツはPowerPointで作成した。

 「興味を持って見てもらうために、スライドは週ごとに表示内容を変えています。こうしたメンテナンス作業にも意外に手間がかかっています。さらに、表示時間をどの程度に設定すると多くの人に見てもらえるのか?といったことも考え、学生が担当してコンテンツ作りを行いました」(大阪大学 大学院 情報科学研究博士 後期課程 繁田浩功氏)。


廊下に置かれているデジタルサイネージ

 2012年に行ったアンケート調査では、デスクトップガジェット、ポータルサイトに関して、「使いやすさ」、「情報取得のしやすさ」、「どちらを使いたいか」について質問した。

 その結果、「ガジェットの方が使いやすい」が62%、情報の取得しやすさでも「ガジェットが良い」が78%、「どちらを使いたいか」ではガジェットが89%と圧倒的にデスクトップガジェットの方が高評価を得た。

 節電意識の維持についても、評価最高の5、その次の4とした人の合計が、ポータルサイトでは6%にとどまったのに対し、デスクトップガジェットでは43%、デジタルサイネージでは53%となった。

 「明らかにプル型よりもプッシュ型の情報発信の方が意識変化に積極的に働きかけるという結果となりました。見たくない人にどう働きかけをするのは難しい問題ですが、見ようとしなくても見ることができるプッシュ型の情報発信の方が適しているという結果となりました」(間下助教)。

 今後さらにガジェットの利用者を増やし、デジタルサイネージへの注目度をあげていくことが課題となるが、「時間がたつと当初のころに比べて注目度が低くなる」という。これにどう対処するのかも課題となっている。


デジタルサイネージ配信用サーバーデジタルサイネージ配信用に使われているサーバーは省電力タイプのもの

 

機器購入の指針に消費電力が影響する可能性も

 間下助教は今回のプロジェクトの成果を次の様に説明する。

 「研究室の電力使用量でいえば、行動時間と電力使用量の相関関係などをきちんと出していく必要があるでしょう。そのためにはよりたくさんのデータが必要になるが、現段階はそこに向かうデータが集まり始めたところで、もう少し時間をかけてデータを集める必要があります。さらに研究を深めていけば、消費電力を減らすための方法論などが確立できるかもしれませんが、消費電力にかかわる要因が多すぎます。また、CMCで方法論を確立できたからといって、それを即他の学部や研究室に横展開できるのか?といえばそれも難しい。研究室というのはそれぞれ特徴を持った活動をしているので、同じ方法で省電力化できるのか断言できないからです」。

 今後さらに研究が必要ということではあるが、省電力に向けた取り組みは、大学に限らず、企業にとっても長期に重要な課題となる。こうした実証実験の成果は省電力化に取り組む企業にとっては参考になる点も多い。

 例えば、電力使用量が把握している状況を踏まえて、「新しくパソコンを導入する場合、より電力使用量が少ない機種を選択する。電力使用量の少ない機器が提案されれば、それを評価するといった可能性はあります」(間下助教)という。

 以前からパソコンには、Energy Starのような省電力プログラムにのっとった製品であることを示したマークもあるが、CMCのように電力使用量を計測していれば、以前の機器と新しい機器で消費電力がどう変化したのかが明らかになる。機器選択の課程で試験的に機器を導入し、消費電力を見た上で機器を選ぶといった方法が出てくる可能性もあるという。

関連情報
(三浦 優子)
2012/8/20 06:00